第一章 転生悪役令嬢ですが、まさかの二周目に突入しました!?
1-1
あのとき――あなたは死んでしまった。
音楽が止まった。
ほぼ同時に、怒号と悲鳴が上がる。
なにごとかとみなが視線を巡らせた瞬間、煌びやかなホールに、荒々しい足音を立てて騎士団が雪崩れ込んでくる。
「静かに! 全員、動かぬように!」
燃えるような赤い髪のヴォルフ・デ・グラナート第一騎士団長が叫ぶ。
彼らを従えるは抜き身の剣を手にした第一皇子――ジェラルド・オーレリアン・レダ・アストルム殿下。その輝かんばかりの金色の目は怒りと憎しみに燃え上がり、まっすぐに私に向けられていた。
「ッ……」
ざわっと冷たいものが背中を駆け上がる。
目の前の光景には見覚えがあった。アデライードの断罪シーンだ。
ここは、大人気乙女ゲーム『白百合のナイツオブラウンズ』の世界。
私は、その悪役令嬢――アデライード・ディ・キシュタリア。
アデライードは、伯爵令嬢ながら聖女として世界が傅く存在となったヒロインにひどく嫉妬し、どのルートでも彼女を苛め抜いた挙句に暗殺を企て破滅、最後には死ぬ運命だ。
転生に気づいたのは、十七歳――まさにゲームがはじまったそのときのことだった。
それから五年、私はヒロインや攻略対象たちとの接触を徹底的に避けて、避けて、避けてきた。断罪されないために。死の運命を回避するために。
その作戦は上手くいったようでゲームでは十八歳で死ぬはずだったけれど、私はすでに二十二歳になっている。
「う、そ……」
私は思わず手で口元を覆い、一歩後ろに下がった。
待って……。そんなわけがないわ。ゲームは私と同じ年齢のヒロインが十七歳になった瞬間からの一年間を描いている。だから、時間軸的にはすでにエンディングを迎えている。そのうえ、なにごともなく四年も経過しているのよ? だから、シナリオからは外れたと、破滅の運命は回避できたものだと……そう思っていたのに。
「アデライード・ディ・キシュタリア! 聖女暗殺未遂及び国家反逆罪で拘束する!」
ジェラルド殿下はまっすぐ私のもとへ来て、剣の切っ先を目の前に突きつけた。
第一騎士団長以下騎士たち全員、私に憎しみの目を向けている。
「暗殺未遂? どういうことです? わたくしはなにもしておりません!」
「お前が下級神官を買収して、聖女への供物の中に毒入りのワインを紛れ込ませたことはすでに調べがついている。幸い聖女は少し体調を崩されただけで済んだが、大神官さまが現在意識不明の重体だ」
「そんな! 殿下! 本当にわたくしは……」
「見苦しいな。弁解があるなら、取り調べの際に聞こう。――まぁ」
私をねめつけるジェラルド殿下の双眸が、さらなる苛烈な怒りに燃え上がる。
「そんな余地などないほど、証拠は揃っているがな」
「!?」
いったいどんな証拠が? だって、本当に何もしていないのに。
数名の騎士が足早に近づいてきて、呆然とするしかない私の腕を両側から乱暴につかみ、押さえつける。
「きゃあ! い、痛っ……!」
「連れて行け」
「待っ……!」
助けを求めて周りを見回すものの、目が合った人はみなかかわりあいになりたくないとばかりに素早く顔を背けてしまう。
「お、お父さま……!」
お父さまとお兄さまはどこ? 二人ならきっと私を助けてくれる――しかしその希望は、騎士団長に駆け寄った騎士が発した言葉が粉々に打ち砕いた。
「キシュタリア公爵、ならびにキシュタリア公子も拘束いたしました」
「そうか」
「っ!? ま、待ってください! どうしてお父さまとお兄さまを……!」
「どうして?」
ジェラルド殿下が私の言葉を繰り返し、ハッと嘲笑する。
「国の宝たる聖女を弑逆しようとした罪が、たかが公爵令嬢一人の命で贖えるとでも? それはそれは……」
乱暴に前髪をつかみ上げられる。
痛みに顔を歪めた私を覗き込み、ジェラルド殿下は冷たく言い放った。
「ずいぶんと聖女を軽く見ているようだ」
「っ……そ、そうではなく……!」
そうじゃない。そんなつもりはない。
「で、殿下! 本当に、わたくしは……!」
だが、私の言葉などもう誰も聞こうとしない。
そのまま連行されそうになった、そのときだった。
「お待ちください!」
ホールに鋭い声が響く。ホールの出入り口へ視線を巡らせた。
「え……? アルジェント公子……?」
そこには――本来ならばこの場にいるはずのないジークヴァルド・レダ・アルジェント公子が息を切らして立っていて、私は大きく目を見開いた。
現皇帝陛下の弟アルジェント大公の長子で聖騎士。若くして聖騎士団の副団長を務めていたけれど、聖女が現れてからは聖女を守る聖近衛騎士団の団長となっていた。
このゲームのメイン攻略対象だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます