─四天王 ベルベット─ side梓



  坂柳はグリザードへと剣を向けた。


「おい、なんだこの威勢のいい兄ちゃんは?」


  グリザードがそう尋ねると梓たちは皆バツの悪そうな顔をして、口を噤んだ。


  今にもグリザードへと斬りかかりそうな坂柳が更に口を開いた。


「お前魔王軍の幹部だな?僕たちは勇者だ、この世界にいる魔族は全て滅ぼす!」


  坂柳はそう言い放つと、梓たちが止める間もなくグリザードへと剣を振り下ろした。


 ッ……!?


  しかし、坂柳が振り下ろした剣はグリザードの目の前でピタ。っと止まったのだ。


  梓たちは坂柳の行動に驚きはしたが、予想はしていた。しかし今目の前で起きている出来事には驚きを隠せないでいた。


  坂柳が振り下ろした剣はグリザードによって止められていた。正確にはたった二本の指で止められていたのだ。


  腐っても勇者。その勇者の一撃を二本の指で止められるとはどれだけ力の差があるのだろうと。


「なっ!クソっ!!動か、ねぇ。」


  坂柳は掴まれた剣を取り返そうと、必死に力を込めるがビクともしなかった。

 

  そんな坂柳を横目にグリザードは二本の指で剣ごと坂柳を投げ飛ばしたのである。


  投げ飛ばされた坂柳はそのまま背中から地面に落ちグアッと声を出し気を失った。


「さて、これで静かになったな。それでお前たちはどうする?」


  グリザードは勇者パーティの三人にだけ殺気を飛ばした。


  殺気を飛ばされた三人は膝を地面に付けお手上げだと言わんばかりに両手を挙げた。


「俺は別にお前らを殺すつもりはねぇが、邪魔するってんなら容赦なく殺すぜ。覚えときな。」


  グリザードはそう伝えると同時に殺気を解いた。


  身体自由になった事により三人は安堵し、ふぅ。と呼吸を整えた村瀬が口を開いた。


「和馬が暴走した事は謝るわ。魔王軍とは敵対するけど、貴方とは協力関係だと思っていいのね?もちろん山本くんとも敵対はしないわ。」

「あぁ、それで構わないぜ。勇者パーティにも話しの分かるやつがいるじゃねぇか!なんだ嬢ちゃんもこれか?」


  グリザードは小指を立て、お前も凪のお嫁さん候補なのかと言わんばかり村瀬を茶化した。


「ッ……!?違います!私は別に山本くんの─」

「はいはーい!凪先輩のお父さん。私もお嫁さん候補に入れてください!!」


  村瀬が顔を真っ赤にし、否定をしようとしてる最中に言葉は遮られ、ちゃっかりさんの橘が名乗りをあげた。


「おぉ、いいぞ!いいぞ!いやぁ息子が羨ましいぜ!」

「……。グリザード様。」


  ガハハと笑うグリザードに対して神楽が、またですか?とでも言わんばかりに口を開くと、グリザードは再び正座を始めて、大人しくなった。


「それでベルベットはどこにいるのかわかるのかい?」

「俺に聞かれてもなぁ。魔王の所にでも居るんじゃねぇか?」


  グリザードがそう言うと、それが分かれば苦労しないとばかりに皆が長い溜息をついた。


「いや、待てよ…もしかしたら魔素の濃い所を探せば見つかるかも知れねぇ。」

「私たちは魔素を感知できないよ。」

「それは俺ができるから連れてってやる。この中で空飛べる、又は転移が使えるやつはいねぇか?」


  グリザードの言葉に皆が顔を揃えて横に振った。


「歩くしかねぇか。それで?お前たちはどうすんだ?正直行った所で足でまといだぞ。」


  グリザードは勇者パーティへと視線を向けた。


「私たちは……」

「もちろん行くに決まっているだろ!」


  村瀬がどうするか悩んでいると、五月女に治癒魔法をかけてもらい目を覚ました坂柳が口を開いた。


  グリザードは坂柳にだけ殺意を向けると坂柳は腰を抜かし立てなくなっていた。


「勇者パーティの中ではお前が一番弱いな。言っとくがベルベットは俺より弱いにしろ今のと同じぐらいの殺気は放つぞ。はっきり言って邪魔だ。」


  坂柳は悔しそうに唇を噛み締め、「そんな事は」と言いかけたが、自身の現状を見てなにも言い返せなくなった。


  そんな坂柳を見てか、村瀬がすかさずフォローに入った。


「和馬は精神がまだ子供なのよ。そこは多目に見てちょうだい。それにベルベットの殺気は一度経験してるし、こっちにはヒーラーも居る。なにかと入り用になると思うわ。自分の身は自分で守るから私たちも一緒に連れて行ってほしいわ。」


  村瀬がそう言うとグリザードは、「好きにしろ」とだけ口を開き殺気を解いた。


「話は済んだかい?それで、何処に迎えばいいんだい?」

「そうだな…とりあえず向こうだな」


  ネーヴェはグリザードへと質問すると、北の方面をに指を差した。すると「北ですね。」とちゃっかりさんがここぞとばかりに口を開いた。


  そして、グリザードを筆頭に梓たちと勇者パーティは北へと向かうのだった。



~~~~~~



  グリザードの案内で30分程歩いただろうか。

 

 段々と皆の顔に疲れが見え始めた時、梓たちから少し離れた位置から後を着いてきていた坂柳が痺れを切らしグリザードへと詰め寄った。


「おい、いつになったら着くんだ!?もうだいぶ歩いたぞ!」

「また兄ちゃんか、俺もハッキリとした場所はわかんねぇんだ。魔素を辿って来てるだけだしな。文句があるなら兄ちゃんが案内してくれてもいいんだぜ?」


  グリザードがそう言うと坂柳は何も言い返せないのか、悔しそうに唇を噛みしめ、自分のパーティの元へと戻って行った。


  そんな坂柳を見て梓たちは、懲りない男。と言わんばかりに呆れた視線を向けつつも何事も無かったかのように再度歩き出した。


  更に10分程北へ進むと、急にグリザードが立ち止まり「着いたぞ。」と声を上げた。


  声に反応し皆が顔を上げた。目の前には街一つが丸々その場から消えたかのような大きな窪みが出来ていた。


  皆が驚き、言葉を失った。そんな中一人冷静にネーヴェが「上だ。」と呟いた。


  空を見上げてハッキリとした。消えたのではなく街そのものが空高く浮かび上がっていたのである。


  皆が固唾を呑む中一人。ラ〇ュタはあったんだ。とでも言いたげに梓だけは目を輝かせていた。


  グリザードはそんな梓を見て口の端を吊り上げると「惚れる理由がわかるぜ。」と呟くが、梓はなんこっちゃ?と言わんばかりであった。


「さて、恐らくだがあそこにベルベットと魔王が居るはずだが……問題はどうやって行くかだな。」


  ネーヴェは言った、


「いっその事、あちら側から出向いてくれると助かるんだがね。」


  その言葉を聞いたグリザードがそりゃ名案だと上空の街へ殺気を放った。


  その瞬間、周辺一帯の空気が変わった。木々はゆらゆらと揺れ始め、地面からはわずかに小石などが浮き上がっていた。


  今まで凪の父として接して来た梓たちは改めてグリザードは魔王軍の幹部なのだと思い知らされたのである。


  殺気を放ってから10分程経っただろうか。空からは無数の影がこちらへと向かって来た。


  グリザードの狙い通りと言うわけだ。ベルベットを筆頭に複数の魔物を連れて地上へと降りて来たのだった。


「あら?誰かと思えばグリザードじゃない?殺気を放ったという事は私の魅力は解けちゃったのね?残念だわ…」

「やっぱりてめぇか!危うく息子の嫁を殺す所だったじゃねぇか。クソッタレが!」

「ふふ。それはごめんなさいね。私に魅了されていればいいものを…グリザード。魔王軍に戻りなさい。そしたらその子たちは生かしておいてあげるわ。もちろん貴方の息子もよ。」


  ベルベットはそう言うとグリザードへと手を伸ばし、妙に艶めかしい動きで指を畳んだ。


「ハッ!ふざけろよ。俺は息子の嫁たちに囲まれて幸せな老後を過ごすって決めてんだよ。」

「それは残念だわ。魔王様が死ねば貴方の存在も消えるって分かっているのかしら?」


  ッ……!?


  それを聞いて梓は小さな悲鳴を上げると同時にネーヴェたちに視線を向けるが、彼女たちも分かっていたらしい。ネーヴェはどうしようもないのだよ。と顔を横に振るのだった。


「チッ。んな事分かってんだよ。息子が幸せに暮らす為に命張れるなんて親冥利に尽きるってもんだ。」

「そう……だったらもうなにも言わないわ。今この場で死んでもらうわ。」

「その台詞。そのままそっくり返すぜ。」


  二人はそう言うと同時にこれでもかと殺気を放った。お互いの殺気がぶつかり合うと、バチバチと空間にヒビが入ったかのようにゆがみ始めた。


  勇者パーティは地面へと膝を付き、身体を震わせ。梓たちですら立っているのがやっとであった。


  その瞬間、ベルベットの目が妖しく光を発し、


「さぁ、お前たちは小娘共をやりなさい。」


  命令したと思えば、坂柳と国嶋がゆらりと腰をあげた。


「クソッタレ!!やっぱり足手まといじゃねぇか!!嬢ちゃんたち気合いを入れろ!!ベルベットは俺がやる!そこの二人と魔物たちは頼んだぞ!」


  そう言うとグリザードは背中に背負った剣を構え、その場で飛躍し、ベルベットへと剣を振り上げた。


「それじゃ私たちはこっちをどうにかしようかね。」


  その瞬間ネーヴェから光の粒子が溢れ出し、蒼波そして美蕾が姿をあらわした。


「存分に闘っておいで。」


  神楽、蒼波、美蕾の三人は魔物たちへと魔法を放ち始める。そして、ネーヴェは坂柳たちへと視線を向け溜息混じりに呟いた。




「殺してはいけないとは難儀なものだね…。」





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