第23話 「一度でも自発的に言った?」
幸せにできなくてごめんなさい。それを聞いて俺はふと去年の七夕のことを思い出す。
「そうか、未来の俺はかつて短冊に書いたことを気にし続けてたんだな」
美玲は何も言わない。代わりに話を続けてというジェスチャーを出してきた。
「この前去年の七夕に時間移動したよな。その当時の俺たちが短冊に書いたことを思い出した。俺が書いたのは好きな人を幸せにできますように。あなたは好きな人と一緒にいられますようにって書いた。未来の俺はあなたのことを幸せにできるかどうかを考えていたんじゃないのか? それができないかもって思い詰めた結果、居なくなってしまったんじゃないか?」
俺がこう言うと美玲は頬杖をついてこっちの方を向いてきた。
「……さすがね。未来の私も同じ推測を立てていたわ。それが本当にそうなのかは本人に確かめないとだけど」
「まあ、そうだな。でも、居場所がわからないんだろう」
「そうよ。私が行った日付は樹と同じ二〇二八年十二月二十四日。その時点での君の居場所はわからないわ」
「だよな……」
俺と美玲はそこで一旦話すのを止めた。お互いにしばらく黙り込んでしまった。まだ肝心なことが聞けていないのに。だから俺は静寂を破って声を出した。
「それで、美玲は未来の自分から事情を聞いた後でどうしようと思ったんだ?」
美玲は一瞬だけ目を合わせてそれから逸らした。
「話を聞いた後で私はひとまず、元の時間へと帰ったわ。それから二週間くらいどうしようってずっと考えていた。未来で君が失踪してしまったのは、私のせいも有るんじゃないかってそんなことを思ってしまった」
「えっ。そんなことはないんじゃないか。居なくなったのは十中八九俺自身の問題だろうきっと。だからそんなに悩まなくても……」
「そう、その通りよ。でもね、辛くなってしまった。君が居なくなってしまうという未来ならば、今ここで別れた方が良いんじゃないかって」
「……」
俺は何も言えない。自分たちの未来がうまくいかなかったと聞いたら確かにそう思ってしまう。俺だって同じ立場に立ったらそう感じていたかもしれない。
「それで悩んでた最中にこの前の文化祭になってしまった。その最中も悩んでた。文化祭で読書サークルで手伝いをしている最中に健太、演劇部はどこだって聞いてきたお客さん相手にあたふたしていたでしょ」
この前の土日で行われた今年の文化祭でも読書サークルは出展していた。内容は去年に引き続き朗読劇だった。そんな中で「ここは演劇部じゃないのか? 演劇部はどこだ」と急に訊ねてきたお客さんがいた。かなり怒っているような感じで聞かれたので俺や他のメンバーはかなり慌てた。俺があたふたしている間に演劇部の出展場所はすぐに見つかり、お客さんに伝えたところすぐにそっちの方へと向かって行った。正直言ってあれはかなり疲れた。
「その様子を見て腹を決めたわ。私は君と別れるって」
「どうしてそうなるんだ?」
「そうね。結局のところ、理由はきっかけさえあれば何でもよかったのよ。そう言う意味ではもう腹は決まっていたのかもね」
「そう聞くと、そうだな……」
「それに、元から健太は臆病だって思ってた」
「臆病」
「そう。君、この一年間、私たちにとって大事なタイミングで私に好きとか、愛しているとか一度でも自分から自発的に言った? 言ってないよね? そういうところ。大事なことは怖くて言えないその臆病さ。私は健太の優しいところとか良いところはちゃんと見ていたつもりだし、認めてる! でもね、そういう臆病なところは嫌だった!」
美玲はいつの間にか立ち上がっていた。周りにいた人たちが俺と美玲の方を見つめている。周りを見回した美玲は申し訳なさそうに座り直した。周囲の人たちもすぐに元通りになった。俺は頭を抱えた。美玲の言う通りだ。俺は大事な場面で自発的に彼女への好きの言葉を全く言っていない。彼女の顔は怖くて見れない。
「……俺は確かにそうだな。あなたにに好きとか、愛しているとか一回でも言えばよかった。それくらいの勇気を出しておけばよかった。でも、それならちゃんとそう言ってくれよ。この臆病さをなんとかしたらって言えばよかったじゃないか」
「私だって、今更になってそう思うわ。ちゃんと私の方から勇気出しなよとか言えば良かった。だけどね、言えなかった。君がどんな反応をするのか怖くて何も言えなかった。言う機会はいくらでもあったのに。そう言う意味では私も臆病だった……」
俺たちは今更言っても仕方のないことを言いあってしまった。俺は何も言えないし美玲の顔を見るのも怖い。美玲が続きを話し出す。
「それから私は過去に遡って私たちの出会いを無かったことにしたくなっちゃった。未来であんな辛い結末が待っているならば、私たちは出会い方が良かったんじゃないかって。車掌から聞いて過去の事を無かったことにしようとしても、結局は自分たちの過去は変わらないって聞いたけど、それでも実行したくなった。そうしないと私の気が気が済まないと思ったからよ」
「それで、ああなったんだな」
「そう。十日の夜に決意を固めた。やってやるぞって。それで十一日の昼に君をここに呼び出して振った。それからその日の夕方に過去行きの切符を手に入れて、それからバイトに行ったわ。バイトで何も考えずに働くのは重たい心を紛らわすには丁度良かったわ。バイトが終わった夜中にときの駅に行って二〇二三年五月へ向かったわ」
「そこから、俺が切符を拾ったことをきっかけに追いかけてきたと……」
「そうなるわね。そこからは君も知っている通りよ。以上、これが一連の出来事の全体像よ」
「そうか……」
それから数分間、俺と美玲は何も話さなかった。俺はすっきりはしないが一旦起きた事実を受け入れることにした。俺は周りを見渡す。周りのテーブルに座る学生たちは楽しそうだ。幸せそうでもある。俺に本当の意味で幸せな日々は訪れるのだろうか。俺の表情はきっと曇ったままだ。俺はようやく美玲の表情を見た。どうやら美玲も依然表情が曇ったままである。美玲は俺の視線に気づいたようだった。すると何かを決意したような顔をするとこう言った。
「ああ、すっきりしないわ。ねえ、今度は一緒に未来へ行きましょう?」
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