第23話 魔王様の家庭教師

 不安が表情に出ていたのだろう。

 田辺(呼び捨て)は、さらに取り繕うように言い訳を続けた。


「本当に、魔が差したっていうか! 異世界って殺伐とし過ぎてるんですよ! そこの邪気に当てられたっていうかね? そんな感じなんです!」

「……ってことは、相手の生徒も異世界に?」

「あー、それは……」


 俺の質問に、田辺は困ったように灘さんへと視線を向けた。

 灘さんは田辺に頷くと、俺に向かって話始める。


「ごめんなさい、他の帰還者の情報はあまり言えないの。まあ、改心したってのは本当だと思うわ」

「まあ、灘さんが言うなら……」


 取りあえず一旦不安を飲み込み、二人を部屋に案内する。

 スヴェさんは俺の机で、さっきまでの数学を解いていた。


「おお、鏡子ではないか」

「こんばんは、恭一郎くんに聞いたんだけど、学校に通いたいんだって?」

「うむ、この世界の学問はレベルが高い。ならばただ食って寝るだけの生活ではなく、せっかくなら学ぼうと思ってのう」

「へー。偉いわねぇ」


 スヴェさんがカリカリと問題を解く。

 結構難しい応用問題だが、アッサリと解答が導きだされた。


「おお、凄いですね」

「ん? お主は何者じゃ?」

「田辺といいます。初めましてスヴェスさん」

「スヴェさんと呼ぶがよいぞ、田辺」

「……あ、はい」

「して、田辺は妾に如何ような用事じゃ?」

「それは私から説明するわ」


 二人のやり取りに、灘さんが割って入る。


「スヴェさんが学校に通うにあたって、先にこの田辺先生から一通り学んで貰いたいの」

「ふむ。一通りとは?」

「この国では、小、中、高という順番で学校があるんだけど、恭一郎くんが通うのは高校なの。だからスヴェさんにはその前にあたる小、中学で習う事をマスターして貰いたいのよ」

「ふむ。それが終われば、妾も恭一郎と同じ学校に?」

「ええ。通えるようにこちらで手配するわ」

「ふむ……よかろう。何事も段階を踏むのが大事じゃからな」


 もっと『うるさい、早く通わせろ』とか駄々をこねると思ったが、存外聴き分けよくスヴェさんは了承した。


「つまり、田辺……さんに、家庭教師をして貰うって感じですかね?」

「恭一郎くん……今、僕にさん付けするの躊躇わなかった?」

「気のせいです」

「そうそう、期間はスヴェさん次第だけどね」


 なるほど。

 しかし、スヴェさんの為に人を一人用意するなんて手厚いサポートだな。

 俺たちの遣り取りに、スヴェさんが割って入る。


「で、田辺にはどのような報酬を払えば良いのじゃ?」

「報酬? 大丈夫よ。これは来訪者に対するサポートの一環だから」

「そうもいかん。田辺は妾の師となるわけじゃろう?」


 師を呼び捨てにすんな。

 田辺(呼び捨て)が可哀想だろ。

 田辺は慌てて、スヴェさんに言った。


「いや、本当に何もなくて大丈夫ですから! お給料の範囲の仕事なので!」

「遠慮するな。妾もこの世界に疎いゆえ、望みの報酬を用意できるかはわからんが、取りあえず申してみよ」


 田辺は一瞬、スヴェさんを舐めまわすように眺め、ゴクリと唾を飲んだが……。


「いえ、本当に大丈夫なんで!」


 ……なんだろう、一瞬だけ見せたあの視線。

 気持ち悪いな。

 ただ、報酬を固辞する田辺に、スヴェさんは溜め息を付きながら言った。


「仕方ないのう」

「はは、お構いなく」

「これやると、嫌な夢を見るからあまりやりたく無いんじゃが……【感覚共有】」


 スヴェさんが、田辺に手を向けながら変な事を呟いた。

 感覚共有?

 しばらくして、スヴェさんはボソリと呟いた。


「妾の脱ぎたての下着? お主、そんなものが欲しいのか?」

「な、なぜそれを!」


 いや、なぜそれを! じゃねーよ。

 死ねよ。


「灘さん、コイツたぶん全然改心して無いっすよ!」

「うん、そうね。ちょっと教育しとく」



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