第9話

 シクランが降参すると、さっきまで霧の中に隠れていた沼地の住人たちがわらわらと出てきた。

 動く骨に動く死体に見える幽霊、時々火の玉みたいなもの、本当にお化け屋敷みたいなラインナップだ。


 黒猫のルビィが嫌そうな顔で俺にくっ付いてくる。悪魔のくせに幽霊が恐いわけもないだろうが、死んだときのまま血塗れだったり内臓が出ていたりするやつもいるから、見た目が汚いものは悪魔からしても気持ち悪いらしい。

 俺もあんまり気分は良くないが、死体を見ても思ったよりショックは少ない。死体は死体でも生きているように動いているせいだろうか、それとも精神的に魔王らしくなっているのだろうか。これは一回人間を殺してみないと真相はわからないな。


 それはそれとして、俺は猫のルビィと小鳥のピーパーティンを抱っこして、湖の畔にある岩の上に座っている。別に恐くもなんともなのだが、霧の中が肌寒いからモコモコしたものが必要なだけだ。


 あと、たぶん動く死体なんかみんな腐乱しているから臭いのだろうが、それも気にならない。

 これについては、おそらく目覚めてからずっと臭かったのだ。だって、服を着る文化のないやつらに身体を洗う習慣があるわけがない。だから慣れというか、清浄な匂いがわからないのだと思う。


 死体が平気問題と臭い問題は今は良いとして、沼地のやつらを見回して、俺は妙な共通点を見つけた。


「なんで、みんな人間なんだ?」


 火の玉こそ形らしい形はないけれど、骨も死体も幽霊もみんな揃って人型だった。なんなら死体や幽霊は服まで着ている。

 魔界では今のところ黒魔導士以外の人間は見ていない。人間の黒魔導士も魔法の研究に没頭して仙人みたいになったやつだから、魔物に片足突っ込んでいるようなやつばかりだ。

 魔界にいる死体や幽霊なのに魔物型をしていないのはどうしてだろう。


「ゾンビとゴーストは死んだ人間だから」

 シクランの話では、ゾンビやゴーストは魔界以外の地からシクランが召喚したのだという。シクラン自身が元人間なので召喚できるのも人間の魂だけだという。

「儀式は同じ魂の召喚、呼び出されたものに肉体が残っていればゾンビになり、肉体が滅んでいればゴーストになるのです」

「へー、みんな家に帰りたいとか成仏したいとかないの?」

「じょうぶつ?」

 あ、ここ仏教がない世界か。

「死後の世界に行きたいとか言われないのか?」

「この世を彷徨っている死者はみな帰る家も家族もない、祈るものもいなければ神の元に召されることは叶いません」

 宗教は違えど、この世界にも葬式して冥福を祈る文化はあるらしいし、ちゃんと供養すれば魂は正しい場所に行くという考えもあるらしい。


 はぐれものの無縁仏たちを、シクランは呼び集めて居場所を提供する代わりに、ちゃっかり小間使いにしているそうだ。永いこと幽霊をやっているそうだが、慈善活動には興味がないみたいだな。

 そして、浮遊霊たちもこの世に存在するための何らかのエネルギーを消費し尽くしたら、死後の世界へと流れていくらしい。これはもうこの世界とは別の次元の理だから、魔王の俺でもよくわからない。


「じゃあスケルトンは?」

「やつらは元から骨」

「元から骨?」

 曰く、スケルトンは死体が朽ちて白骨化したものではなく、最初から骨の姿で生まれる、いや自然発生するそうだ。だから、ゾンビの中には腐敗が進行してほぼ骨になっているやつもいるけれど、スケルトンとは全くの別物だという。

 生まれながらに骨といういうのは、理屈がサッパリわからないけれど、よく見れば、ゾンビやゴーストには魔力らしい魔力は見えないが、スケルトンやそこらに浮いている火の玉はほぼ魔力の塊だ。

「あの漂っている光るもの、あれらは魔力の残滓が集まったもの、それらが更に集まればスケルトンになる」

 シクランの解説もフワッとしているけれど、俺は魔王なのでわかる。これも考えるな感じろだ。

 普通は自然魔力というのはこの世界を良い感じに循環しているものだが、たまに強大な魔法が行使されたりすると、循環からはみ出た残りカスみたいな魔力が吹き溜る。それらが形を成したのが火の玉やスケルトンというわけだ。


 自然の輪から外れたものという点で言うと、成仏できない魂も、循環からはみ出た魔力も同じようなもんと言える。


 まあ、結局どうしてスケルトンは人の骨格なのかはわからないし、なんで骨なんだというのもわからない。スケルトンも火の玉も喋れないから、本人たちに聞くこともできない。

 まだまだ謎多き沼地だが、もうここは俺の縄張り、追々探索を進めて行けばいい。


 気が付けば薄暗かった周囲が更に暗くなっていた。

 生まれた時が大嵐で、草原は曇り、それから霧深い沼地に来たから、時間の感覚がさっぱりわからなくなっていたが、既に夜になっていたようだ。

 チート過ぎるこの身体は疲れ知らずだが、夜通し戦いたいほどの情熱はない。

 でも、冷たい霧とホラーな連中に囲まれて休んでも休める気がしないから、俺は岩場から付いてきた子分たちを連れて草原に戻ることにした。ザランは良いベッドになりそうだ。

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