魔法使いはテロリスト
聖家ヒロ
第1話 魔法使いは研究職
「近頃、ワイバーンの出現率が増加しているらしい。ファイア、アクア、ライトニング。その何れにも対応可能な兵器が――」
〈魔法使い〉の仕事は、その強大な力をもってして〈冒険者〉のようにモンスターを狩ることではない。
利用するのは力ではなく、知識。
日々研究室に入り浸り、その知恵と知識を活かして科学の発展に役立てている。
「〈魔法使い〉が魔法で撃ち落とせばいいのに」
一人の研究者がぼやく。
生憎、〈魔法使い〉は戦闘のプロではない。単独でワイバーンに挑めば、大抵返り討ちに合うのが目に見えている。
「バカ、なんで〈魔法使い〉が動かなきゃならないんだ。モンスター退治はバケモノに任せとけばいいんだよ」
同年代の〈魔法使い〉が反論した。
彼らは、太古からの遺伝子を有し人間離れした跳躍を見せたりする〈冒険者〉とは訳が違うのだ。
ルアも当然例外ではない。
金髪のミディアムヘアに碧眼。小柄な体躯で、服装は普通の女の子が着ていそうな可愛らしい服。そういう風貌の〈魔法使い〉だ。
彼女の研究室には、彼女と同年代の〈魔法使い〉が多くおり、幸い居心地は悪くない。〈魔法使い〉というのは女性に人気らしく、男性の同業者は数えるくらいしか見たことがなかった。
近頃は、対モンスター用の人型兵器に使う電力供給システムの開発に勤しんでいるが、未だ進展は見られない。
休憩時間中、ルアは自分のデスクでスマホをスクロールしながら、にやにやしていた。
「アムレートさん、それ誰? 可愛い子ね」
「えっ? えぇと……」
同僚の一人に画面を見られ追及される。
ルアは隠し事がバレて、どう言い訳しようかと戸惑っていた。
「……もしかして、彼女さん?」
「そ、そう…………です」
問答無用で答えを言い当てられ、ルアは自白するしかなくなる。
そうすると、他の同僚も集まってきてスマホの画面に注目する。
「まだ若いわよね? この子いくつ?」
「……は、二十歳」
「アムレートさん、年下が好きなんだ〜」
どんどん明かす羽目になり、ルアは次第に口を開けなくなった。
スマホに入れている写真は、疲れた時、気分が乗らない時に見て気分を落ち着かせる女の写真。
青い髪をロングヘアにし、美麗ながらも子供のような愛らしさを思わせる顔立ち。服装は細さが際立つ黒のコーデ。
ご飯を食べて幸せそうにする彼女、うとうとする彼女、不意にカメラを向けられぎこちなく笑う彼女。
母親か! と突っ込みたくなるショットばかりだった。
休憩時間終了を示すチャイムが鳴り、同僚たちは散り散りになっていく。
ルアは肩を落とし、大きくため息をついた。
「ロナに会いたい……」
◇
夜になって仕事が終わり、魔導モノレールを使って全速力で帰宅するルア。
(ロナが待ってる……帰らないと)
使命感に満ち溢れた彼女は、モノレールから降りると、インテリ職な身体に鞭を打って走る。
白いロングコートの裾と、金色の毛先を揺らしながら走る。
今日は散々な日だった。
それが彼女の帰宅本能を刺激している理由だ。
同僚に秘密が暴露し、上司には仕事が遅いと嫌味をつけられて、帰りのモノレールでは痴漢されそうになって――。
高専で一生懸命勉強して〈魔法使い〉になった仕打ちがこれだとは、学生時代には考えもしなかった。
自分の住むマンションが近づいてきて、エレベーターに何人たりとも近寄らせない気迫を放ちながら、部屋のある階へと辿り着く。
自室のドアを開くと、陸上選手もびっくりの初速を見せながら、部屋に飛び込んだ。
「ロナただいまぁぁっ!!」
悲鳴のような声を上げながら、居間へダッシュする。
温かい料理の匂いと共に、愛しの人が出迎えてくれる。
蒼くて長い、お花みたいに綺麗な髪とお人形みたいに可愛らしい顔なのに、背が高くて清廉さを感じさせる風貌。
黒ずくめの服に不釣り合いな、桃色のエプロンを付けた彼女は、ルアを見ると微笑んでくる。
「おかえり」
そんな彼女に飛びつくルア。
ロナ・フラウィリア。
ルアが拾ってきた、愛しの人だ。
「ロナぁ! 今日も疲れたぁっ!」
少し背伸びしないと抱きしめられない彼女の身体が、疲れたルアを心身ともに癒してくれた。
(はぁぁ……幸せ……)
多少引かれてもいい、とルアは彼女の胸元で思い切り息を吸い込んだ。
鼻腔へ誘われるのは、花のいい香り。彼女の身体は不思議なことに、いつもお花の香りがするのだ。
「ロナ、なでなで〜ってしてくれる?」
「僕がするの?」
ロナは困ったように笑いながらも、胸元にぐいぐい抱きついてくる彼女の頭を優しく撫でてやった。
ルアは全身の疲れがぼとぼと零れ落ちていくように感じた。至福のひとときである。
(ロナの手やわらかぁい……しあわせ)
とろけるような顔になった彼女に、ロナはやっとの思いで告げる。
「ルア、冷めちゃうから食べて」
「あっ……! ご、ごめんね……!」
彼女の善意を無駄にしたくないと、彼女はすぐさまテーブルに腰掛ける。
そこに並べられた料理は少し冷めていたが、美味しそうだった。
だが、一人分しかない。
「ロナ、もしかして先に食べちゃった?」
「…………うん。お腹すいてて」
「……そう」
目を逸らしながら言った彼女を見て、ルアは囁くように言う。
問い詰めようとしても、食欲には敵わずひとまずは食事を始めた。
少し冷めてしまっているが、スープも美味しくて、パンとよく合う。メインのハンバーグもソースが絶妙な味で最高だった。
彼女からすると、ロナの手料理というだけで何倍もの補正がかかる。
「おいしぃ〜……ロナ天才!」
「ありがとう」
ロナはにこ、と笑う。
毎晩料理を作ってくれる彼女には、本当に感謝しかない。
でも、ルアには一つ気がかりがあった。
彼女は先に食べたといったが、シンクに目をやっても、そのような形跡は見られない。
何より先ほど彼女に触れてみて、やや体温が低いように感じられた。今日は少し遅くなったとはいえ、普段食べる時間からかけ離れているわけではない。
――何かあったのかな。
一日で唯一楽しみな食事の時間が、ロナの心配で埋め尽くされてしまう。
彼女は本望だったが、ロナに何かあるのはいただけない。
「疲れてる?」
ロナは彼女の顔を覗き込み、小さく尋ねる。
意表を突かれ変な声が漏れるも、笑って返してやる。
「うん、すっごい疲れた」
「何かしてあげようか」
「また膝枕して耳掃除とか……イヤ?」
「いいよ。後でね」
何気ない会話に変化はない。
――あるはずもない。この子は不調を取り繕うのが得意だ。花であれば、すぐにサインを出してくれるのに。
お花のような子なのに、お花からはとてもかけ離れている。
そんな儚さが、ルアにはどうにも恐ろしい。
「……あのさ、ルア」
ロナが小さく、小さく彼女の名を呼んだ。
そのあとに来る台詞が、ルアには容易に想像できる。
「また依頼が来たんだ。だから、明日からお家空けないといけないの」
その言葉で、ルアは戦慄する。
――何も戦慄することはない。
ロナ・フラウィリアは〈冒険者〉。
定期的にやってくる依頼を熟し、多額の報酬をもらうことのできる夢のある職業。
彼女はただ仕事をするだけ。
でもルアは、さながら愛しの人の重い病を宣告されたような表情で、あらぬ方向を見つめていた。
「ルア。私なら、大丈夫だから」
ロナは優しく微笑みながら、そう言った。
早く、早く何とかしてあげないと。
変わるのはこの子じゃない。
この子が苦しむような、この世界のほうだ。
◇
「〈魔法使い〉アムレート……また貴様か。俺はヒマじゃないんだぞ」
街の真ん中に聳え立つ、何処よりも近代的で、何処よりも高いビルにある一室。
黒い壁に囲まれた狭い部屋で、ルアは一人の男と対談していた。
「〈リバース財団〉のエージェント・セルシウス。貴方にお話しがあって参りました」
セルシウスと呼ばれた男は黒スーツに覆われた長身痩躯で、赤いオールバックで赤眼の険しい顔つき。
懐からカロリーメイトを取り出し、銀紙を噛み破って中身を食べ始めた。
「私には今同棲者がいます。彼女は今、精神的に不安定な状態……いや、心理的病を患っているため労働に支障をきたしつつ――」
咀嚼物を嚥下し、セルシウスは言う。
「何度も聞いた。その同棲者は〈冒険者〉なのだろう。休職申請も退職申請も受け入れられない」
「なら!! せめて依頼内容の緩和だけでも!!」
「それも受理できないと何度言えば分かる」
セルシウスはカロリーメイトを平らげ、懐からタブレット端末を取り出した。
端末を操作し、ホログラムを展開する。
映し出されるのはロナの個人情報。
――ルアはその下劣さに歯噛みをした。
「ロナ・フラウィリア。役職〈
彼が出してきたのは具体的な数字とデータ。そして遠回しに、自分たちが彼女を管理しているという宣告。
毎度同じ手口だが、ルアはどうしてもここで引き下がろうとしてしまう。
「あの子は道具じゃない……」
「道具じゃないとも。大切な〈冒険者〉さ。それに、あそこまで旧世代遺伝子保有率が高いのも珍しい。心配せずとも殺しはしない」
――殺しはしない。
その言葉にどんな意味が込められているのか、ルアは想像するだけで吐き気がしてくる。
「……貴様のライセンス更新日は来年だ。できれば、次に会うのはその時で頼もうか」
結局成果はゼロ。
仕事帰りに寄ったからか、もうすっかり暗くなってしまった。
〈冒険者〉は休むことも辞めることも許されていない――そんな法律が存在していいのだろうか?
確かにモンスターは、人の作る兵器だけでは太刀打ちできない個体もいるほど恐ろしい存在。
そんな生物を単身で狩れるような古代人の遺伝子を持つロナは、街の平和には必要なのかもしれない。
――でも、あの子は苦しんでる。
あんなに優しい子が苦しむ世界なんてあっていいわけがない。
気付いた者が動かなければ。
ルアは夜空に浮かぶ月を、その鋭く尖らせた翡翠の瞳に投影した。
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