第十六話【済】

 シロコと決めた決闘祭の作戦を脳内でシミュレーションをしながら廊下を歩いているアンリーナは、背後から自身を呼び止める声が聞こえる。


「ねぇ貴方、そこの青髪の貴方」

(……あ~~俺、だよなァ……)


 背後から聞こえた青髪という単語に、アンリーナはちらりと周囲に視線を向けた。自分以外に青髪の存在がいないことに気づくと面倒事が発生すると予想しながら声のした方向へ振り返る。


「もしかして、私?」

「そうそう! 貴方よ、貴方!!」


 振り向いた先にいたのは三人組の女子生徒達。彼女達はアンリーナを見て嘲笑しておりアンリーナの面倒事が起きるという予感はほぼほぼ確定事項になりかけていた。見たことのない彼女達に呼ばれるということはフィーリアに付け込まれた者なのだろう。と思いつつアンリーナは手招きをする彼女達に向かって首を傾げる。


「えぇと……貴方達は誰かしら?」

「そんなことはどうでもいいでしょ? ちょっと貴方とふかぁい話をしたいの! こっちに来てくれるよね?」

(行くわけねェ~~~だろ)


 名を口にせず、理由を語らずただついてこいと発する彼女達にアンリーナは心の中で中指をたてた。友でもない赤の他人が自身を嘲笑しこの場でアンリーナへの要件を話さない。まともな人間でも警戒してしまうだろう。引っかかるとするならばよほどのお人好しか鈍感な者だけだろう。


「深い話……ここで話せない程の内容なの?」

「そうよ。だから私達について来てくれるよね?」

「早く来なさいよ!!」

「そうよそうよ!!」


 三人組のリーダーであろう女子生徒がアンリーナに話しかけ、傍の二人は野次馬を飛ばす。野次を飛ばす二人にアンリーナは「あいつらいる??」と疑問を抱いた。


「……ごめんなさい。私は貴方達と話したことも、見たことも名前も知らない。そんな状態でついてこいって言われてもついていけないわ」

「はぁ? 何拒否してるのよ」

「雑魚の癖に私達に反抗していいと思ってるの?」

「いいから早くこっちに来なさいよ!!」

(怒るの早すぎるだろ。上級生徒は野蛮人の集まりか? ワ~~~コワ~イ)


 赤の他人についていきたくないとアンリーナが女子生徒達に向かって理由を説明した途端、嘲笑をやめ彼女達は一斉に怒りの表情をした。一斉にアンリーナに向かって罵倒、暴言を投げかけてくる様子にアンリーナは女子生徒達が自分のEクラスより上位のクラスであることを察した。

 心の中で女子生徒達に毒を吐く。表面上は突然キレだした彼女達に困惑しているような雰囲気をアンリーナは作る。


「え、私、別に反抗なんてしていないわ。……ごめんなさい、私もう行くわね?」

「何勝手にどこかに行こうとしてるの?! そんなこと許すわけないでしょ!?」

「許してくださいなんて言わないわ。ただ……周りを見てくれる? 皆、私達を見ているわよ?」


 困っているような表情でアンリーナは女子生徒達に周囲を見渡すように手で促した。周囲からは迷惑そうな視線がアンリーナ含む四人組に向けられ、女子生徒達には「あの子の言葉に言い返せてない」「赤の他人について来いって言われても理由も名前も口にしないやつに誰も行くわけないじゃん」と嘲笑う声がひそひそ聞こえた。一瞬とは言え頭に血が上っていた女子生徒達は自分達が注目の的になっていることに気づくと、焦った様子で三人で小声で会話を始める。


「……だと……ノエル様に……」

「……あの”女”の話は……なの?」

「でも……生意気」


(ノエル様はアルノエル、あの女はフィーリアかそれもとも他の女か。……まぁどっちにしろ他人を唆して俺に仕向けた時点でろくでもねェ性格のわりィ女のは確定だなァ)


 かすかに聞こえた女子生徒達の会話の一部に、アンリーナは推測を立てつつ女子生徒達が話に夢中になっているうちにこの場から離れようとゆっくり足を動かした。だが一人の女子生徒がアンリーナが逃げ出そうとしていることに気づいてしまう。


(げ)

「ま、待ちなさい!! どこに行くつもり!? 話は終わってないわよ!?」

「っ、いた、いたい、痛い!! 離して、離しなさい!!」


 アンリーナが逃げてしまわないように腕を力強く掴み焦る女子生徒。怒りで加減が出来ていないのかぎちぎちと爪がアンリーナの皮膚を傷つけていく。

 痛みにアンリーナの中からふつふつと怒りが湧き出してくる。


(いってェ、かわいい女の子に何してんだテメェ!! ブス共がよォ!! 爪、腕に刺さってんだよ馬鹿!! 中途半端なおめかししてんじゃねェ!! 早く手をどけろ!!! 跡が残ったらどうするつもりだ、ア゛ア゛!?)

「離して、痛い、刺さってる!!」

「なら、こっちに来なさいよ!! 逃げるな!!」

「い、や!!! だれ、誰か助けて!!」

(あ~~~~~~刺さるゥ!!!!! 刺さってるゥ!!!!)

 

 心の中で罵倒しつつ、アンリーナは女子生徒の手を腕から外そうと抵抗した。意図せず痛みで目から涙が零れ落ちていく。腕を掴んでいる女子生徒以外の二人は「やりすぎなんじゃ……」と引いていた。だが助けることも止めに来るでもなくただ静観を続ける二人に「お前の仲間だろうが!! なんとかしろ!」とアンリーナの怒りは更に増していく。そして当の女子生徒は力の加減を忘れたようでぎちっと爪が皮膚を貫き一筋の血が姿を現す。


(ッ~~~~~!!!!? ま゛じ、かよ!!?)

「う゛ぁ゛ぁぁ!!?」

 

 自身の腕から流れ落ちる血に驚愕し、同時に襲い掛かっていた激痛にアンリーナは目を見開き声にならない悲鳴を上げた。悲鳴をあげても周囲は誰も助けに来ず、止めに来る様子もない。面倒事に関りたくないといった雰囲気が満ちていた。


(クソ野郎どもがァ……)

「――悲鳴が聞こえたが、何があった!!」

 

 静観を続ける生徒達に向かってアンリーナは怒りを心の中で零した。そこへ一際大きな男性の声がアンリーナの耳に入る。


「な……何をしている!!!?」

(ぁーお前……本当、いいところでくる、よなァ……? ……あ、ぇ……い、しき……が――――)


 視線を声のした方向へ向くとアンリーナと女子生徒の元に向かってきている男子生徒――アルノエルの姿。その姿に安堵した途端強烈な眠気がアンリーナを襲った。強烈な眠気に抗うことが出来なかったアンリーナは意識を保つことが出来ず視界が真っ暗になってしまった。

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