「あなたはカミを信じますか?」

沖唄(R2D2)

第1話『証す人』その1

「うん?」


 おやつ時を過ぎた16時。不自然な時間の来客に、疑問を覚えた。

 配達の類は頼んで無かったと思う。


「はぃ……」


 人見知りで人畜無害の僕は、言葉尻を小さくしながら扉を開ける。

 その先には還暦近くの女性がニコニコと笑みを浮かべて立っていた。

 この時点で用件を察する。宗教の勧誘だ!


「どうもぉ、こんにちは。今お時間大丈夫ですか?」


 僕は笑みを浮かべた。


「えぇ、大丈夫ですよ」


 おばさまも嬉しそうな笑みを浮かべる。話を聞いて欲しいおばさまと話を聞きたい僕との間に合意が形成された。


 人畜無害な僕は、宗教の勧誘をケチョンケチョンに論破して撃退してみたかったのだ。


「えぇ、聖書ってご存知ですか。あの何千億……」

「あぁ、知っていますよ」


「読んだことは」

「無いですね」


 これだけでは、どのタイプの宗教か、特定は出来なかった。


「聖書ってすごいんですよ、過去からの歴史もありますけど、未来のことまで書いてあるんです」

「未来のことですか、すごいですね」


 僕は感心してみせる。未来が分かれば昨日のようにずぶ濡れて家に帰ることもなくなりそうだ。


「未来というと、どんな?」

「えぇ、世界史は勉強されましたか?」


「しましたね。でも、ほとんど今は忘れてしまっています」


 受験では選択問題だった上に受験までに授業範囲が終わらず、一夜漬けのようにして挑んだのを思い出す。


「バビロヌって知っていますか?」

「あぁ、覚えています」


 嘘だった。僕の頭の中には再放送で見た『バビロ三世』のオープニングが流れている。


「ダニオルの予言、というものがありまして。あるバビロヌの王様がある時夢を見たんです」


 なるほど、その王様がダニオルだな。


「それで、王様は夢の内容を不思議に思って、その国の研究者たちに解読をさせたのですが何もわかりませんでした」


 まあ夢の内容ってそうだよね。僕もパンツ一丁で外に出る夢を見るが、理由を誰かに教えて欲しいとつくづく思っている。


「そこで、バビロヌに囚われていた捕虜に解読を任せることにしました」


 何で?


「すると、夢の解読に成功したのです」


 何で?


「その夢は世界の強国の隆盛についてのものだと分かりました……」


「これが、バビロヌで、その次に栄えるのが……」


 途中は記憶に残らなかったが、最後に気になる言葉が出てくる。


「……で、最後が米英です」

「ちょっと待ってください」


 思わず突っ込まずにはいられなかった。


「はい、気になるところがありましたか?」

「この時期には米英って単語は無かった訳ですよね。なら何でこれがイギリスやアメリカを指すと分かったのでしょうか?」


「えぇ、それは後々にそのことが分かって……」


 つまり、これはあれだ。先に予言が提示されて、後の世で『これはイギリスとアメリカのことだな!』となった訳だ。

 でもそれまでは一国ずつだったのに、何で最後だけ米英で一纏めなんだ……そうか、予知の数に合わせるために無理やり一つにまとめたのか。


「世界に国が複数あれば、一番に栄えてる国はある訳ですよね」


「えぇ」

「なら、その国が移り変わるのも何ら不自然ではないですよね」


「えぇ」

「……後から自由にこじつけられそうじゃ無いですか?」


「う〜ん」


 効いてる?効いてない?どっちだ。


「ビデオがあるんですよ。ほら聖書もアプリで読めて……」


 おばさまはめげなかった。


 ここで、僕はおばさまが仲間を連れていないことに気付いた。こういうのは大抵二人一組で行動するはず。

 そうで無かったのは以前に……1、2組ぐらいだろうか。


「アプリで聖書も動画も一緒に見れるんですねぇ」


 僕が想起している前で、おばさまが拙い手つきで画面をスクロールする。


「学生さんですか?」

「……あぁ、はい」


「何を勉強されてらっしゃるんですか?」

「工学……ですねぇ」


「工学、偉い教授さんもね、同じように賛同してらっしゃるんですよぉ」


 僕は権威には屈しないぞ。

 そうして西欧のロボット工学の博士がまでのストーリーを見せられる。


 ……。


「……どう思いますか?」

「……えぇと」


 おばさまの言葉で僕は意識を取り戻した。

 進化……あぁ、そうだ神様が生物をデザインしたとしか思えない、という内容だった気がする。


「進化論とかに関する話ですね。その辺りはよく議論されてるのを聞きますよね。僕はどちらかというと、神様が作ったという話には懐疑的ですね」


「そう……ですか」


 おばさまはめげない。


「こういうのもあるんですよぉ」


 そう言って、おばさまはしまっていたスマホを取り出し、パスコードを入力する。

 ドアに寄りかかるような姿勢で聞いているが少し失礼だっただろうかと、足でドアを堰き止めて直立する。


「すみませんねぇ、操作が下手でねぇ」

「いえいえ、気にしていないですよ」


 耳にワイヤレスイヤホンが入ったままだったことに気づき、慌ててポケットにしまった。


 それにしても距離が近い。スマホの画面を見せるためだろうけど、この距離なら素人の僕でも漫画で知った飛び膝蹴りカウロイを決められそうだった。やる勇気は無い。


「あぁ、あったあった、これを見れば分かりますよぉ。蟻の動画です」

「……鳥が出てますね」


 内容は鳥の生態の話であり大変興味深かった。


「どう思います?こんな能力を自然に身に着けると思いますか?まるで何かの意思によって作られたとしか思えないですよねぇ?」

「そう……ですねぇ」


 ここで僕は悩む。正直に言うか、もう少し泳がせるか。

 取り敢えず反撃してみることにした。


「遺伝的アルゴリズムというのがあるんですけど、これは進化論に基づいたアルゴリズムで設定した内容で環境に適した形質を自動で獲得するアルゴリズムなんですよ。これが効果を上げるということは、進化論の正しさを間接的に評価されている訳ですよ。……どう思いますか?」

「う〜ん」


 僕はここで失敗を察する。

 説得には、相手が持っているもので相手の理屈の中で矛盾を指摘する必要がある。

 僕は言いたい事が先行して、その基礎を忘れてしまっていた。


「……あ、パンフレットがあるんですよぉ」


 おばさまが思い出したようにカバンから冊子を取り出した。10ページ程度の薄い本だ。


「助かります」


 僕はペラペラと冊子を捲って目を通し、彼女の背後にある組織の名前を掴んだ。なるほど。


「……そういえば聞けてなかったんですけど、貴方はどこの宗派の方なんですか?」


 特に意味は無いが、僕はまだ知らないふりをする。


「えぇと、〇〇ですねぇ」

「あぁ、聞いた事がありますねぇ。確か、輸血を拒否して亡くなった人のところですね」


 僕は彼らについて覚えている唯一の知識を引き出した。


「それは、輸血をしていたとしても助かったとは限らないので、えぇ」


 おばさまはその質問は想定してたというように答える。

 輸血をしてもしなくてもその人は死んでいた。だから、輸血をしなかったことは関係ない、そう言いたいのだろう。


 本当にそうだとすれば、医療は輸血という作業は必要ないだろう。

 輸血が無意味だとしたら、誰が好き好んで献血に行くものか。それが人の命を救うことが統計的に示されているからこそだろう。


「少し、その辺りは理解出来ないですね」

「それがですね、現在は出血が少ない手術の方法が開発されていて、そっちの方が後遺症が少ないというデータもあるんですよぉ」


 僕は何とも言えない顔をする。


「出血が少ないなら、それだけ体に残る傷も少ないということじゃないですか?輸血をしないから後遺症が少ないということにはならないですよね?」

「う〜ん」


 無敵か?

 おばさまからは、『こんな若造に絶対に説得されてなるものか』という強い意志を感じる。


「……その、出血の少ない方法というのは?何でしょう」

「血を水で薄めたり……」


 それ、血出てない?


「予め自分の血液を抜いておいて、手術の時に使ったり、ですね」


 滅茶苦茶、血出てるよね、それ。

 どうやらおばさまは輸血そのものがダメというのではなく、輸血によってった人の血液が混ざるのがダメらしい。

 血液型の話をして、『実は本当は指紋レベルで細かくて、異なるものを入れると拒否反応が出る』という話らしい。


「神様はこういう言葉を残しているんですよぉ……あ、お時間大丈夫ですか?」

「えぇ、大丈夫ですよ」


 おばさまは再びスマホの電源をつけてパスコードを入力する。9…0…4…3…8…5、か。無用心だなぁ


「あれ……こっち、3…ありました。『家には設計者が必ず居る。同じように人は神が作られた』……家に作った人がいるのは、当たり前のことですよね。同じように人も作った者、神様のおっしゃる通りにするのが一番良いということですね」

「へぇ」


「どう思いますか?」


 さっきから、『どう思いますか?』って何度も聞いてくるなぁ。できれば察して欲しい。


「……それは、違うんじゃないですか」


 おばさまが言いたいのは『作った人がそれについて一番知っている』ということだ。


「……どういうことでしょうか?」


 おばさまのメガネがキラリと光る。


「ゲーム……は、分かりづらいですね。例えば、将棋ってありますよね?」

「えぇ」


「あれも同じように考えた人が居ますけど、その人が一番強い訳ではないですよね?」

「はぁ」


「同じように神様も……色々知っているのではないかと思うんですけど、それでも人間に一番良い方法を知っているとは限らないですよね?」

「……う〜ん」


 何でこれが伝わらんのや、神様の言葉より分かりやすいやろ。


 その後もおばさまは頑なだった。



「神様は絶大な力を持っていて、人を生き返すことができるんですよぉ。どう思いますか?」

「ゾンビってことですか?」


「う〜ん」



「神様は万能なのに、私たちを愛されているんですよぉ」

「『人間を救いたい』と思っていて、その能力がある。にもかかわらず救わないということは、この状態が一番人間にとって良いのではないですか?」


「う〜ん」


 とりあえず、おばさまの防御コマンドが『聖書を読めば分かります』『う〜ん』の二つであることは理解した。

 後者は置いておくとして、『聖書を読めば分かります』が厄介だった。だって読んでないからね。


 僕はポケットに入れておいたスマホが震えるのを感じた。


「……あぁ、すみません。もう時間なので、今日はこのくらいで」

「それは、すみませんねぇ」


 ガチャ。

 僕は外に出て、鍵を閉める。


「……」

「……」


 アパートの廊下に気まずい沈黙が広がる。


「……外に行く用事が」

「えぇ」


 僕とおばさまは並んでアパートの外に出た。


 神様は予言を人に与えはするが、それ以外には特に何もしないらしい。

 口だけを出して身を切らない奴が、ロクな奴だった試しは無い。

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