第17話

 俺は難なく地面に降り立った。

 勿論、ルビィも一緒だから怪我一つないけれど、弱々サキュバスはフリーダイブにビビり散らして元のセクシーオネエチャンの姿に戻っている。布面積の少ないボンテージ姿は、この場ではセクシーというより寒そうだから猫の姿でいてほしい。


「落ちるなら落ちるって言ってよ?!」

「おまえは鳥たちと一緒にいてよかったんだぞ」

「嫌よ! あいつらギルバンドラ様がいないと私のことなんて落とすんだから!!」

 弱々サキュバスはもうすっかり媚びへつらうことも忘れているらしい。俺のことをポコポコ叩いてくるが、へっぴり腰で震え上がっているからダメージはない。震えていなくてもダメージはないけど。


 ルビィが騒ぐせいで、というわけでもなく、周りの岩が徐に動いた。なんたって、巨人がいると思われる地点のど真ん中に降り立ったのだ。

 斜面の中で多少水平になっているところにゴロゴロ転がっている岩らしきものは、膝を抱えて座り込んだ巨人だった。岩が開いて縦に伸びるように立ち上がった巨人たちは、ずんずんと聳えて俺を囲んだ。


「ぴえっ」

 情けない悲鳴と共にルビィが猫の姿になって俺の一張羅の中へ潜り込む。布一枚だから、背中に直にしがみ付かれると爪が食い込んでちょっと痛い。


 巨人たちはどいつもこいつも十メートル以上はある。大き過ぎて顔も良く見えないが、岩のような茶色っぽい灰色っぽい顔は、造形も石像のようにごつごつしていそうだ。みんな布みたいなものを腰に巻いているが、それ以外は何も身に着けていない。


 たぶん、巨人の方には威圧している気はない。ただ小さな侵入者を見下ろしているだけだ。それだけでも下から見上げると完全に取り囲まれていて、まるで岩の牢獄に閉じ込められたみたいだ。


「何の用だ」


 俺はビビっていないけれど、ド迫力にちょっとだけ圧倒されていると、巨人の内の一人が不愛想に尋ねてきた。大声を出したわけではないだろうが、なにせ図体がデカいから、普通の声も地鳴りのような轟音に聞こえる。


「挨拶に来てやった、俺は魔王ギルバンドラだ」

「そうか、好きにしろ」

「え~」

 好戦的なのも面倒だったが、ここまで反応が薄いのも考えものだ。なんか魔王として敬われている感じがしない。


「おまえがここらのボスか?」

「いかにも、山の王と呼ばれているガンギランだ、俺たちは魔王と敵対する意思はない」

 名前を聞いても反応が薄い。やはり、巨人たちはたまたま山岳地帯が住みやすかったからここにいるだけで、この地を守ろうとか他の魔物を追い出そうという気はないらしい。


「それにしてもリアクション無さ過ぎね?」

「俺たちが動くだけでおまえらは吹き飛ぶ」

「あーなるほど」

 ガンギランに言われて俺はようやく納得した。

 巨人は大きい。声を出すだけで地鳴りのようだし、動くだけでもゴロゴロと地面が揺れる。そんなやつらがテンション高く喋ったり動いたりすれば、もうそれだけで自然災害になる。だから巨人はあまり動かないし喋らないらしい。


 そういえば、ザランも同じくらい大きいけれど、走り回っても地震が起きるようなことはなかった。どれだけ大きくてもネコ科動物は静かな動きができるんだなと、改めて関心するとともに、ザランはデカい猫という認識が強まった。


「詰まんなくないの?」

「俺たちは元からこうだ」

 俺だったらなるべく動かず喋らず山でじっとしてるとか無理だけど、巨人たちは別に他の生き物に気を遣っているわけでもなく、元から派手に動くのを好まない性質のようだ。

 普段は座り込んで岩のようにじっとしている。岩に擬態しているのではなく、動くのが面倒臭いから座り込んでたら自然と岩みたいに見えるだけらしい。たまに動いても必要最低限だという。実はかなり面倒臭がりな連中のようだ。


 まあ好きにしろというなら好きにするけれど、この無関心は捨て置けない。

 何故なら、俺の魔界文明化計画には絶対に巨人たちの力が必要なのだ。


 俺の想像する魔王城を建造するには大型重機が必要不可欠だが、何の知識もなくダンプカーだのショベルカーだのが作れるわけもない。魔法を使えばどうにかできるだろうが、俺と同じくらいの大規模魔法が使えるやつはそういない。

 重機や大規模魔法に代わる存在が巨人である。なにせデカいし、これで非力なわけがない。天然の大型重機だ。巨人一体が一日働くだけで、岩場の雑魚たちが十匹集まっても敵わない労働量になるだろう。


 というわけで、ここでもやっぱり俺がすることは同じだ。

「じゃあ相撲しようぜ!」

 元気に言っても巨人たちの反応はイマイチだ。相手が大きいから俺は自然と大きな声になってしまうが、反応の薄い巨人が相手だと、俺だけ馬鹿みたいにテンションが高いみたいになる。


「相撲とは?」

 ガンギランがぶっきら棒に問い返してくる。とりあえず反応があっただけ良し。俺は魔界流相撲のルール説明をする。


「俺が勝ったら俺の言うことを聞いてもらう」

「内容による」

「結構しっかりしてんのな」

 俺の言い分にガンギランの返答はクールだった。そりゃあ内容もわからず言う通りにしますなんて言えないよな。しかし、このクールな対応、やっぱり巨人は俺と敵対する気はないけど黙って従う気もないらしい。


「俺は城が欲しいんだ、立派なやつ、魔王だからな、その建造に協力してほしい」

 素直に要望を言ってみたが、相変わらず巨人の反応は薄い。山の中で拭きっ晒しのまま体育座りで暮らしてるやつらだから、城を欲しがる俺の気持ちはよくわからないのだろう。

「奴隷のように扱き使う気はない、昼間働いてもらって夜は休んで、交代制で三日労働一日休みくらいのペースかな」


「ふむ」

 俺の出した条件にガンギランは他の巨人を見回した。どいつもこいつも「ふむ」「まあ」「うん」とか口数は少ない。これで巨人たちは会話ができているのだろうか。


「いいだろう」

 会話できてたらしい。満場一致なのか知らないがガンギランが頷いた。

「俺が勝ったらこの山に入ってくるな」

「いいよ」

 負ける気はないから俺もガンギランの出した条件を軽く飲んだ。一応、巨人にも縄張り意識はあるんだな。

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