1-8 襲いくる過激派

 さて、早いもので旅立ちから二週間が経過した。二人は森の中を野宿しながら、旅路を順調に進んでいた。


「お代わり」

「ただのスープだけど、よく食べるわね」

「お前の作ったものは何でも美味い」

「……そ、そう」


 油断するとすぐこれである。アランの褒めは実直で遠慮がないのだ。最近のルビィは日々、照れに耐えるのに必死だった。

 まあ、確かにアランの料理の腕は壊滅的と言えた。放っておくと、スープの味付けには塩をちょびっと入れるだけだし、道端に生えている草をそのまま食べようとしたりするのだ。今まで一体どんな生活をしていたのだろうと、心配になってしまうルビィである。


「今日は大丈夫だけど、そろそろ食糧が不安ね……」

「近くに大きな街……フェリエがあるな。危険があるかもしれないが、短時間だけでも寄っていくか」


 こうして二人は中継地点の大きな街、フェリエに入った。今まで寄った中では一番大きな街である。



 そうしてしばらく、違和感はすぐに訪れた。

 店で食料品を買い込んだ直後に、二人とも気配に気付いたのである。


「つけられているな」


 アランはルビィにしか聞こえない声で囁いた。ルビィもアランに一歩近づき、不自然にならないように腕を組んで密着してから、密やかに言う。


「数は五、六……いえ、もっといるわね」

「でも全く姿が見えない、数と気配にしては、これはおかしい」


 アランは少しずつ、その歩きを早足にし始めた。それに自然な足取りでついてくるルビィに対して、確認する。

 

「俺が伝えた敵の特徴は覚えているか」

「ええ。隠密の魔法を使う女がいたわね」

「ああ、ディアンヌ・ラノワという女だ。集団を対象に、透明化する魔法を使う。恐らくそれだ」

 

 アランはこの道中で、把握している限りの敵の能力について、ルビィに伝えていた。しかし過激派は高位貴族が多く、能力が高い敵も多い。表立って過激派を名乗っていない連中もいるし、敵全体が一体どれほどの能力を有しているかは、正直不明といったところだ。

 旅に出る前からルビィとは連携の特訓もしているが、短い期間であるので付け焼き刃だ。実戦はこれが初めてである。どうなるかは未知数だ。


「街中で人質でも取られたらまずいわ。誘導されているのはしゃくだけど、このまま素直に外に出ましょう」

「ああ、わかった。追い込まれたら、俺が一人で隙を作る」

「了解。打ち合わせた通り、一瞬でも隙を作って空間を遮断してくれたら、銃を二発打ち込むわ」

「わかっている。ただ、空間を遮断するのは魔力消費が大きいから……一度しかできないぞ」


 少し心配そうに告げたアランに、ふふんと笑ってルビィが答えた。

 

「ちゃんと合わせるわよ、私を誰だと思ってるの」


 その微笑みは不敵で――――とても、好戦的だった。

 

「数多の戦場を駆けてきた『赤ずきん』の名にかけて――――高位貴族の坊ちゃんがたに、遅れは取らないわよ?」

「心強いな」


 アランもまた、一緒に笑った。



 ♦︎♢♦︎

 

 

 追跡する敵に敢えて誘導されるままに街を出て、森の中に分け入っていく。少し開けた場所に出た瞬間、女の声が響いた。


「解除≪リセット≫」


パッと魔法が解けて、大勢の敵に囲まれているのが突然見えた。やはり透明化していたようだ。その数ざっと、十五人くらいである。全員教会の制服であるローブを着て、フードを目ぶかに被っていた。

 二人がただちに戦闘態勢に入ろうとすると、一人の男がローブのフードを脱ぎながら、突然前に躍り出て来た。

 

「初めまして、初めまして、憎き、憎き災厄の!!僕はヘクター・メイエル。以後お見知り置きを!!」


 彼のボサボサの長い黒髪は目元まで伸び、その下に濃い隈のできた陰気な黒目が覗いていた。何だか興奮していて、様子が妙だ。こちらに対して戦闘体勢をとっている様子もない。

 アランとルビィは押し黙ったまま、彼に対する警戒を強めた。


「返事をしないか、災厄の!!いいか、偉大なる神の写身、イドルヴ様の顔に散々泥を塗って来た罪、今こそ償ってもらうぞ!!ハハハッハハハハ!!!!」


 ヘクターと名乗った男は右手の爪をガジガジと噛み始めた。なおも恍惚とした、狂信的な様子で話し続ける。


「あああ!!イドルヴ様、見ていてください!!俺の魔法は、生活魔法の火が炎になる!水は濁流になる!!俺の魔法からは、誰も逃れられない!必ずや災厄を鎮めて、この世から消し去り!!貴方様のお心を穏やかにしてみせます!!!」


 ルビィはハッとせせら笑った。

 

「これまた随分とお喋りなお坊ちゃんだこと」

「気をつけろ、来るぞ!」


 アランが声を上げる。その瞬間、ヘクターが両手をかざして呪文を唱えた。

 

「魔法強化≪エンハンス≫」


 アランとルビィを中心とした、半径二十メートルほどが半透明な膜に覆われる。これが強化範囲のようだ。そして次の瞬間、周囲のローブを纏った魔法使いたちが一斉に襲いかかって来た。

 ごう、と大きな炎を纏って突撃してくる魔法使いたち。アランはすぐさま足元の砂を鷲掴んで、円を描くように投げた。


「加速度操作≪アクセル≫」


 物理法則を無視して加速された砂塵の一粒一粒が弾丸となって、敵の体を撃っていく。


「があああ!!!」

 

 魔法使いたちは少なくないダメージを受けて、よろめいた。その隙にアランはすぐさま、投げナイフを正確に投げる。


「加速度操作≪アクセル≫」


 加速されたナイフは敵の一体一体に、見事に命中していく。魔法使いたちはバタバタと倒れていった。


「お見事」


 ルビィがヒュウ、と口笛を吹く。彼女はアランが隙を作ると言った約束を信じ、銃に二発の弾丸を込めて待機していた。勿論、何か問題があれば、いつでも助けられるようにしている。

 

「この……化け物め!!」

 

 残った魔法使い達から、今度は水が濁流となってアランに襲いかかる。


「加速度減少≪ブレーキ≫」


 アランは濁流を操りその勢いをみるみるうちに低下させ、身体強化した体で避けていく。その動きには全く無駄がない。

 そうして避けながら残りの敵に、さらにナイフを命中させていった。


「あああ!ぐああああ!!!」

「いくぞ」


 アランは待機するルビィに目配せをしてから、呪文を唱えた。


「重力操作≪グラビティ≫」


 ドン、と大きな音が鳴り響く。その場にいた、ルビィとアランを除く全員の人間が――――地面に、這いつくばった。

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