熱を帯びる避球
黒曜石/Omsick
プロローグ
2024年11月11日、F県K市夕ヶ丘中学校、三年二組。
一年に一度来る、完全にゾロ目の日のこと。
「…というわけで、夕ヶ丘中学校三年生のクラスマッチは、ドッジボールに決定しました!」
体育委員が、高らかに宣言した。
「いよっしゃァァァ!」
「えー…」
「俺本気出すわ」
「リレーがよかった…」
「小学生以来やってなかったな」
それぞれの思いを口にする中、一人机に突っ伏している者がいた。
(面倒くさい…僕ら受験期だぞ?)
クラスラインでは皆に混じってとりあえずリアクションをする、友人とのLINEは、殆どが最後のトークから一ヶ月以上経っている。
遊びには稀に誘われる。嫌われてはいない、というか好き嫌い以前に目立った交友関係が無い。
つまるところ、影が薄い。いわゆる「空気」だった。
「…」
そんな黒谷をただ一人、
―――
放課後、少し遅れて教室から出た黒谷。
「あ、黒谷!」
「ん?」
黒谷が振り向くと、いかにもスポーツ少年といった背格好の陽キャ男子…光田がいた。
「光田くん、何?」
黒谷は別に壁を作っているわけではない。あくまで来るもの拒まず、去るもの追わずのスタンスである。だが、自分から積極的に話しかけに行くこともないため、結果的に友達からフェードアウトしていくのだ。
「いやー、誰かと急にドッジボールしたくなってな。練習できそうな相手を探してたら、お前が見つかったんだよ」
「あー…」
(うわ、なんか嫌な予感がする)
黒谷は後悔した。自己主張の弱さは、人によっては「こいつは断らない」と舐められる事にも繋がる。
(でも断ったらなんか言われそうだしな…やることも無いしいいか。この人多分変なことしでかすタイプじゃないし)
双方が一瞬だけフリーズする。
「どうだ?今から…そうだな、お前んちの近くのいい感じの公園とかで」
「分…かった。いいよ。じゃ、またあとで――」
「いや、お前に付いて行く」
「あっ…そう」
黒谷は、また後悔した。
「なー黒谷。お前、スポーツとかやってたか?」
「全然」
「部活は?」
「吹奏楽部」
(幽霊部員だけどな…)
心の中で呟く。
空気でいるコツは二つ。「出来るだけ、聞かれた以上の事を話さない」、「話を広げるのは最小限に留める」だ。しょうもない相槌も、上手く使えば便利な道具となり得る。黒谷はそれを徹底的にやることにより、他人からの干渉を、負の感情無しで防ぐことに成功したのだ。
「…ん?」
「どうした?」
「なんでもない」
黒谷は、とんでもないことに気づいた。
(ドッジボールを…一対一?)
「四人じゃ無いのが不思議か?」
「え?」
突如、思考を読まれたような言動をされて困惑する黒谷。
「そりゃ、まぁ」
「俺らがやるのは、ドッジボールと称したキャッチボールだ。ただ、一つ違うのは、
「えーと?」
「つまり、お前は俺の球を避けるか、取るかの二択ってことだ」
数分後、公園にて。
光田はバックからボールを取り出し、おもむろに黒谷へ投げた。
「パスだ」
「え?うわっ!」
山なりの曲線を描き、ボールは地面に落下した。
「んー、困ったな。じゃ、次は回避だ」
光田は走ってボールを拾い、サイドスロー。
「ッ…」
精密なコントロールで、ボールは黒谷の腹部にヒットした。
「悪い、やりすぎたか?」
「いや平気」
黒谷は、気になっていた。
気まぐれと言えばそれまでだが、なぜ光田が黒谷を練習相手に選んだのか。スポーツ万能の陽キャ人間が、なぜ友人ではなく、黒谷を練習相手に選んだのか。
「…ねえ、光田くん」
好奇心を、抑えられなかった。聞いてしまえば、それまでの彼は消えてしまうというのに。
「何だ?」
「なんで僕が、練習相手なの?」
「あー…正直に言わせてもらうか」
光田は、黒谷に近づいた。
「俺は今年、お前と初めて同じクラスになった。けどな、お前はずっといなかったんだ」
「いなかった?」
「常に、虚ろな目をしてる。流されてる。空っぽだったんだ」
「そんな…こと」
否定はできなかった。事実、彼は何にも真剣に取り組んでいない。修学旅行すら、彼の記憶にはあまり残っていない。
「だから、俺はお前を満たしたい。これが最後のチャンスなんだ。クラス全員が団結する、最後のイベント。体育祭ほどデカいもんじゃねえけど…それでも、俺はお前を満たせる自信がある」
「満たす…」
「中学生最後の年、最後のイベント。最高の舞台だ。お前が二度と忘れねえクラスマッチにさせてやる」
その日から、特訓が始まった。
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