12

 「チャンスはものにできた?」

 それが、二度目に会った男の第一声だった。兄がいないであろう夜の時間を狙い、再び訪れた薄暗い部屋で、男は白いシャツ姿でソファに腰掛け、煙草を吸っていた。

 「……。」

 俺は、黙っていた。勝手に鍵を開けて部屋に入ったのに、男は少しばかりも動揺したそぶりを見なかった。まるで、俺が来ることは始めから承知していたみたいに。

 チャンス。亜美花さんの白い顔が頭に浮かぶ。今頃彼女は、兄貴を探しに観音通りに行っている。その面影を、なんとか振り払った。チャンス、とかいうなんだか薄っぺらい外来語で、亜美花さんと兄貴と俺のことをくくってほしくはなかった。

 「なんだ。康一は、そうしてほしかったみたいなのに。」

 男が、珈琲の空き缶に煙草の灰を落としながら、うっすらと笑った。人形のように整った顔に、その温度のないうす笑いはよく似合った。俺は、やっぱり黙っていた。兄貴が、そうしてほしかった? 混乱はしていた。男の言う意味が掴めていなかった。そして、男にそれを知られてしまうことは嫌だったのだ。

 「……嘘でしょう。兄貴が売春してるって言うのも、あなたが兄貴のヒモだっていうのも。」

 脈絡もなく、俺はここに来るまでに頭の中で準備していた台詞を、そのまま口にした。

 「だって、わざわざ売春する必要がない。まともに就職するか、バイトでも、金は稼げる。兄貴が売春する意味なんて、ない。それに、兄貴はおんなのひとが好きだし、男を養う理由なんてない。あなた、適当なこと言ったんでしょう。」

 口調は、乱れた。亜美花さんみたいに毅然としていたかったのに、自分の動揺が如実に出た口調になってしまった。俺は、それが悔しくて歯噛みした。こんなんでは、怖くなってしまう。この男の返事を聞くのが。怖くなってしまう。

 男は、俺の言葉を聞いているんだか聞いていないんだか、どうでもよさそうに煙草をふかし、ソファに脚を組んでいたいた。俺は益々、こんな男のために兄貴が売春しているなんて、嘘だと思った。

 「俺、堅気とは寝ないから。そう言ったら康一は、売春してきたよ。」

 男はどうでもよさそうな表情を崩さないまま、そう言った。俺は男の言葉を頭の中で何度も反芻した。そうしなくては、意味が掴めなかったのだ。全く。言葉の意味を理解することを。俺の脳みそが拒絶していて。

 

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