奴隷商から逃げ出した動物好きなお人よしは、クロヒョウ獣人に溺愛されて、動物知識と魔法契約でその異世界を生き抜く。
刺身
第一章 アニマルモンスターの世界へようこそ!
1.夜の追いかけっこ 再改稿
はぁはぁと、荒い息で、その男は後退る。
綺麗な身なりは泥に汚れ、隙なくセットされていたオールバックは今や見る影もない。
大粒の汗を流し、その瞳を見開いて、いくつか歳を重ねたその男はギリとその歯を噛み締めた。
「なんで、どうやってここまで手懐けた!? 獣人どもが、なぜ揃いも揃ってお前みたいな小娘に捨て身で協力する!?」
血走ったその目に睨みつけられた小娘ーー初音は、その傍にぴたりと寄り添う青年ーージークの腕から降り立つと、その瞳を真っ直ぐに見据えた。
上空から降り立った白い体毛に赤い瞳のフクロウは、初音の肩口でその翼を休める。
じゃりと土を踏んで初音とジークの少し後ろに立つ2人の人影は、並々ならぬ威圧感を持ってして、その背後に控える数え切れない獣の気配を従えた。
「あなたにはきっと、わからないーー」
その獣たちの頂きで、初音はその瞳に静かな怒りを灯したーー。
はっはっはっと息を切らせて、少し肌寒い夜の街を、乱雑にまとめた長い髪を振り乱して走る1人の女。
その手には、熱を持った黒い毛玉が抱えられている。
質素な衣服に包まれて、初音はよくもわからない転生先の石造りの路地裏を縦横無尽に走り回っていた。
「やばいやばいやばい……っ!!」
ひぇぇっと顔を引きつらせて、初音は自身を追う複数の怒声と男たちの気配から時に隠れ、時にやり過ごして逃げ回る。
猫を避けて振り切ったハンドルから記憶がなく、ふと気づいた先の見慣れぬ中世風の異世界で、声を掛けられた宿屋の女婦人。
に、奴隷商へ売り渡される所を逃げ出して、逃げ隠れしていた先で初音は黒猫の声を聞いた。
ーー怖い、怖い、怖い、怖い……っ
「黒猫……?」
荷馬車に乗せられた檻の中で怯えて丸まる金色の瞳の子猫。そしてその子猫を、どう控えめに見ても明らかに雑に扱う2人の男たち。
幼い頃から動物好きで、新米社会人となっても日がな図鑑や書籍を眺めていた初音は、気づいたら男たちの隙をついて1人を殴り倒し、子猫を強奪していた。
「どうせ捕まるのが時間の問題なら、この子だけでも……っ!!」
偽善でも何でも、この世界に来た意味が、初音は欲しかったのかも知れない。
血の気が失せた顔で黒い毛玉を抱え、必死に夜の影を逃げ回る初音を、子猫はその金の瞳でじっと見つめる。
「おい、どこ行った!?」
「さっきチラッと見えたぞ!」
「ここら辺だ!! 囲め!!」
「やば……っ!」
周囲から同時に聞こえる男たちの声に、初音は路地裏で落ち着きなく周囲を見回すと、端に置かれた木箱と麻袋の山を見る。
「どこだ」
「いたか」
「……ここか?」
目と鼻の先で話す男たちの声を聞きながら、初音は毛玉を潰さぬようにぎゅうと小さく縮こまる。
ガタガタと木箱を開ける音と振動がして、しばしの間が空き、舌打ちが降ってきた。
「どこ行きやがったあの女……っ!!」
「おい、あっち行くぞ!! 早く見つけねぇとバイパー様が……っ!!」
そんな焦りを帯びた声を残して、男たちの気配が遠ざかる。
そんな姿を麻袋に埋もれた隙間から覗き見ていた初音は、そっと息を吐き出す。
「わ、どうしーー……」
腕の中の子猫が突然に暴れ出したのと同時に、取り除かれた麻袋によって開けた視界。
びくりと身体を震わせてそっと視線を向けた先には、身なりのいい服を着た、茶を帯びた黒の瞳に茶の短い髪のニヤつく男ーーバイパーがいた。
人間のものとは思えない、不気味で細いその瞳孔を見上げて、初音は声もなく固まったーー。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます