魔界統一

第5話

 勝手に俺のもとへ集まって来たやつらはだいたい把握できた。次は俺に従わなさそうなやつらだ。

 猿みたいな老人みたいな猿のポロックが現在の魔界の全体像を教えてくれた。やっぱりこいつは物知り爺さんみたいな見た目の通り、長生きしてきたので色々知っているようだ。


 まずは、魔界と言ってもここは大陸の一部だ。陸続きで人間の国と接触しているらしい。

 だが、人間界とは完全に隔絶している。


 何故なら、北から西にかけて険しい山脈が横たわっていて、標高も高いためまず人間が越えるのは不可能だという。ちなみにこの山脈は巨人たちの住処なのだとか。


 南には広大な樹海が広がっている。こちらも肉食の獣や植物が多数生息しているし、感覚を狂わせる魔法が自然発生していて、魔物ですら通り抜けるのは困難だという。


 そして、東側は海に面しているが、こちらは海の魔物の王が支配する別世界で、海の中のことなのでよくわからないけれど、陸の生物が生きて海を渡ることはできないという。


 山と森と海に囲まれて魔物だけが生息している地域を、誰が呼んだか知らないが魔界と呼んでいるのだ。

 国名はない。なにせ国としての体制が全く無いのだから。


 とりあえず魔界の外のことは今は置いておく。肝心の魔界の内情だが、永らく戦国時代だったという。

 それは聞かなくてもわかる。弱肉強食が唯一のルールだというのだから、強いやつらが勢力争いするのは当然だ。

 今のところ、四体の強力な魔物が、凡そ生息地が同じ魔物たちを統制して、だいたいの縄張りが決まっているそうだが、共通の法律があるわけではないので、各地で小競り合いは絶えないらしい。

 しかし、ボスっぽいやつらが決まっているのは俺にとっては都合がいい。ボスを倒せば子分たちも俺に従うだろう。

「じゃあまず一番近いのは、草原地帯にいるザランだな」

 俺はポロックの書いた魔界地図を指さした。物凄く大雑把だが、それぞれの縄張りに境界線があるわけでもないから仕方ない。


 俺の生まれた岩場は魔界の南東の外れにある。その南側に広がる大草原を縄張りにして、獣人や獣型の魔物たちを束ねているザランという獅子がいるそうだ。

 なんだか、魔物のザランという名前に聞き覚えがあるような気がする。でも、ザランなんて漫画でよくありそうな名前だから、聞き覚えがあってもおかしくはないだろう。

「どんなやつ?」

 ボスと言われるからには、ここに集まった雑魚たちとは比べ物にならないくらい強いのだろう。俺が魔王だからといって侮っていい相手ではないはずだ。

「えーと、赤くてデカい獣っす」

「金色の角がありますわ」

 相変わらず小鳥と黒猫の姿をしているピーパーティンとルビィが答えた。俺はずっとそうしてろとは言っていないのだが、こいつらこの姿が気に入ったのかな。


「得意技は?」

「力強いっす」

 ピーパーティンは草原地帯にいたことがあるそうだが、下っ端も下っ端なので、ボスの実力など見たこともないらしい。ルビィは面識もないという。

 他の連中も一様に首を傾げている。そうだった。こいつらはみんな底辺の魔物、ボスが戦うような最前線にいられるような実力すらないのだった。


「じゃあ、住処は?」

「……草原?」

「いつも木陰で寝てたような?」

「樹海の近くで見たことある」

 駄目だこりゃ。住処が定まっていないのか、こいつらが知らないだけなのか、大草原のどこかにいるということしかわからない。

 ポロックも「どこじゃろうのう」と暢気に頭を掻いている。物知り爺さんっぽいのは見た目だけなのかもしれない。


「しっかたねーなー、足で探すか」

 外見的特徴はわかっているから、大草原を歩き回って探すしかないようだ。モンスターを集めて鍛えるゲームと同じだと思えば、面倒臭いけどできなくはない。

「あ、探す必要はないんじゃね」

「なんで?」

 俺は不承不承立ち上がったが、気易い声に首を傾げた。

「ギルバンドラ様強いから、草原入っただけですぐに駆け付けてくるっすよ」

「縄張り意識強いもんな」

「来なけりゃ一暴れすればいいじゃん」

 魔物たちは口々に言う。強いやつに会う時は勝手に縄張りに入って暴れるのが魔界の一般的な挨拶らしい。野蛮にもほどがあるが、手っ取り早いのは有難い。

「それを早く言えよ」

 ピーパーティンを八つ当たりに小突いてから、俺はさっそく草原へ殴り込みに行った。




 ザランは本当にすぐに見つかった。


 どこまでも続く草原を歩いているだけで、向こうからやってきてくれた。エンカウントするタイミングだけで言えば、始まりの村の近くにいるスライムと同等だ。

 しかし、強いことは一目見ればわかった。

 聞いた通り外見は真っ赤な鬣を持つライオンで、図体は誰よりも大きい。大きさだけでなく身に纏うオーラが只者ではない。特に羊の角みたいな形の黄金色の角に強大な魔力が宿っている。


 ちなみに、ここまで俺は一人だ。

 岩場にいて俺の子分になりたいと言ったやつらは誰も付いてこなかった。「ここで魔王様の玉座をお守りします」とか調子のいいことを言っていたが、強いやつに会うのが恐いだけだと思う。あいつらにはこれから忠誠心を叩き込まないといけないらしい。


 対するザランは、大勢の獣や獣人を連れていて、見るからにボスらしい。

「ここはこの草原の王ザラン様の縄張りだ! この地を歩きたくば跪け小僧!」

 ボスらしく傍に控える獣人が誰何する。やっぱり一番偉いやつは自分から名乗ったりしないよな。部下に名乗らせるだけで大物感が出る。

 でも、残念ながら俺は子分の教育がまだできていないから、仕方なく自分から名乗る。

「俺はこの国の王ギルバンドラだ、俺の誕生に挨拶にも来ない部下を指導しに来てやったぞ」

 偉そうにふんぞり返ってやったが、俺の見た目は人間の子供だし、タレ目に合わせて下り眉だから表情に覇気がないし、装備は雨に濡れない布一枚だ。いまいち大物感が出ない。


 しかし、力は伝わっているだろう。でなければ、ボスが直々にやってくるわけがない。

「この国の王だと!?」

「ザラン様を前に何を言うか!!」

「身の程知らずが!!」

 獣たちが憤慨して騒ぎだしたが、ザランが一歩前に出た瞬間に静かになった。統制が取れている。俺も見習いたいもんだ。

「下がっていろ、おまえたちでは相手にならん」

 声も低くてたぶんイケメンなのだろう。獣の顔の良し悪しはわからないけれど、落ち着いていて貫録がある雰囲気だけで格好良い。


 それにしても、獣と人間では声帯がぜんぜん違うはずだが、同じ言語を話しているのは不思議だ。

 そもそもこれは何語なのだろうか。普通に喋っていたが、考えてみれば姿かたちの違うバケモノどもがみんな言葉が通じるなんて不自然だ。もしかして、普通に喋っているつもりでいて、実は意思疎通も魔法みたいな力で行われているのかもしれない。


 それはともかく、のっそりのっそり歩いてきたザランが、俺の目の前で立ち止まった。

 草原に入ってから雨は止んだが、空には分厚い雲が立ち込めている。対峙する俺たちの間を一陣の風が吹き抜け、俺の一張羅の布とザランの鬣がはためいた。

「のこのことやって来たということは、我と戦う度胸があるのだろうな」

 凡そ五メートルほどの高さから見下ろされている。目線を合わせようとしないところ、ものすごく見下されている。

 俺からはもう、精一杯上を向いても顎の下の鬣しか見えない。きっと顎を撫でようとしたら鬣に全身埋もれてしまうだろう。巨大ライオンの鬣ベッド、とても魅力的だ。


「おう! 相撲しようぜ」


 俺はふんぞり返って言った。別に偉そうにしようと思わなくても、ザランを見上げると自然と背中が反り返るのだ。

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