第2話 夏元さんのお返し

 

「平坂くん。隣同士、これからしばらく仲良くしましょうね……ごほっ、ごほ」

 

 入学式も終わり、今日の予定も全て済んだところ隣の春木から改めて挨拶をされた。

 

「大丈夫? 春木さん?」

「気にしないでください、んっんん」

 

 僕もゲームの共通ルートで春木がどう言う状態かは知ってる。まあ、僕がそれを知ってるのはおかしいから。

 

「そう?」

 

 深くは踏み込まないようにしよう。

 隣の席なんだから、お互い適切な距離感というのがあると思う。

 

「けほっ……とにかく、私はこれで」

 

 立ち上がった彼女は周防の方に向かった。幼馴染だから、それが自然だろうと思う。そして今日は二人で帰っていった。

 まあ、初日だしヒロインの動きもこれから活発になってくんじゃないかな。

 

「冬野さん?」

「あ、ごめん。廊下で待ってて」

 

 僕は冬野の言葉に従って廊下で待つことにしようと思い。

 

「────ね、ねえっ!!」

 

 廊下に出た途端、いきなり大きい声で呼びかけられた。

 

「うわぉっ!!?」

 

 思わず飛び跳ねちゃったよ。

 

「な、何かな?」

「ボク、夏元陽毬!」

「う、うん。僕は平坂燿だよ?」

「よろしく、燿くん! あ、それでさ!」

 

 それにしても声が大きい。

 僕は「落ち着いて」と両腕を上から下に動かして、ボリュームを抑えるように伝える。

 

「あ、ごめん」

「それで、夏元さん。どうしたの?」

「あっ、その……本っ当にごめんなさい!」

 

 夏元が勢いよく頭を下げた。

 

「えーと……朝のこと?」

「そう。急いでたからさ。急には止まれなくて。タックルしちゃった」

「あ、あー……良いよ、全然。気にしなくて」

 

 別に大怪我とかもなかったし。

 

「僕の方こそごめん」

 

 あんまり周りに気が向いてなかったかもだし。色々考えてたし。それが原因かもだ。

 

「な、なんかお詫び! お詫びさせてよ!」

「んー……どうしよう」

「ボクにできることなら何でも言って!」

 

 申し訳なさからか目が潤んでる気がする。とは言っても僕がしてほしいことなんて特にないけど。

 それだと向こうも収まりが悪いのか。

 

「……うーん」

 

 どうしたものか、と考え込んでいると背中をツンツンと突かれる。

 

「うん?」

「燿、何してるの?」

 

 あ、準備終わったんだ。

 

「それが朝色々あって」

「朝……?」

「実は派手に転んだのは転んだけど……」

 

 僕が事情を説明すると冬野は夏元の顔をじっと見て「一緒に帰る?」と聞いていた。

 

「え?」

「わたしと燿とあなたで」

「ボクも?」

 

 何でだろう。

 夏元も一緒に帰ることになりそうだけど、何がどうなってるんだ。

 

「その方が燿もしてほしいこと思いつくんじゃない?」

「そう言うこと? ならボクも賛成!」

「道案内よろしく、燿」

 

 どこまでの道案内かを教えてほしい。それに夏元の登校ルートもあるから。

 

「夏元さん……ちなみに家が別方向だったら帰って良いからね?」

「今日はまだ時間あるから全然平気!」

 

 入学式でそもそも午前だけだからね。

 

「燿、お腹すいた」

「そうだね」

 

 確かに今は昼の時間だ。

 学園から出て少し歩いたところ。僕もお腹が空いてきた。家に帰っても家族は仕事中だし。

 

「夏元さん、お昼一緒に食べるってのでどうかな?」

「え? そんなので良いの?」

「良いの良いの。僕としては嬉しい限りだよ」

 

 夏元も冬野もヒロインだし、可愛いから。こうやって二人と一緒にご飯食べれるだけご褒美って物だと思う。

 多少は大目に見て欲しい、周防には。

 夏元も冬野も彼の恋人ではないんだし。

 

「それでどこで食べよっ────────」

 

 僕が聞こうとした瞬間、冬野が食い気味に「マスト……! マストがいい」と答えた。


「あ、うん」


 マストとはこの世界のファミレスである。洋食がメインのそこまで高くないから学生でも入りやすいレストランだ。

 

「マストね。こっから近いし、そうしよう」

「やった。マスト、マスト〜」

 

 冬野が鼻唄を歌う。

 ゲームでも冬野はマストはお気に入りだったね。推しキャラだし、ルートクリア済みだから他のキャラ以上に知ってるんだよね。

 冬野本人を前では出すつもりないけど。キモいだろうし。

 

「ほら…………ん、行こ」

「あ、うん」

 

 冬野が夏元の手を取る。

 名前出てこなかったな。だって自己紹介してないんだもん。

 

「冬野さん、そっちの子は夏元陽毬さんだよ」

「陽毬」

 

 夏元には「夏元さん。彼女は冬野美月さん」と紹介する。

 

「美月さん、よろしく!」

「うん、陽毬。よろしくしてあげてもいい」

「どう言う目線だよ」

 

 思わずツッコミを入れてしまった僕は悪くない。

 

「マストはね、良いよ」

 

 道中、冬野のマストへの愛情が語られる。

 

「サラダも美味しい。お肉も美味しい。ラーメンもある。そのメニューの豊富さが最高だね。週に二、三回は行きたくなるよ」

 

 僕もリアルでファミレスにハマった事がある。ゲームをやって冬野推しの食べていたメニューから、どこかを考察したりして同じ感動を味わおうとしただけなんだけど。

 

「ほら、着いたよ。ここがこの街のマストだよ」

 

 冬野が目を輝かせている……ような気がする。

 

「ほら、入ろ入ろ」

 

 僕の背中が押された。

 

「よいしょ、と」

 

 冬野は夏元の隣に座る。

 僕の正面には美少女二人。嬉しいけど、やっぱちょっと落ち着かない。

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