第14話
今日の午前の業務は、昨日から引き続き蔵書チェックをシルビアさんと行った。
だけど昨日と違い、午後の時間を使えない。
私はシルビアさんの速度に合わせながら、並んで蔵書を点検していった。
「あなたも大変ね。就職三日目にして、王子のわがままに振り回されるなんて」
彼女の言葉に、私は笑いながら応える。
「あはは、王立の施設に就職が決まった時点で、そこはもう諦めてますよ。
私たち平民が王族に逆らえるわけ、ないですからね。
――でも、アルフレッド殿下ってどんな人なんです?」
シルビアさんは本の中身に目を通しながら応える。
「んー、どちらかというと良心的な王族よ。
普段はあまりわがままを仰る方でもないわ。
だけど王族だからか、ちょっと気位が高いかしら。
国を思う人でもあるし、民を思う人でもあるけど、個人の迷惑を考えられる人ではないみたいね」
「あはは……」
私は曖昧に笑って応えながら、本のチェックを進めていく。
……そういえば。
「ねぇシルビアさん。なんで修復担当がサブリナさん一人なんですか?」
「スキルと貴族特有の都合、かしらね」
貴族特有の都合? どういう意味?
私が小首をかしげていると、シルビアさんがクスリと笑った。
「サブリナが一番修復作業に長けているのが理由の一つ。
もう一つが、貴族の男女は二人きりになれないというのが理由よ」
「え? それが今、関係する話題なんですか?」
「もちろんよ。修復室なんて、扉をきちんと閉めて密室にしないといけないわ。
そこに男女が二人きりになるなんて、貴族子女には許されないの。特に女性はね。
そうなると、サブリナの補佐にフランツやカールステンが付くのは現実的じゃない。
私とファビアンは、蔵書チェックを優先しなければいけないし。
――だから、サブリナが一人で修復をしていた、という訳なの」
なるほどなぁ……貴族は貴族で、苦労してるんだなぁ。
シルビアさんが微笑みながら本のチェックを続けていく。
「でも、ヴィルマが来てくれたわ。
女性のあなたなら、安心してサブリナと作業してもらえる。
だから技術以上に安心してるところがあるのよ。
ほら、一人きりで仕事をしてると、気が滅入ることもあるじゃない?」
「そうなんですか? 私は一人でも平気なタイプだから、よくわかりません」
シルビアさんがクスリと笑った。
「お得な性格をしてるわね。
女子は普通、こうしてコミュニケーションをとる相手が居ないとフラストレーションが溜まるのよ。
会話ができない時間が長く続くと、負担に感じるの。
だからあなたは、サブリナとできれば言葉を交わす時間を作ってあげて欲しいの」
「わかりました、仕事の邪魔にならない程度にお相手すればいいんですね」
シルビアさんは「ええ、よろしくね」と言いながら、次の本を手に取ってチェックを開始した。
****
お昼のベルが鳴り、私たちは司書室に引き上げた。
中ではフランツさんとカールステンさん、シルビアさんが既にエプロンを脱いでいた。
私とシルビアさんもエプロンを脱ぎ、ロッカーに入れる。
「あれ? ファビアンさんは?」
「呼んだか?」
声に振り返ると、静かな微笑みを浮かべたファビアンさんがエプロンを片手に持ちながら司書室に入ってきた。
ディララさんが手を打ち鳴らし、みんなに告げる。
「今日は全員で食堂に行きましょう。
現地でヴォルフガング様と合流するわ。
そこで昼食を食べながら、舞踏会の最終打ち合わせをしましょう」
みんなが応じる声が続き、ディララさんを先頭にして全員で食堂に向かった。
食堂は校舎一階にある設備で、その入り口でやたら背の高い老貴族の頭が生徒たちの群れから飛び抜けて見えた。
「お待たせしました、ヴォルフガング様」
ディララさんの言葉に、老貴族――ヴォルフガングさんがこちらに振り向き、優しく微笑んだ。
「ああ、来たね。それじゃあ中に入ろうか」
今の微笑みとか、アイリスが悶えて喜びそうだなぁ。
そんなことを考えながら、みんなと同じテーブルに着席した。
私はサブリナさんとシルビアさんに挟まれる形になり、正面にはヴォルフガングさんが座っている。
「まずは注文をしてしまおう」
ヴォルフガングさんが腕を挙げて指を鳴らすと、近くの給仕が近づいてきて告げる。
「お決まりでしょうか」
それぞれがメニューも見ずに思い思いの注文をしていく。
私が戸惑っていると、ディララさんが「試しに食べるなら、私と同じにしておきなさい」と言って給仕に伝えていた。
給仕が辞去した後、ヴォルフガングさんが口を開く。
「今夜のことは伝わっていると思うが、殿下を止められなかったことを、ここで皆に詫びたい。
私の力不足で、皆に迷惑をかけるね」
シルビアさんが少し大きな声で応える。
「そんな! ヴォルフガング様のせいじゃないですよ!」
ファビアンさんが頷き、静かな声で告げる。
「そうですよ、王族に逆らうなんて、いくらヴォルフガング様でも無理があるのはわかりますから」
フランツさんやカールステンさんたちも同意するように頷くのを見て、ヴォルフガングさんが苦笑を浮かべた。
「だとしても、そこを
シュターケンカステル公爵家の元当主として、不甲斐ない姿をさらしてしまったと恥じているよ」
ヴォルフガングさん、こういうところに人間性が出るよなぁ。
王族の親戚だから、たぶん自分が一番止めるべきだって考えてるんだ。
ヴォルフガングさんの非はないと思うのに、まず謝罪から始めるんだもの。
ディララさんがニコリと微笑んで告げる。
「そんなことより、建設的な話をしましょう」
うぉ?! バッサリと切って捨てた?!
元公爵様の謝罪を『そんなこと』呼ばわり?! ディララさん、案外リアリストだな?!
ヴォルフガングさんがニヤリと微笑んで告げる。
「それもそうだね。ではまず、今日の予定を告げておこう。
私は舞踏会でも同席はする。殿下からヴィルマを守る、最後の盾だから当然だね。
だが基本的に口出しはしない。なるだけ君たちが補い合って、ヴィルマの難局を乗り切って欲しい。
殿下が君たちでは対応できない無理難題を言い出されたら、その時には私が身を呈そう。
――それで構わないかな?」
みんなが頷く中、私は疑問に思って小さく手を挙げた。
「あのー、なんで『基本的に口出しをしない』んですか?
ヴォルフガングさんなら、王族相手でもガンガン口出ししそうなのに」
ヴォルフガングさんが楽しそうに笑い声をあげた。
「ハハハ! それは買い被りだよ。
いくら私でも、王家に逆らうことを良しとはしない。
臣下である以上、王家を尊重するのは当然だからね。
だが臣下であるからこそ、
それだけの話だよ」
そういうものなの? 貴族社会のしきたりとか風習って、なんだかピンと来ないなぁ。
私が眉をひそめていると、横からサブリナさんが告げる。
「ヴォルフガング様は、ここ一番でガツン! と殿下に言って頂く役回り、ということよ。
最初からあれこれと口出ししていたら、殿下のへそが曲がってしまうかもしれない。
ある程度は殿下にも満足してもらう必要がある、というわけ」
「あ、なーるほど」
シルビアさんが私の肩に手を置き、微笑みながら告げる。
「だからそれまでは、なるだけ私たちがあなたをサポートしていくわ。
貴族社会の一員として、平民のあなたに負担をかけないよう、頑張るわね」
「そんな! そこまで思ってもらわなくても!」
私が慌てて声を上げると、カールステンさんがクスリと笑った。
「なに、貴族には貴族の矜持があるのさ。
貴族は平民を守るために居る――少なくとも、私たちはそう思って生きている。
だからヴィルマは心配することなく、私たちに任せて欲しい」
フランツさんも爽やかな笑顔で私に告げる。
「どうか私たちに、ヴィルマを守らせてくれないだろうか。
今夜は君の試練であると同時に、貴族子女としての私たちに対する試練でもある。
貴族の一員として、君が泣くような結果には決してさせないよ」
その場のみんなが頷き、私に笑いかけてくれた。
私は胸が熱くなって、思わず目元を拭っていた。
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