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 こう言うと、じゃあ悪役令嬢断罪の場にいるのは当たり前のように思えてしまうけれど、実はシナリオでは違う。

 悪役令嬢・アデライードが聖女暗殺未遂の嫌疑をかけられて断罪されるのは、第一皇子ジェラルドと第一騎士団長ヴォルフのルートのみ。だから、聖女暗殺未遂の断罪シーンに登場するのもその二人のみ。


 つまり、シナリオでは彼はここにいるはずがないのだ。


「アルジェント公子、なぜここにいる。貴殿は謹慎中のはずだが?」


 混乱する私の視線の先で、ジェラルド殿下が不愉快そうに眉を寄せる。


「聖女をお守りし切れなかったことを軽く考えているのか?」


「いえ、重く受け止めているからこそ、参りました」


 アルジェント公子はそう言ってジェラルド殿下に頭を下げると、まっすぐこちらへ来て、私を拘束している騎士の腕に手をかけた。


「キシュタリア公爵令嬢を離せ、乱暴にするな」


「なんの真似だ! アルジェント公子!」


 ジェラルド殿下が叫ぶ。

 私を拘束している騎士たちもひどく狼狽えた様子で顔を見合わせた。


「し、しかし……」


「キシュタリア公爵令嬢は容疑の否認はしているが、逃亡をはかろうとはしていない! こんな拘束は不要だ! 手を離せ!」


 アルジェント公子の剣幕に気圧されたように、騎士たちが私から手を離す。

 私は素早く離れ、自分を抱き締めるように捩じり上げられていた両腕をさすった。


「大丈夫ですか?」


「は、はい……」


 すごく助かったし、ありがたいけれど……でもどうして?


 当然、シナリオでは悪役令嬢を庇う者なんていなかったわ。登場しないはずのキャラが登場して断罪される悪役令嬢を庇うなんて、いったいどうなっているの?


 そりゃ、本来断罪されるはずだったときから四年も経っているのだもの。これが今さらゲームの強制力のようなもので強引にシナリオに引き戻されたことによるものだとしても、完全にゲームどおりとはいかないのはわかっているわ。だけど、本当にゲームの強制力でこれが起きているのならどう考えてもおかしい。


 シナリオどおり悪役令嬢を退場させるために、存在しない味方を作る必要はないもの。


「なんの真似だと訊いている!」


 ジェラルド殿下が苛立った様子で叫ぶ。

 アルジェント公子――ジークヴァルドさまは私を背に庇い、まっすぐジェラルド殿下を見つめた。


「キシュタリア公爵令嬢が聖女の暗殺を目論むとは思えません」


 少しの迷いもよどみもない言葉に、会場がざわつく。


 その言葉は震えるほど嬉しいけれど、やはりどうしても疑問がつきまとう。ヒロインと攻略対象は徹底的に避けていたから彼とは数回話したことがあるぐらいなのに、どうして私の無実を信じてくださっているのか。こうして庇ってくださるのか――。


「な、なにを言っている! この女は……!」


「そもそも現段階において、令嬢はまだ容疑者に過ぎません。違いますか?」


「っ……! 証拠があるんだ!」


「たしかに疑わしい証拠は出ています。しかし、まだ裏づけまでできていません。誰かがキシュタリア公爵令嬢――あるいはキシュタリア公爵家を陥れるために捏造した可能性も、まだ排除できていません。現時点での拘束は早計かと。殿下、どうか冷静に」


 どこまでも冷静に言葉を紡ぐジークヴァルドさまに、ジェラルド殿下が激昂する。


「黙れっ! 聖女が害されたのだぞ! 国として、これほどの一大事があるか!?」


「だからこそです。一刻も早く犯人を捕らえ、背後関係を徹底的に洗い出し、かかわったすべての人間を処罰しなくてはならないからこそ、より慎重になるべきです」


 ジークヴァルドさまがジェラルド殿下に一歩近づき、なだめるように言う。


「犯人でない人間を取り調べている間にも、本当の犯人が――黒幕が逃げおおせてしまうかもしれないのですから」


「うるさい!」


 だが、そのジークヴァルドさまの正論が、冷静さが、自身の判断を否定されている――あるいは聖女を軽んじられているように感じたのか、ジェラルド殿下の怒りはさらに燃え上がる。


「聖女暗殺を企てたのはこの女だ! 間違いない! 冤罪の可能性など万が一にもない! この女が犯人と確定したから捕らえただけのこと! なにも不備はない!」


「殿下!」


「黙れっ! 聖女を守ることができなかった貴様に、物申す資格があると思うか!」


 それには反論できず、ジークヴァルドさまがグッと言葉を詰まらせる。

 その隙を逃さず、ジェラルド殿下は騎士たちに鋭く命じた。


「その女が犯人で間違いない! いいから連れて行け!」


「お待ちください! もう一度調査を!」


 なおも諦めず止めようとするジークヴァルドさまに、ジェラルド殿下は手に持っていた剣を振り上げた。


「しつこいぞ!」


 瞬間、鮮血が目の前で鮮やかに散る。


「きゃあぁっ! アルジェント公子!」


 驚愕と戦慄が背中を駆け上がり、私は思わず悲鳴を上げた。


 嘘……。本当になにが起こっているの? ジークヴァルドさまが害されるなんて……。


「反逆者を庇う者も反逆者だ! ジークヴァルド・レダ・アルジェントも拘束しろ!」 

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