第三章

3-1 狼人間のいる村

 アランとルビィは早速、狼人間の集落があるという場所へ向かっていた。


「そこ、段差すごい。気をつけろよ」

「ん、ありがと」


 あれから二人の関係は、結局大きくは変わっていない。変化といえば、歩く時必ず手を繋ぐようになったことと、おはようとおやすみのキスをするようになったことくらいである。二人は一応、いわゆる恋人同士というやつに当たるのだろうが、如何せん二人ともそう言った経験がないので、一からの手探りなのだ。でもルビィは、二人のペースで進めば良いかと気楽に考えていた。何せ大変な危険を伴う旅の道中であることだし、宿に泊まってゆっくりするという機会すら、なかなかないのである。


「お前の手は本当に小さいな。きちんと食べているのか」

「あなたと同じものを食べてるでしょ!何せ、ほとんど私が作っているんだから」

「それもそうだな……不思議だ」


 アランはしげしげとルビィの細い手を見つめ、ちゅっとキスを落とした。あまりにも様になっている仕草に、ルビィは思わず赤面してしまう。アランときたら、素でこういうことをしてくる男なのである。



 ♦︎♢♦︎


 

「……本当にあった」

「信じられないわね……」


 狼人間の集落は、大変入り組んだ森や谷を越えた、分かりにくい場所にあった。普通ならば到達するのが難しいような場所であり、ルートも相当に限られていた。しかも標高が高く、濃い霧に包まれている。

 ここに到着するまでは、本当に集落があるのか半信半疑なくらいだったが――――確かにそこに、村らしきものはあったのだ。しかも、想定よりもかなり大規模だった。最低でも、百人は人口がいるのではないだろうか。


「こんなところに、人が住めるものなのか」

「神狼は生命力が高いけど、もしかして、狼人間もそうなのかしら」

「そうかもしれない。そしてきっと、ここまで深く隠れ潜まなきゃならない理由があるんだ……」


 アランはくるりと当たりを見回して、重たい溜息を一つ落とした。


「それにしても、随分と熱烈な歓迎だな……」

「そこらじゅうから、弓を向けられているわね。どうする?」

「要は、俺が『人間』でないことを示せば良いんだろう」


 アランは痛いほど立ち込める殺気の中を、平気で二、三歩進み、カッと光を放った。途端にそこには、うつくしい銀色のオオカミが現れる。ルビィがオオカミ型のアランを見るのは、大変久しぶりのことだった。

 その変化に、立ち込めていた殺気は大きく揺らぎ、霧の中からはぽつりぽつりと人が出てきた。それぞれオオカミのアランを恐々と確認しながら、話し始める。


「これは。お、狼人間じゃないか……!」

「まだ、他に仲間が居たなんて……」

「俺は、自分のルーツを辿りにきた。歓迎して欲しいとまでは言わないが、中に入れてくれ」


 すっと人型に戻ったアランが話すと、村人たちは困惑しながらヒソヒソと話し合った後、こう言った。


「あ、あんたは入っても良い。だが、そちらのお嬢さんは?」

「彼女は人間だ」

「すまないが、人間を入れるわけにはいかない。この集落の掟なんだ」

「そこをなんとか頼む。俺の、大切な連れなんだ」


 アランは頭を下げた。村人たちはおろおろとし、すぐには答えが出ないようだった。ルビィは自分が邪魔になるならアランと一旦別れるべきかと思い、ハラハラとしながら成り行きを見守った。

 しかしそこに、良く響く朗々とした声が通った。


「神狼様。ようこそいらっしゃいました。わしの占いで、ここへ来られることは、既に存じておりました」

「長老!!」

「し、神狼……!?神狼だって……!?」

「今代の神狼は、金のオオカミのはずじゃないのか……?」


 霧の中からすっと出てきた老婆は、腰が曲がっていて随分と背が低いものの、堂々とした威厳を放っていた。長老と呼ばれているので、この集落のリーダー的存在なのだろう。


「今代の神狼様は、双子でいらっしゃる。違いますか?」

「……その通りだ。俺は双子の、弟のアラン。一応、本物の神狼だ」

「双子……!?ぜ、前代未聞だ!」

「でも、長老の占いは、真実しか示さない……」

「本物の、神狼様だって言うのか……!」


 村民たちはざわざわしている。長老はカンと杖を一度つき、皆に言い放った。


「皆、神狼様に対して失礼じゃぞ!まずはご挨拶を!!」

「は、はいっ!!」


 霧に隠れていた村人たちも全員姿を現す。二十人ほどがアランの周りにぐるりと整列し、長老を含めた全員がオオカミ型に変化した。そして、全員が揃ってすっと首を垂れる。ごわついた黒い毛をしたオオカミである長老も頭を下げ、完全な服従のポーズを取っていた。それはある種、とても神聖な光景だった。

 しばらくそうした後、長老はルビィの方を見て言った。


「戦場を駆ける『赤ずきん』の異名を持つ、お嬢さん。神狼様の、大切なお方。あなた様が来られることも、わしは分かっておりました。我ら一同、あなた様のこともご歓迎致します。お二人には、お話しなければならないことがある。どうかご一緒に、わしの家までいらっしゃってください」

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