第4話 サバイバル
黒豹もどきと戦い終えた俺は、暫く岩場でボーっとしていた。
急激な環境の変化に戸惑い、無理やり巻き込まれた生存競争に体力と精神が随分と消耗したが、ある程度休んだ事で体の疲れはかなり回復した。
これも若い体故なのか、それともこの体の特殊な身体能力のせいなのかは判らないが、老体と化していた以前の自分の体なら、ここまで回復しなかったのは確かだ。
とにかく、体力が回復した事で精神もある程度持ち直せた。体が元気なら、何とかなるという思いが湧き上がってくる。
俺は高い樹に登って辺りを見渡してみようと思った。
ジャンプして枝を掴み、腕力で体を持ち上げて枝の上に乗る。その要領で次々と枝から枝へと乗り移って登っていく。
優れたこの体のお陰であっという間に天辺付近まで登り、視界が開けてかなり遠くまで見る事が出来た。
しかし、目の前に広がるのはひたすら樹々が生い茂る樹海だ。
俺はじっくりと時間をかけて周りを見渡し、目のズーム機能も使って見てみたが、集落どころか人工的な物は全く見えなかった。気持ちを落胆させるには十分だった。
だが、何時までも気落ちしてはいられない。俺は熊に発見されるのを恐れて、早々に樹から降りた。
岩場に戻っていろいろと考えてみた。
とりあえず、ここは日本ではないように思う。
旅行で日本中をある程度は見て周ったが、見た事の無い動物や植物ばかりだ。
海外には何箇所か行ったが、観光地ばかりだ。こんな自然しかない場所に行った経験は無いので何ともいえないが、テレビなどで紹介されたアフリカやアマゾン、シベリアやカナダの大森林の景色とも違うように思う。
戦った動物もそうだ。地球の動物に似てはいるが、どことなく違うと感じる。
違うと感じるのは姿形だけではない。戦う事に固執しているというか、死ぬまで戦いを止めないなんて、普通でないように思える。
そして、空中で方向転換したり体を使わずに物を移動させたりする、超能力ともいえる不思議な力だ。あんな能力は地球の動物には無い。無いはずだ。
本当に俺は何処に来てしまったのか?
だいたい、俺は俺でいいのか?
記憶や意識はそのままだが、体は明らかに別人なの…だが。
唯一人工的な物は俺が目覚めた研究所みたいな場所だけだ。
それだけが人間というか、知的生命体の痕跡なのだが、あれだけ高度な科学的技術的な建造物があるなら、何処かにそれに見合う文明や都市があるはずだ。
あのカプセルにあった原人や亜人といったものを見る限り、あそこではクローンや人造生命などの研究をしていた様にも思える。
倫理的にかなり問題だと思うので、人里離れた場所に作ったとも考えられる。
廃棄された研究所にも見えたが、モニターに映し出されたグラフやあの不思議なサークルを見る限りは、動力などは生きていたように思う。
熊への恐怖が無ければ戻ってみたいが、あそこを根城にしているとも考えられるので戻る気にはなれなかった。
あの不思議なサークルは、よく漫画やアニメなんかで出てくる魔法陣に似ていたが、あの瞬間移動のような出来事は魔法だったのだろうか?
もしかして、俺は魔法が実在する別世界に飛ばされた?
異世界…なのか?
ふっ…
自分で自分の考えに呆れて可笑しくなった。
それこそ漫画やアニメじゃあるまいし、そんな非科学的な事がある訳がない。
還暦を越えたオッサンが考える事じゃないな…
ふと嫌な考えが頭をよぎった。
もしかして、瀕死の俺を攫って肉体を改造し、この危険極まりない場所に放置して経過を観察しているとか。
ドッキリならまだマシだが、どこかの軍事施設による強化人間の試験をしてるとかではないだろうか…
その方が異世界や未来に飛ばされるといった荒唐無稽の考えよりも、まだ現実的な気がするのだが…
笑えない考えなので、俺は慌てて打ち消した。
太陽を見ると、南中を過ぎてある程度経った位に思えた。午後2時から3時といったところか。太陽を見る限りは地球で見る太陽と変わりないように思える。
日の出ている時間は後数時間程だと思うので、今日はもう移動は止めて腹ごしらえと寝床の確保をした方がいいだろう。
それに、先へ進む為に明日は森の中へ入らねばならないので、それに対する準備も必要だ。
今のところ、この場所は比較的安全なようだが、ワニもどきが腹を空かせたらどうなるか分からない。なので、今のうちに安全を確保する場所を見つける必要がある。
少し戻る感じで岩場を歩いていると、1m程抉れたように窪んだ場所があったので、そこを寝床にする事にした。
横になるスペースは無いが、壁に寄りかかって脚を伸ばす程の広さはある。
俺は1m前後の板状の岩を3つほど持って来て、それで窪みを塞げるようにした。これならよほど小さな動物でないかぎり侵入できないと思う。
病原菌を持った蚊やネズミ等がいないとも限らないが、蚊帳などある訳もなく、来ない事を願うしかない。
寝床が確保できたので、次は腹を満たすべく食事の準備に取り掛かる。
食料はさっき取っておいたワニモドキの肉がある。生で食べる勇気はないので、熱を通す為に火を起こす事にする。
それに出来れば夜の為に暖を取りたい。
山歩きが好きだったので、一度試しに文明の利器を使わずに火を起こした経験がある。えらく時間はかかったが、何とか成功して喜んだのを覚えている。
幸い、岩場と森の境界線には道具となる枯れ木や枯れ葉が豊富にある。
繊維質の樹の皮を剥いで糸を作り、何本もより合わせて紐を作った。
この紐を真直ぐな枯れ枝に巻きつけて、引っ張って枝を回転させる。回転した枝先が乾いた樹皮に擦り付けられて摩擦熱を起こす。
何度か繰り返していると、摩擦部分から煙が出てきた。
やはりこの体の性能のお陰で枝を高速回転させられるので、短時間で火を起こす事に成功した。細かく砕いた樹皮を摩擦場所にまぶすと煙がポッと炎に変わった。
種火が出来たので、消えないように気を付けながら乾燥している樹皮と小枝を追加していく。火は大きくなり、太い枝を追加する事でしばらく燃え続ける焚火になった。
火が出来たら今度は調理だ。
まあ、調理と言っても木の枝の皮を剥いて作った串に刺して焼くだけだ。
ワニモドキの肉が焼け始めると良い匂いが立ち込める。
この匂いが獣を呼び寄せないか不安だが、俺は辺りを警戒しながら調理を続けた。
ガサリと音がしたので振り向くと、森の境界線からイタチに似た小動物が数匹現れた。
イタチに似た動物は、全体的にはイタチっぽいが、キツネの様な雰囲気を醸し出していた。体長は50cm程だろうか。
奴らは暫くこっちの様子を伺っていたので、何となく睨み合いが続いた。
俺を敵と認識したのか唸り声を上げ始めた。あまりよろしくない雰囲気だ。
俺は足元に転がっている小指の先程の小石を拾って指で弾いた。いわゆる指弾というやつだ。
思ったよりも指弾は威力があって十数m先にいたイタチもどきどもの真ん中の奴に当たった。やはり《当たれ!》と念じると小石はイタチもどきの額部分に吸い込まれるように当たり、カチーンと良い音が鳴ってそいつは倒れた。
仲間が倒されたせいで怒りを露わにして、残りの2匹が突っ込んできた。
俺は急いで立ち上がり、2匹の攻撃を躱して擦れ違いざまに掴み取った。そのまま川に放り投げると、2匹は川の流れに乗って流されていった。流れが早いので、多分岸に泳ぎ着く前にワニもどきの餌となるだろう。
俺の身の安全のためにもそうなって欲しいと願った。
しかし、 一体何なんだこの能力は?
以前はゴキブリが出た時に冗談で指弾を放ったりしていたが、当たった試しがなく単なる威嚇に使っていただけだ。威力だって大した事がなく、あんなに速くは飛ばなかった。
それが、狙った所に凄いスピードと威力で飛んで行った。
優れた身体能力によるものなのか、それとも本当に《念動力》なのだろうか?
どういう事なのかよく解らないが、体が使い方を覚えている。そんな感じがした。
とりあえず、今は置いておいてイタチもどきの処理が先だ。
俺は倒れたイタチもどきを拾い上げた。すると、目を覚ましたそいつは途端に噛み付いてこようとした。
おっと危ない!
小さくても殺意は十分に感じられた。
俺は首を絞めてイタチもどきを殺した。
ふと、俺はナウシカにはなれないなと、自嘲した。
正直良い気分はしないが、ここの動物たちはやたらと好戦的だ。殺さなければ殺される。それがここの掟のようだ。
俺は寝床の隙間をさらに狭くする為に小石を挟む事にした。
ワニもどきの肉が焼けたので食ってみた。
調味料も何もないので味気ない。肉本来の味も淡白でほとんど味が無かった。食感は焼いた白身魚のようにモソモソしていた。正直美味くはないが、腹が膨れたので良しとしよう。
喉が渇いたので水分を取る事にする。といっても、ワニもどきが住んでいる川の水を直接飲みたくはない。
森を見ると竹に似た節のある植物が生えていたので、尖った石を力任せに擦りつけて切り倒した。似ているといっても竹のように真っ直ぐに伸びている訳ではなく、螺旋を描くように空へと伸びている。
縦に割ってみるとやはり竹と同様に中が空洞になっていたので、それを鍋代わりにした。濡れている分には竹なら燃えたりしないのでサバイバル時の鍋の代用となるが、この竹もどきも大丈夫なようだ。
ワニもどきを警戒しつつ、竹もどきをよく濯いで水を入れて火にかける。数分もするとお湯が沸いたので、少し冷ましてから飲んでみる。
正直、ワニもどきの事を考えると気持ち悪かったが、火を通して殺菌したと自分に言い聞かせて呑み込んだ。
美味い不味いというより、精神的に良くないが、喉が潤って体中に水分が行き渡るのを感じた。一応、体の疲れはかなり取れた。が、気分は晴れない。
まだ日没までには時間があるので、さっき殺したイタチもどきの皮を剥ぐ事にした。刃物代わりになりそうな平たい石を拾い、水を付けて岩に擦り付けて研いでいく。
十分に切れるようになったら、イタチもどきの四肢に切れ目を入れ、内臓を傷付けないように腹を裂いていく。内臓を取り出し、後ろ脚を持って力任せに皮を引っ張った。所々破れたが、全体としては割といい感じで剥ぎ取れた。
この時、頭蓋骨の下の内側、延髄付近に光るものが見えた。
よく見ると、指先ほどの大きさの石で、赤い宝石のようにも見える。
指先で摘まんでみると、繋がっていた神経のような繊維が簡単にちぎれて石を取り出す事が出来た。
なんだこれは?
よく分からないが、体内にあるにしては不自然な感じがする。
血糊を取って空に向けて透かして見ると、中に繊維状の細かい網目みたいなものが見える。
不思議な感じがしたので、取り敢えずそれは取っておく事にした。
イタチもどきの肉と内臓は川の離れた場所に捨て、剥ぎ取った毛皮は近くの川で洗って血痕や汚れを落とした。
あまり時間がないので丸めて絞って水気を切り、焚火の上に簡単な櫓を組んで乗せる。焚火に生の葉っぱをかけて煙を出し毛皮を燻した。
超適当な即席の鞣しだが、これが出来ればパンツ代わりになる。
これで座った時に地面に直接ポコチンが触れなくなるので、これはとても重要な仕事だ。
日没まであとわずかだ。毛皮を燻している間、武器を作る事にする。
鞭と投石は強力な武器になる事が証明されたが、まだまだ不安だ。
さっき黒豹もどきと戦う為に用意しておいた流木を加工して槍を作る。長さは2m位で太さは7cm位だ。
タップリと水に浸かった後に岩場に乗り上げて乾いたようで、固くなって打撃にも耐えられるような強度になっていた。しかも樹皮も剥がれ落ちているので、芯が剥き出しになっていて加工しやすい。
穂先となる石を探す。
出来れば、刺す切る叩くの3役をこなす穂先にしたいので、ある程度重量と大きさがある石を探した。
長さ30cm程の形も手頃な石が見つかった。根元は10cm程の太さがあり、先へ行くほど細くなっているので、必死に研いで切れ味を鋭くした。
木の弦を巻いて流木に括り付ける。強度的に不安だが、一度でも相手にダメージを与えられるなら上々だろう。
穂先を付けた事でかなり重くなり、バランスも悪くなった。
しかし、この若い身体はそんな事をものともしないパワーに満ちていた。
多分槍の重量は10kg程だと思うが、中央部分を持つ分には片手で軽々と振り回す事が出来る。
これならさっき倒した黒豹もどき程度の敵なら、一撃で体を貫くだろうし、頭をぶっ叩いたら即死するだろう。
多分、それで槍は使い物にならなくなる…だろうが。
俺は自分の仕事に満足してニヤリと笑った。
が、直ぐに思い直して溜息をついた。
なんで俺はこんな所で動物を殺す武器を作って悦に入っているのか、そう思うと虚しくて涙が出そうになった。
いよいよ日没が迫ってきた。夕陽が辺りを赤く染めていく。
俺はまだ作りたい物があったが、タイムリミットのようだ。
夜になると、照明の無い山の中は真っ暗で恐ろしい。暗くて周りが見えないというだけで恐怖心が心を蝕んでいく。一度独りで山の夜を体験したが、正直恐怖で発狂しそうになった。
ここでなら尚更だ。
俺は焚火を増やして寝床の周りを囲むようにした。これが獣やワニもどきの抑止力になるかは分からないが、気休めにはなるだろう。
今日は余りにもとんでもない事が起こり続けて俺も疲れ切っていた。一刻も早く寝たいというのが正直なところだ。生き延びたいという気持ちだけが自分を奮い立たせていたが、それも限界のようだ。
俺は燻していた毛皮を手に持つと、ねぐらとなる窪みに体を潜り込ませた。
内側から岩を動かして蓋をして、毛皮をお尻に敷くと壁に寄りかかった。
もしこれで寝てる間に襲われて死んだのなら仕方がない。そう開き直ると、直ぐに眠りの世界に落ちていった。
出来るなら、病院の治療室で目が覚める事を祈りながら…
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