第10話 接遇には気をつけろ⑥
金属音や電子音、人の話し声など、様々な音が何重にも折り重なって雑音になり、耳になだれ込む。時折、アーケードゲーム内のキャラクターが、アニメ声で何か言うが、やはりよく聴き取れない。
そんな騒々しいゲームコーナーの中でも、高槻の舌打ちははっきり聴き取れた。
「このヘタレが」
舌打ちだけでは飽き足らず、あたしを罵倒して睨みつける。
「本当に珍しいことだけど、今回ばかりは高槻くんとほぼ同意見だよ」と円会長までもが高槻に同意した。
あたしは2人のトゲのある視線から逃げるように、持田先輩の陰に隠れた。
「だ、だって仕方ないじゃないですか……」
持田先輩の後ろから頭だけだして、言い訳していると、横から野崎先輩が近づいて来て「何の話だ?」と訊ねた。
「あ、えっと、その、ホラーガンアクションの話ですよ、あはは」
しまった! と固まるあたしの代わりに、持田先輩がすぐ近くにあったシューティングゲームを指さして誤魔化した。
ナイスです! 持田先輩!
「へぇ、面白そうじゃねーか。高槻やろうぜ」
高槻は、あたしに一瞥をくれてから、肩をすくめて野崎先輩に答える。「あいにくおれは怖いものが苦手なんだ」
「この前、ホラー小説書いてるって言ってたじゃねーか」
「自分で書くのはいいが、人が書いた筋書きは苦手なんだ」
「この前、ホラー小説読んで勉強してるって言ってたじゃねーか」
「画面に化け物が現れて、それをバキュンバキュン撃ち抜くのは苦手なんだ」
「そんなピンポイントな苦手があるのか……?」
野崎先輩は不審がっていたが、高槻は堂々としたもので、「それが完璧なおれの唯一の弱点だ」と偉そうに宣っていた。
「あ、あー! そういえば一ノ瀬さん、こういうの得意って言ってましたよねー」と突然、持田先輩がわざとらしく声を上げた。
「え……えぇ?!」
「ああ、言ってたな」と高槻もテキトーに話を合わせる。「『あたし画面に化け物が現れて、それをバキュンバキュン撃ち抜くのには絶対の自信があるんだぁ』って前に」
「そんなピンポイントな得意があるのか……?」
やはり野崎先輩は明らかに不審がっていた。だけど、ここまできたら、もうこのプランに乗るしかない。
「そ、そうなんですぅ! あたし昔っから画面に化け物が現れて、それをバキュンバキュン撃ち抜くの得意なんですぅ!」
「お、おぅ……? じゃあ一緒にやるか?」
「は、はい!」
背後より聞こえるため息から逃げるように、あたしは野崎先輩を押してホラーガンアクションブースに入った。
「一ノ瀬! そっち! 右右右!」
「え? わ! キャァァアア!」
「一ノ瀬、お前、全然上手くねぇじゃねーか!」
「ご、ごめんなさいぃ!」
野崎先輩の足を引っ張りまくりながら、羞恥を発散させるように闇雲に銃のトリガーを引きまくった。ほとんどゾンビには当たっていなかった。
まったく今日は散々だ。野崎先輩にはカッコ悪いところ見せちゃうし、ゾンビには襲われるし、ブースの外は外で、あたしを非難する視線に襲われる。
……まぁ、これについてはあたしが悪いのだけれど。
あたしは生徒会室でのやり取りを思い出した。
「お、いいな! じゃぁ久々に生徒会で親睦会やるか!」
と、野崎先輩が言ったのはあたしが先輩をスポーツアミューズメント施設に誘ったときだ。
皆の力を借りて、勇気を振り絞り、やっとの思いで誘ったのに、鈍感な野崎先輩に勝手に『親睦会』に変えられてしまった。
ショックのあまり言葉が出てこなかった。
円先輩が野崎先輩を睨みつけて、今にも恫喝しそうな程だったが、それをすればあたしの好意がバレる。ギリギリで踏みとどまってくれているようだった。
「高槻の歓迎会以来だなぁ」と野崎先輩が、会長の眼光に気づかず、呑気に言う。
「野崎!」と会長が叫んだのはそのときだった。我慢の限界が来てしまったのだろうか。
「なんだ、小田切? あ、さてはお前、空いてる日ねぇのか?」
高槻の舌打ちが聞こえた。「この鈍感ラブコメ主人公め」と小さく呟く。
「いや、ていうかキミさ——」と会長がキレかけたとき、もう何でもいいや、と思ってしまった。
とにかく今のこの居た堪れない状況から一刻も早く逃げ出したかった。
だからだろう。気が付いたら口を開いていた。
「い、いいですねー! 親睦会! やりましょやりましょ! 皆強制参加ですからねぇ〜! あは、あははは……」
そうして出来上がったのが、今のこの状況である。
まぁいきなり2人きりは少しハードルが高かったから、あたしとしてはこれで良かったのだが、会長と高槻には散々叱られた。持田先輩もそのときばかりは苦笑していて、庇ってくれなかったし。
ブースから出ると、高槻たちはUFOキャッチャーの前でボタンとレバーを見下ろしていた。
「おい、嘘だろ! これ100円もするぞ!」と高槻が両方の眉を上げて、円先輩に振り返った。
「最近のUFOキャッチャーにしては安い方だけど。300円くらいするのも普通にあるし」
「何も獲れない確率の方が明らかに高いのに300円も支払うのか?! 何も得られないのに? 生粋のギャンブラーだな」
別に皆そんな賭け事気分でプレイしているわけではないと思う。
「最近のUFOキャッチャーは確率機も多いですから、何回もやらないとアームの力が弱まって絶対に取れないようになっていたりします。ある意味ギャンブルとも言えるかも知れませんね」
賭け事だった!
てか、なんで持田先輩はクレーンゲームにまでこんなに詳しいの?! 守備範囲が広すぎる! クイズ甲子園出た方がいいレベル!
円会長は、ゲーセンに不慣れな高槻にイタズラっ子のような笑みを向けた。
「高槻くん、どれ欲しい? 取ってあげるよ」
少し得意げに会長が言う。よほど自信があるらしい。『真面目』に手足が生えたような生き物の会長が、クレーンゲーム好きだったとは、意外だ。
「まじか? じゃ、あのジャンボチョコ棒で頼む」
「食べ物かよぉ。こういうときはぬいぐるみとかを指定すればギャップ萌えなのに」
「それ男女逆なような気もしますけど……」
「ぬいぐるみなどいらん。せめて食えるものにしてくれ。カレーとかないのか?」
「食堂か! カレーのクレーンゲームなんて聞いたことないから!」
「ぬちゃっ、てなりそうですね……」
てか、なんであの人たち、あたしを放置して3人で楽しんでるの?! 恋の応援してくれるんじゃなかったのかよぉ?! 援護射撃なしに野崎先輩を落とすなんて、あたしには——。
「あれ? アイツらどこ行った?」
未だ高槻たちを見つけられていない野崎先輩が見当違いの方向に視線を振っていた。
心臓が跳ねる。この高鳴りは怯えなのか期待なのか。あたしは、ごくり、と唾をくだした。
これは逆にチャンスではないか? ハグれた体で2人きりの時間を延長してしまえば、仲もグッと縮まるかもしれない。
援護射撃に期待しちゃダメだ。これはあたしの恋だ。あたしが動かなきゃ!
汗の滲む手をギュッと握り締めた。
「野崎先輩! あたし、野球部部長の実力、生で見てみたいです」
◆
——キィン
硬質な音が空気を裂くように鋭く走った。
ボールは低い弾道で直線を描き、バッティングマシーンを守るネットに直撃した。
「すごぉい!」
素直な感想だった。かれこれ5球くらいは連続で苛烈な打球を返している。
言っているそばからまた野崎先輩は鋭い打球を飛ばした。
マシンが動きを止めてから、先輩はバットを置き場にさして、通路に戻ってきた。
「まぁこんなもんだ。これで満足か?」
「はい。すごかったです。甲子園行きを確信しました」
「はは、そりゃどうも」
先輩はあまり嬉しそうな様子もなく、笑う。相手にされていない感じ。
「甲子園の砂、お土産にお願いしますね」
「あれはお土産にねだるようなものじゃないんだがな……」
「ダメなら予選会場の砂でもいいですけど」
「いやそれ、負けてんじゃねーか。キミ本当に甲子園行きを確信してる?!」
思わず吹き出して笑うと、先輩も笑った。
なんだか初めて気負わずに先輩と話せた気がした。
「先輩」
キィンとどこかでボールを打つ音が鳴った。
先輩があたしに振り向く。
「応援してます。頑張ってくださいね」
「なんだ? 勝ち上がれば、生徒会に行けなくなるってのに応援してくれるのか?」
先輩はいたずらっ子のように挑発的に笑った。
「当たり前じゃないですか。先輩がどれだけ野球にかけてきたか、あたし知ってますから」
キィンとまた鳴った。
野崎先輩は音の方を見て、打球を目で追う。
「告白していいか」と先輩は言った。
「…………ええ?!」
告白?! 告白って言ったの?!
あたしは歓喜と疑問で、頭の中がぐちゃぐちゃだった。
身体があたしの制御を離れて、カチンコチンに力が入る。
「誰にも……野球部の連中にも言ったことのない秘密だ」
「……え? あ、あー、そういう……」
あたしの歓喜はものの5秒で終わりを迎えた。愛の告白ではなく、単なる秘密の告白のようだ。紛らわしい。本当に、野崎先輩はラブコメ主人公のようなムーブをリアルにかましてくるから困る。
あたしは、首肯して先輩に応えた。
「実は俺、そこまで野球好きじゃない」
………………はぁ?!
「え、マジで言ってます?!」
「大マジだ」
「えぇ?! ここまでの会話なんだったんです?!」
ははははは、と先輩は豪快に笑った。いや、笑いごとではない。野球部部長の問題発言だ。とても聞き流せるものではない。
だけど、先輩は呑気に大口を開けて笑う。
「お前の素の反応、面白れぇな。そっちの方がお前らしくていいぞ」
「う……ッ! て、そうじゃなくて! え?! 先輩、野球嫌いなんですか?!」
「別に嫌いではねぇよ。野球部の練習に打ち込んできたのも本当だし、甲子園だって本気で目指してる。だけどよ——」
先輩は少し寂しそうに、飛んでいく打球や空振りする人を眺めていた。これから日本一を取りに行く高校球児の顔ではない。それはまるで戦死することが分かりながら、それでも戦いに行くしかない徴集兵のようだった。
「——俺が好きなのは、野球部の連中と何かに本気で打ち込むことなんだよな。俺が大切に思ってるのは『野球』じゃねぇんだよ。うちの野球部だ」
「…………それは……なんだか野崎先輩らしいです」
「……そうか?」と先輩は照れ隠しに顔を背けた。
負ければ終わり。引退だ。3年生が引退を逃れるためには、勝ち続けるしかない。
一日でも長く、野球部であり続けるために、先輩は戦うのだろう。
だけど、先輩の願いが叶うことはなかった。
野球部が突如として活動を停止したのは、それから3日後のことだった。
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