第12話

 俺が縄張りに入った時からわかっていたのだろうが、自ら走ってきちゃったザランよりも貫録がある。

 しかし、明らかに戦いやすい広場のような場所で待ち構えていたところを見るに、好戦的なのは獣と同じくらいなのだろう。


 姿かたちだけは人間に似ているが、それぞれ色んな形の角が生えているし、肌の色も髪の色もカラフルだ。立派な牙が生えているものも多い。間違いなく魔物だ。

「何者だ」

 一番大きなオーガが睨んできた。

 身長は二メートル以上ある上に、頭には象の牙みたいな白い角が真上に伸びているから、ものすごく大きく見える。筋骨隆々な身体は腕だけでもそこらの木くらいの太さはある。髪も肌も黒いから、前世でなら黒鬼と呼ばれているだろう。


 こちらから名乗るのは王様っぽくないけれど、今は俺の方が勝手に入って来た訪問者だ。それに今日連れてきた唯一の子分であるピーパーティンは、オーガが見えた時点で高い木の枝にとまって知らんぷりしているから、今日も俺は仕方なく自分から名乗ることにした。

「俺はこの国の王ギルバンドラだ」

 腰に手を当てて胸を張ってみたが、やっぱり一人だと様にならない。よく言っても一匹狼で強がっているガキンチョだ。相変わらず格好は布一枚巻いただけだし。


 それにしても、オーガたちは服らしきものを着ていた。武器らしきものも持っている。服は獣の皮を身体に巻いているだけだし、武器も大きな骨か石のようだが、自然のものを加工して利用する、これすなわち文明だ。

 ならば家を作ったり調理器具を作っていることも期待できる。今日の最大の目的である酒も、これならば期待できるのではないだろうか。


 ワクワクしている俺の前に、オーガの中から一匹が進み出てきた。

 黒い牡鹿の角が生えた男は、オーガの中ではそれほど大きくは見えない。でも、鍛え上げられた身体は無駄な贅肉のない細マッチョだ。黄色い髪の毛と同じ色の瞳が、爛々と輝いていて、間違いなくこの中で一番好戦的な男だろう。

 髪の毛は真っ黄色でも肌の色は黄色ではない。前世では黄色人種とか言われそうなアジア系の肌色ではあるが、黄鬼と呼べるほどの肌色ではなかった。

 でも、オーガの中には髪は青いが肌は緑のやつとか、真っ赤な顔に白い髪のやつとか、肌色は白人っぽいけど緑の髪に紫の角が生えたやつとか、肌と髪と角の色に法則性は見つけられないから、肌が地味な薄いベージュでも特異なわけではなさそうだ。


「俺は森の王クーランだ、この国とはどこの国のことだ?」


 やっぱり進み出てきたやつが森林地帯のボスだった。目も眉毛もキリリと吊り上がっていて、顔だけならなかなかの好青年に見える。

 若そうな外見だが、タレ目にタレ眉の俺とは正反対で、堂々として自信に満ちている。この中で一番強いぞということを隠す気もないらしい。別に俺だって自信がないわけじゃないけど、外見が伴っていないのは如何ともしがたい。


 まあ弱肉強食の世界だから、強いことはバンバン出していくのが常識なのだろう。能ある鷹は爪を隠す、なんて諺は魔界では必要ないわけだ。

「この国はこの国だ、この森を含めた魔界全部の王が俺だ」

「そうかそうか、つまりおまえは俺を倒すと」

 クーランは俺の挑発に怒るどころか、心底楽しそうに口角を上げた。ニンマリと吊り上がった唇から立派な牙が覗く。

 ご期待に応えて俺も笑って言ってやった。


「おう! 相撲しようぜ!」

「いいだろう!!」


 え、いいの? どうせ勝負はするつもりだけど、まずはルールを聞いてから返事をするべきじゃないだろうか。


 ここまでザランもシクランも、俺の考えた魔界流相撲のルールに意義は唱えなかったけれど、最低限ルール説明をまずは聞いていた。

 もしかして、オーガたちは相撲を知っているのだろうか。

「で、相撲とは何だ!!」

 あ、知らなかった。ルールも知らずに相手の土俵に乗って来たらしい。不適というか、ただの戦闘狂じゃないことを祈りたい。


 俺はハラハラしながら魔界流相撲のルールを説明する。それだけでクーランは目を輝かせた。

「わかった! 面白い、つまりは投げるか弾き飛ばせばいいんだな」

「魔法も使っていいよ」

「いいや、それじゃあ詰まらん」

 駄目だこりゃ、こいつは間違いなく戦闘狂だ。クーランだけじゃなく、他のオーガたちも新しい戦いのルールに表情をキラキラさせている。

 ようやく文明的なやつらがいたかと思ったが、こいつらは草原の獣たち以上に血の気が多そうだ。


「まあいいや、始めよう、この結界から指一本でも出たら負けな」

 俺は今まで通り色の付いただけの結界を展開して土俵を作る。血の気が多いとは、つまりはヤル気があるということだ。悪いことではない。たぶん。

 オーガたちは素直に土俵から出て、俺とクーランが向かい合う。

 相変わらず行司はいないし開始の合図もない。

 緊張感を持つべきところだが、如何せんクーランが新しい遊びを見つけた子供みたいな顔をしているから、土俵内はどことなくのほほんとしている。


 だが、ワクワクしているガキの顔して闘争心はほぼ殺気だ。

 一瞬睨みあい、膠着状態になる暇もなくクーランが早速殴りかかってきた。


 相手の出方を見るタイプではないらしい。一気に距離を詰めて、ひたすら拳の連打だ。とにかく先手必勝で押しまくってくる。

 宣言通り、本当に魔法は使わないつもりらしい。武器も持っていないから、それだけ肉弾戦に自信があるのだろう。


 俺は早くも防戦一方になってしまったが、相手に合わせて魔法を使わないなんて律義さは持ち合わせていないので、遠慮なく耐物理結界を張っている。痛いの嫌だし。

 しかし、恐ろしいことにクーランは拳だけで俺の結界を破壊するつもりらしい。一発ではビクともしないが、何発も殴られれば耐物理に全振りした結界にも罅が入る。その度に結界を張り直しているけれど、クーランの連打スピードに俺の方が付いて行けない。

 これは結界を打ち破られるのも時間の問題だし、じりじりと押されていて、結界が耐えられたとしても土俵の外へ押し出されてしまいそうだ。


 どうせ守っているだけでは勝てない。俺は結界が壊される直前に拳に魔力を集めて振り抜いた。

 ドッと周囲が沸いた。観戦しているオーガたちも楽しそうだ。


 今までの経験を踏まえて、土俵を示す結界に外野も触れてはならないというルールを追加したが、そんなルールがなくてもオーガたちはタイマン勝負に手を出すことはなかっただろう。獣は勝つことに重きを置いていたが、オーガたちは戦うことに重きを置いているようだ。

 俺が打ったのは、ザランとその子分たちを吹き飛ばした時と同じただのすごいパンチだったが、なんとクーランはそれを凌いだ。後ろへは吹き飛んだけれど、土俵の中で踏み止まる。両腕でガードしただけでほぼ無傷だ。

「ハッハッハ!! すごい威力だ、良いな!!」

 しかも、攻撃を受けたのにすごく楽しそうだ。こいつなら避けることもできただろうし、結界を張ることもできただろうに、わざと無防備に俺の全力パンチを受けたらしい。

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