第14話

 五日間オーガのバカ騒ぎは続いた。

 一匹に勝てばまた一匹が向かってくるの繰り返し、とにかく俺はオーガたちと相撲を取り続けた。

 せめてもの救いは、戦闘バカどもも寝ることと食うことは忘れなかったことだ。勝負することが重要だから寝首を掻くやつもいない。


 初日から夜になるまで相撲して、飯食って寝て、朝起きたら飯食って相撲して、腹が減ったら飯を食い相撲して、相撲して相撲して、飯食って寝る。

 そんなことをやって、ようやく五日目にして向かってくるやつがいなくなった。

「ぶは――っ、流石に疲れた!」

 すっかり草が禿げて本当に土俵のようになってしまった地面に引くり返った。無尽蔵に自然魔力が湧いている魔界ならば俺は体力も無限だが、闘気漲るオーガに囲まれ続けるのは体力とは別の意味で疲労が溜まる。


 やはり、一番強かったのはクーランだったが、オーガたちはどいつもこいつも身体能力が高く、しかも好戦的なだけあって戦い慣れていた。

 俺はもうなりふり構わず使えるものは全部使って勝った。魔王だから負けるわけにはいかない。

 この強制修行ルート突入で武の道を究められた、わけもない。たった五日で極められるほど武の道が浅いわけがない。オーガたちも決まった型があるわけではないから、俺はせいぜい戦い慣れただけだ。


 それでも、俺はこの森林地帯でも魔王と認めてもらえたらしい。

「ギルバンドラ様は強い」

「魔王を名乗るだけある」

「よーし! 新たな王に祝杯だ!!」

 オーガたちは元気だ。俺が一匹ずつ倒している横で、他のオーガもすっかり相撲にハマったらしく、あちこちで相撲を取っていたのだが、それでもまだまだ元気が有り余っているようだ。


 おかしい。自然魔力を体力に変換できる俺よりも体力が有り余っているなんて、オーガは戦闘バカな上に体力バカなのか。俺は慣れない戦闘に明け暮れて精神的に疲れたが、オーガは大好きな戦闘がたくさんできたから、精神的にはむしろ元気になっているのだろうか。


 しかし、最後に聞こえた声に俺も疲れは吹き飛んだ。

「しゅくはい? ……祝杯!! つまり酒か!!」

 そうだった、ここに来た最大の目的は酒だった。いや森林地帯のボスを倒すのも重要だったけど、それ以上に重要なのが食品の加工技術の良し悪しだ。


 オーガたちが住処に案内するというから俺も着いていく。ここに来てから五日間、俺は最初にオーガたちが待ち構えていた場所からほとんど動いていなかった。

 草の禿げた原っぱで相撲とって、その場で雑魚寝だ。オーガたちも気にせずその場で寝ていたから、俺もぜんぜん気にしていなかったけれど、一応は部外者を住処には入れないくらいの警戒心は持たれていたらしい。


「さけ? さけって何すか?」

 いつの間にか付いて来ていたピーパーティンが俺の肩にとまる。こいつは森林地帯で気ままに過ごしていたようで、いたりいなかったり、相撲に巻き込まれそうになったら確実に姿を消していたが、それ以外はそこらの木にとまって観戦していた。

「酒は果物とか穀物とかを発酵させて作る飲み物、飲んだことないのか?」

 ピーパーティンは首を傾げた。なんとなく魔物は酒が好きなイメージだったが、生き物獲って食べるしかないやつらが発酵食品なんて食べているわけがなかった。

 魔界はほぼ完全に人間界と隔絶しているから、人間から食料を奪うということもないだろう。


 オーガの住処は想像以上にちゃんとした集落だった。

 家こそ木の枝や葉っぱで作った粗末なテントみたいなものだが、集落の中心が寝るためのテント、その外側に火を炊いて調理する場所、少し離れたところに排泄する場所と、きっちり分けられている。

 オーガたちは数日ここで寝泊まりして、狩で獲れる獲物が少なくなってきたら別の場所に移る、移動生活をしているという。


「だから家を建てる必要はないんだな」

 俺は枝や葉で作られたテントを眺めまわして感心した。

 テントの骨組みとして使われている木は刃物で真っ直ぐに削られているし、屋根には葉っぱだけではなく木の皮も使われている。それらを固定するために、植物の繊維らしきものを束ねて捩じってロープも作られている。

 オーガの技術を見るに、造ろうと思えば木造家屋も造れるだろう。だが、狩猟採集生活では定住するための家を建てる必要はなかったのだ。


「ギルバンドラ様、これが俺たちの作った酒だ」

「おお!」

 クーランが担いできた壺のようなものに俺は思わず歓声を上げた。土を捏ねて成型して焼いただけの素焼きの壺だが、焼き物を作る技術があることは感激だ。

 そして、壺の中身は赤黒い液体だった。

「果実酒か!」

 なんの実かはわからないけれど、甘酸っぱい匂いの中に仄かにアルコールの香りがする。

 正直言うと、口噛み酒などが出てきたら遠慮しようと思っていたが、期待以上のものが出てきた。果実酒ならば、たぶん果実を潰して壺に入れて放置すればできるはずだ。


「今日は宴会だ!」


 俺はウッハウハで両手を振り上げたが、別に俺が何か用意することはない。なにせ魔王だし、俺はここへ招かれた新たなボスなのだから。


「よし! 酒も肉もあるだけ出せ!」


 クーランも異論はないようで、さっさとオーガたちに指示を出してキャンプファイヤーの用意を始める。魔界では宴と言えば大きな火をみんなで囲んで飯を食うことらしい。


 ちなみに、クーランは森林地帯のボスに返り咲いている。

 俺は魔界全体の王だから森林地帯だけの管理はしていられないと言えば、オーガたちは俺抜きでリーグ戦みたいな相撲をして、一番強いやつをボスにすることにしたらしい。それで結局一番強かったのはクーランだったというわけだ。

 俺と相撲している傍らで森林地帯のボス決定戦をしていたのだから、やっぱりオーガは戦い好きの体力バカどもだと思う。

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