聖女の姉ですが、妹が可愛すぎるので妹溺愛ルートを爆進します!!

笹葉 小麦

第1話 はじめまして、妹

 人が人生における自分の役割を見つけるのは、いつだろうか。

 愛しい我が子をこの手に抱いた時?

 全てを捧げても良いと思える推しに出会えた時?


 人によっては、トラックに轢かれて異世界転生した先が悪役令嬢だと分かった時や、誰にも引き抜けないはずの聖剣を引き抜いた時かもしれない。


 どうやら私にとってそれは、転生して5年目の今この瞬間だったらしい。


「エルーシャ、紹介する。お前の妹のリリアーナだ」


 そう言われて父の足の後ろからひょこりと顔を覗かせたのは、雪のような白い髪と、透き通った青い瞳を持つ3歳くらいのとんでもない美少女だった。


 いや、それは今はどうでも良い。二次元でしか見たことないレベルの美少女が出てきて、前世美少女オタクの血が騒ぎはしたが、問題はそこじゃない。私はこの美少女を知っている。それも、つい最近。


「お前も知っての通りリリアーナは、先日、女神の祝福を賜った聖女だ」


 先日、教会から告げられた女神の神託により街中がざわついた。マナ不足により世界の均衡が乱れている近年、増え続ける魔獣による獣害や、天災に対抗するために、とある一人の少女に聖女の力を授けるというのだ。

 新聞の号外には、聖女の姿絵も掲載されており、こんな小さな子が聖女だなんて大変だな〜なんて呑気に考えていたからよく覚えている。


 そういえば、新聞を見た父がやけに青い顔をしていたことを今更ながらに思い出した。


「なるほど。つまり私には腹違いの妹がいて、今までは別の場所で暮らしていたが、その妹が聖女だと分かりその身辺警護のために今日からはこの屋敷で一緒に暮らすっといったところでしょうか?」


「うむ、全く持ってその通りなのだが……、5歳のわりに察しが良すぎないか?」


 そりゃまあ、人生2周目ですし。それに、青い瞳とかどことなく凛とした雰囲気とか父の面影はあるけど、母には全然似ていない。

 ちなみに、私は母親似の美少女だ。リリアーナとは美少女の系統が違うが、緩くウェーブがかかった薄茶色い髪と少しつり目がちな緑の瞳が、母の若い頃そっくりらしい。


「お母様は何と?」


「お前の母様には既に了承をもらっている。心配しなくていい。……リリアーナは聖女といってもまだ3歳と幼い。その、姉妹として仲良くしてもらえるとありがたい」


「仲良く……ですか」


 私は思わず顎に手を当てて考え込む。

 というか、この聖女様だという妹に会った瞬間から脳内は常にフル稼働で前世の記憶を漁っていた。こういう場合、前世で親しんだゲームやマンガの世界に転生するというのがお決まりパターンだ。私も前世ではファンタジーもの、特に異世界転生モノが大好きでよく読んでいた。そう、よく読んでいたのだ!!


(読みすぎて何の作品か全く分からん……)


 しかも、小説媒体が中心だったためキャラの姿を見てもいまいちピンと来ない。というかこんな美少女を見たらまず忘れるはずがない。

 相手が聖女という特殊キャラであるため、ここで迂闊な返事をすると、その後の人生が大きく狂う可能性がある。個別に作品が特定できない以上、ここは少しでも正解を選び取る確率を上げるために、いわゆる王道パターンやテンプレというものを考えるべきだ。


 前世の記憶、私統計によれば、聖女モノに限らず異世界モノの姉妹、特に異母や義理の姉妹は大抵仲が悪い。幼い頃は仲が良くても、大きくなってから裏切られて実は昔から大嫌いだったと詰られたり、善良じぶんかってな聖女様の行いに家族が振り回されて疲弊しきっていたり、他にも追放や、聖女の身代わりで他国の王家に嫁がされるなんてルートも考えられる。


(パシリは嫌だけど、妹の身代わりで王家に嫁ぐのも避けたいな)


 両親と他の貴族の関わりを見ていて分かったことだが、貴族というのは想像以上に面倒くさい。褒め言葉に見せかけた婉曲表現での嫌味の応酬や、豪華絢爛な装飾品による見栄の張り合いバトル……。表向きは華やかな世界だが、ガラスハートの私にはとても耐えられない。

 だから、貴族社会よりもさらに面倒くさいであろう王家に嫁ぐなんて絶対に嫌だ。美少女はプロデューサーとなって育てたい派だし、波瀾万丈な溺愛人生は壁となって楽しみたい派なのだ。


 だから、こんなに可愛い半分血の繋がった妹が破滅して不幸になるところも見たくない。

 何とかこう、なあなあに皆んなが幸せになれる道を探っていきたいところである。


「いや、すまない。いきなりこんなことを言われて戸惑うのも当然だ。忘れてくれ」


 思考の海に沈むあまり、どうやら長く沈黙してしまったらしい。私が困惑していると思った父は、それ以上追求せず、妹の背を押して、私の前へと連れてきた。


「リリアーナ、お前のお姉様になるエルーシャだ。挨拶なさい」


 リリアーナは一度様子を伺うように父の顔を見上げた後、スカートの両端をつまんで頭を下げ、愛らしいカーテシーを披露した。


「はじめまして、おねえしゃま。リリアーナです」


「えっ、あ、初めまして、リリアーナ。エルーシャです。その、これからよろしくね?」


 同じように頭を下げてカーテシーの姿勢を取る。

 というか私、これからこの美少女と一つ屋根の下で生活するの? え? 大丈夫?? 主に私の心臓が。これからのことを悶々と考えながら顔を上げると、リリアーナの青い瞳が、じっとこちらを見つめていた。


 澄んだ海を思わせる綺麗な瞳と目が合うと、にこりと優しい笑顔を向けてくる。


「う゛っ!!」


 突然の美少女近距離完璧笑顔パーフェクトスマイルに私は思わず膝を突く。


 先ほども言ったが、私は美少女が大好きだ。前世のもう一つの趣味は美少女育成アイドルゲームに課金することだった。そしてここにきて突然の二次元級美少女、上目遣いアイドルスマイルである! しかも、心なしか瞳がキラキラしている気がする!! 可愛いか可愛くないかで言ったらめちゃくちゃ可愛い!!!! 今すぐペンラを振り回したい!!!!


「エルーシャ!? 大丈夫か!?」


「大丈夫です! お父様!!」


 突然うずくまった娘を心配して駆け寄ろうとする父を片手で止める。


 え? 待って、私将来、こんな可愛い子に裏切られるかもしれないの? 「お姉さま〜♡」って散々慕われた後に、「あんたの事なんか最初から大嫌いだったのよ!!」って捨てられるかも知れないの!?


 無理無理無理無理!! そんなの心臓がいくつあっても耐えられない。

 残念ながら、それをご褒美と思えるような上級者向けの性癖は持ち合わせていないのだ。


 この天使のように可愛い聖女様が、その笑顔の裏に何を思っているのか、残念ながら今の私に計り知る術はない。


 この日私は、聖女の姉になった。

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