かねてから異世界転生に思う処のあった俺はこの機会に自らの正しさを再確認すべく丁寧にツッコミを入れていく

スイカの種

予てから低評価だった乙女ゲーの悪役令嬢に転生した三十路の歪んだ溺愛の末路

 私はパチンコの帰りにトラックに轢かれ、意識不明のままこの世を去った。

 ここだけ聞くと只のクズだけど違うんだ。言わせてくれ。

 イチパチに入り浸ってた飲んだくれの父親を仕事帰りに迎えに行ってその帰りに横断歩道でよろけて道路に飛び出した父親を庇って自分が轢かれたんだ。


 私が意識不明でくたばる時、枕元で今後の金の心配をしてボロボロ泣いている父親の酒臭い息は死んだ後も憶えている。


 そう。

 お気付きだろう。

 私は転生した。


 神のお告げとか不思議な白い部屋でチートスキルを選ばされるとかは無かったけど、目が覚めた瞬間確信した。

 これが流行の転生かと。


 私は無類のゲーム好きで、中でもハーレム系の乙女ゲーが好物だった。

 オールジャンルのイケメンたちに囲まれ、困った素振りをしながら承認欲求を存分に満たす。

 休日前のオールナイトで自室に籠ってスマホ片手にカウチポテトをするのが唯一の楽しみだった。

 三十路のOLにオトコなんかいねーよ。文句あっか。


 何故転生だと気付いたか。

 私がハマってる乙女ゲーのデモ画面に出てくる部屋の一つだったからだ。

 でも、これが死ぬ前の夢なのか、本当に転生なのか。

 それよりももっと大切な問題がある。


 この部屋は、私がふざけて作ったセーブデータで残してある悪役令嬢モノの自室データとそっくりなのだ。

 これはいけない。

 いただけない。


 この凶悪セーブデータで私はやりたい放題、暴虐と非道の限りを尽くし、本来オシな筈のキャラに対して、攻略見ながら作った最強データでは絶対出来ない選択肢で虐めまくってしまったのだ。

 地の果ての大国で豚王妃と共に暮らす元王子。身も心もボロボロになり寝たきりの元将軍。魔王に囚われ永遠に苦しめられ続ける元勇者。タコ部屋送りで毎晩うなされる元執事。

 自分の好きな攻略対象が苦しむ様をじっくりと見つめる為だけの部屋。


 ファンとして冒涜だとは思うけど、何故かそのデータを消す事は出来なかった。

 何故か毎週末起動し、寝る前に彼らが苦しんでいるのをじっとりいや、少しだけ鑑賞すると、安眠できるのだ。


 攻略対象たちは架空の存在。

 誰も傷つけずに私が満たされるなら何の罪もない。


 現実と架空を混同する輩とは違う。


 そう。


 現実で無ければ。




「お嬢様!クレモンティーヌお嬢様!」


 部屋のドアが高速ノックされる。


 そういやそんな名前だったわ。


「なぁに?セバスチャン」


 出した声が耳障りな嫌な声でびっくりした。

 綺麗な声なのに、その端々に意地の悪さが透けている。

 自分で出すとこう感じるんだ。


「ブゴルバーディ王国から早馬です。王子が逃亡したとの事で、国境沿いに兵の展開する許可が至急欲しいと」


 あの馬鹿王子。


「代筆は任せるわ。わたくしはまだ眠いの。そうね。あと半刻したら支度係を寄こしてくださる?」


「畏まりまして御座います」


 急ぎ走り去る音がする。

 おお。

 この効果音もゲーム通りだわ。


 セバスチャンはまんまヒゲのイケメン老執事で、彼は攻略対象ではない。

 私の決定した選択肢を何でも実行してくれるスーパー執事だ。

 王子追い落としの計略も、場を整えたらセバスチャンが一晩でやってくれました。


 時々出てくるふざけた選択肢は、運営のお遊びな筈なのに、実行されてしまう原因はだいたいこいつが有能な所為だ。

 ユーザー板では、任務遂行率百パーセントで影の支配者と呼ばれている。


 とりあえず、生き残る為に現状を把握しなくては。

 やりたい放題やってしまった最凶データ。このままでは攻略対象とその元フィアンセ達に恨み殺されてしまうのは時間の問題だ。


 となると。

 フカフカの絨毯にびっくりしながら裸足で化粧台に近づく。

 二番目の引き出しの裏を手で探り、手彫り細工の小さなスイッチを操作する。


 ポヨン


 あり得ない音がして一冊の本が目の前に出てくる。

 こういう風に出現するんだ。

 まんまっちゃあまんまだけど。

 ホントに魔法がある世界なんだなあ。


 この本は私の記録、所謂、元の世界だとセーブデータに当たる物だ。

 今までの行動が攻略対象別に年表として記録されている筈だけど、実際はどうなんだろう?


 開いてドン引き。

 私の字だ。

 日記になっている。

 文字は日本語。

 ここって世界観どうなってるんだ?

 確かゲームだとミミズがのたくったようなお高くとまった筆記体だったような。


 全く覚えのない私の日記は、狂気と偏愛に満ち溢れた文言で溢れていた。

 読んでて頭がおかしくなりそうだ。

 誰を何時どのように苦しめたかが詳細に書かれている。

 こいつオカシイんじゃないか?あ。私か。

 紛れもなく私の、クレモンティーヌの行動記録だ。

 ここに書いて有る事がもし既に行われている事実だとしたら、私はいつ殺されても不思議じゃない。


 差し当たって、やるべきは王子の支持者たちが保有している刺客たちへの対処だろう。

 私を誘拐し、王子が無事国境を超える為のカードとして使う筈だ。

 確か終盤でそんな救済イベントがあった。

 その時バッドエンドだと私は死体のまま取引され、グッドエンドだと心を入れ替えた私は王子と共に凱旋して王妃になる。

 まぁ、ブゴルバーディの反感を買う時点で詰みだから、実質両方バッドエンドだ。

 結婚イコールグッドエンドみたいなの止めてくんないかな。

 ユーザー馬鹿にし過ぎでしょ。


「馬鹿相手のボロい商売だと思ってんのかしら?」


「はっ」


「キャッ!?」


 一人きりだと思っていた部屋の隅から返事がしてびっくりした。


「ちょっと!驚かさないで下さる?寿命が縮んだわ」


「失礼いたしました」


 膝を着き畏まる黒ずくめの大男は我がセブンマジック財閥の暗部、闇の牙の統領のタマだ。

 元々はもっといかつい名前だったけど、この名前は私がつけた。

 呼ぶときにソレっぽい名前だとバレるでしょ?と言ったら、結構気に入ってるらしい。

 まぁ、ゲーム内の話だけどさ。


「ブゴルバーディの間者が昨日あたり王都に入ってきたでしょ?余罪かけて捕まえておいて。後で尋問するわ」


 タマが頭を下げる。


「捜査段階でまだ上げていない情報ですが、ご存じでおられたとは」


「感想はいいわ。動くの?動かないの?」


「直ちに」


 若干萎縮した感があるけど気のせいだろう。

 泣く子も黙る殺し屋の長。まさかね。


 タマが消えたのを確認して日記を別の場所に隠す。

 今度はサイドテーブルの亜空間のにしとこ。




「ふう♡」


 捕虜の尋問を終えた私は、額の汗をメイドのマリアに拭ってもらう。

 隣で控えて資料整理しているセバスチャンも若干汗ばんでいる。

 セバスは尋問に参加していないのに、何で汗ばんでいるのかしら?


「どうやら間違いないようね」


「は。宰相のイゴルベータ様の手引きとは。少々前回のお灸が効き過ぎたようですな」


 何で西洋の世界観で和風な言い回しなのだろう?

 ユーザーが気付かなければ良いのかしら?

 これが最近トレンドのローカライズされたゲームって事?

 でも開発が中国の会社だから、どこの国の表現なのか分からなくなるわね。


「反抗の芽がまだ有ったのなら、喜ばしいわ」


 にっこり笑うと、皆畏まった。


「間者が居なくなった事が分かれば宰相も動き出すでしょう。二面作戦で先回りするわよ」


「は。は?!何もクレモンティーヌ様がお動きになられなくとも!?」


「黙らっしゃい。私も早馬で国境まで駆けるわ。乗馬服を」


 セバスチャンが前代未聞ですぞとかブツブツ呟いているので、頬に指を当てて思案する素振りをしたらスッ飛んで行った。


 一刻後には乗馬プロテクターまで装着し終わり、その日の夕方には護衛の十騎を伴って城門を出る事が出来た。

 やっぱりセバスはデキる奴だ。


 馬に乗ったのは良いが、プロテクター付けても内またが痛い。

 ステータス的には上限まで育っている筈なので、乗馬スキルはオリンピック級な筈、乗るのに不安は無かったけど、これ乗馬スーツどころか鞍も鐙も付けずにラフな私服とかドレスで裸馬乗ってるゲームとかあるけど、アレどーなってるのかしら。

 ゲームだから痛くないのか。

 そんなの気にしないのか。

 学生服にローファーで戦闘するような世界観だもんね。


 馬の熱気で全身蒸し暑くなってきた頃、国境に展開しているブゴルバーディ軍の旗が見えてきた。


「事前に流した情報通りに逃げたようです、既に捕まっておりますな」


 可哀そうに。

 宰相も王子も、権謀術数とか偉そうに宣ってたけど、軍事と謀略に関しては青二才、三文脚本家程度の頭しか働かないわ。

 転がり落ちてきた情報を信じてしっかり捕まっている。


「あら?豚もいる?」


「お声を。気付かれますぞ」


 騎士の格好で私の横で馬を走らせているタマからお小言。


 近づいていくと、やっぱり。

 大軍勢の真ん中に豚女王の輿がある。

 ズタボロのオトコがそいつの前に引き立てられていた。

 勢いに任せて軍勢をかき分けて入っていく。


「ヲ-ッホッホッホッ!!勇ましい事ですわね!北の魔女!」


 失礼ね。


「誰が魔女よ。昨日の今日でこんな辺境までご苦労ね。転送代は国家予算何年分かかったのかしら?」


 この大軍勢をここに展開するのには相当な金額がかかった筈だ。

 ワープしてくるにしろ、駐留させるにしろ。


「愛の為には惜しくないです事よ?」


 高笑いしている。


 この豚王女。

 見た目に反してめっちゃ有能な強キャラだ。

 初見攻略時にはなめて痛い目を見た。

 今回も、王子を出しにしてこちらに攻め入る算段だったのだろう。

 私が来たからにはそうはいかない。


「クレモン!ブゲラッ!?」


 私に向いて叫んだボロクズは、その先を言わせじと放った魔法を喰らってのたうち回っている。


「わたくしをその名前で呼ばないでくださる?」


 本人はその気はないのだろうけど、クレモンとか言うと何かのモンスターみたいで不愉快に感じる。

 指揮棒から放たれた魔力の顔面で受け、鼻にクリーンヒットしたのだろう、結構痛そうだ。


 身長百九十センチの細マッチョ、無駄に広い肩幅に甘いマスクの金髪青年は、ボロを纏っていてもイケメンだった。

 蒼い瞳は若干潤んでいる。

 あ、私の所為か。


「君の愛を信じられなかったボクを許してくれっ!」


 何かお涙頂戴系の事をごちゃごちゃ言っている王子は放って置いて、豚女王と話を続ける。


「所用により王子は一次預かりとさせて頂くわ。偶には里帰りも必要でしょう?」


「何を寝ぼけた事を仰るの?このまま王子を探しにそちらへ入ってしまっても良いのですわよ?ヲホホ」


 私はこいつの弱点を知っている。


「あら。その場合は、王子はカラスに突かれた状態で見つかるやもしれませんわね」


「ファッ!?」


 私と豚を交互に見て、本人を差し置いて行われている身代の相談に王子はついていけてないらしい。


 囲んでいる豚の軍勢のヘイトが上がり、付近の長槍の穂先が私たちに向く。

 片手を上げてそれを制した豚は、扇で口元を隠しながら目を細めた。


「辺境くんだりまで足を運んで、手ぶらで帰る訳にはいきませんわね」


 でしょうそうでしょう。


「勿論。そんな不躾ではありません事よ。タマ」


「はっ」


 タマが騎士の小手で器用に指を鳴らすと、中空に突如、縛られた老人と金貨袋が現れた。

 どさりと落ちた老人は、王子を見つけると駆け寄り抱き合っている。


「王子!?ご無事でっ!」


「尻の穴以外はな」


 豚は若干首を捻っている。


「この老人で兵を引けと?」


 ご存じ無いらしい。


「自己紹介した方が良いのではないのかしら?」


 涙で濡れる老人の顔が怒りに震えている。


「北方バイゼルハルド王国、宰相のイゴルベータに御座います、女王陛下」


「ほう」


 扇の向こうで舌なめずりしたのが分かった。

 扇に添える人差し指と中指が気持ち悪く蠢いている。

 老人の尻の穴の安寧も長くないだろう。


 イゴルベータは謀反を起こす直前でセバスにひっ捕らえてもらった。勿論、国王陛下にも通達済だ。

 国王からは穏便にとお目こぼしをとオネガイを頂いたのだが、私に言われても困る。


「そなたの噂はかねがね」


 決めるのはこの豚なのだから。


 イゴルベータは為政者としては三流だ。

 根っからの善人なので悪事が見過ごせない。

 必要悪を甘受出来ず、結果的に悪政を敷いてしまっている。

 良い事だけでは世界は回らないのだ。

 理解できずに、性善説で空回りしてしまい、結果的に国難を招いてしまった。

 豚の元で少しは勉強した方が良いだろう。

 寿命が来る前に気付いてくれれば、復帰のチャンスもあるかもしれない。


 宰相とその身辺整理をした残りの有り金を抱えて、豚は戻っていった。

 手元に残ったのはボロ王子。


 ゲーム的にはチャプター一つクリアまでもっていけたかなあ。




 数日後、二階テラスで食事をする私の前には、首輪で繋がれた王子が鎖を限界まで引っ張りながら目の前の皿目掛けて手と首を伸ばしている。


「ほら。もっと頑張りなさいな。唐揚げが冷めてしまうわよ?」


 唐揚げは私がゲームの初期の方で料理チートで広めたメニューの一つだ。

 既にバイゼルハルドの国民食ともなっているこの料理は、王子の大好物でもある。

 三日も碌なモノを食べていなければ、目を血走らせて手を伸ばすのも仕方ないといえよう。

 サクサクジューシーな唐揚げをフォークで一つ摘まみ、王子の目の前でプラプラさせてから自分の口に運ぶ。

 うん。美味しい。唐揚げは正義。


 セバスが止めるのを気にせず、懸命に皿に手を伸ばす王子の隣にしゃがむ。

 空腹に血走った目が微笑ましい。


「あなたが王位を継ぐなら、目の前の物も手に入るでしょう」


 一瞬だけ冷静になった目は、まだ心が折れていない事の証だ。

 豚でも完全に折る事は出来なかったか。

 流石メイン攻略対象。こうでなくては。


 直ぐに皿に手を伸ばし始めたので脛の毛を毟ってあげる。

 王子という生き物には、脛毛は生えてちゃいかんのですよ。


「グッ!?」


 驚いた王子は、周囲を見回して自分の状況を確認した後、諦めたようにまた唐揚げに手を伸ばし始めた。


「がんばれがんばれ」


 臣下の心配より自らの腹の虫が優先な王子に安堵した私は、次の攻略対象の為の作戦を練り始めた。

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