フリーデン帝国の平和な出来事
ちまき
皇太子の婚約者は暗殺者?
00.カウントダウン
その日、帝国は建国祭に沸いていた。
≪10≫
まだまだ新しさが見える帝都の街並みには国旗がいくつも掲げられ、あちらこちらから民衆が舞い上がらせる花や紙の吹雪で溢れている。
≪9≫
王宮に向かう大通りでは煌びやかな衣装に身を包んだ演技者達が歌や踊りのパレードを行い、開かれる店では記念の商品が置かれる他、特別な値引きが行われ、それを目的とする客で賑わう。
≪8≫
誰も彼もが笑顔を浮かべている。
国の、自分達の新たな門出となった記念すべきこの日を国民は余すことなく祝していた。
≪7≫
そんな賑やかしい人々の間を縫って、“黒猫”は移動する。
目指すはパレードが一時留まって演技者達がパフォーマンスを披露する広場…それを一望する為に誂えられた貴賓席。
≪6≫
尊き貴人の為に厳重に警備されているそこも、祭りの喧騒に当てられてか人が絶えず行き来していた。雇い主の手引もあって、紛れ込むのは容易である。
侍女の格好をし、ティーセットを乗せたトレーを運ぶ“黒猫”を気に留める者はいない。
≪5≫
最も上位の席へ背後から近付いて一言。
≪4≫
「お茶をお持ちしました」
「あぁ、来たか」
≪3≫
こちらを振り返るターゲットの喉元へ、“黒猫”はトレーの下に忍ばせていた短剣を突き立てる。
≪2≫
それで、この建国祭に湧くフリーデン帝国の皇太子ラウレンティウス・アレク・ミューラーの命は終わるはずだった。
それで、暗殺者“黒猫”ことシャオヤオの仕事は終わるはずだった。
≪1≫
がーーー
≪0≫
「時間通りだな、我が愛しの婚約者殿」
皇太子の喉に短剣が届こうとする寸前、伸ばしていたシャオヤオの腕はその皇太子の手に取られ、止められてしまった。
内心驚くが、瞬時にこのまま暗殺を続行するかまたは失敗とみなし逃亡するかをシャオヤオは考える。どちらにせよ皇太子の手は振り払わなくては…。
皇太子が立ち上がるのを見て、持っていたトレーを投げ付けようと振り被る。派手な音が出るがこの際仕方がない。こちらの動きを見て、皇太子もトレーを避けようと咄嗟に手を離すだろう。シャオヤオはそう判断した。
ところが、また驚く事に皇太子は手を離すのではなく己の側へと引き寄せてきた。
予期せぬ動きにシャオヤオの体勢は崩れる。
腰に手が回されたのを感じ取って、やはり暗殺は失敗…逃げなくてはと身を捩った瞬間だった。
「演目の途中だが、愛すべき帝国臣民の諸君へ紹介しよう。この度我が婚約者となった未来の皇妃、サモフォル王国の姫シャオヤオ・サモフォルである!」
高らかに発せられた皇太子の声は広場を越え、まるで国中に響き渡るかのよう。
その澄んだ声は一言一句間違えなく人々の耳に届き、当然、シャオヤオの耳にもきちんと入った。
「……は?」
一瞬の静寂の後、それを破ったのはシャオヤオの声で間違いなかったのだが知るのはシャオヤオと、シャオヤオの腕と腰を掴んで密着している皇太子のみ。その年の建国祭で一番となった歓声に全てかき消されてしまった。
喜びと祝いの声を上げる会場を埋め尽くす民衆は1人の例外も無く貴賓席の皇太子…と不本意ながら抱き寄せられているシャオヤオを見ている。流石にこの衆人環視の中で暗殺はおろか暴れる事も不可能だ。出来る出来ないではなく、異常事態に頭と身体が動かない。
何がどうしてこうなった?
何が起こっている?
シャオヤオが持っていたはずの短剣とトレーは、気が付いたら何処にもなかった。
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