第43話

「っがは。俺の、手が……」


 豪魔グベラトスを守っていた【いざないの手】が朽ち果て、豪魔の体があらわになる。ララクの【クロススラッシュ】を受けたその体は、その場でとどまらずに、真後ろへと斬り飛ばされていく。


 グベラトスはララクに敗れた。だが、その体には長双剣の刃は届いていない。【いざないの手】の上からダメージを受けて蓄積はされているが、いまだ致命的な傷は受けていないのだ。

 そのため、グベラトスの意識はまだ保たれている。


 戦いは、まだ終わっていなかった。


「あとは任せます! パルクーさん!」


 爆炎の炎をその足に宿したパルクーが、吹き飛んだグベラトスへと走り出す。彼女は嬉しそうだった。ようやく自分の攻撃が、彼に当てられることが。


「グべ、本気で蹴るよ!!

 【インフェルノストライク】!!」


 彼女の黒い肌が赤熱し、全力で生身となったグベラトスに向かって跳び、炎を纏った脚でその腹を蹴り上げた。炎が空気を灼き、激しい熱波と共にグベラトスの体を強烈に叩きつける。彼の防御力を軽く上回り、溶岩のように煮えたぎる攻撃が容赦なく炸裂した。


「っがぁ! パ、パルクー……」


 腹を蹴られたグベラトスは、内臓を圧迫されて、唾と一緒に軽く吐血した。モンスターを殺すためのスキルが、グベラトスにぶつけられたのだ。無事で済むわけがない。


 腹部が真っ赤に焦げていくグベラトスだが、まだ最後の一撃が残っていた。気を失いそうな視界の中で、前に入ってきたのは、幼馴染であるヨツイの顔だった。


 その顔は悲しみに溢れていながら、怒りで満ちている。ヨツイはただ、その拳を握った。スキルがかけられていない素の拳。

 その代わり、全身全霊、自らの魂を乗せるように、鉄拳を放つ。


「目をさませぇ!! このお人よしが!!」


 ヨツイの怒りの鉄槌が迫る中、グベラトスは思考を巡らす。今の彼にも、まだ抵抗する力は残っていたかもしれない。

 だが、そうはしなかった。


(……ヨツイ)


 グベラトスは自らの意思で、その目を閉じた。


 その瞬間、ヨツイの拳が風を裂き、一瞬にしてグベラトスの頬にめり込んだ。全力の拳はまるで流星が地上に突き刺さるような勢いで、彼の体ごと吹き飛ばすかのように衝撃を伝えた。


 力強い打撃音が響き、グベラトスの頬が激しく歪む。拳が深く打ち込まれたその場には、空気が瞬間的に歪んで見えるほどの力が凝縮されていた。


 グベラトスはそのまま地面に叩きつけられ、周囲に砂や土が巻き上がる。ヨツイの一撃には、ただの力以上の気迫と決意が込められていた。


「……はぁ、はぁ……。これで皆、解放されるよ……」


 ヨツイは地面に叩きつけたグベラトスを見下ろす。口をあんぐりと開けて気を失っていた。限界に近い戦闘ダメージを受けて、一時的に戦闘不能状態になっているのだ。

 そしてこうなれば、【いざないの手】で取り込んだ物たちが一度リセットされることを、ヨツイは知っていた。


 倒れ込んだグベラトスの体から、彼の体を覆いつくすような大量の魔力が放出される。これは魔力でもあり、データでもある。いざなった、人や物体の濃縮されたデータ。これらは【いざないの手】が限界を迎えると、最初にいざなった場所へと変換されるようになっている。


 あちらこちらに泡粒が散らばっていく中、いくつかはこの場にとどまった。そのうちの一塊は、豪魔族の秘密基地へと帰っていった。もう1つの集合体は、その秘密基地の前に。


 そしてヨツイやララクたちのいるすぐそこに、2つの人の形をした魔力が漂っていく。それは徐々に肉体へと戻っていき、天使の2人が姿を現す。


「っお、おお!? ここは、外だぁ!!」


 声を荒げたのは、雷槍のフリラスだ。状況はよく分かっていないが、とにかく異空間から外に出られたことは分かったようだ。青空の広がる点にまで届くように、歓喜の声を上げていた。


「はぁ。マジしんど。ずっと悪口をささやかれてる気分だった……」


 それに反して、紫雷のテンタクの表情は今にも倒れそうなぐらいげっそりとしていた。これは、異空間で【いざないの手】から、豪魔族の怨念なるものを強制的に共有されていたからだ。


「……良かった。皆さん、無事に抜け出せたんですね。

 っあ、お2人とも、あそこに」


 ララクは天使2人が再び現世に舞い降りれたことを大いに喜ぶ。精神的にかなり苦痛をしいられたはずだが、目立った外傷は特にない事が幸いだった。

 そして彼は、もう1人、解放された人物がいることを思い出す。


 秘密基地がある方を天使たちが振り向くと、そこには薙刀を背負った天使・ナギィハの元気な姿があった。


「ナギィハ!」


「……!!」


 髪を揺らしながら、フリラスとナギィハが駆け寄る。そして恥ずかしげもなく、熱く抱擁をする。お互い【いざないの手】に飲みこまれたので、その辛さがよく理解できる。もう一度、操られた存在ではなく、元の体で再会できたことを噛みしめていた。


「……はぁ、マジ良かった。この分だと、里のみんなもバッチグーだね」


 仲間2人の熱き再会を、紫雷のテンタクは安心そうに見守っていた。彼女の見込み通り、丸ごと消えてしまった里のデータは、空中を舞いながら元の場所へと流れていった。他にも取り込んだモンスターなど、様々な物が散乱し帰路していく。


 いざなわれし者たちが、怨念から解き放たれ、事件は解決した。


 残ったのは、抜け殻のようになった豪魔グベラトス。

 同じ豪魔のヨツイたちからすれば、連れ戻したかった相手。

 天使側からすれば、自分たちを執拗に追い詰めた悪しき者だろう。


 そして人間であるララクにとっては、今となっては見過ごせない相手だった。


 彼の先祖であり画家のエプレス、その言葉を彼に伝える時が来たのだ。

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