2.2人の獣人 改稿

「いた……っ!!」


 ぐいと雑に髪を引っ張られ、麻袋の山から有無を言わさず雑に引きずり出された初音は走る痛みに瞳を滲ませた。


「手間は掛けさせられましたが、ハンター共に金を払う必要もなくなりましたし、まぁ良しとしましょうか」


「……っ……ごめんね……っ」


 バイパーの手がにゅっと子猫に伸びるのに気づいた初音が、子猫をできるだけ丁寧に遠くへと放り投げる。


 猫科さながらの動きでその体躯をしなやかに反転させると、子猫はすたりと軽やかに着地してその金の瞳で初音を見つめた。


「………………」


「…………あ……っ!!」


 ニヤついた顔のまま無言で、けれど明らかにその目元をピキりと震わせたバイパーの掴む手に力が込められ、初音は思わずと小さく呻く。


「覚悟しておきなさい。に売ってあげますから」


「…………あっ!!」


 ダンと冷たい石壁に力任せに押し付けられ、耳元で囁かれた言葉に寒気が走る。


「……っ!!!」


「が……っ!?」


 適当に振り回した手足がバイパーの身体にめり込んだ感触とくぐもった声。


 振り返りざまにもう一度腹を狙って蹴り飛ばし、後退ったバイパーの髪を掴む手が少し緩んだのも束の間、その手がガッと握り直されて初音はバランスを崩して倒れ込む。


「この……異世界人がぁ……っ!!!」


 その顔を怒りに染め上げて、絞り出すように響く声とその瞳に、初音の身体が恐怖で震えた。


 その時。


 上から降り立った影が、ざくりと2人を繋ぐ髪束を断ち切る。


「え……っ!?」


「がっ……っ!?」


 散らばる髪が漏れる光に照り返される中、状況についていけない初音とバイパーはまるでスローモーションでも見ているかのようだった。


 そんな2人をよそに、ローブを目深に被ったその影は間髪入れずにバイパーを蹴り飛ばすと、固まる初音へその手を伸ばす。


「え!? わっ! え!?」


「……舌を噛みたくなければ黙ってろ」


 ローブの奥で光る金の瞳に、言葉少なに囁かれた男っぽい低い声。


 ぐいと身体に回された腕と、重力に逆らって包まれる浮遊感。


 そのまま人間とは思えない動きで屋根の上まで跳躍したローブの男は、屋根の上にちょこんと座っていた子猫を一緒に抱え上げると、そのまま屋根伝いに走り飛ぶ。


 月明かりに照らされた夜の街を飛ぶように走るローブの男に必死でしがみつく初音は、じっと見上げてくる金の瞳を見返した。


 何が何だかわからないけれど、子猫が無事でよかったと、初音はそっと微笑んだーー。






「ちょっとお兄! どうなってんの!?」


 街を出て、平原を走り、森を抜けた先の岩山近くの川の前。


 されるがままに連れられて、川辺に降ろされた初音は、キイキイと目を吊り上げて騒ぎ立てる女の子を呆然と見上げた。


「…………ちゃんと助けただろ」


「なんで髪の毛を切るの!! 切るならあいつの腕でしょうがっ!!」


「そんな不確かなことできるか……っ」


 女の子にひどく責められたローブの男が、その勢いに少したじろいでいる。


「もうっ!! これだからお兄はデリカシーってものが足りない……っ!! ごめんね、髪、あとで揃えるから……っ」


「え、いや、髪は全然いいんだけど、あの、あなたたちは……」


 明らかに戸惑いを隠せない様子の初音を見下ろして、女の子とローブの男は顔を見合わせて口を開く。


「お姉ってほんとに異世界人なんだ?」


「……えっと……」


 バイパーの言葉を聞いていたらしい2人に、問われている意味がいまいちわからない初音は言葉に詰まる。


「アイラたちは、見ての通りクロヒョウの獣人だよ」


 ローブの男と一緒に連れられて来た子猫はアイラと名乗り、今やダークグレーの長い髪と金の瞳でワンピースを着た可愛らしい女の子の姿をしている。


 動物っぽい鼻とヒゲに、黒い毛に覆われた肉球のある腕。そして丸い耳と尻尾を揺らすと、アイラは初音ににこりと笑いかけたーー。




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