それでも、神武天皇は実在した!ー戦後の古代天皇実在論の軌跡ー

佐藤 裕太

第1話 序部「はじめに」

 戦後の日本史学会において『古事記』(1) 『日本書紀』(2) のいわゆる『記紀』に記されており初代とされる神武天皇及び2代綏靖天皇から九代開化天皇に至るいわゆる「欠史八代」は架空の存在になった。それどころか後世の造作つまり6~8世紀の間に、天皇系譜と国家の歴史を延長させるために「無の状態」からまさに「ビッグ・バン」の如く創作されたという説が歴史学会の主流どころか日本国民の中でも常識となり今日に至って久しい。

 これによって万世一系の天皇系譜等の諸伝承を根拠としていたいわゆる皇国史観が歴史の隅へと追いやられていき、『記紀』の自由闊達じゆうかったつな考証の結果、後述する歴代の古代天皇架空説や「万世一系の天皇系譜は実はどこかで完全に途切れている」という王朝交代説等が現れることもあった。これは、帝国憲法第一条よろしく日本の歴史は「万世一系の天皇の歴史」であるという考えの反動と言われても久しいことだ。

 またその一方で戦後も一貫して神武天皇といわゆる欠史八代等の歴代天皇の実在を主張する歴史学者及び歴史学系の学科出身または法制史学者の諸氏がいた。小論は、そのような古代天皇の実在を主張した諸氏の論説を集積して、分析することを主眼としたものだ。


 当該実在論が非歴史学者及び歴史学系学科または法制史学者ではない諸氏に主張されていたら、素人の思いつきだと合点して無視すればいい。


 しかしながら、当該実在論がいやしくも歴史学者及び歴史学系学科出身または法制史学者の諸氏によって主張されていることから、これらについては無視するべきではなく、集積と分析によって研究しなければならないと思わざるをえない。史料批判と文献考証が主流の歴史学で当該実在論を主張しているのはどのような根拠があるのかに強く関心を持ったのである。

 当然ながら、小論は特に神武天皇及びいわゆる欠史八代の実在性そのものを積極的に立証・主張するものではない。例え『記紀』に記載されている歴代天皇系譜伝承と様々な物語を後世の造作つまり「限りなく捏造に近い状態」で6世紀から8世紀(~720年)の間に創作されたものと完全に立証されたとしても、『記紀』の伝承は世に出てから、1'300年以上は経過しているため日本人は、史実の可否を問わず『記紀』伝承の概要は知らなければならない。それは、『記紀』伝承がその1'300年以上もの間に語り継がれてきた中で、それらの伝承を根底にして日本の歴史が続いてきたことも理解しなければならないからである。

 また、特に今日の学校教育においては『記紀』伝承が国家主義等の戦前の旧道徳普及に利用された背景から戦後は徹底排除されてきた。その結果、『記紀』伝承の概要を高等教育機関も大学に入ってからようやく知り、学ぶ以外では全く知らない日本人が増えた。

 この事態について筆者は、逆に今日の日本において日本人に対し国家主義等の戦前の旧道徳を復活と普及を「助長」させることになるのではないかと思わざるをえない。何故なら、筆者には国家主義等の戦前の旧道徳を復活・普及を目指す人々の中には、一般の日本人の心のすき間につけ込むやり方を実践じっせんしている人もおり、その際に『記紀』伝承を利用しているように見えるのである。

 これに対抗していくためには、一般の日本人も『記紀』伝承の概要を知らなければならない。

 このため当該実在論を研究していくことは、今後の歴史学界での研究を更なる前進を促すと確信しているからである。

 また今後の予鈴よれいとして述べておくことがある。

 それは戦後における、神武天皇からの初期天皇実在論と架空説を軽く目を通すと、以下の2点の言説がそれぞれ一貫している。


1、『記紀』内の初期天皇系譜伝承は、後世の造作「である」。このため神武天皇などの当該天皇各代は架空「である」。

2、『記紀』内の初期天皇系譜伝承は、後世の造作「ではない」。このため神武天皇などの当該天皇各代は「実在したのである」。


 以上のことから、戦後における初代神武天皇から9代開化天皇までの実在論を総括すると、実在論者が架空及び後世造作論者の論拠や主張を論破しても、実在論者自身が上記の初期歴代天皇が実在したことの決定的な証拠を発見していないことが特徴である。

 例えば、系譜伝承の古さを論証しても、伝承中の各代天皇そのものが実在した証拠の提示に至っていないのである。

 それはまた、なかったことを証明することが、あったことを証明する以上に困難であること、いわゆる消極的事実の証明(または悪魔の証明)の論理を盾にしているように見えるからだ。

 なぜそう思えるかはこの後、第2部以降でその実在論主要説と架空説を詳細に列挙・分析がされていく中で改めて理解するだろう。

 筆者としては、拙論の研究が今後の歴史研究の一層の発展に寄与することを信じて小論を進めていく。そのような中で『記紀』に記されている歴代の古代天皇の実在を唱えている説に強い関心を持ったのである。

 なお、当該実在論諸氏が一段と活発になったように思える時期は1978(昭和53)年のいわゆる稲荷山鉄剣銘文が発見された直後と見ている。何故そのように活発になったのかも研究していくことにする。

 繰り返しになるが、筆者の研究の対象としている古代天皇系譜の範囲は、今日では「完全に」伝説上の存在となっている初代神武天皇から九代開化天皇までの九代の天皇系譜である。



(1)……以下『記』と略す。

(2)……以下『紀』と略す。


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