第24話 小さな背中

 いま夢咲は下着の替えが欲しいと僕に言ったが、聞き間違えじゃないだろうか。


 「もしかして今、下着もって言った?」

 「はい。先輩が嫌じゃなければ一緒に取って欲しいです」


 もちろん嫌なんてことはないけど、僕がそれを手にしてしまっていいのか?


 「……その、僕が見ちゃって大丈夫なの?」

 「あんまり意識すると恥ずかしいので、何も言わずに取ってもらえると嬉しいです」

 「わかった、ごめん」


 僕はまず初めに茶色のパジャマを一番下の引き出しから取り出す。

 

 「夢咲、その……下着はどこに入ってるんだ?」

 「一番上の引き出しです。あ、ショーツだけで大丈夫です」

 

 (ショーツって……パンツのことだよな?)


 夢咲に言われた通りに一番上の引き出しを開けるとそこには何種類ものブラとショーツが綺麗に畳んで並べられていた。

 もちろん引き出しを開ける時に抵抗がなかった訳ではないけど、それよりも夢咲を待たせる方がよくないと思い、なるべく時間をかけないようにした。


 しかし実際にこうして並んでいる色とりどりの、しかも知り合いの女の子の下着を目にするとやはり変な気持ちにならないと言えば嘘になる。


 僕はとりあえず一番手前にあった淡いピンクのそれを手にする。


 こうして実際に手に取ると、自分のものとは全く異なるサイズ感やその肌触りに思わず確かめるように指を滑らせてしまう。


 (ダメだ、変なこと考えてる場合じゃない)


 「これで大丈夫?」


 僕はパジャマと下着を夢咲の元へと持っていく。


 「すみません、ありがとうございます」

 「それじゃ僕はキッチンでおかゆでも用意してくるよ」

 「先輩」

 「どうした?」

 「あの……もう一つお願いしてもいいですか?」

 「いいよ、言ってみて?」


 「身体拭くの手伝ってもらえませんか?」


 「え……?」


*


 「脱ぎますね」

 「う、うん……」


 僕はキッチンに行きタオルをお湯で濡らすと、再び夢咲の部屋へと戻った。

 彼女が前を向きながらパジャマの上着のボタンを一つ一つ外していく。


 「あの……お願いしてて言うのも変なんですけど、あまり見ないでくださいね」

 「わかってるって」

 「すみません。わがまま言っちゃって」

 「そんな事ないだろう。むしろ相手が僕でごめん」

 「いえ、先輩だからお願いしましたし、先輩だから恥ずかしいんです」


 なんかよくわからなくなってきたけど、乙女心は複雑というやつなのだろうか?

 

 「じゃあ、お願いします」


 夢咲はそう言って上着を前から両側に広げると、肩から順にするすると白く小さな背中が徐々に露になっていく。

 サテン地のパジャマがベッドにはらりと落ちるころには、僕は夢咲のその姿にすっかり目を奪われていた。


 華奢すぎるくらいの細い肩幅。

 なだらかな膨らみをもつ肩甲骨。

 そして急に丸みを帯び出す腰回り。


 夢咲は前に「見たいならハッキリ言ってくださいよ」なんて言ってたけど、こうしていざ目の前にすると何も言葉が出なくなってしまう。


 「先輩、何か言ってくださいよ……」


 夢咲が僕の方を振り返って顔を赤くして訴えかけてくる。

 そのせいで夢咲の前の方が若干見えそうになってしまい、思わず視線を逸らす。

 

 「ごめん、ちょっとまだこの状況に慣れない」

 「そう、ですよね。すみません」


 でもこのままだと夢咲がいつまで経っても着替えられないし、身体が冷えてしまう。

 僕は覚悟を決めてを夢咲の背中を拭くことにした。


 「じゃあ拭くぞ?」

 「はい」


 夢咲がビックリしないように、首元にそっとタオルを近づけるとそこからゆっくりと肌へと触れさせる。


 「熱くないか?」

 「はい。気持ちいいです」

 「じゃあ腕から拭いてくぞ」

 「お願いします」


 僕は夢咲の左腕を横に伸ばすと、肩から順に指先の方へと拭いていく。

 その腕は折れそうなくらい細いのに、何故だか柔らかい不思議な感触だった。

 やっぱり男の僕とは根本的に身体の作りが違うことを実感してしまう。



 「ひゃんっ」


 「ごめん!」

 「い、いえ。すみません」


 やっぱり脇の下はもっと注意してあげるべきだったか。


 夢咲の変な声を聞いたせいでちょっといたたまれなくなった僕は、その意識の矛先を別の方向へと向けた。


 「なぁ、夢咲」

 「はい、なんでしょうか」


 「夢咲、実は僕と同じ会社だったんだな」


 「あ、バレちゃいました?」


 「なんで隠してたんだよ」

 「いえ、最初は先輩が私のこと覚えてくれてるかと思ってたので」

 「え?」

 「若手と新入社員の合同飲み会の時、一緒のテーブルでお話ししたじゃないですか?」


 それってあの何十人もいる大規模な飲み会だよな?

 無理だって、覚えてるわけないでしょ。


 「さすがに人数が多かったからな」

 「まぁそうだと思いました。なのでバレるまで黙っておいたんです」

 「そりゃまた立派な趣味なことで」

 「ありがとうございます」

 「褒めてない」

 「へへっ」


 へへっじゃないよ。まぁちょっと可愛いのは悔しいけど認める。


 「あとさ、夢咲」

 「はいっ?」

 「ご家族はいつ帰ってくるんだ? 俺もそれまでには帰らない――」


 「帰ってきませんよ?」


 「え?」



 「今ここに住んでるのは私だけですから……」

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