11.縦ロール令嬢(前)
フリーデン帝国の王宮は上空から見ると星のような形をしていた。各先端の区画にはシャオヤオが与えられた屋敷のような建物があり、回廊によって繋げられた中心部分は政治を司る政庁となっている。
更に王宮から広がる敷地あり、王宮に似た星の形の城壁によって囲われている。エリム夫人曰く、軍人上がりである現皇帝肝いりの攻められにくい構造になっているのだとか。大陸全土を支配する超大国が王宮にまで攻め込まれるなんて事があるのかとも思うが、先の事は誰にも分からないのだし、あえて口にする必要もないのでシャオヤオは黙って案内を聞くに徹する。
王宮見学も二回、三回と続ければ色々と慣れてきた。こちらを窺う沢山の目が当初と比べたらかなり減っているとなれば尚の事。
それはエリム夫人も同じらしく、彼女の場合は自身の説明に対する反応からシャオヤオが好む傾向を大方把握したらしい。シャオヤオとしては特別に反応してみせたつもりはなかったのだが普通に「姫様のお好みでしょう?」と当てられてぐぅの音も出ない。本当に、油断も隙もないお婆様である。
とは言え、何事も起こらないと言えば嘘になる。現に今も…。
「お下がりなさい」
「なっ!? それはわたくしへの言葉ですの!?」
ピシャリと言い切るエリム夫人の強い態度に、対峙するどこぞの御令嬢が眉を吊り上げた。可愛い顔が台無しだ。
これで何人目か、王宮内を歩くシャオヤオに絡んで来たつわものの登場だ。
確か…なんとかのなんとか伯爵の娘だと名乗っていた気がするが、シャオヤオは全く聞いていなかった。どうせエリム夫人や他の使用人達が相手をするのだし、覚えておいた方がいい人物ならそう耳打ちされるので、されなかったという事はつまり覚えなくていいのだと思って聞き流していた。
「貴女も大変ですわねぇ、エリム子爵夫人ともあろう者が平民のお猿の世話をしなくてはならないなんて。まぁ猿だけに貴族の猿真似は御上手なようですけど、平民臭までは隠せていませんわよ。臭いが漂ってきて、あぁ臭い臭い。少しは周囲への迷惑を考えてほしいモノですわ。あぁお猿にはそんな配慮も出来ないのね、ごめんあそばせ」
この令嬢は中々に頑張る。大抵はエリム夫人の鉄壁とも言える対応に何も言えず早々に退散していくと言うのに、若さ故か、勢いだけは無駄にあるらしい。
金髪の縦ロールに豪華なドレス。シャオヤオはエリム夫人達の背と手に持った扇に隠れて静観しつつも、見た目も言動も絵に描いたような“傲慢な貴族令嬢”の登場に、何だか物語でも見ているようで少しだけ興味が湧いていたりする。
後、ついこの前に見掛けたアズ令嬢と縦ロール令嬢とを比べて、所作の差とはこう言う事かと勉強にもなっている。遠目で見ただけでもアズ令嬢の立ち姿はカッコ良く、完璧の一言だった。そのアズ令嬢と金髪や豪華なドレスに大した差はないはずなのに、目の前の縦ロール令嬢は何処がどうと言えないのだが、ちょっとした動作にすら目劣りを感じてしまう。
「随分と下品なお口です事。もしかしなくてもそれはラウレンティウス殿下の婚約者となられた姫様への嫉妬から来るものなのかしら。あら? でも貴女の名前が殿下の婚約者候補として上がった事が一度でもありましたでしょうか…。この歳故に記憶があいまいでして、ごめんあそばせ」
「っっ! そうご存知ないの。そうよねたかが子爵家では知らなくても仕方ないのかも。なら教えてさしあげるわ、お父様は何度も皇帝陛下へ申し込んでいますのよ。えぇ、殿下と年齢も近く、この帝国の皇妃に相応しい血筋である娘のわたくしを! ポッと出のそんな平民の血が混じった小娘ではなく、このわたくしをね!」
「申し込んだところで相手にされていなければ意味はなくてよ。陛下は殿下の相手は本人に任せるとして如何なる縁談も断っておられる。それでも権力狙いの輩が虫のように湧いてきて困ると、皇妃様と揃って溜め息を付かれていたのを夫からよく聞きましたわ。つまり、何度も申し込む貴女のお父様は陛下を困らせる不忠者と言う事ですわね」
「子爵夫人風情が伯爵家当主であるお父様を侮辱する気!?」
「とんでもございません。ただ周りの御令嬢達、その妹君達の世代が成婚と婚約を取り付けている中、大切なお嬢様をいつまで箱の中にしまっているつもりなのか…と僭越ながら心配しているのです」
「このっ、陛下の信頼が厚いからと、それを笠に着て調子に乗るのも大概になさいませ! 平民如きと駆け落ちするふしだらな娘の母親に、誰の何を教育できると言うのよ!」
「貴女が今この時を狙ってここへ来たのは何故です? 夜会等で平民の粗暴な猿、教育したところで碌なモノになるはずがないと口汚く蔑んで悦に浸っていらしたのに、姫様が少し表に出た途端、お姿を見た者達が一斉に評価を変え出したものだから慌てて飛んできたのではなくて? でも初日から何日も経っていると言うのに、こちらとしては今更。お耳に囁いてくれるお友達は随分とゆっくりしているのね」
おおぅおう…。シャオヤオは何だかよく分からないが感動していた。
普段通りのゆっくりで優雅なエリム夫人のままのはずなのに、シャオヤオを背に伯爵令嬢を相手にする彼女が醸し出すオーラは全くの別人のよう。
言うまでもないが、怒っている。多分、縦ロール令嬢が平民を蔑んでいるからだろう。エリム夫人にとっては娘の婿殿であり孫達でもあるのだから。他にもあるかもしれないが、無礼で不快な小娘の鼻っ柱をへし折って再起不能にするつもりのような、それだけの迫力を感じる。シャオヤオの気のせいかもしれないが。
対する縦ロール令嬢の方も根性だけは素晴らしい。
全部は理解できなかったが、要は皇妃の座を狙うただの独りよがり、いや父親と二人よがりとエリム夫人から現実を叩き付けられたようだ。周囲の、シャオヤオではなくエリム夫人と縦ロール令嬢のやり取りを見ていた野次馬…観衆からクスクスと忍び笑いが漏れ聞こえてくる。朱に染まる縦ロール令嬢の顔色から見て若干の自覚はあるのだろう、それでも彼女は折れる事なく逃げずに立っている。そこだけは拍手を送りたい。
そんな事を思っていたら、縦ロール令嬢と思いっきり目が合った。
「平民交じりの平民育ちの姫には分からないのでしょうけれど、貴族、特に帝国貴族は気位と矜持を常に胸に生きているのです」
「はぁ…」
シャオヤオは思わず返事をしてしまう。
すると縦ロール令嬢がニタリと笑ったかと思えば、エリム夫人を退かして無理矢理シャオヤオの前に立った。どうやらシャオヤオが反応を返してしまった事で、シャオヤオと縦ロール令嬢の会話の場が成立したと見なされたようだ。そうなると、あくまでも世話役であるエリム夫人や使用人達はシャオヤオと言う主を差し置いてその会話に割って入る事は許されない。
「貴女の考えなしの行動がどれだけわたくし達、帝国貴族の誇りが傷付けられた事か…。平民育ちでは想像の翼を広げたところで貧相過ぎる頭では考えが至らないのでしょうね。でも殿下や周囲の者が教えない事を、僭越ながら地位と責任ある伯爵家の者としてわたくしが教えてさしあげるわ」
これはシャオヤオの落ち度だ。
やってしまったと、エリム夫人に謝罪と反省の視線を送る。
「瓦解寸前の王国の平民同然の姫如きが帝国の皇太子と婚約し、いずれは帝国皇妃になるなんて身の程知らずにも程がある! 少しは弁えなさい! わたくしならとても耐えられません。そんな事になるなら自ら命を断ってでも辞退いたしますわ!」
ビシッとシャオヤオを指差して縦ロール令嬢は高らかに己が信じんとする道理を言い放つ。
さながら物語で悪者に引導を渡す佳境の場面みたいだ。
縦ロール令嬢にとっては、なのだが。
さてどうしたものか、シャオヤオは考える。
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