─四天王 ゾムーグァ2─
「随分と身軽じゃねぇか。」
「残念だったな。てゆうか魔王の側近もこの程度か…不意打ちでもしないと勝てないのか、よ。」
今度は俺の番。と言わんばかりに凪はゾムーグァへと突進して行き、下からすくい上げるような逆袈裟斬りを繰り出した。
ゾムーグァは鱗のついた腕でガードをするが、予想以上の力に腕が浮き上がってしまう。
凪はがら空きになったゾムーグァの胴へと横なぎを走らせた。
「グァァっ!!」
「どうした?やっぱりこの程度か?期待外れだな。」
「なんだとっ!!」
ゾムーグァは額にこれでもかと青筋を伸ばし、大地を蹴った。と思ったら急接近してきた。
ほぼゼロ距離まで詰めてきて、鋭い爪から浴びせられる凄まじい連撃。凪は堪らず後退するが、ゾムーグァはすぐさま追いかけ間合いに入ってくる。
「甘いッ。」
凪は間合いに入ってきたゾムーグァへとカウンターを放つが、ゾムーグァは凪の放ったカウンターをモロに食らいながらも、間合いを取ればすかさず追い縋って来る。リスクも何もかもすっ飛ばし猛然と喰らいついてくる様はまさに野生の獣である。
「チッ。しつ、けぇんだよ!」
凪は攻撃を一身に浴びながら、一歩もひかない。 嵐のような連撃の中、絹糸のような細い筋を繋げ── ゾムーグァの腕を掴んだ。
「ふっ…ははっ、捕まえたぞ」
凪は刀へとあらん限りの気合いを込める。
「喰らいやがれッ、゛光刃閃舞 ゛!!」
利き手を凪に捕まれ、逃げる事ができないゾムーグァへと、何十条もの斬撃が降り注いだ。
これには堪らずゾムーグァも距離を取ろうとするが、身動きが取れず降り注いだ斬撃をその身に受けるのであった。
砂埃が上がり、煙が晴れると身体中から血を流したゾムーグァがその場に倒れていた。
凪はいつの間にかその場を離れており、様子を伺っている。
「ぐ…ッ。くそ…やるじゃねぇか。」
ゾムーグァはなんとか立膝を付くが、傷が酷くうまく立ち上がることができないようだ。
「ハッ!お前も中々しぶといな。」
二人は視線を交え目を逸らす事なくお互いを見据えていた。
そんな時、それは急に声を発した。
「はぁ。退屈だなぁ。君は弱いねゾムーグァ。」
アリシアの声色でイドラフォルはそう言うと、ズンッと殺気が溢れ出した。
そして、「もういいよ。」とセリフを吐いたと思えば、ゾムーグァの目の前に次元の裂け目が現れ、それはブラックホールのようにゾムーグァを吸い込みその場から姿を消した。
「な、なにをした…」
「いやぁ少し退屈だったからね。今頃は次元の狭間を彷徨ってるんじゃないかな?」
「なんだと、仲間だったんじゃないのか!」
「仲間…?ふふふ。あーはははは。」
イドラフォルは一頻り笑うと話を続けた。
「僕を顕現させてくれた事には感謝はするけど、仲間なんてもんではないよ。」
「あぁそうかよ!じゃあお前もさっさと死ねやぁ!!」
凪はアリシアの体を傷付ける事に対してゾムーグァをあっさりと切り捨てたイドラフォルに対しての怒りが上回っていた。
地面を蹴り上げスピードを刀に乗せ、思い切り打ち込んだ── が、またもや刀は受け止められてしまう。
今度は誰かによってではなく。イドラフォル本人の手によって防がれていた。
「なッ…!?」
「所詮は人。僕に効くわけないじゃん。」
チッ。神威を使うか…
゛凪。神威の発動は3分が限界です。それ以上は体が持ちません。今使うのは得策ではありません。゛
凪は一度後退しイドラフォルと距離をとる。
「あれ?もう終わりかな?じゃあ僕の番だね。」
そう言うと指をパチン。と弾いた。
その刹那── 凪の体は地面へと叩きつけられた。
「くッ……」
凪は短い苦悶をあげながら、地に突っ伏した。
まるで見えない手に押し付けられるような──否、正確に言うならば、自分の体重が何十倍にも膨れ上がるような感覚。
筋力の限界を超え、姿勢を保つことができない。
「重力魔法を味わうは初めてかい?」
「くっ…」
重力魔法…通りで体が重いわけだ。 くそ…厄介だな…。
「んー。これじゃあつまらないね。」
イドラフォルはそう言うともう一度指を弾いた。その瞬間、凪の体がフッ。と軽くなった。
チッ。遊んでやがる…
゛凪、大丈夫ですか?しかし…顕現したばかりであの強さですか…゛
凪は刀を支えにしつつ立ち上がる。
やはり神威を使う以外に有効打は無いって事か…
゛忌々しいですね…しかし、有効打がそれしかない事に変わりはありません。私もサポート致します。゛
「話は終わったかい?」
「あぁ、それじゃあ行くぜ。゛神威解放 ゛」
咆哮の刹那── 周囲の景色が劇的に変化する。
凪の体が金色のオーラに包まれると同時に音が消えた。
「へぇ。君、神威が使えるのか。」
凪は大地をいつもより優しく蹴る。そうでもしないと体が浮き上がってしまう。
一気呵成── 俺は間合いを詰める。
「ッ…!?」
凪はイドラフォルへと荒れ狂う怒濤のように、左右から連撃を与える。
「くっ…さすがに神威を使われると僕でもきついな…」
アリシアの体からは血飛沫があがる。
イドラフォルは再度指をパチン。と弾いた。
しかしそんな事は関係ない。神威を発動した凪にとっては些細なことであった。重力をものともせずそのまま連撃を加え続けた。
「グァァ…くそ………お辞め下さい。勇者様。」
ッ…!?
イドラフォルの雰囲気が急に変わり、凪の攻撃が止まる。
「勇者様。もう邪神は滅びました。剣をお納め下さい。」
そう言い凪へとゆっくり近づいていく。
「……アリシアなのか?」
「はい。この度は助けて頂きありがとうございます。女神様にも感謝を。」
゛ダメです!騙されないで下さい。それはアリシアではありません。゛
その瞬間アリシアの口元が吊りあがり、アリシアが護身用に持ち歩いていた小太刀で凪の腹を突き刺したのであった。
゛凪ッ!!゛
腹に剣先が直撃した── かと思いきや。 凪は気付かぬうちにわずかな隙間に刀を挟み込み直撃を防いでいた。
「……へぇ。よく気が付いたね。」
「お前の顔はどうも胡散臭い。そもそもアリシアはイリスの事を女神様なんて言わねぇんだよ。」
「なるほど…今後の参考にさせてもらおう。」
そう言うとイドラフォルはその場から後ろへ飛び、凪から距離をとった。
凪はすかさず距離を詰め、イドラフォルへと刀を振り下ろした。
「はは、甘い甘い。攻撃があまりにも単調すぎるね。」
イドラフォルは軽々と凪が振り下ろした刀を避けるが……瞬然── 刀の軌跡が不規則に、そして鋭角に曲がった。
「甘いのはてめぇだ!!」
さすがのイドラフォルも避ける事ができず、肩から腹へ斬り下げられ血飛沫をあげた。
アリシアの体からは斬られた事により、衣類は真っ赤に染まり小ぶりな乳房と
「……やる、じゃないか。普通の人間なら重症だよ?」
イドラフォルは「ほら」と、服をめくり傷口を凪たちへと見せた。
ち……っ。
おい、ピンピンしてやがるぞ!そもそもホントにアリシアは大丈夫なんだろうな?
凪はイリスへと脳内で語り掛ける。
゛えぇ、アリシアの体は治せますので安心して下さい。イドラフォルも精神だけ乗り移っているだけに過ぎません。大丈夫です。余裕ぶっていますが、神威を乗せた斬撃です。かなりダメージが入ってるはずです。゛
そうか、ならこのまま一気に攻め落とす!!
凪が地面を蹴り上げた瞬間──
゛よけて!!゛
「゛裁きの天雷 ゛」
イリスの金切り声が頭に響くと同時に凪へと一直線に雷が落ち轟音を轟かせた。
゛ッ…!?凪!!しっかりして下さい ゛
雷は凪に直撃し、プスプスと煙をあげ周辺は焼け焦げていた。
「おっと。この子のスキルは中々に強烈だね。」
イドラフォルはクスクス。とその可愛らしい声で笑っていた。
イリスは何度も凪の名前を呼ぶが返事はなかった。
アリシアのスキルは魔族に対して特攻スキルではあるが、人に対して無害という訳ではない。雷を落とすという事は人に対しても同じ意味を持っていた。
凪はその場で立ち尽くし、白目を向いていた。
イリスは武装化を解き凪へと駆け寄った。
「凪っ!!今治療します!」
凪を横に寝かしイリスは魔法陣を展開し回復魔法をかけ始める。
「君もそんな顔するんだね。女神イリス。」
イドラフォルは退屈そうに王座に座り、そうイリスへと話し掛けた。
「くっ。イドラフォル…なぜアリシアのスキルを。」
イリスは治療をしながらイドラフォルへと疑問をなげかける。
「そりゃあもちろん、これはアリシアの体だしね。使えるのも不思議じゃないでしょ?この膨大な魔力。なんなら他のスキルや魔法。なんでも使えるよ。」
「そんな……。ここまで力が戻っているとは…」
イリスは言いようのない絶望に胸をさいなまれていた。
「それ、もう使い物にならないんじゃないかな?新しいのを探してきたら?」
イドラフォルは嘲笑うかのように言葉を吐く。
「き、貴様ァァァ!!」
イリスは額に青筋を伸ばし、目尻を釣り上げ、全身からは電気をパチパチと発しているかのように怒りを露わにした。
「い、りす……。」
「ッ…!?凪!!目が覚めたのね!よかった。」
凪が目を覚まし手のひらをイリスの頬へと持っていき声を発した。
「あーあ。目覚めちゃったのか!残念。」
イドラフォルは言葉とは裏腹に、子供が新しいおもちゃを与えられた時のように、喜びを頬に浮かべていた。
「イリス…悪いな。世話かけた。」
「凪ッ!まだ動いてはダメです!」
凪はイリスを押しのけ立ち上がり、「武装化しろ」と、命令した。
イリスは唇を噛み締めつつ、「わかり、ました」と呟き、光の粒子へと変わり凪の両手に収まる。
「待たせて悪かったな…」
「はは。全然いいよ。何度でも待ってあげるよ。君が死ぬまで、ね。」
凪は再度、神威を解放させる。
凪の体が金色のオーラに包まれると同時に音が消える。
゛……凪っ!!心拍数が限界を超えている、神威の連発は無理です!! ゛
そんな事はわかっている。
凪の体からはプシュ、プシュっと傷口から血が飛び身体中悲鳴をあげていた。
「それでもだァ!」
凪の体からは異様なまで高まった憎悪と殺気が溢れていた。
凪は叫ぶと同時に地面を蹴り上げると同時に凄まじい連撃を繰り出しイドラフォルが間合いに入る事を許さない。
その間も随時凪の身体からは血飛沫を上げ続けていた。
「あははは!楽しいね!こんなに楽しいのはいつぶりだろうか!」
イドラフォルは笑いながら凪の攻撃をいとも簡単に捌いていた。
「くそ!!なんで当たらねぇんだ!!」
また負けるのか?女の子一人ですら救えないのか?なぜ俺はこんなにも弱い。
凪は一人心の中で葛藤していた。
゛凪!貴方は弱くありません。自分を信じて下さい。イドラフォルの闇に呑まれます! ゛
「グッ……!クソクソクソ!!!」
イリスが落ち着かせようと声を掛けるが凪は聞く耳を持たずに刀を振り回す。
「ああ゛!!くそ、がア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」
凪の咆哮が轟いたと思えばその瞬間。凪の右の額から角が生えた。
そして、頭の中からイリスとは別の声が聞こえ─凪の意識はここで途絶えた。
゛くく。この時を待っていたのですよ。山本 凪。 ゛
その瞬間、凪からはドス黒いオーラが溢れんばかりに漏れ出し、顔の右半分には刺青のような物が浮かび上がり、左の眼は赤く右の眼は金色に光っていた。
宙に浮かび、イドラフォルを見下すその姿はヴァンスそのものであった。
「…………。君は誰かな?」
イドラフォルは訝しげな顔をし、尋ね。イリスもまた凪の異様な雰囲気に武装化を解いて見上げていた。
「あぁ、これは失礼致しました。私の名前はヴァンスと申します。以後お見知り置きを。」
「まぁ誰でもいいよ。僕のおもちゃが新しくなっただけだしね。」
イドラフォルはそう言うと指をパチン。と弾いた。
その瞬間ズン。と身体が重くなりイリスは膝をついた。
「ふむ。重力魔法ですか……。お手本を見せましょうかね。」
ヴァンスはイドラフォルの重力魔法をものともせず、同じように指をパチン。と弾いた。
その刹那、イドラフォルの重力魔法の倍以上の圧力がかかり、イリスとイドラフォルは地面へと叩きつけられる。
「ほぉ。彼も中々つよくなったじゃないですか。ここまで力が出せるとは予想外ですね。もしくはこの角のお陰。なのでしょうね。」
「なん、だ、と……僕を押し退けるほどの重力だ、と……。」
「あぁー貴方は確か邪神でしたか?神とは名ばかりで大した事ないですね。ガッカリです。」
ヴァンスはそう言うと何度も何度も腕を払いイドラフォルへと漆黒の刃を飛ばした。
土煙を上げ続け、どれ程そうしていただろうか。ヴァンスの腕の動きが止まり土煙が晴れていく──そこには見るも無惨なアリシアの姿だった。手足はちぎれ血溜まりとなっており、人間だったらまず生きていないであろう状態であった。
いくら女神と言ってもここまで酷い状態だと治すのはかなり時間を要するだろう。
曲がりなりにも相手は神だ。それをいとも簡単に瀕死まで追い込んでしまうその力にイリスは恐怖した。
そして思った。
私は見誤った。彼が精神世界に飼っていたものはこんな恐ろしいものだったのか……
そしてなんてものに助けを求めてしまったのだろう。きっとこの世界はたった一人の人間によって滅ぼされるのだろうと。
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