天使に転生したオレは、王様に前世の頃から目をつけられていたようで、いきなり「お前の魂そのものを愛してる」と強引に婚約を決められ溺愛されることになりました
うなぎ358
一羽、波乱の幕開け。
天使たちが住まう光に満ちた世界。その一角にある、上級貴族ルディアス家の屋敷では朝からメイド達が、お湯の入った桶や白い清潔な布を手に慌ただしく動き回っている。ワシはと言うと閉ざされた部屋の前、白く長い廊下を端から端まで行ったり来たりして落ち着く事が出来ない。
「フギャー! フギャー! フギャー!」
白い石造りの広い廊下に稲光が迸り、地響きを伴った雷鳴が轟いた直ぐ後に、閉ざされた部屋の中から新しい命が産声をあげるのが聞こえてきた。
「セイラン様、元気な男の子ですよ」
ゆっくりとドアが開き、お産を手伝ったメイドが顔を覗かせる。けれどその表情は喜びではなく、強張り戸惑っているようだ。
「何かあったのか?」
「……」
言いにくい事でもあるのか、メイドは視線を彷徨わせながら無言でワシを室内に招き入れた。
「セイラン……」
妻のハユリは、ベッドに横たわったまま不安そうに目を潤ませ、生まれたばかりの赤子の頭を撫でながらワシを見上げる。そして握っていた手のひらを、ゆっくり開いていく。
「これは!?」
「えぇ……天珠です。しかも虹色の……」
この天界において、天珠を持って産まれた赤子は王に嫁ぐ事が運命づけられる。天珠は天の至宝。王の運命の番。絶対的アルファである王の為だけのオメガとされ隠す事は許されない。つまり拒否権は無いのだ。
だがしかし……。
「今まで一度も男児が天珠を持って産まれた事など無かったはずだ」
「えぇ……。男児と知られたなら、どのような事になるか分かりません」
現在、最上級天使セラフィムの地位には七つの一族が存在するが、いずれの家も上級貴族に相応しい力も歴史もある。その中で娘がいるのは、ヴェルデ家とフィランシェ家。特にヴェルデ家は向上心が強く王妃の座を狙っていると噂されている。もし”この事”が知られたなら間違いなく狙われるだろう。
「そう……だな……。天珠だけを奪われるだけならば良いが争いの火種になりかねん」
「はい。この子だけではなく、わたくしたちの一族にも危険がおよびます」
天使たちは、人間たちが想い描く優しい天使ばかりではないのが現実だったりする。利権が絡めば争いにもなるし、死を司る天使までいるのだ。
ハユリはベッドからゆっくりと起き上がると、赤子の額に祈りを込めるかのように優しくキスをして抱きしめる。
「天珠の光とオメガの花の香りは隠せません。であれば、わたくしは、この子を女の子として育てようと思います」
女性として育てればオメガの匂いも香水の香りだと誤魔化せるかもしれない。強い意志と思いを青い瞳に宿らせ、ワシを見上げる。
「分かった。お産に関わった者たちには”今日この日”に関する全ての事に対して口を閉ざすよう術を施そう」
「よろしくお願いします。あとは……」
天珠は癒しの力。千年に一度だけ女児が胸に抱いて産まれる稀有で優しい力。ならば宿主である、この子を守って欲しい。
「どうか争いなど起きぬよう。この子が傷つく事などないように……」
天珠を赤子の胸の上に置き、ハユリが呪文を唱える。すると天珠は、赤子の身体に溶けるようにして、ゆっくり吸い込まれ同化していった。
「封印したのか?」
「はい。けれど、いつまで誤魔化せるのかは分かりません」
虹の、七色の光を放つ天珠は、普通の天珠よりも更に希少で万年に一度にしか現れない。そして、その天の輝きを持って生まれた娘を妃に迎えたならば、世界を癒し守護し万年の繁栄と平和を約束されるという言い伝えがある。
王の番である天珠を隠すのは大罪。
けれど我が子を、ティアレインを、そんな道具にはさせないし誰にも渡さない。
—— 十四年後 ——
午後の昼下がり。白く大きな西洋風の屋敷の中庭では、恒例のお茶会が開かれていた。黄緑色のふかふかの芝生の上には、白い丸テーブルと椅子が置かれ、二人の女性がクッキーを摘みながら紅茶を楽しんでいる。
「レミアーデは、もう少し派手なドレスで殿方にアピールしなさいよ!」
ウェーブかかった赤毛を肩まで伸ばした碧の瞳の気の強そうな女性は、ヴェルデ家のご令嬢でアリスティーナ。かなりの美人だ。いつもレミアーデの事を気にかけて妹のように可愛がっている。ピンクのドレスを好んで着るのは多分レミアーデの髪色と同じだからだろう。
「レミィはこれで充分なの。アリスティーナと、ご一緒にお茶を出来るだけで嬉しいの」
レミアーデはフィランシェ家のご令嬢で、ピンク色のストレートの長い髪に若葉色の瞳、そして健康的な褐色の肌をした、少し控えめな性格の小柄な女性。今日の真っ白なドレスも良く似合っている。優しく接してくれるアリスティーナの事が大好きなのが見てるだけで分かってしまう。とても可愛らしいので、貴族の男性たちにも人気だったりする。
オレはと言うと、ドレスにも妃にも興味が全く無いので、テーブルから少し離れた所にある木に寄りかかるようにして直接、芝生に座ってボンヤリと二人の様子を見ている。けど流石に飽きてきた。
「”私”はそろそろお暇するよ」
今のオレは、ドレスを着て女性の格好をしているので”私”を使っている。男である事を知られない為に公の場では、オレは女で無くてはならない。女性であればオメガの花の香りも、香水だと言ってしまえば問題は無いからだ。
「あら。もうお帰りになるの?」
「うん。次のお茶会もまた呼んでくれたら嬉しい」
「ふふふ。分かりましたわ」
口元を扇子で隠しながら、明るくコロコロ笑ってアリスティーナは手を振ってくれた。
「……またね」
「うん! またね!」
レミアーデも小さく手を振って、ニコッと微笑む。
途中で帰ってしまうのは、いつもの事なので二人に気にする様子はない。お辞儀をして中庭を後にした。
オレたちは、天使の中でも七家しか無い最上級天使セラフィム、つまり上流貴族なので他貴族との交流するのも重要な仕事だ。要するに腹の探り合いなのだけど、特に女性たちは王の妃になる為に必死な訳で、当然アリスティーナもレミアーデも候補でありライバルだったりする。その事は頭では分かっている。が、ハッキリ言ってお茶会はつまらないし退屈過ぎる。
そもそもオレは、妃になるつもりもないからなぁ。
自室に戻ると、深く溜息をついてしまう。
「おかえりなさいませ。ティアレイン様。溜息などついて、どうかされましたか?」
専属メイドであるメリアがベッドメイキングを終えた所だったみたいで、オレの方を振り返ると小首を傾げ聞いてくる。肩ほどで切り揃えた明るい茶髪に焦げ茶の目の小柄な男の子だ。明るく素直な性格なので、オレの両親は娘のように接している。だからまるで姉妹ように育ったんだけど。
「メリアの方が小柄で可愛い気がする! オレより所作も綺麗だし!」
「そんな事はございません。ティアレイン様の長い紫の髪も青い目も美しいと思います。今日の水色のドレスも、とてもお似合いです」
「そうかなぁ?」
「はい!」
思わずもれた小さなボヤキにさえ、にっこりと微笑みながらメリアが誉めてくれる。けど最近オレは成長期と言うやつなのか、身長が一気に伸びてメリアより背が高くなってきたし、声も変わりかけなのか喉の調子が悪い。そろそろ女性には見えなくなりそうで不安しか無いのだ。
「ティアレイン様、今日も人間界へ降りるのですか?」
「うん!」
青のリボンを解き着ていた薄い水色のドレスを脱いで、クローゼットから取り出した黄色いTシャツとジーンズをベッドに広げて出掛ける準備をしていく。青いリボンを巻いただけのような頼りないシューズも、動きやすい運動靴に履き替える。
「父さん達には内緒にしておいてね」
内緒とは言っても、多分間違いなくバレてるとは思うんだけど……。と、思いながら廊下に出る方のドアではなく、外の景色がよく見える大きなガラスの嵌め込まれた窓に向かって行ってガラス扉を開ける。すると爽やかで心地よい風が、外から室内に入ってきてオレの長い紫色の髪をフワリと踊らせる。
「分かりました。けれどお気をつけて行ってらっしゃいませ」
「ありがと!」
窓枠を跨ぎ部屋の外へ飛び出し体中魔力を巡らせると、背中に白い翼を出すと空に舞い上がり風に乗って羽ばたいていく。
首だけで振り返ると、メリアが窓際で手を振っている。オレが屋敷を抜け出すのは、いつもの事なのでメリアは笑顔で送り出してくれる。
空の散歩を楽しむように、ゆっくりふわふわと飛ぶ。
やっぱ天界って味気無いと思う。
天を見上げると、少しだけ黄色味を帯びた光に満ちてるだけで太陽すらも無い。そして見下ろす地上は生い茂る木々すらも色が薄い緑、建物に至っては細やかな彫刻はされてるけど基本的に真っ白なのだ。
つまり全てが、うすらぼんやりしている。
オレも含めて天使たちだけは色があるって不思議かも……。
時折すれ違う天使たちは、金髪だったり茶髪だったりするから、背景が薄いせいで何処にいても割と目立つ。目の色もバラバラだし肌の色も様々だ。けど着てる服はやっぱり白や淡い黄色系が多い。ちなみに翼とエンジェルリングは、魔力で出し入れ出来るので寝る時も邪魔にはならない。
しばらくすると目の前に大きな門が見えてきた。
良かった。今日は天界門が空いてる。
地上に降りると、天使の彫刻が施された美しい真っ白な門へ向かって歩いていく。門には二十人ほど並んでいるだけなので、すぐに順番はくるだろう。
次の更新予定
2024年11月30日 00:03
天使に転生したオレは、王様に前世の頃から目をつけられていたようで、いきなり「お前の魂そのものを愛してる」と強引に婚約を決められ溺愛されることになりました うなぎ358 @taltupuriunagitilyann
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