第12章 谷底のコンピューター

 現実世界にいたのはたったの5日だと言うのに、ボイドに戻ったら暗くてどうも前がよく見えない。


目をパチパチさせて目を慣れさせると、ボイドコンピューターらしきものがゆっくりと見えてきた。ボイドコンピューターを隠蔽するためか、周囲は一層暗かった。


『ボイドコンピューターは大地と大地に挟まれた場所にあって、日の光が届きづらいから特に暗いんだ。』


サベルト総長の言葉を思い出した。よくできている、そう思っているうちに、視界がはっきりとしてきて、目の前のボイドコンピューターも見えてきた。ボイドコンピューターはよくあるノートパソコンと同じような形をしていた。


ふと、後ろで知らない声がした。


「おや、新入りか、ケトラーはどうしたんだい?」


「あ、はじめまして。ケトラーは今は知りません。」


「じゃあ、一人で来たのか?どうやって。」


「現実世界から直接コンピューターに、」


「ほう、経緯を説明してくれないか?」 


「分かりました。」


そうして俺は、琉との関係やアイツから来たメッセージ、そして警察を殺したことなど全てを話した。


その間、奴はこっちを向いたまま、ゆっくりと頷いて静かに聞いていた。俺が全てを話したあとも、奴は黙って考え込んでいた。やがて静かに言った。


「そりゃ、えらいことをしてくれたな。」


「なにが?」


「判断だよ。トップ同士だ。一つの言動が、大きなことになる。君は相手に自分の存在を自ら知らせた。相手は人間だった頃の君の様子を知っているし、君が生きていたということにも驚きだろう。ただ、今は君が闇騎士だということが向こうに知られていない。闇騎士と言う組織すらも、都市伝説である程だ。しかし、昔私達が闇騎士団と戦い、その存在を否定され、闇に閉ざされたボイドで生きることを余儀なくされたのは紛れもない事実だ。私たちは人間を許さない。そしてこれは人間を攻撃するのに良い手段だ。人は分からない物への恐怖心を少しでも少なくするために、罪をなすりつけ、冤罪を作る。人間を内側から破壊するのに良い方法だ。ここからさらにどのようなことをするのかは、君次第だ。」


 そう言うと、彼は、ボイドから消えていった。



 俺はボイドコンピューターのことが気になった。恐る恐る近づいてみると、ボイドコンピューターは俺を感知したのか青白い光を発した。


このコンピューターの暗号を解けば明るいボイドを見ることができると思うと心が躍った。そしてその予感は驚くほど見事に的中していた。



 ボイドコンピューターには、いくつかのファイルが映し出された。指を指した方向に在るファイルが自動クリックのように選択される。


現代よりも技術は進んでいるようだった。いや、もともとの闇騎士団が残したロストテクノロジーと言ったほうが正しいような気もする。


そうして俺は、気になっていたボイドについて書かれたファイルの中を覗いてみることにした。そこには、暗い闇の中に大木が写る一つの写真があった。俺はここである考えが浮かんだ。



 俺はいとも簡単に暗号解読に成功してしまった。


しかし、これをケトラーやサベルト総長の前でやりたい、そう思った俺はあえてここでは元の状態のままにしておいた。


もしかしたらこれが伝承に繋がっているのかも知れない。闇騎士のことを彼らほど知っていなかった俺がこの場で決定を下すのはあまり良くない。俺はここを去ることにした。


 現実世界のほうでは俺の家は徹底的に捜索されているだろう。俺は結局はいつもの裏路地が一番の場所なんだなと感心しつつ、ボイドから離れることを決意した。


『黒い世界の白い相手に忠誠を誓う』


俺は現実世界に戻ってきた。この場所はいつしか俺が一番落ち着く場所になっていた。


裏なのもあって、風が体のすぐそこを吹き抜ける感覚が、体を落ち着かせた。


俺はこの場所で寝入ってしまった。


朝起ても、変わらない風景と日常を作り出すこの裏路地が俺は大好きだった。明日はケトラーと1週間ぶりに会う日だ。


久しぶりなので少し緊張した。ただ、いつもケトラーと会っていたのだと思うと、緊張もバカバカしく思えた。


奴がもしケトラーと話をしたのなら、ケトラーはこのことをもう知っているだろう。


俺はゆっくりと夜を待った。いつもより穏やかな風は俺を優しく包み込み、静寂を作った。


日は赤く燃え、やがて空は紺色に変わった。


やがてケトラーは闇の中からやってきた。ケトラーは笑っていた。まるで、これから何かが起きるかのように。

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