勇者たちの対立③
虚無は裂け目の端に佇んでいた。争いの騒音が耳に届くたび、その冷徹な瞳がわずかに鋭くなる。
ここまで来ても彼らは自らの愚かさに気づかないか。勇者とは名ばかりの操り人形たちよ。
虚無は手を軽く振り上げた。すると、裂け目の周囲に不自然な風が巻き起こり、争う勇者たちの動きが一瞬止まる。
討伐派も静観派も、その場に留まることを余儀なくされた。彼らの頭上には、虚無が現れたことを告げる不穏な影が浮かんでいた。
リカルドが槍を構え、叫ぶ。
「貴様が虚無か!我々の使命を知っているのなら、大人しく討たれろ!」
だが、虚無は答えなかった。ただ目を細め、戦場全体を見渡すように動くだけだった。その視線には怒りでも恐れでもない、ただの興味が浮かんでいた。
「おい、なにか言え!」リカルドが再び叫ぶ。
虚無はついに口を開いた。
「お前たちは本当に愚かだな。」
その言葉は低く、だが確実に全員の耳に届くよう響き渡った。
虚無は両手を広げると、裂け目から立ち上る黒い霧がさらに濃くなり、周囲を完全に包み込んだ。勇者たちは足元に影の触手のようなものを感じ、一歩も動けなくなった。
「お前たちは自分の意志でここに来たのか?それとも、神に命じられただけか?」虚無の声は静かだったが、その言葉には鋭い棘があった。
カイルが声を振り絞る。
「俺たちは…俺たちは、この世界を守るためにここに来たんだ!」
虚無は冷たく笑った。
「この世界を守る?お前たちが守るべきは、この争いを起こした張本人たちではないのか?」
その言葉に、討伐派も静観派も一瞬戸惑った。
リカルドが虚無に向かって叫ぶ。
「神の命令が絶対だ!お前のような存在を放置することは許されない!」
虚無は首を傾げた。
「神の命令が絶対?そうか、それがお前たちを縛る鎖だな。」
虚無は片手を上げると、勇者たちの周囲に幻影を見せ始めた。そこには、彼らの「神」と呼ばれる存在が、虚無と同じように冷たく人間たちを見下ろしている姿が映し出されていた。
「見ろ、お前たちが信じる神は、お前たちのことをどう思っているか。」
幻影の中の神は言葉を発していた。
「弱い人間たちよ。お前たちはただの道具だ。その役割を終えれば、必要なくなるだけの存在。」
その言葉が響いた瞬間、勇者たちの中には目に見える形で動揺が広がった。
討伐派の中でも、リカルドを支持する者と静観派に加わる者に分裂が起きた。リカルドはなおも槍を握りしめていたが、仲間たちの離脱に気づき、怒りを露わにした。
「お前たちは騙されている!虚無の言葉に惑わされるな!」
しかし、カイルがリカルドに歩み寄り、静かに言った。
「それはお前の信じる神が望むことか?それとも、ただ自分を正当化したいだけか?」
リカルドは答えられず、拳を震わせた。
虚無はその光景を満足そうに見つめながら言った。
「お前たち自身の意志を取り戻すことができたら、また会おう。だが、その時まで、この裂け目の向こうには来させない。」
その瞬間、裂け目が強烈な光と共に閉じられ、勇者たちは再び静寂の中に立ち尽くした。
彼らの信念は崩れ、一つの問いが残された。
「俺たちは、本当に正しいことをしているのか?」
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