わたくしに恋してください!~ループ二回目の悪役令嬢ですが破滅回避のため"誘惑"します~
烏丸紫明
プロローグ
プロローグ
ドキドキと鼓動がうるさい。
今宵は、整然と並ぶ大胆かつ細やかな彫刻と黄金のロカイユ装飾が施された柱たちも、そこから優美な曲線を描いてたどりつく天井の見事なフレスコ画も、廊下の壁に所狭しと掛けられている美しい絵画たちも、なにも目に入らない。
荘厳かつ優雅でなホールを飛び出し、すばらしい絵画や彫刻がところ狭しと並ぶ廊下を走り抜けて、私は月とランプの灯りでライトアップされた美しい庭園に駆け込んだ。
赤、ピンク、紫、オレンジ、黄、緑、白と、さまざまな種類の薔薇が盛りと咲いている。そのむせかえるような甘い香りにクラクラする。
香りを振り払うように薔薇たちの間を縫う煉瓦の小道を走り抜け、私はハッとして足を止めた。
「ジークヴァルドさま……」
色とりどりの薔薇に囲まれたメルヘンチックな白いガゼボ。
月明かりに照らされたそこに、彼――ジークヴァルド・レダ・アルジェント公子はいた。
「っ……」
ドクンと大きな音を立てて心臓が跳ねる。
スラリとした長身。軍服の上からでも、一部の隙もなく鍛え抜かれていることがわかる無駄のない体躯。ただそこに立っているだけで絵になる。
サラサラと風に遊ぶ、夜の空よりも深い漆黒の髪。静かに月を見つめる眼差しは美しいアメジスト。まっすぐ通った鼻筋も引き締まった頬も精悍で男らしく、薄く形の良い唇はとても甘やかで色香がある。
記憶の中の彼よりも少しだけ若いけれど、違いといえばそれだけだ。
月を見つめる静かな眼差しは、あのときとなにも変わっていない。
そう――あのとき。
一回目の転生人生。今よりも未来の話。
「……!」
視線を感じたのか、ジークヴァルドさまがふとこちらを振り返る。
アメジストの瞳が、わずかに見開かれた。
「アデライード・ディ・キシュタリア公爵令嬢?」
「っ……」
苦しいほど胸が熱くなり、心臓が早鐘を打つ。
回帰前、私とジークヴァルドさまは決していい関係ではなかった。
私はキシュタリア公爵家以外の人とは徹底的にかかわりを避けていたのもあって、巷で囁かれていた悪評はほぼそのまま放置と言うか――悪評を払拭するような行動は一切しなかった。だから聖女を守る彼にとって私は『悪名高い令嬢』であり『要警戒対象』だったはずだった。
それなのにどうしてだろう? あのとき、あなただけが私を信じてくれた。あなただけが、私を庇ってくれた。私が、聖女暗殺など企てるはずがないと言ってくれた。
だけどそのせいで、あなたはメイン攻略対象のはずなのに死んでしまった。処刑されてしまった。聖女暗殺未遂の容疑者を庇った反逆罪で。
「ジークヴァルドさま……!」
私は彼を見つめたまま、ゆっくりと歩を進めた。
悪役令嬢の破滅の運命を変えたい!
一回目の転生人生でも『運命を変える』という一点においては達成できていた。だって、原作ゲームではメイン攻略対象が死んでしまうなんてことはなかったもの!
でも、結末は変わらず、私は処刑されてしまった。それも、多くの他者を巻き込んで。
結末以外はたしかに変わったけれど、悪いほうに転んでしまった。
そして、望んでもいないのにはじまってしまった”二回目”――。
今度こそ……いいえ、今度はもっとうまくやってみせる。
悪役令嬢の破滅の運命を変える。
そして、一回目で処刑されてしまったあなたも、キシュタリア公爵家のみなも、助けてみせるわ。
だから、そのためにも……。
「ジークヴァルドさま!」
私を見つめるアメジストの輝きに見惚れながら、私は彼の前に立った。
あなたの力が必要なんです。ジークヴァルドさま。どうか……。
「どうか、わたくしに恋してください!」
「……は……?」
逸る気持ちのまま叫んでしまって――私は思わず目を見開いた。
ジークヴァルドさまも、ひどく驚いた様子で私を凝視している。
ざぁっと全身から一気に血の気が引いた。
さ、先走り過ぎた!
「ええと……これは、その……。わたくしは……」
冷汗が背中を濡らしてゆく。私は内心頭を抱えた。
やってしまったーっ!
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