─再会─


  凪は教室を離れ、まだオークが残っている可能性を考慮し、慎重に二階へ続く階段へ向かった。


  ヌチャ。っと歩く度に足の裏に嫌な感触を感じつつ周囲を警戒しながら足を進めていく。


  階段の上がり口まで辿り着いたが、魔物は見当たらなかった。これならさっきの子達は大丈夫であろうと凪は安堵の表情を浮かべた。


  二階にはオークが何体もいる事を考え、戦いに備えMPを少しでも回復させようと凪は階段に腰を降ろし、神楽に声を掛けた。


「さっきの武装化……確かに強力だが、燃費が悪すぎて今のレベルだと1分持たないんだが、どうにかならないのか?」

「魔力を抑えれば、もう少し武装化を維持できると思います。」

「抑える?」

「はい。先程の凪様は魔力を垂れ流しにした状態でしたので。」


 なるほど。魔力を抑えればいいのか……


「……どおやるんだ?」

「……。ギュッ!って抑えてバンッ!と放出する感じです」


  神楽が身振り手振りで「こうして、こうです!」と教えてくれているのだが……


 うん。全くわからん。


  神楽って割とポンコツなんだな。と思ったのは内緒だ。


  その後は少しくだらない話をしながら30分ほどが経過した。そして、ステータスを確認するとMPも全快していた。


「そろそろ行くか」


  神楽は首を縦に振ると、ピタリと肩が当たるぐらいまで身体を寄せてきた。彼女の香りが漂い、心地よい温もりが感じられた。


「ッ……!?神楽。近い。」

「気のせいです。」

「さいですか…。」


  階段を一段ずつ極力音を立てないように登って行き、階段の踊り場から二階の様子を確認する。


「静かだな……誰も居ないのか?」


  物音ひとつせず、二階の廊下は静まり返っていた。


「……なんだか不気味だな。」

「先に三階の様子も見に行きますか?」


  神楽に促され、「そうするか」と返事をし、更に階段を登って行った。

 

凪が二階の踊り場まで辿り着くと、手作りのバリケードのようなものがあった。机と椅子を何弾も積み重ね、ロープでしっかりと固定されているのが見てわかる。 処々何かが壊そうとしたような跡が残っていたが、それはとても頑丈に作られていた。


「これじゃあ三階に行けないな…壊したら怒られるかな?」


 凪はバリケードを前にして武装化すれば簡単に壊れそうな気がするんだよなぁ。と考え込んでいた。

 

  すると神楽が優しく囁いた。


「壊すのはダメですよ。」

「ですよね……」


  凪はバリケードの前で手に負えない状況に直面しほとほと困ったという風に頭を抱えた。


「凪様一人が通れるくらいに斬ってしまうのはどうでしょう?」

「お、それで行こう!」


  よしっ。神楽!と呼ぼうとしたのだが、既に目の前で早くしろと言わんばかりに手を差し出していた。


 凪は神楽の手を取りキスをした。


 神楽の姿が徐々に光の粒子へと変わり、凪の右手には先程の赤黒い刀があらわれた。


「ッ…!!相変わらずキツイな」


  MPをゴッソリ持っていかれる感覚に襲われながら、先程神楽に教わったようにしてみる。


  抑える……ギュッと…。 


 凪は、 ふぅぅぅ。とゆっくりと息を吐きながら心の中で言葉にした。すると、凪の握っていた刀の刀身が徐々に短くなっていき、20センチほどの小さな刀に変わっていった。


  凪はステータス画面を開きMPを確認した。

────────────────────

山本 凪 17歳 レベル7 人族

HP 70/70 MP 38/60

攻撃  33+50

防御  28+50

素早さ 39+50

運   50

侵食度 8%

スキル 精霊召喚、精霊武装

    -神楽


称号  世界を壊す者

────────────────────


  最初に結構持ってかれたな…


  凪はその場で5分ほどかけて、MPがどれだけ減っているかを確認したが、特に減少しているようには見えなかった。


 よし。これならしばらく維持できそうだな…


  机と椅子でできたバリケードに刀を差し込むとパチッバチパチッ。と音を立てながら、まるで溶接しているかのように見える。凪は慎重に穴をひろげていきながら、額に汗を垂らした。


「ふぅ。こんなもんかね!」


  大人一人分ぐらいの穴を開け終わる。穴の切り口は熱で溶け、椅子と机がしっかりと繋がり崩れる心配はなさそうだ。


  凪は神楽の武装化を解除し穴をくぐると、人型に戻った神楽も凪の後を追って穴をくぐり抜けていった。


「凪様。上手くできた?」

「あぁ、魔力の抑え方も少しだかコツがわかった」

 

  神楽が小首をかしげながら聞いて来るので、ありがとな!と、神楽の頭を優しく撫でると、目を細め幸せそうに微笑んでいた。



  神楽の頭を撫で、満足そうな顔をした凪は、突然気付く。こんな事してる場合ではないと、本来の目的を思い出す。


 撫でていた手を避けた瞬間、神楽は少し寂しそうな表情を浮かべ、凪の方を見つめた。 凪は「先を急ぐぞ」と少し澄ました顔をするが今更である。



  廊下を歩くと、突き当たりにある教室とその隣の教室から漏れる明かりが目に入り、中に誰かいるのではないかと思わせる。


  周囲を警戒しながら、二人は明かりのついた教室に近づいて行き、教室の前で立ち止まり、ドアの小窓からそっと中を覗いた。


  中には、制服を着た女性たちが集まっていた、その制服から、彼女たちがこの学校の生徒であることが一目瞭然だった。


  彼女たちは何人か集まって、何かを話し合っているようだった。


  委員長は……居なそうだな。もしかして地震の後帰ったのか?一応隣の教室も確認しておくか。


  凪は小窓から視線を切り突き当たりの教室へと視線を向けた──その瞬間。



「なにしてるの?」


  ッ……!!!!


  突然背後から声がかかる。


  油断した…。くそっ。どうする…


「もしかして……凪くん?」


  自分の名前を呼ばれ、バッと振り向くといぶかしげな顔をして、こちらを見ている委員長がいた。


  委員長…。やっぱり居たのか…


 責任感の塊みたいなやつだからなぁ。自分だけ帰るなんてしないと思っていたが本当にいやがった…


「ねぇ、凪くんだよね!わぁ。私服姿初めて見たよ!あれ?なんか身長伸びた? それに体もガッチリしてる?ねぇねぇ。」


  委員長いつも真面目で堅苦しい印象だったが、現在は異なる表情を見せていた。顔をにっこりと輝かせながら、本物かどうなのか確認するように、凪の体をぺたぺたと触り出す。


  はぁ。来なければよかった。これは絶対にめんどくさいやつだ。と凪は後悔していた。


「ねぇ聞いてる?もしもーし?」


 委員長は凪の顔の前で手を振り、見えてますか?と言わんばかりの態度をとっている。


「私。無視はよくないと、思うんだよなぁ…!」



  ほら。言わんこっちゃない。



「よぉ!委員長!無事だったんだな。」


  凪は片手を上げて軽く返事をし今までの事をなかった事にしようとしたが、今更であった。


「よぉ!じゃないよ!!なんで最初無視したの!それにその隣の綺麗な女の人は誰なの!!」

「待て待て委員長。そぉ捲し立てないでくれ。順番に説明するから」


  やはりなかった事にはできなかったらしい。凪の胸元をそっとなぞり、怒りを露わにしていた。


 しかし美人てのはどんな顔してても様になるもんだな。怒られてるのはわかるが、美人すぎて恐怖より可愛いが勝ってしまう。


「えーと、地震が起こりました。家帰りました。なんか化物沢山います。委員長は大丈夫かな?と思って今に至るという訳だ。居なけりゃすぐ帰るつもりだった。」

「私?凪くん。私の事心配してくれたの?私の為にこんな所まで来てくれたの?」

「まぁ…結果的にそうなるな。」


  凪がそう言うと委員長はたまらなくうれしいらしく、無邪気そのものに、喜びを全身に満たす様子は、まるで幼い乙女に返ったようだった。


「委員長…少し近い。そして落ち着いてくれ。」

「あ…ごめん。」


  委員長は少し顔を赤らめながら凪から距離をとった。


「ふぅ。そんで俺の隣に居るコイツは俺のスキルで出した精霊」

「凪様の。神楽です。よろしくお願い致します。」


  だから凪様の。ってなんやねん。強調すんな!委員長が誤解するだろ…


「よろしくね。神楽さん!ん…?のってなにかな?」


  ほらぁ…せっかくご機嫌だったのに、勘弁してくれ…


「どーゆぅ事なの凪くん!!」


  俺の襟元を掴みガクガクと揺らされてる中、両手を上げ、どーしたものかと神楽を睨んだ。しかし神楽は、私知りませんよ。とばかりにそっぽを向いてこちらを見ようともしない。


  委員長が騒いだせいで教室からはなんだなんだと、野次馬…いや、女子生徒たちが教室の窓から顔を覗かせていた。


  凪はもぉどおでもいいや。とそのままの状態で時が過ぎるのを待った──



「落ち着いたか?」


  委員長が掴んでいた襟元をサッ。と直しながら声を掛ける。


「う、うん。ごめんね。お恥ずかしい所を……」


 委員長は手を自分の顔の前でパタパタと仰ぎ恥ずかしそうに返事をした。


「で、だ。本題に入るが俺達が居るこの三階だが、ここにはオークやゴブリンはいないのか?」

「オーク?ゴブリン?」

「ブタの化物や緑の小柄な奴だ」


「……あぁー!三階には居ないよ。多分下には沢山いると思うんだけど…。凪君はどうやってここまで来たの?バリケードもあったし、化物も居たでしょ?」

「バリケードに関しては普通に人が通れるぐらいの穴を開けた。オークは一体だけだが倒してきた。」

「えぇー!穴開けちゃったの…?化物入って来ない?」

「あの程度の大きさなら大丈夫だろう。ゴブリンは……通れるかもしれん。すまない。」

「それなら大丈夫!ゴブリンはもぉ居ないはずだから。」

「ん?なぜだ?」

「もちろん、私達が隅々まで探して皆殺しにしましたから。」


  委員長はぶいっ!とピースサインをこちらに向け。どんなもんだと鼻息を荒くしていた。


「そ、そうなんだ。よくゴブリン倒せたね。」

「最初は逃げ回るので精一杯だったんだよ?途中でゴブリンが転んでね、その時に棍棒みたいの落としたからそれを拾って何度も何度も叩いた。そりゃぁもう原型がなくなるぐらいに……そしたら急にレベルアップって声が聞こえて来たの。」


  は?この子ゴブリン撲殺したの…?俺でもまだ倒した事ないのに。こっわ…。


「そしたら力が沸いてきて、えいっ!てやったら透明な壁みたいのが出てきて、ゴブリンたちも近寄れないみたいで、その壁を使って三階まで来て拠点を作ったって感じかな?大まかに話しちゃったけど大丈夫?」

「あぁ。なんとなくだがわかったよ。」

「ただ、ゴブリンが居なくなったと思ったらオークが現れてね……一応私レベル3なんだけど、全然歯が立たなくて逃げてきちゃった。」


  レベル3で歯が立たないとなると、俺も結構ギリギリだったんだな。神楽のお陰で助かったと言うべきか……


「とりあえずオークに関しては最低でもレベル5はないと厳しいと思うぞ。俺も危うく死ぬ所だったしな。ちなみに委員長のスキルはなんなんだ?」

「ねぇ?その委員長ての辞めてくれないかな?名前で呼んでほしいな!凛鳴って。ほら、さんはい♪」

「……瀬戸のスキルはなんなんだ?」

「教えてあげませーん。」


  委員長は拗ねている様子で、頬をリスみたいに膨らまし、そっぽを向いてしまう。


  はぁ。めんどくせぇ…


「凛鳴…スキルを教えてくれ。」

「うんうん。よくできました!私のスキルは鉄壁の戦乙女だよ!結界って言うのかな?一回発動したら壊されるまでずっとそのままで、今もこの三階全域に張り巡らしてあるよ!」

「結界?俺普通に通れたけど…。」

「じゃあ凪くんは私たちの味方って事だね!私の結界は悪意をもった人、魔物は通れないからね。」


  へぇ。結構便利そうなスキルだな。 しかし、戦乙女って……ぷっ…笑うなよ。絶対笑うなよ。堪えろ…


「凪様。お顔がニヤけてますよ。」

「ちょ!?おい、やめろ。バレるだろ…」


「凪くーん?」


  あ、やばい怒ってらっしゃる。さっきまでの明るい態度が嘘みたいに怒ってらっしゃる。


凪は凛鳴の声色に、怒りの色を感じ取った。


「もぉ!!ひどいよ、笑うなんて!私だって戦乙女なんて恥ずかしいんだからね!!」


  凛鳴は怒りながらも、微笑ましい表情を見せていた。


「…ただ、今回は名前を呼んでくれたらお咎め無しにしといてあげます。」


  あっぶねぇ。名前呼んどいてよかったー…


「とりあえずみんなに紹介するから入って!ほら、野次馬してないでみんなも中に入る。」


 凛鳴に言われるがまま俺と神楽は教室に足を進めるのだった。



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