第49話 帰還


ハングドボアの死骸を引きずりながら、なんとか森の出口まで辿り着く。移動速度が制限されてしまったせいか、時刻はもう夕暮れ。当初の予定ではもっと早く帰るつもりだったんだが・・・まあ、目標金額を大きく超える収穫があったので良しとしよう。



いつもの川で、顔面についたゴブリンの血を洗い流す。痛てっ!・・・水が割れた首元に滴り落ちる。・・・このひび割れ、自然治癒してくれるよな・・・?裂傷に効く薬草とか、塗り付けたら早く治るのかしら。ちょっと不安だ。



「よっこら、せ!」



ボアの頭を担ぎ直し、町までの道を歩く。こっからがまた、ちょいと長いんだよな・・・ため息をつきながらもズル・・・ズル・・・と先を行く。


誰か・・・手伝ってくれ・・・ダルすぎる。少しなら、カネも払うから・・・

そう考えていた時!天使のように舞い降りたのは・・・鳥人のケヴィン!いや、ケヴィン様や!助かった!頼むから、門まででいい・・・手伝ってくれえ!



「ネイサン!おめー、やりやがったな!スゲーじゃねえか~!」



「ハハ、なんとか勝ったんだ!ホラ、首がオシャカになった」



首元を指さすと、ケヴィンがギョッとする。



「オウマイガ・・・首、吊られたのか?ゴレムスでもやっぱキツかったんだな・・・」



「てか、心配してたんだぜ!?負傷した男女二人組が森から出て来たと思ったら・・・片方はハングドボアに噛まれたとか言うし・・・」



「しかもネイサン!お前が二人を逃がしておとりになったって言うじゃねえか!夜になったら捜索依頼が出されてたトコロだぜ!」



「そんなことになってたのか・・・心配かけてスマン。・・・それで、二人はどうなった・・・?」



「ああ、グレッグともう一人で対応してるよ。まだ帰ってない事を考えると、治療師ヒーラーを探してるのかもしれねえ。ヘビの毒には血清が必要だが・・・この世界には多分、注射針すらもない。だから魔術で解毒するのさ」




なるほどな。血清を用いた治療法にはどうしても注射針が必要になる。この時代の文明レベルでは流石に作成できないか・・・。それにしても、解毒の術もあるのか。




「アンゼロの教会には今、ヒーラーがいないんだ。だから冒険家の中から対応してくれる人を探してるんだろう」



冒険家・・・モリスの顔が浮かぶ。彼はヒーラーだ。解毒の術を会得しているかは分からないが・・・彼に交渉してみる価値は、ある。




「ケヴィン・・・相談なんだが・・・1シルバーとかでその・・・コイツをお前たちの詰め所に保管してくれたり・・・しないか?」



「ヒーラーに心当たりがいるんだ。俺も、町まで走ってヒーラー探しに協力したい」





「・・・何ぃ?ノーウェイだぜ全く!カネなんかいらねえよ!まだ見張りの時間もあるし、タダで手伝ってやるよお!」



「おお・・・お前は天使だぜ、ケヴィン・・・」



「バカ言うな。俺はただの小鳥ちゃんだよ」



そうやって軽口を叩き合いながら、強く握手した。ボアはケヴィンに任せ、俺は町へと走る。






・・・






まず俺は、ブルースの宿屋へと向かった。きっとグレッグ達が冒険家を探すなら、冒険家ギルドに行っているハズだからだ。ユウヤとマリコもそこにいるはず。そこでヒーラーが見つかっていたなら、それでいい。しかし、その場にいなかったら?



宿屋のドアを勢い良く開ける。すると、食卓のスペースにいるではないか。モリスの仲間・・・ウィルとネッドだ!



「モリスはいるか!?知り合いがヒーラーを探しているんだ!」



「うお、落ち着け!モリスなら買い物中だ。西側のマーケットにいるハズだから、そっち行ってみろ!」


「ありがとう!!」




一目散に西側のマーケットに走る。ハァ、ハァ、冒険の疲れが出てる・・・なんで、こんなに必死なんだろう。今日会ったばかりの二人組に・・・同じ元日本人だから・・・?


いや、違う。中途半端に助けたままだったからだ。

俺は・・・ボアを倒した後、すぐに二人の様子を見に行かなかった。欲に負けて、ボアの死骸を持ち帰ることを選んだ・・・。借金を返すために。私腹しふくやすために。


そうして、今になってまだ二人が助かっていないと知り・・・罪悪感に駆られて、こうやって走っている。半端はんぱで、無責任な男だ。俺は。


せめて、今からでも救いたい。


いてくれ、モリス・・・。モリス・・・!



「モリィーーーース!!!!いるかーーーー!!?」



マーケットに差し掛かったところで、俺は大声を上げた。

周りの人が俺を見る。人の目なんて気にしてる状況じゃない。

とにかく早く、見つけなければ。



「うわ、ネイサン!どうしたのー!」



うお、すげえ近くにいた。恥ずかしい!しかし、そんな場合じゃない。



「モリス!解毒の術は、使えるか!?」


息も絶え絶えになりながら、問いかける。ここにかかっている。モリスが術を使えるか・・・否か・・・?




「え、うん!最近覚えたけど・・・ってうわあ!!」



ガシィ!!モリスの手を引っ張り、走り出す。説明は後だ!今は急ぐ!ギルドに急ぐ!それだけ!





・・・





冒険家ギルドに到着・・・ハァ、オェ・・・走りっぱなしで、胸が焼ける・・・!

ギルドのドアを開けると、人だかりができていた。人の隙間から、誰かがフロアの中心で寝かされているのが見える。


きっと、マリコだ。



「通してくれ!ヒーラーがいる!!」



「おま、ネイサン!生きてたか・・・って、ヒーラー!?」


グレッグだ。俺が生きていた事よりも、自らヒーラーを探してきた事に驚いている。

無理も無い、自分たちだけで探さなきゃならないと思っていたはずだから。



「まだ治療は!?されていないのか!?」


「あ・・・ああ!相棒が探してるが、いなかったんだ!やってくれ、頼む!」



状況をなんとなく理解してくれたのであろう・・・モリスが前に進み出る。


「この女の人だけでいいんだね?行くよ!!」




「・・・”解毒手”!!」




ヴン・・・!モリスの右手が淡い緑色に光る・・・!

マリコの傷口・・・肩から胸にかけて、ひどく出血している個所がある。二本の噛み傷だ。そこへ目掛けて、金属探知機をかざすように右手を移動させると・・・。



・・・ビチャ!ビチャビチャ!!!



マリコの傷口から、真っ黒な液体が勢い良く飛び出し・・・吸い込まれるようにモリスの右手にぶつかっていく。そしてモリスの右手には、無重力の宇宙船の中で見る水の玉のような・・・黒い水球ができていた。


モリスはそのまま、全身にくまなく右手をかざしていく。肩や胸の傷と比べると少量だが・・・腕や足からも少しづつ毒素の液体が飛び出し・・・モリスの右手に吸い込まれていく。毒が全身に広がっていたのだ。それらを慎重に吸い込み切ったところで、モリスはシュ!と右手を地面に振る。



ビチャア!と毒素が床にはじけた。



「これで・・・毒は抜けたと思います・・・!!」



おおおお!!周りで見ていた冒険家たちが拍手喝采を送る。


すごいな、アンタ!ウチのパーティに入らないか!などど言われ、もみくちゃにされているモリス。それを横目に、マリコの横に膝をつく男を俺は見ていた。



「マリ・・・良かった・・・、良かった・・・!!!」



ユウヤだ。背中に刺さった矢もそのままに、マリコの手を取って・・・涙している。

俺は黙ってそれを見つめ・・・自身が行ったことが、二人のためになったことを実感していた。良かったな、ホント。俺も・・・これで良く眠れるよ、今夜は。



「モリス、そこの男・・・ユウヤに報酬を貰うといい。俺は行く。ありがとな」



「え、そんな!ネイサン!まずはその、助けてよ~!この状況~!」



未だに冒険家たちから勧誘を受けまくっているモリスをそのままに、俺はギルドを後にした。ここからまた、ボアの死骸を運ばなきゃならん・・・うへえ、しんど・・・。



俺が門へと足を運ぼうとした時、背後から呼び止められた。ユウヤだ。



「ネイサン・・・!!待ってくれ・・・!!」



「このお礼は後で必ずする・・・本当に、ありがとう・・・ございました!!」



深く頭を下げるユウヤ。俺はというと・・・微妙な気持ちだった。確かにボアから

二人を逃がしてやったのは事実だ。それは俺、偉い。普通に。しかし、アフターケアが遅れてしまった・・・。もう少し遅ければ、もしかしたらマリコは失血死していたかもしれない。俺のせいで、助かるモノも助からなかったのかもしれない。その想いが邪魔をして、ユウヤの言葉を素直に受け取れない。



「・・・俺は”ブルース”という宿に泊まっている。マリコが全快したら、二人で会いにきて・・・酒でもおごってくれ。それでいいよ」



え・・・いやいやそんな・・・。そう言うユウヤをシカトして、俺は歩を進める。これでいい。これくらいでいいんだ。


俺はスタスタとその場を去り、この後のボア運搬作業のことを考えて・・・辟易へきえきした・・・。マジ、だるいな・・・。







・・・






歩いているうちに、俺は名案を思い付いていた。スラムの住民にカネを与えて、ボアの運搬を手伝ってもらうのはどうだろう。南東門への道すがら、こう思いついた俺はブルースにアイデアを聞いてもらっていた。



「おいおい・・・そりゃあお前、アイツらも助かるだろうが・・・」


「偏見とか・・・ねえのか?アイツら、言っちゃあなんだが不潔だし、素行が悪いぜ」



「よく言うよ。そんなヤツらに、メシを与えてるのは誰だ?」



「・・・ハッ!それを言われちゃお終いだな・・・笑」



ブルースは宿から出て、辺りを見回すと・・・少年を二人呼んで寄こした。



「ジン、テム。仕事だ。小銭を稼ぎたいなら・・・こっち来な」



ダッ!と二人が集まる。俺が先だ!俺だよ!と喧嘩を始める二人に・・・ブルースが平等にチョップを入れる。



「バカ野郎。早いもの勝ちじゃねえ。二人必要なんだから、協力しろ」


「このニーチャンが、デカい蛇を仕留めた。その死体を運ぶんだ。いいな?」



コクコクと頷く二人。物分かりは良いみたいだな。



「ニーチャン、いやネイサンだったな。一人につき20カパーほど、やってくんねえか?」



「え?少なくねえかな?50カパーはあげたいけどな・・・」



「・・・じゃあ、それで頼む。お前はお人よしだな!ハハ!」




ニッ!といつもの笑顔で笑うブルース。俺はこの笑顔に弱い。

そのまま少年たちを連れて、門へと移動した。






・・・





門番には、すぐそこの見張り台までエモノを取りに行くと伝え・・・少年たちは運搬のバイトだと説明する。一瞬、いぶかしそうな態度を取る門番だったが・・・ケヴィンの名前を出すとすんなりと通してくれた。



道中、少年に話しかけてみる。



「なあ、こういうバイトはよくあるのか?」



「いや、全然ない」


「俺達、町の外なんてあんまり出た事ないよ」




「そうか・・・普段はどういう仕事をしているんだ?」



「そんなの・・・ドブさらいとか、ゴミ運びとか。汚いやつ?」


「あとは、外壁とかの石、運んだり・・・?」



そうか・・・キツそうな仕事ばかりだ。きっと給料も良くないんだろう。二人とも痩せている。一日一食とかで生活してるんだろうな・・・。



「そうか・・・よし、今日の頑張り次第じゃ、また大蛇を狩った時に呼んでやる。気張っていけよ?」



二人の顔がパッと明るくなる。俺もニカッと笑い、ケヴィンの待つ見張り台へと進む。







・・・






ケヴィンにマリコは無事だったむねを伝え、ボアの死骸を引き取った。

(ケヴィンは俺の功績を褒めてくれた。優しい。)



「・・・よし!行くぞ、お前たち!」



ボアの頭はジン、胴は俺、尾はテムに持たせ・・・町まで歩き出す。

ジンが若干ボアの頭にビビっているのを、テムにいじられながら・・・俺はラクに、楽しく運搬できることに喜んでいた。



二人は日ごろから肉体労働に勤しんでいるだけあって、結構体力があった。すぐに門まで辿り着き、マーケットに入る。



おお!うわ!などなど、道行く人や店の人間がボアを運ぶ俺らを見て驚く。

それに対して二人の少年は、なんかドヤ顏で視線を浴びることを楽しんでいるようだった。まるで自分で狩ったみたいな顏をしている少年たちが可愛らしくて、笑みが零れる。



いや~それにしてもラクだ。死体をズルズル引き回して、素材を痛めつけないところも良い。特に町に入ってからは砂利道が多く、ヘビ革に細かい傷がついてしまうからな。頑張っただけ、高く売れて欲しいものだ。このボアちゃんは。



そんなこんなで、かなり早くギルドまで到着!二人にカネを握らせてやり・・・少年たちを帰した。またね!ニーチャン!そう言う彼らに手を振る。




ボアを担ぎ、ギルドのドアを開ける。もう夜だ、人はまばらだったが・・・俺のエモノに皆がギョっとする。



「ほほ!!ネイサンさん・・・!!ハングドボアですね?納品は久しぶりですヨォ~~!!」



エドワードさんが駆け寄ってくる。周りの優しい冒険家が手伝ってくれ、皆でフロアの真ん中までボアを運ぶ。皆、スゲーだの。初見だわ~だの言って、モノ珍しそうに見ているところを見ると・・・マジで人気の無いハント対象なんだなと実感する・・・笑



「この手のエモノは少々扱いが特殊でしてね~、前金として8シルバーのお支払いと・・・残りの金額は革商人、肉屋、薬師ギルドとの交渉次第で決定するモノなのです」


「なので、その報酬については後日支払いになってしまうことをお許しください。とりあえず、8シルバーだけご用意しますね!」




そんなわけで、俺は8シルバーとゴブリン2匹分の討伐料、計9.6シルバーの大金をゲットしたのであった・・・!!いよおっし!!借金もこれでオシマイじゃい!!こんちくしょい!!俺の勝ち!!で~~~す!!ガハハ!!!



その後、俺は店じまい直前の移民局へダッシュで間に合い・・・無事に借金返済を完了したのであった。



今日も今日とて・・・濃い一日だったぜ・・・

走ってばっかで・・・疲れたわ・・・





・・・ネイサンの手持ち


8.15シルバー(借金返済!!)

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