深淵

夜雨 翡翠(よさめ ひすい)

epilog 疑問

 この世界は、冷たい。

世界は困っている人、一人一人を助けることはできない。

 

社会にも人間にも、陽と陰が存在する。

その、陰の部分に濃く浸食されるとどうなるのだろうか。辛くて苦しいのか、あるいはそんな感情すらなくなるのだろうか。


***


 「お母さん、これ、ここに置いておくね」

「ありがとうね。凛空りくみおちゃんにご飯あげてくる」


 お母さんは今年の春、再婚した。相手は前の仕事の同僚の飯室いいむろさんだ。お互い子持ちで、澪ちゃんは飯室さんの一歳四カ月の娘さんだ。


 「お母さん、もう行くから。鍵、閉めて出て行ってね。ほら、澪ちゃん行くよー」


 平日の朝はいつもこんな感じで、忙しい。お母さんはいつも早く家を出て澪ちゃんを保育園へ預けに行く。


 お母さんはいつも気を遣いすぎていて、心配になる。澪ちゃんを保育園に送り迎えするのは大変なのに、飯室さんにはいつも助けてもらっているから。とか言って毎日行きは早く、帰りは遅くなっている。大丈夫なんだろうか。


「凛空くん。行ってくるね」


お母さんが出て行った三十分後くらいに飯室さんは出て行く。


「…行ってらっしゃい」


敬語のない、いってらっしゃい。を言うと違和感を感じてしまう。


 少しして、僕も用意をして家を出る。


 冬の寒さが凍てつく十二月。


東京から少し離れた町に僕は暮らしている。

 

 僕の家庭は明らかに複雑で、たぶん世間から見れば“かわいそうな子供”なんだろう。


 でも僕は別にそれほど深刻に捉えていなかったし、たぶん自分は不幸に疎い人間なんだと思う。


 だから、これからくるさらにさらに深い奈落でも、僕は流れるまま、生きてきた。











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深淵 夜雨 翡翠(よさめ ひすい) @hisuiakatuki

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