五羽、消えてほしくないから。


 アディルに見送られながら門を抜けると、翼を羽ばたかせ、一気に加速して人間界へ向かう。昼に行ったばかりなので、迷うことなく毛玉悪魔の元に辿り着いた。


「見つけた」


 自販機の隣。オレが敷いたハンカチの上で丸くなり身体を震わせ、心なしか光も弱まって下級天使くらいになってしまっている。不安がよぎり毛玉悪魔の前にフワリと降り立つ。


「くぅ……ん……」


 オレの気配に気づいて、よろよろと起きあがろうとするけど、力が出ないのか再びペタンとハンカチの上に倒れる。


「マズイかも!」


 野良悪魔は、人間の住む地上で自然発生する。けれど衣食住を教えてくれる親がいない。当然、生きるすべが分からず栄養も取れなくて結局、元の自然の中に空気に溶けるようにして還ってしまう。だから野良は、とても珍しいし寿命も短く数日で消えてしまう。


「ちょっと待ってて! すぐ戻るから!」



 周囲に誰もいない事を確認して実体化すると、公園の反対側に見えるコンビニまで走っていく。そして店内に入るとカゴを持ち手当たり次第、菓子パンやおにぎりを放り込み会計を済ませ、再び毛玉悪魔の元に戻った。


「ほら! これ食べて!」


 毛玉悪魔の目の前に、大量に買ってきた食べ物を置く。けれど少し首を伸ばして匂いを嗅いだだけで、ハンカチに寝そべったまま食べようとしない。


「もしかして食べ方が分からない……とか?」


 生まれてから何も食べた事が無いのだから”食べるの意味”が、分からないのかもしれない。でもこのまま何も食べずにいれば消えてしまう。事は一刻を争うので、オレは地面に直接、座って毛玉悪魔をハンカチで包み込んで膝に乗せ、菓子パンの袋を破ってパンを取り出す。


「これは、こうするんだよ」


 パンを一口分千切って、口の中に入れて噛んで飲み込む。毛玉悪魔は、オレを見上げて首をコテンっと傾げる。まだよく分からない様子の、毛玉悪魔の口元に千切ったパンのカケラを、手のひらに乗せ持っていく。


「くぅん?」


 もう一度オレが食べて見せると、恐る恐るといった感じに、オレの手のひらのパンのカケラの匂いを嗅いでパクリと口にした。そしてモゴモゴ、口を動かしてゴクリと飲み込む。


「これが”食べる”って事なんだよ」

「くぅ!」


 初めて食べたパンが余程、美味しかったのかオレが一口サイズに千切ったカケラを次々に勢いよく食べていく。人間たちの作る食べ物は、様々な命が取り込まれ活力がみなぎっているから手っ取り早く生きる力になる。


「がぅ!」


 パンを食べ終わると、おにぎりにも興味を示しパッケージを小さな手でパシパシと叩き、オレを見上げる。目は潤み口からはヨダレが垂れている。包みをとって渡す。嬉しそうに笑んで受け取ると、パクリと口いっぱいに頬張る。尻尾をちぎれんばかりにブンブン振って、小さな翼までパタパタさせて一心不乱に食べていく。そして思う存分食べた後は、最後の最後まで味わい尽くすように、ご飯粒がついた手をペロペロと、赤い小さな舌で舐めてから満足そうに丸くなって眠ってしまった。


「ぷすぅ〜……。ぷすぅ〜……」


 膝の上の毛玉悪魔は寝息をたてながら、再び強い光を放ちはじめた。


 とりあえず一日は消えたりしないかな?


 手のひらに乗ってしまうくらい小さな命を、起こさないように優しくハンカチで包み込み抱き抱える。それから翼を出して天に向かって飛び立った。





 眠そうにアクビをしながらも、門の前でアディルが出迎えてくれる。


「おかえり。早かったな」

「ちょっと急ぎだっだからね」

「このまま天界に帰るのか?」

「うん」

「分かった」


 と、ここまではいつも通りだった。


パチパチ! バチンッ!!


 しかしアディルが、開いてくれた門を通ろうとした瞬間、火花が散った。


「!?」

「ピャン!!」


 オレは驚き、毛玉悪魔は目をまんまるにして、全身の毛を逆立て飛び起きた。アディルも突然の事態に唖然としている。


「お前、何を抱えてんだ?」


 オレの手元を覗き込んで、アディルは頭を掻きむしりハァーっと深すぎる溜息をつく。


「その子供”天の知らせ”受けて無いだろ?」

「まぁ。野良だから受けてないと思う」

「なるほどな。なら今その子供は”灰の者”って事になる」


 天使や悪魔たちは、結婚すると子育ての為に魔天回廊に移り住む。産まれたばかりの子供たちは、まだ属する種族が決まってないから天界にも魔界にも入る事が出来ないからだ。大人、つまり十五歳になると天の知らせが届き道が示され、灰色だった翼は、天使であれば白に、悪魔であれば黒に羽が生え変わる。個人差があるけど大体一年くらいで、天使なら輪が現れるし、悪魔なら角と尻尾が生えてくる。ちなみに稀に天の知らせが降りない子供がいる。それが魔天回廊で生きる灰の者たちだ。


「忘れてた……。どうしようかなぁ……」


 毛玉悪魔を抱きしめ、しゃがみこんで悩みはじめると、アディルがオレの肩をポンッと軽く叩く。


「どうしても、その子供を天界に連れて行きたいのか?」

「あぁ。今回の仕事が保護だから……」

「ふぅん? でもそれだけじゃ無いんだろ?」


 付き合いが長いと、隠し事は出来ないようだ。ゆっくりと頷き「気になっている事があるんだよね」と小さくつぶやいた。


「気になる事か……」


 今度は、アディルが頭を抱えて悩みだす。せっかく相談に乗ってくれてるのに、仕事の詳細は言えないのがもどかしい。


「一つだけ聞いていいか?」

「仕事に関わらない所までならいいよ」

「その子供の事をお前はどう思ってる?」


 まだ出会ったばかりの毛玉悪魔。けれど不思議な熱量を伴うリアルな夢を見たからか、このまま手放したくないと思ってしまった。じゃなかったら、こんな真夜中に人間界まで行ったりなんかしない。


「消えて欲しくない! と、思ってる」

「分かった。ちょっと耳をかせ! これはあまり知られてない事なんだけど……」


 辺りに誰もいない事を確かめてから大きな体を小さく屈めて、オレの耳元で毛玉悪魔と一緒にいられる方法をこっそり教えてくれた。

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