第51話 空も飛べるはず


庭がデカい。噴水があって、池もある。テンプレっぽいお金持ちの家。

日本じゃこんなもん見れないぜ・・・キョロキョロと、貧乏人丸出しの仕草が止められない。玄関に入ると、何やら忙しそうにメイドさんが走っている。メイドさんや!モノホンのメイドさんが、走っとる!これまた初めて見る光景に興奮する俺。



「あ!これは失礼いたしました。ようこそ、お客様。当家の主人がこちらでお待ちです」


俺を見るとメイドさんはピタア!と立ち止まり、うやうやしくご挨拶。そのまま奥へと案内してくれた。あれか、客の前で走ってたのがハレンチだった的なことか?ちゃんとしてんな・・・。


それにしても、この家どんだけ部屋があるんだ?客間きゃくま的な場所に案内されてるんだろうけど・・・なんか緊張してきちゃったぜ・・・。



「こちらです」



ガチャリ、と扉を開けると・・・豪華な調度品ちょうどひんで彩られた室内に

恰幅かっぷくの良い男が踏ん反り返って待っていた。やべ、俺のセンサーが反応している・・・。この人は多分、めんどくさいタイプだ・・・。そうでないと、あの腰の反り方はおかしい。めちゃくちゃ横暴な事言ってきそうだわ・・・。



「掛けたまえ」



「あ、はい。失礼します・・・」



ジロジロと品定めするように見つめられる。なんか、みすぼらしい格好しちゃってるもんだから・・・恥ずかしい気持ちになってくる。やめてくれ、あんま見ないで!



「お前に聞きたいことがある」



「何故、ウチの娘が床に伏していると知っている・・・?そして、なあぜ!!それが病でなく、夢魔によるモノだと口走った!?」



「娘は、様々な薬師に看病させている!それでも原因が分からんのだ!それが、夢魔だとう・・・!?」



お父さん、喋るたびにボルテージが上がっていってましてよ。

怖いんで、やめておくんなまし?



「もし!!お前が適当なことを口走っているのだとしたら・・・どぅお~なることか、分かっているんだろうなあ!?」



キレちゃってんじゃん・・・。まずいな、ここは・・・正直に言うしかない。それ以外に上手い口実が思いつかん。



「ビーゲル様、私がお嬢様のことを知ったのは・・・あるお方のお陰なのです」



「夢の神・・・ベッドフォード様です。昨夜、私に神託があったのでございます!」



「この町で最も裕福な家の娘が、夢魔に憑りつかれ・・・消衰しょうすいし切っていると。そして、私に夢魔の殺し方を教えてくださりました・・・また、殺した暁にはそれを供物として捧げよと・・・そうおっしゃったのです」



「夢の・・・神だと・・・?そんな戯言を、信じろと・・・?」



「そうです。これが戯言はどうかは、夜になればご判断頂けるでしょう。夢魔は夜半、宿主の身体から飛び出し・・・生気を吸うのです。私は、そこをバシッと退治しに来たのです!」



「それでは何か?お前は今晩、ここに泊まり?夜半に娘の私室に飛び込むと?それを・・・許せと・・・?お前はそう、言いたいんだな・・・?」




ゴゴゴゴゴ・・・そんな音が聞こえそうな程、このお父さんはピキっている。

あ・・・これ、ブチギレるな・・・。



「許せるわきゃ!ねえだろうが!!こん畜生てめえ言うに事欠いて、夜這いさせろだ!?ここでブチ殺してやろうかこの石コロがあ!!!ゴラァ!!!」





お~っと一級国民様~?お言葉がちょっと・・・悪くないですか~?

しかし・・・ここで引いては神の依頼を達成できない。俺だって大事なモン背負ってるんですよ。ここは、押す!とことん、押していきまっせ。




「ではビーゲル様!あなたも父親として!ご同行ください!」



「・・・あ!?どういう事だ!」



「おっしゃる通り、うら若き乙女の寝室にどこぞの馬の骨を招くのは・・・ご心配でしょう。ならば、二人で討伐すればよろしい!そう申し上げているのです!」



「あなたも夢魔の姿を、その目で見て頂けたらご納得頂けるかと。ただし、夢魔には物理攻撃がうまく通りません。討伐するのは私の役目・・・ということで」



「表に立っている門番の方や・・・他に人を寄こしてもらっても構いません。私が嘘をついていると判断なさるなら、そのまま引っ立てて頂いても結構!」



「いかがでしょう、私が本気だということが・・・伝わったでしょうか?」



「グ、ぐぬぬ・・・」




しばらくの間、町長は悩んでいるようだった。グヌグヌ言いながら、部屋を歩き回る。この人物、言葉は荒いが・・・ここまで真剣に悩んでいるところを見ると・・・多分、本当に娘想いの父親なのだ。娘のことを想ってこそ、この不審なゴレムスの話をちゃんと聞いてくれている。俺はそういうところ、評価してやりたい。




「ワシも見る・・・、夢魔とやらを。私兵も出す・・・お前を捕らえる時のために。それで、決まりだ」



「・・・よし!ありがとうございます。では、日程はいつにいたしましょう?」



「・・・今夜だ」



へ?マジ?急じゃない・・・?



「今夜、決行してもらう。逃げたり、嘘だったりしたら・・・どうなるか分かってるだろうなあ・・・?」



目が怖い。了解しやした~ボス。

俺は頷き、そのまま計画についての作戦会議が行われたのであった。







・・・






計画は定まった。まず、娘さんに軽く事情を説明。部屋の壁に小さな穴を空けることを承諾してもらう。隣の部屋からそれを除き見ることで、夢魔が現れた瞬間を逃さない。見張り役は町長が買って出た。(娘を覗かせてたまるか!とのこと)


町長からの合図で俺が部屋へ特攻をかける。宿主を起こしてしまうと命の危機に関わるため、あくまで俺一人で静かにコトを運ぶ。


夢魔を殺したら、それは俺のもの。夢神様へとお供えして・・・ミッションコンプリート。シンプルな作戦だが、確実性が高い。壁に穴を空けたりと、町長の家の協力が無ければ実現しなかった作戦なだけに・・・この作戦が確定したことに安堵する。




「・・・フウ。では、お前には夕飯をくれてやる。作戦の途中にお前の腹が鳴ってご破算・・・なんてことになったら目も当てられん。おい、食事の用意を」




町長の言葉にメイドが反応する。すぐに食事の準備が始まった。

ワオ、いいんですかい旦那。急にデレ始めちゃって・・・どういう風の吹き回し?




「たっぷり喰らうがいい・・・作戦がすべてお前の嘘だった時、これがお前の最後の晩餐になるんだからなあ・・・」




そういうことね!オッケーで~す。俺は黙って、ちょっと高級感のある晩メシを黙々と食ったのであった・・・。うまい・・・こんな状況でも、メシはうまかったよ・・・。






・・・






夜、10時半。

”タイム・ラプス”で時刻を確認し続ける。



娘さんが眠りについたのは20時ごろ・・・およそ2時間半が経過していた。町長は眠い目を擦り、イライラしながらも壁の穴を覗いてくれている。そろそろ限界かもな・・・時折、こちらを怨めしそうな目でチラチラと見られるものだから・・・プレッシャーがエグい・・・。夢魔・・・そろそろ出てくれ・・・頼むから・・・。



生前、俺は仕事のストレスにより寝つきが悪く・・・睡眠の質について調べたことがあった。レム睡眠と、ノンレム睡眠。脳が休憩するのがノンレム睡眠で・・・逆に活発に動き出し、夢を見るのがレム睡眠ということらしい。これらはおよそ90分周期で逆転し・・・だんだんとレム睡眠の割合が増えてくるという。



俺は、夢魔というだけあって・・・ターゲットはレム睡眠時に現れるのではと考えている。そして、計算によるとそろそろ・・・2回目のレム睡眠が訪れる頃だ。ここでまだ現れない場合・・・さらに1時間ほど町長を待たせることになるため、出来れば是非・・・ここで出現してほしいところなのである。



そんなことを考えていた・・・その時!町長に動きがあった!クイクイと、高速で俺を手招いている。見ろ!見、ろ!とジェスチャーで俺に語り掛ける町長。言われるがまま、壁穴を覗いてみると・・・



町長の娘の耳から、黒いモヤのようなものが這い出してくるのが見える・・・。それはベッドを這い、床を滑り・・・次第に4足獣の形を取っていく・・・!夢魔の姿は足元から形成され、すぐに馬の顔が作られていった。完全に姿を現した夢魔は、音も無く娘の枕元に近寄り・・・何やら空中をみだした。



すると、銀色に光る糸のようなものが娘の頭から伸びだし・・・それが夢魔の口に吸い込まれていく。きっと、あれが生気なんだ。現行犯だ。尻尾を出しやがったな、馬野郎め。俺は町長に壁穴を見るように指示し、自分は隣の部屋へゆっくりと移動し始める。



ゆっくり・・・ゆっくりと・・・音を立てぬよう、慎重に・・・。横には、町長・・・キラっと光る剣を持って・・・ゆっくりと・・・



は?



ちょっと!町長!俺に任せるって言いましたやん!ジェスチャーであっち行け!と指示を飛ばしても、ブンブンと首を横に振る町長。親バカ通り越して・・・クソバカですやん。剣、効きませんって。作戦会議で言いましたやん。



それでも言うことを聞かず、着いてくる町長。もう仕方ない。このまま行こう。俺と町長はゆっくりと娘の部屋のドアノブに手をかけ、静かに・・・素早くドアを開けた。




夢魔は、少しだけ俺たちに気付くのが遅れた。

ダッ!と接近する俺・・・と町長。いや、来たらアカンて!いやそんなことはもう気にしていられない・・・俺は対・夢魔用の新呪文を唱え・・・



「フン!(小声)」



なんと町長が、夢魔に抱き着きやがった。

ヒヒン!うるさ・・・!夢魔が大きくいななく。声を出してしまう・・・!



それどころか、なんと夢魔は後ろ蹴りで・・・背後のガラス窓を蹴破った!


バリン!!


ビクッ!娘さんが起きる・・・起きてしまう!しかも夢魔の野郎・・・恐らく窓を割ったのは、逃走経路を確保するためだ!



咄嗟に、町長を払いのけて俺が夢魔に抱き着く。逃がしてたまるか・・・俺の新呪文は、近接戦闘用なんだ・・・!距離を取られたら無理・・・!!暴れる夢魔、そのまま夢魔は窓を飛び越え・・・空へ・・・



おいおい、ここ・・・二階だぞ!!落ちる・・・!!



そう思った時、フワリとした浮遊感を感じた。

え?・・・は?



なんと・・・夢魔は空を駆け始めたのである!おま・・・飛べるのかよ!!



ヒヒィン!!



グングンと高度を高めていく夢魔。俺はというと・・・急な出来事に戸惑ってしまう。


まばらな町の明かりが見える。人々はもう眠るころだというのに。いやいや見とれてる場合か・・・!!!?



さらに高度は高まってくる。


え、これ早く殺さないとヤバくないか?コイツ・・・もしかしてだけど・・・高所から俺を叩き落として・・・殺そうとしてない?俺の事・・・。






「待て待て待て待て・・・!!!!!」



「”装石”・・・!!!」






新呪文を唱える。バキバキ・・・バキ・・・!俺の右手が変質していく。


元から石でできている俺の肌が、刺々しく・・・さらに硬質な岩へと変貌を遂げる!


右手の先端にはもう、五指ごしは無く・・・鋭利に尖った岩の塊があるだけだった。






「ウオオオオオオオオオオオオ!!!!!」




俺はその先端を、パイルバンカーを打ち込むが如く・・・夢魔の首元に突き刺した!




ヒィン・・・・!!ゴボ・・・ゴボボ・・・!!!!




喉元を貫いた俺の手は、馬野郎の気道をも破壊し・・・そのまま夢魔はあっけなく絶命・・・した。



そして・・・悪夢の降下が始まった。





あ~~~~~~・・・終わった終わった終わった・・・ヤバいヤバい。何メートルある?人が死ぬのって何メートルだっけ?知らん分からん死ぬ。



死ぬ。絶対死ぬ。体が石とか、関係ねえよ。終わるって。あば、あばば。



気を確かに持て、ショック死だけはカンベンだ。まだ生きる。まだ生きる。



生きる生きる生きる・・・!!!




ここで閃光のような閃き。

もう一つの新呪文。あれを全力で使えば・・・・




「頼むうううううううう!!!!!」




「”装土”ぉおおおお・・・!!!!」





ズモモモ・・・!!!!

俺は全身に土を纏い始める。



イメージするのは、土の巨人。

土製の、ギガントバカでかいゴーレムを想像する。


俺には、魔力のうんぬんかんぬんは分からねえ。


だけど、この術に・・・俺の残りの魔力の全てをかける。




「うああああああああああ!!!!」



「でかく!!もっとでかく!!!」



「でかあああああああああああく!!!!」




俺の視界は、俺の周りで膨張する土に埋もれてもう見えなくなった。



でかく・・・でかく・・・そう念じながら、生きたい・・・と念じながら。




・・・あれ?まだ落ちない・・・?




あれ・・・・




え・・・?











どしゃああ!!





俺は、気を失った・・・。








・・・






「・・・お~い、こっちだ!」



「うわ、なんだこれ・・・」



「巨大な・・・モンスターか・・・?」



「いや、ゴレムスの土石術だそうだ」



「生きてる・・・のか?」



「確かめよう・・・」




ペチン!ペチン・・・!



うあ・・・なんだ・・・声が・・・聞こえりゅ・・・



「おい!目を開けたぞ!生きてる!生きてるぞ!」



人が、寄ってくる音がする・・・。



俺、生きてる・・・?



やった・・・っぽい・・・?








・・・その時の俺には分からなかったことだが、俺の周囲には人型の・・・バカでかい土くれがバラバラになって落ちていたそうな。それは一見するとモンスターのようで、「大型のモンスターが空から落ちて来た!」と大騒動になってしまったらしい。



運よく道の真ん中に落ちた俺は、少しだけ周囲の金持ちの家の門を壊し・・・その対応は町長が進んで行ってくれたとのことである。



俺は、そんなことはつゆ知らず・・・そのまま眠りに落ちてしまったのだった・・・。



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