5発目 異世界での推し
少女に頼み事をされた。
「さっきの強さを見て、私と一緒にその山まで行って欲しいって思ったんです!」
健気な少女は私に旅の同行を申し出た。子犬のような瞳を輝かせて私を上目遣いで見ている。下に弧を描く前髪がお淑やかだ。
「急だね……私なんかでいいの? 初めましてだけど」
こんなに危なっかしい少女に、一応の断りを入れてみる。
「お婆ちゃんから条件として一緒に強い人を護衛として雇って行きなさいって言われてるんです。それだったら旅に行くことを渋々だけど許すって……。その為のお金もあります! けど……冒険者ギルドに居るような男の人達はちょっと怖いなあって思ってて……もう3日もここで足踏みしてる状況で」
ありゃ〜。これはお姉さんという救世主(と書いてメシアと読む)が現れたのは運命だなあ。
てかこの子、誰かの為に冒険をするなんてまんま私じゃん。まあ私は早い話、名を上げられればいいわけだし、こんな美少女を身近に置いておける……ゲフンゲフン……護れるなんて願ったりじゃないか? オタク冥利に尽きるというか。もはやこっちからお願いしますって感じ。眼福。
でもここは一応迷ってる感じ出しとこ。
「うーん、流石に出会ったばかりの女の子の命を預かるのはな〜」
片目を開けてちらりと少女を覗く。
「や、やっぱり駄目ですよね……ごめんなさい、無茶言ってしまって」
すんなり引き下がる少女。
「え!? いやいや! よく考えたら私も西目指してたし、好都合かも! なんちゃって!」
馬鹿みたいに舌が回る。ここでこんな良い物件をみすみす逃してたまるか……!
「じゃあ、いいんですか?」
「もちろん! 大船、いや、豪華客船に乗った気で任せてよ!」
私は自らの胸を叩いた。私のこの子に対するパッションがそうさせた。
「? あ、ありがとうございます!」
少女は勢いよく頭を下げた。それはもう腰を直角に折るくらいに。編んでいるポニーテールがびたんと前方へ倒れる。かわいい。
「あ、でもお金は要らないよ。私もあるし」
「え? でも……」
そんな目で見られるといちいち可愛さに悶絶してしまうからやめてくれ。
「どうせ二人で旅するんだし、困った時に助け合えばいいよ」
これから二人の長い長いハネムーンが始まるんだから……さっ。
「お優しい……」
私の無骨な格闘技無双物語に紅一点、差し色が入ったみたいで嬉しい。冒険にはヒロインがいないとね。ああ、私今、サクセスストーリー歩んでるって実感してます。
「そうだ、お名前なんて言うんだっけ?」
このお婆ちゃん子の名前は生涯私に刻まれる。耳をかっぽじって聞きますよ。
「シーロって言います! よろしくお願いしますねっ、ウルフノマオさん! あっ、えと……ウルさん!」
シーロは首を傾けて笑顔を放つ。さながら太陽光。
「くっ……!」
(BLも百合もイケる私には、この子の笑顔が危険すぎる! 正統派の最高到達点! 薬も過ぎれば毒となる……!!)
ふらつく私。
「大丈夫、ですか?」
堪えろ。なんとしてもこの子と山へ行くんだっ!
「ち、ちなみに、何歳?」
「10歳ですっ!」
満面の笑顔。
「ぐふっ……!」
「ウルさん!?」
シーロがよろめく私を支える。いい匂いがした。こちらを心配するあまり、顔がどこか不安げだ。
(て、天使……! 年齢も二桁いってるんだからいいよね!(何が?))
私の途方もない旅路は、退屈することなく済みそうだ。出会った敵・悪い奴らを悉く倒し、力を誇示し、イゼワームって山で1番の薬草を採る。それが目下の私のやるべきこと。実に単純で明快。シーロとの出会いは天啓だ。この異世界での大いなる邂逅。つまり。
私はこの世界でのゴンゾウを見つけた。
シーロは幼いし、日も沈んでいたので宿を取った。夜食を終え、二人で部屋に戻る。
ずいぶん素直な子で、お腹が膨れると眠くなったみたい。私に時々寄りかかりながら階段を上がった。木造りの宿は壁や床に温かみを感じさせた。私の家もそうなんだけど、この町では石造りの方が多いように見えたので意図的なんだろう。ベッドに座る。シーロは私と違ってそんなに沈まない。体重軽いんだろうなあ。
「いっぱい食べたね。具材ごろごろのスープおいしかったなあ」
シーロとこれから色んなものを共有する。思い出をつくる。その一歩目として夜ご飯を共にしたのはとても楽しい時間だった。そもそも前世では人とご飯を食べることをしなくなって死んだ。だからこそ転生してからの家族の食卓は有意義に思えた。かけがえがなかった。そして今日、家族以外と初めて食事をした。シーロには言えないけど、とっても胸がいっぱいになった。
さっきまで目を虚ろにしていたシーロは途端に話を切り出した。
「お、お昼の闘い、ほんっとうに凄かったです!」
あの決闘をそう何度も思い起こされると照れる。
「それほどでも〜」
「最初から見てたんですけど、初めはやられちゃったのに、後からはもう無敵って感じでしたよね」
シーロは人を褒めるのが上手い。私は簡単に乗せられる。
「後ろの男2人が魔法で援護でもしてたら厄介だったかもだけどね」
私がそう言うと返事が来なかった。私は体の後ろ側で両手をベッドに突き、首の力を抜いて頭を支えずに後ろを見るような形になっていた。疲れが来ていたからだ。シーロの方を見てみると、彼女は私の腕を見ていた。突っ張っているせいで上腕三頭筋が盛り上がっているので、それを見ているのだと分かった。
「よく見ると凄い体ですね……お腹の筋肉も凄い」
シーロはまじまじと、まるで昆虫を見る少年のように釘付けになっていた。私は今、彼女のカブトムシになれている。
「そうね。さっきのサイファーって奴は私の顔と胸とお尻とかしか見てなかったんだろうけど、腹筋とか腕・脚の筋肉は自信あんだよね」
我ながら鏡や池の反射を見て、格闘家のような体になったなあ、と思うことが日々あった。前世で画面越しに見ることの多かった肉体美が自らの元にある。通説通り、自分の体を見るのが好きになっていた。自己肯定感も上がった。毎朝のボディチェックとかは特にしてないけど。
「カッコいい……戦士でもなくて、武器を使わない人でこんな体の女性見たことないです」
戦士。そういう役職なら私みたいな体の女もいるのかな。シーロの言葉に、ふとそう思った。それでも、私は私の自信を損なうことはない。
「私、最強だから」
私はシーロの期待を裏切るようなことはしない。そう誓った。私は私が憧れたヒーローになる為に、この子に憧れられ続ける。
「なんだか興奮して、眠れそうにありません……ふふっ」
シーロはそういって伏し目がちになって私の右肩に頭をこつんと預けてきた。温かみのある重さが感じられる。私は一人っ子だったけど、甥っ子や姪っ子ってこんな感じだったのかな。本来の年齢なら娘くらいだけど、今の年齢ならそういう関係性が1番近い。
「ねねっ。お姉さんが昔話してあげよっか」
私は嬉々として話しかけた。
「昔話?」
子守唄として、読み聞かせとして。睡眠の手助けを出来ればと思った。
「うん。人から聞いた、ある人のお話」
シーロは目を輝かせた。
「聞きたいですっ」
「よしきた。じゃあ……あるところに一人の女の人がいました」
私は見切り発車で話し始める。シーロはこくこく頷いている。きっとお婆ちゃんにもこういう話をされた経験があるのだろう。
「その女の人はすんごい暗くて友達がいませんでした。働き者で、日中は身を粉にして仕事をしていました。一緒に働く人のことがあまり好きではなくて、よく揶揄われたりもしました。他の女の人はチヤホヤされることも多く、不満を抱えてもいました。ご飯を食べるのはいつも独りぼっち。お仕事を効率よく終わらせれば終わらせるほど、課されるものがより多くなりました。不平不満を溜め込み、仕事だけに取り掛かってしまうので、この人なら大丈夫だろうと次から次へと任されてしまうのです」
「大変……かわいそう……」
シーロの憐憫を横に、私は続ける。
「でもこの女の人には文通の友達がいました」
「よ、良かった……!」
かつての友人らを思い浮かべる。実際に数えたことはないけど、そこそこの数はいたように思う。
「なんと10人もいたのです!」
「すごい!」
「それだけがこの人の支えでした。彼や彼女のお手紙を読みながらお酒を飲む。これが日々の楽しみだったのです」
「す、素敵です! 大人の女性だ……」
シーロにとっての大人は案外クラシックなのかもしれない。
キーボードを思い出す。大してゲームもしないのに長時間座りたいが為に買ったゲーミングチェアも、机の上に並べられた空き缶も。
「うん。けれど残念なことにこの人は病で亡くなってしまいます」
「え!」
私は少しだけ笑みを溢した。シーロには多分気づかれていない。
「抵抗すれば助かったかもしれない。僅かでも必死に足掻けば助かったかもしれない。この人は希望や喜び・楽しさより絶望や疲れの方が上回っていた。生に執着がなかった。だからコロッと無抵抗に逝ってしまった」
「そんな……」
私は大好きだったものを思い描いた。いや、今も大好き。推しへの愛はそう簡単に変わらない。不変。
「でもね、人は好きなものがあれば踏ん張れるの。例えばずっと応援したくなる人が現れたり、別に片思いでもいい」
「それって、少し辛そうにも思えますけど……」
シーロはまだ知らないのかもしれない。そんなことは当たり前だ。10年という時間、短くはないけど長くもない。
「ううん。この人はね、死んでしまってからも目に見えない存在になって世界を彷徨ったの。それから“好き”を見つけた」
幽霊と表現して伝わるか分からないのでこういう言い回しにした。
「そして好きはどんどん膨らんで、ついには、この人は生き返るに至ったの!」
「ええ!?」
驚いた顔も可愛い。突拍子もない展開に耐性がないのだ。
「そして新しい生活を始めた。好きに近づく為か、好きを目指す為か。なんにせよ原動力を手に入れたら、人は動ける。動けるようになる」
シーロという存在を前に私は力説した。恥ずかしげもなくこういうことを言えるようになったのは、見た目や実力で傲慢になっていることもそうだが、やはり転生などという半ば長い夢を見ているかのような現状がそうさせているのだろう。18年生きて尚、フワフワとしている。
「だからシーロちゃんも、大切なものや夢中になれるものを見つけたら……まあもう見つけてるかもしれないけど、それがあれば! 絶対に大丈夫だから」
「ウルさん……」
「誰にも負けない、最強になれる。無敵になれる。……ねっ」
ゴンゾウはどんな時だって諦めない。なぎさもビーデルも、女を言い訳に折れたりしない。
「……はい! 私も頑張らなきゃ。お婆ちゃんの為にも、絶対に辿り着いて薬草を見つけます!」
「その意気!」
かえってシーロを焚き付けてしまい、その後も眠れずに2人で夜更かしをしてしまった。
ガールズトークに耽った。そこまで深い話はまだ出来なかったけど、世間話に花を咲かせれたことが嬉しかった。1時間くらいしてから泥のように眠り込んだ。
夢にかつての両親が出てきた。記憶の中の2人は全く変わっていなかった。
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