第15話

 調理という過程がほぼないため、あっという間に宴の準備はできた。

 今日はザランがいないから、俺はフッカフカな毛皮の上に座っている。獣の形そのままの敷物はかなりワイルドだが、オーガ流のお客様用座布団みたいなものらしい。


「では皆のもの、魔界の新たな王に祝杯を上げろ!!」


 クーランの音頭と共にオーガたちが歓声を上げた。

 俺も渡されたドデカい木の椀になみなみと酒を注がれる。どんぶりみたいな形に液体は飲みづらいけれど、これもオーガ流の一番偉いやつ用の酒器らしい。


 果実酒は匂いこそ果実っぽいけれど、見た目は赤黒く濁っている。前世で飲んだ記憶のある洗練された酒までは期待していないけれど、発酵は一歩間違えば腐敗だ。魔王が腹を壊すことはあるかわからないけれど、俺は恐る恐る椀に口を付けた。

「ん~~~~……悪くない」

 酸味が強い。酸っぱ苦い中に少しだけ甘味があって、後からふんわりアルコールっぽさが来る。完全に自然任せの発酵ならばアルコール度数はそこまで強くならないだろう。酒というよりほとんど果実酢になっているけれど、腐っていないだけ上等だ。


「すっぱ、にぎゃい?!」

 隣で酒を舐めたピーパーティンが顔をシワシワにしてケーッと舌を出している。こいつには酒はまだ早かったようだ。俺も見た目は子供だから、前世だったら説教されているところだが、魔王になった俺には関係ない。


 残念ながら酔えそうな気はしない。これは酒の度数が低いからではなく、俺の持ち前の治癒力が高過ぎて、防衛本能でアルコールを入れた端から分解されていっている。たぶん、どんだけ強い酒を飲んでも酔えないだろうな。

 それでも、生まれて初めての食品らしい食品に、俺は上機嫌にパカパカ酒を乾していく。

 オーガの移動生活を考えると仕込み量は多くないだろうが、果実酒は材料さえあれば手軽に作れる酒だ。移動生活でも作れるのだから、これから仕込み量をバンバン増やして質も高めていけばいい。


 食べ物については、草原地帯の獣たちと変わらず、果物と焼いた肉が中心だった。違うのは魚があることと、スープらしきものもあるところだ。でもやっぱり魚もスープも味付けは塩だけだった。

「これは海の魚か」

 俺の前には魚の串焼きが立てられている。草原地帯で食べた獣の串焼きと違い魚だから処刑場っぽさはないが、特に大きなものが俺に献上されているから、魚の大きさが俺の身の丈ほどはある。


 魔界全土を上から見た時は大きな川が二本流れていたが、このサイズの魚が泳いでいるのだとしたらちょっと恐い。見た目はマグロっぽいから海の魚だと思うが、よく見れば牙が鋭いし尾鰭は刃物のようになっているから、こいつも魔物なのかもしれない。


「俺が浜で狩ったやつです」

 俺の横で飲んでたクーランが得意げに胸を張った。ボスは強いだけじゃなく狩や釣りの巧さも大事だという。魚を釣ったではなく狩ったと言うから、やっぱりこいつは魚型の魔物なのだろう。

「へー、海の方は別の国だって聞いたけど」

 俺は魚の串焼きに齧り付こうとして、大き過ぎてどこから齧ったものか迷って、結局、大きな葉っぱの上において手で解しながら食べることにした。豚の丸焼きは切り分けられて出されたから食べやすかったのに。


 器類はあるけれど、流石に箸やスプーンはない。せいぜいが肉を切り分ける小型のナイフくらいだ。オーガたちは巨大魚に豪快に齧りついて顔中油まみれにしているが、俺はそこまでワイルドにはなれなかった。

「はい、海は海の魔物の国だから沖の方まではいけない、あんまり大物獲っても海の王の怒りを買うが、浜で小舟出すくらいなら平気です」

「へー、浜で……これが獲れるんだ……」

 海の魚が獲れるのは僥倖だが、人間の子供ほどの大きさもある魚が浜で獲れるということは、沖に行けばもっと巨大な海洋生物がいるということだ。

 海の方は完全に別世界というから、魔界統一の一端には入れないでおこう。別にビビったわけではない。俺は魔界の王だが、他所の国を攻め滅ぼす気はないのだ。


「狩の道具は? そういや武器持ってるやつもいるよな、素材は何を使ってるんだ?」

 俺は海の話題は止めた。魚は脂がのっていて塩だけでも充分美味いから、今はそれだけでいい。

 オーガたちは宴の席でもだいたいみんな武器を持っている。戦闘用というより、装飾というか、常に一つは武器を持つのが習慣のようだ。


「罠にするようなやつは木とか、魔物の骨とかで作ってるけど、持ち歩いてるやつは角で作ったやつです」


「角!? 自分たちの? それ取っていいやつなのか」


 俺は仰天したが、オーガたちはむしろ笑っている。

 確かに短刀や鏃は生き物の骨っぽいけどやけにカラフルだと思っていたが、オーガたりの色とりどりの角で作られているのなら納得だ。

「生え変わりで抜けたやつですよ」

「もしくはご先祖様の形見です」

「あーなるほど、生え変わるのか」

 考えてみれば当然だった。魔物じゃない動物だって角は生え変わる。魔物は特に寿命が長いから一生のうちで何度も生え変わりはあるだろう。

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