二羽、出会いは始まり。
天界門に着くと、友人でもある門番のアディルがオレに気がついて、紫の石がはまったシンプルな杖を振り上げニカッと笑う。門番と言うだけあって、背も高く筋肉質ながっしりとした体格をしてる。
「はよ!」
「おはよ!」
挨拶を交わし門をくぐると、一気に雰囲気が変わる。道の両脇には青々とした木々が一定間隔に並び、どこからともなく様々な食べ物の匂いまで漂ってくる。
「うわぁ! なんだか人が多いなぁ」
「今日はさ、極秘に天上王と魔王が来てるって噂だから、玉の輿狙いの女たちが張り切ってんじゃないか?」
「へぇー」
辺りを見回すと、天界では見かけない赤や黒や紫といった派手目なドレスを身に纏った女性たちが、街の至る所で談笑しているのだ。
「そんなお偉いさん方が、こんな街中をホイホイ歩いてる訳ないと思うけどな」
「まぁ……。そうだよね」
アディルと雑談しながら暫く歩くと、天界と魔界と人間界の狭間に存在する魔天回廊が現れる。回廊と呼ばれてはいるけど一つの立派な街だ。特徴的なのは三つの世界を繋いでいるだけあって、赤い屋根の茶色のレンガ作りの建物が立ち並び、市場には天界と魔界の物に加えて人間界の物まで色んな品物が売られているし、人種も天使と悪魔もごちゃ混ぜの何でもありだ。更に灰の者と呼ばれる天使でも悪魔でも無い人々も住んでいる。
「今日も人間界に降りるのか?」
「うん! 人間の食べ物は美味いからさ!」
「そんなに何度も行くほど美味しいのかぁ……」
少し残念そうに頭を掻きむしるアディルは灰の者だ。翼は生えているけど、その翼は灰色で、悪魔の角も天使の輪も持たないから、人間界へ行く事は許されてはいない。
「じゃ! なんか買ってくるよ!」
「いいのか?」
「もちろん! 嫌いな食べ物は無い?」
「やった! 嫌いなものは無い何でも食べるぞ」
「分かった。楽しみにしてて!」
「サンキュ! 待ってる」
アディルが杖で円を描き、複雑で独特な呪文を唱えると、青々とした蔦が這った木製の扉が現れる。人間界に通じる扉は魔天回廊にいる門番にしか、呼び出せないし開ける事も出来ない。その扉をアディルがゆっくりと開けてくれた。
「じゃあ行ってくる」
「気をつけてな!」
オレは魔力を巡らせ白い翼を広げると急降下していく。目指すは、色とりどりの極彩色の人間界。深呼吸をすると脳にまで届く様々な刺激的な匂い。耳をすまさなくても聞こえてくる音や声。天界には無い色々なものが存在する此処は何故だか、とても落ち着くし懐かしい感じがするから好きだったりする。
まずは仕事を片付けよう。
最上級天使セラフィム七家の一つ、オレの一族ルディアス家は天使でありながら殺戮の力を与えられ、魔に堕ちた堕天使を狩るのがお役目であり仕事だったりする。ちなみに両親がアルファなのと強力な殺戮能力のおかげで、万が一野良アルファに襲われても返り討ちに出来るから、オレとしても凄く助かっている。
……の、はずなんだけど、今日のは何だかおかしい。
なんと今回は堕天使の処刑ではなく、観察と保護だったりする。ただ捕まえるだけなら、セラフィムじゃ無くても、下級天使でも大丈夫だと思うんだけど……? 首を捻りながら目的地であるN市の公園に向かい飛び続ける。
柔らかな日差しが降り注ぐ、少し冷たいけど春先の爽やかな風に乗る事、数十分。目的地に着く前から異変の元、とてつもなく強烈な輝きを放つ何者かの気配を感じ始めた。
強すぎる光のおかげで迷う事なく、公園の片隅にある自動販売機の前に降り立った。
カァ! カァ!! カァ!!
そこには沢山のカラスが、大騒ぎをしながら”何か”に群がり、突いたり黒い羽を毟ったりしていた。カラスたちに手を振りかざし追い払う。
するとカラスに虐められて、傷だらけで汚れてうずくまる”何か”が姿を現した。
なんだ? この薄汚れた毛玉は?
ボサボサの焦げ茶の髪の毛、紅葉のような小さな手足。角の代わりに三角耳、尻から生えてる尻尾は犬っぽい。見た目は小さな黒い翼を持った悪魔。なのに熾天使セラフィムのような強いけど優しい光を周囲に撒き散らしている。問題はうつ伏せで倒れてピクリとも動かない事だ。
「おい! 大丈夫か?」
声をかけてみても反応は無い。せっかく見つけたのに、死んでしまっては仕事が失敗に終わってしまう。それはとても困る。
触った途端に消えたりしない……よな?
恐る恐る小さすぎる毛玉に手を伸ばしてから、不安がよぎって再び手を引っ込め、頭を抱えて毛玉の周りをウロウロ行ったり来たり。
今日の仕事は保護……。見た目が悪魔だから本来なら魔界側が保護するはず。もしかしなくても気配が天使そのものだから、天界側に仕事が回ってきたって感じなのかもしれない。
しゃがみこんで、もう一度じっくり観察する。毛玉の回りの植物は春先でまだ肌寒い気温にもかかわらず、青々として元気いっぱいに季節はずれの様々な花を咲かせている。やっぱり天使の癒しの力、しかもかなり強力な力を持っているようだ。
(親は……いないみたいだな?)
目を瞑り周囲を探る。人間たちの気配はそこかしこに存在するが、天使や悪魔の気配は全く無い。ちなみに人間たちには、オレたちは見えないので目の前を通りすぎだり自販機でジュースを買ったりしている。
この毛玉は、どうやら自然発生した悪魔で間違いないと結論が出た。
よし!
と気合いを入れ、ドキドキしながらも手を伸ばし消えてしまいそうなほどの、綿毛のような毛玉悪魔に触れた瞬間……。
「……! なん……だ? これ……は……」
まるで濁流のような熱量、様々な感情や風景、更には匂いといったモノまでが脳内に一気に流れ込み、あまりの情報量にオレは意識を手放してしまった。
◇◇◇◇◇
三月も終わりだと言うのに、都心には雪が降っていた。夜なのだろう辺りは暗く街灯が道を照らして、雪をキラキラと輝かせる。
オレは身動きも出来ずに、小さな籠の中で毛布に包まれ、空からふわふわと雪が舞い踊るのを、ただ見ていた。
(あぁ……。コレは天使へと生まれ変わる前のオレの前世での記憶だ)
凍えてしまいそうな程の寒さの中、弱々しく泣いていると近くの建物から、ふくよかな女性が出てきて籠からオレを優しい手つきで抱き上げる。
「おやまぁ。こんな寒い日に可愛そうに、私たちのお家にいらっしゃい」
連れて行かれた建物は孤児院だった。次の日には冬野ユキオと名付けられた。春先なのに、雪が降っていたからと言う理由だ。安易すぎて笑うしかない。
——ザッ……ザザー……。——
まるでテレビやラジオのノイズのような音と共に場面が切り替わった。
十八歳になると育った孤児院から出て、ボロボロの小さなアパートで一人暮らしをして働くようになった。
(孤児院は大部屋だったから、プライベート空間が出来たのが凄く嬉しかったんだよなぁ)
その日暮らしのように、色々な日雇いバイトをして食いつなぎ日々は過ぎていく。
(本屋でバイトをしている時に出会った先輩とは、お互い凄く気が合ったし趣味も同じだったおかげで親友だと思えるようになった。その男が近所に住んでいたから、かなり安心感があったのを覚えている)
——ザザ……ザッザ……。——
再びノイズが入って場面が切り替わる。
「あの、すいません。この本ありますか?」
「はい。突き当たりの奥にございます。お持ちしましょうか?」
「よろしくお願いします」
本屋でバイトをしている時に、本のタイトルが書かれたメモを持ち声をかけてくれた彼女は以前からオレの事が気になっていて「今日こそは!」と意を決して話しかけてくれたんだそうだ。数ヶ月後には、バイトが終わるのを待ってくれるようになり、更に休日に会うようになっていった。
「沙耶! 結婚して欲しい!」
初めて出来た彼女、沙耶と一年ほど交際をした頃、バイト代をかき集め指輪を買って、心臓が口から出そうなほどドキドキしながら、緊張で脳内パニックのままプロポーズした。
「はい! よろしくお願いします」
はにかんだように、ニコッと微笑み指輪を受け取ってくれた。オレの生い立ちの事を知っても、変わらず優しい沙耶と一緒に過ごした日々が、人生で一番幸せで充実していたと思う。
——ザッザッ……ザァー……。——
早送りのビデオのように次々と場面は変わっていく。
仕事の休憩時間、昼食を食べているとスマホが震え着信を知らせてくる。画面には『沙耶』の文字。仕事中に電話をかけてくるなんて今まで無かった。
胸騒ぎを覚えながら画面をタップする。
「沙耶?」
「冬野沙耶さんの旦那様ですか?」
「はい。そうですが……。どなたですか?」
知らない男の声に緊張が走り手に汗が滲む。胸がザワつき鼓動が激しくなる。話の先を聞きたい気持ちと聞きたくない気持ちが混じり合う。
「朝の十一時頃なんですが、奥様の沙耶さんが交通事故に遭われまして、それで……」
スマホがオレの手から滑り落ち、カシャンと乾いた音を立て画面が砕ける。
オレの世界から、愛する人が消えて行く……。
呼吸さえ出来なくなりそうだ……。
——ザァー……ザァー……ザザッ……。——
色々と不自然な点のある事故、つまり妻の沙耶は、事故死では無く殺されたのだ。調べていく内に犯人は、親友だと思っていたバイト先の男で沙耶の兄だった。ただ沙耶を殺した理由は最後まで黙り続けた。
まるでブラックホールに吸い込まれていくような、足元の地面が崩れるような感覚が襲ってくる。
——ブッ……。ッー……。……。——
その後は全てが信じられ無くなって、誰とも親密になる事も、友人すら作る事も無かった。最後は会社の上司のミスをなすりつけられ借金を背負ってしまった。
(……もし本当に生まれ変わりがあるなら、次の人生こそ幸せになりたい……)
家賃が払えず借りていたアパートを追い出され雨の中、雑草が生い茂る川べりに寝転がり天を見上げて澱んだ空に手を伸ばす。
◇◇◇◇◇
前世のオレの七七年間の生涯は、掴んだはずの幸福さえ逃げていくような全てにおいて、運に見放されていたように思う……。
涙が頬を伝う感触と、何かがオレの頬を撫でたり叩いたりする優しい刺激に、ぼんやりする頭を左右に振りながら目を開ける。
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