強キャラDK、神取雅孝2~哲学する天才少年のバッド・デイ~
XI
1.ハーレムを構成してくれる三名の女
*****
まだまだ高校二年生という甘酸っぱい青春の一幕に身を置いている最中の夏。香田リリと一緒にいる。香田リリ――艶やかな金の長髪が美麗すぎる長身の、美しすぎる外見を有する人物。アイルランドにルーツを持つらしく空色の瞳――絶対にと言い切ることができる。美観において彼女ほど優れたニンゲンはこの世の中に存在しないと断言できる。
香田は買い物に付き合ってほしかったらしい。貴重な休日のひとときを俺に預けるだなんて豪気な話だと変則的な感想を抱いたりもしたのだが――彼女はこのたび四十二を迎える母君にワインの贈り物をしたいらしい。赤にせよ白にせよその道に関する造詣はまるで深くない。そもそもこちとら未成年の高校生なのだ。だが、香田は「一緒に見て考えて決めるのを手伝って」と告げてきた。らしからぬ矢継ぎ早の口調。俺は香田のことが決して嫌いではないから、それなりに誠意をもって快諾した次第だ。
香田が案内してくれた先は立派なワインセラーを持つ店舗だった。気後れしそうになったとか、そういうことはない。香田の見識の深さに脱帽した。もっと砕けた物言いをすると、しっかり勉強した上での店選びだったんだなとなおいっそう感心させられた。香田は誰よりイイ女である以前にイイヤツだ。だから俺は彼女のことが嫌いではない――くり返しになるが、そういうことだ。
「雅孝」
「なんだ?」
「こういう場合、赤がいいのかな? 白がいいのかな?」
「それは俺にはわからりかねる。だからこそ、一緒に選ぼうじゃないか」
「本音を言うね?」
「言ってみろ」
「雅孝は優しすぎるから気味が悪い」
俺は「そうかね」と首をかしげ、それから怪訝さに眉を寄せたりもした。
結局、二人で赤を選んだ、五千円と消費税。俺はほんとうに無知だから、安いのか高いのか、そのへんすらまったくわからない。ただ、一般的な視点で言うと、きっと、少なくとも、悪い品ではないはずだと考える。感覚的な感じ方にしかすぎないのかもしれないが――。
カフェにいる。付き合ってもらったからという理由で礼の意味で誘われた。ブラックをオーダーした。「いいの? ケーキは食べないの?」と問われ、だから「おまえは食べればいい。そのあいだ、俺は待っていてやる」と高圧的に答えてみせた。
「パンケーキ、食べたい」
「支払いはおまえもちなわけだ。好きなだけ食べるといい」
「嘘」
「何が嘘なんだ?」
「雅孝は奢ってやろうって考えてる」
「まさか。俺は親の金で一人暮らしをしているいやしい身なんだぞ」
「だけど、奢ってくれるんでしょう? 雅孝は小さな人間じゃない。いろいろと考えた上で、きちんと生きようとしてる」
まあ、正解だ。その気になれば金なんていくらでも稼げるのだろうから、金うんぬんの事象に縛られることもその必要もないと考えている。
「にしても、ワインか」
「何か、ヘンテコ?」
「ヘンテコはいいな」俺は朗らかに笑った。「娘からプレゼントされるんだ。母上はさぞ喜ばれることだろう」
俺は香田母を知っている。骨法(暗殺術)を得意とする生粋の殺し屋……今の世にあっては冗談みたいな女性だ。その美貌にあてられてへたに言い寄ろうものならきっと容赦なく、きっとあっけなく殺される。その危なっかしさが愛おしい。基本というか原則、俺はマゾなのだろうと思わされる。
「雅孝はイイヤツ、ほんとうに」
「そうか?」
「そう。今日も何も言わずに付き合ってくれた」
「しつこいようだが述べる。俺はおまえのことが嫌いではないんだよ」
「それは知ってる。雅孝は博愛的。誰にも厳しいように見えて、じつは誰に対しても誰より優しい」
俺は肩をすくめた。
「それこそおまえのほうがイイヤツだ。そう簡単にパージしたくないというのが私見だ。だからどうかこれからも仲良くしてやってくれ。おまえとはそういう関係でありたいんだ」
「雅孝は素敵なことしか言えないし、言わない」
薄く笑ってみせると香田はカップを手にし、穏やかに目を閉じながら紅茶を口にした。何をやらせても本当に絵になる。こういう女は反則だと思うわけだ。極めて美しい少女にはいついかなるときにも最大限の祝福を――。
*****
今日は桐敷と一緒にいる、桐敷サキ。茶色い髪がえらく長い、これまた美少女だ。ニッポン人にしてはえらく肌が白い。だからこそ美しい。当然、最初は俺のことをファミリーネームで「神取」と呼んでいたわけだが、今は違う、本人の性格からすれば照れておかしくないところなのだが、その境界線については簡単にぴょんとまたいだらしく、ゆえに気さくに「雅孝、雅孝」と名を述べる。嫌な気はしない。俺の中で桐敷はかなり愛らしい人物だ。愛おしいともいう。
桐敷はテコンドー部なのだが部には本人しかおらず、テコンドーとはそれくらいマイナーなものなのかもしれないが、だからとにかくろくすっぽ練習場も得られない。それでもうまいこと空手部と話をつけるらしく、しっかり道場を確保している。俺は今日も組手の相手をしてやる。桐敷は俺が真面目に取り合わないことを知っている。「常に女性には優しくあれ」とかつて親父殿から説かれた気がしていて、だから本気になることができないのだ――と、桐敷は知っている、理解している。桐敷が提唱するのは「ネオ・テコンドー」。より実戦的な戦闘を目指して本人が組み上げつつある新たな「道」だ。そのへんの気概を俺は楽しく美しく心地良く思い、とても高く桐敷のことを買っている。
一通りの対戦を終え、桐敷と肩を並べて道場の壁に背を預けた。「ふぃぃ、いい汗かいたぜぇ」と桐敷。彼女は「ってか、あたいの相手になれるとか、やっぱおまえはフツウじゃねえよ」と続けた。
「まあ、そうかもしれないな」
「生意気じゃねーか。否定しねーのかよ」
「おまえが強いから、俺はそれをしないんだよ」
「あっはっは、やっぱあたいは強いよな?」
「否定はしないと言っている」
悪戯っぽい流し目をくれてやった俺である。すると桐敷は戸惑ったように、「やや、やめろぉ。エロい目寄越すなぁ」と頬を赤く染めた。
「エロい?」
「あ、あぅ、いいい、いや、エロいとか、そんなふうなことは……」
「しかしおまえはエロいと言ったぞ」
桐敷が俺の左の肩を右手でばしばし叩いてくる。
かわいい奴だ、ほんとうに。
落ち着いたらしく、今度は桐敷、「いい加減、中途半端な八位とはオサラバしたいぜ」などと言った。
我が校、「鏡学園」には順位――つまるところ物理的な技量力量を基準とした物理的な序列なるものがあり、それは男女問わずのことなのだが、その中において桐敷は八番目なのである。結構なマンモス校だ。八位は大した地位だと思うのだが、それで満足しないあたりに桐敷の魅力がある。
突然、桐敷が言いにくそうに口をつぐみ、照れたようなところはなく、ただただ悲しげに首をもたげ。
「マジさ、あたいはさ、雅孝、最近、力の限界みたいなものを感じてるんだ」
「ほぅ。まるでおまえらしくない弱気すぎる物言いだな」
「だろ?」桐敷は明らかに苦笑した。「あたいはさ、誰よりやれるし誰より強いって思ってたんだ。だけどさ、一番を志してこのガッコに来て、そうじゃないんだなって思い知らされちまってさ。だからよ、これ以上ののびしろはねーのかなぁなんて思うと悲しくなっちまってさ」
「そんなことはない。考えすぎだ」
「そ、そうか?」
「おまえはおまえで天才だよ。天才が鍛錬を積めば、いずれは天才を超えた最強になる」
そうか、そうか、そうだよな。そう言って、桐敷は一気にいっぺんに自信を取り戻したような、晴れやかな表情を浮かべてみせた。えへへとはにかむ様子は見ていてほんとうに愛おしくなる。
立ち上がり、道着の帯を締め直すと、桐敷は真上にぴょんぴょん跳ねた。全身これバネといった印象。フィジカルに関するギフトは十二分に与えられている。しなやかな肢体には惚れ惚れしてしまう。
「雅孝、相手しろ。今度こそドタマに踵落とし決めてやんぜっ!」
まともに食らったら涅槃を見ることになるだろう――。
*****
また別の日。俺は昨今の俺の生命活動の大部分を占拠している「鏡学園」の「ファイトクラブ」、その部長とともにいた。名は風間紅という、カザマ・クレナイ。香田とも桐敷とも違ったタイプの美しい少女だ。学園においてそのトップである称号、「番長」の名をほしいままにしている。やるということだ、代わりなどいないということだ、オンリーワンだということだ。「最強」だということだ。誰と比べてもひけをとらない爆裂的な――差別的な表現を用いると巨乳女であり、それをひけらかすようなきらいがある――が、それはおふざけであり、彼女は自らの魅力については少々他人事で、ただ単にその魅力を客観視していると考えていい。香田、桐敷、風間。誰が俺のことを「雅孝」などと呼び始めたのか、そんなことわからないし意識したこともないが――いや、そんなふうに言うのだから、俺はどこかで「雅孝」と呼んでもらえることが嬉しくて、そのフレンドリーさをありがたく感じているのだろう。自身のことを小さなニンゲンだなとあらためて思い知らされる。まあ、そこまで苦に思って気に病む事象でもないのだろうが――。
風間に連れられた先は美容室だった。明らかにオシャレすぎて店構えを拝んだところで、俺はなんとなく首を右へと傾けた。意外だったわけではない――否、意外だったのか?
「いつもここに来ているのか?」
「そうだよ、悪い?」
「そんなこと、誰も言ってない」
「雅孝も切ってもらえば? その可能性も示唆したんだけど?」
「俺の髪は不潔に映るか?」
「そんなこと誰も言ってないじゃん」風間は笑った。「だったら待ってて。髪切って、あらためて、デートはそこから」
俺は眉を寄せ、「あまりに退屈がすぎたら、俺は帰ってしまうかもしれないぞ」と思いを伝えた。「やぁだ。帰らないでぇぇ」と左腕にしなだれかかってきた風間である。周囲から見ればきっとどこにでもいるような高校生カップルでしかないことだろう。ああそうだ、俺も高校生だったななどと、じじくさいことを考えたのは秘密だ。
美容室に入ると――やっぱり常連らしい、風間は大いに歓迎され、女性店員とハグをし、すぐに席へと案内された。待っていてと言われた。だから青髪でピアスびすびすのパンクな感じの「オネエ」な男性に案内されるまま、待合の席についた。「カレシぃ、おねえさんに髪、切られてみないぃぃ?」と挑発的な感たっぷりに誘われた。取り合うほどのことでもないと考えたから、実際、何も答えてやらなかった。「冷たいわねぇ」とのこと、だが「冷たすぎてぞくぞくしちゃうわぁ」などと興味を抱かれもした。俺はおもむろにヘアスタイルのカタログに目を落とす。そのうち飽きたものだからスマホで小説を読み始めた、電子媒体における横スクロールに慣れたのは極めて最近のこと。やっぱり紙は尊いなと考えなくはない。
風間が戻ってくるまでに二時間をも要した。「雅孝、おまたせ」と言った彼女。俺は「遅いぞ」と文句をたれつつ、スマホから顔を上げた。少々驚かされた。長髪だったくせに、やけにさっぱりしていたからだ。うなじにかからない程度の長さ、耳もすっきり露出している。色気が増したように感じられるのは気のせいか、高校生について色気なる言葉を用いることは場違いか――。
「どうしてそこまで短くしたんだ? 何か心境の変化でも?」
「飽きられたくないからね」
「飽きられる?」
「雅孝はどう思う?」
「どう、って」俺はスマホをデニムパンツのケツポケに入れながら――。「おまえみたいな女には、どんな髪型も似合うものだ」
そしたら、風間は悪戯っぽく目をきょろきょろと左右に動かして。
「雅孝、きみさぁ、ナチュラルに女殺しすぎるの、自覚してる?」
「しているさ」両手を突き上げ、背筋を伸ばした。「俺の場合、顔も悪くないらしいからな。どんな発言も嫌味に聞こえかねないことまで存じ上げている」
俺が先に店を出た。
支払いを終えたらしい風間が追いついた。
「カラオケでも行っちゃう?」
「行かない」
「どうして?」
「俺はひどく音痴なんだ」
きょとんとしたあと、風間は朗らかに笑い。
「じゃあ、ラブホ?」
「行かない」
「どうして?」
「女を抱くだなんてめんどくさい」
「おやまぁ、抱きなれてるみたいな言い分だね。じつはチェリーなのでは?」
「そうでもないんだよ」
うあああああああっ!!
いきなりそんなふうに大いに呻き、風間が頭を抱えた。
「聞きたくない聞きたくない聞きたくないっ! 雅孝が女を抱いたとかっ!!」
「セックス自体は悪くない。だが、おまえとはしたくない」
「えぇーっ、だからそれってどうしてぇぇ?」
「抱くとあとあと面倒そうだからだ」
「心外だなぁ」
「言ってろ」
天下の往来にあって、突然、絡まれた。緑の学ランにスキンヘッドの連中。確か、
大袈裟ではあるものの華麗でもある大技で、相手をどんどん駆逐する風間。「雅孝も混ざりなよ!」とは言われなかった。一人で片付けたいのだろう。それだけサディストだということなのだろう。そんな風間が、俺はほんの少し――いいや、じつはかなり大好きだのだろう。
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