第13話 神無月
「神無月」
十月に入って、やっと風も落ちついた。
涼しいとは言うほどでないが、時折大きく吹く風が、私の前髪を
右から左へ流すほど力があったりする。
公園の睡蓮の池には、暑い夏を越したイシガメやクサガメが甲羅を
水面に浮かべてくる。池のふちをなるべく音をたてずに歩いていたら、すぐ近くを、頭を上げて前足をゆっくりバタつかせたのが、こちらを必死で見てくる。
公園の東側には、動物病院があり、そこの少し奥まった所に外に面して硝子張りの部屋があって、そこには亀がいるのだ。小さい部屋の半分近くの大きな体で、ゆっくり生きている。
丸く甲高の体、泥で汚れたような顔、首をもたげ、その目は虚ろに見えた。何かを言っているように口をぱくつかせている。
池のカメと、この動物病院の小さな部屋に閉じ込められているように見えるカメ。生きているものの幸せはどこにあるのか、それぞれの所に必ずあるのか。
神社へ向かう裏道を行く。車の通行の激しい大通りから一区画一本
入れば、その道になる。
途中、二階建ての木造の集合住宅の外階段に、まっ黒な猫が、上の階へ行こうとしていた。
私は声をかけた。猫の声まねをする。これは絶対というほど振り向いてくれる。
まったくそのとおり、こちらに向けた顔は若い猫らしくしまっている。全身黒い。目は、エメラルドグリーンだ。
猫を立ち止まらせて、振り向かせることが、私にとっては小さな楽しい遊びとなっている。
久し振りの神社へのおまいり、社に手を合わせる。今日は社の中が、まっくらである。さい銭箱の前まで行っても、中は暗い。
というより黒い、私の目には何も見えない、まっ黒な社だ。
あっ、そうか、神無月。
神様は、出雲に出向いて、留守なのかもしれない。
そう、いつもと違う、両脇の大きな提灯は静かだ、音をたてて揺らすための風が、全く吹いていないのだ。
社の中は何も見えない。黒いまま。
今日は旧暦九月五日甲辰(きのえたつ)。
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