第22話 「頼まれていることを話さなきゃ」

 二〇二四年十一月十四日。気がつけば朝になってしまった。授業まで時間があまりない。俺は急いで支度をして大学に向かう。朝ご飯は抜きになってしまった。授業を受けた後で美玲に話を聞かなければならない。


 どうにか授業開始に間に合って俺は授業を受けた。内容はあんまり頭に入って来なかった。授業終わりの昼休み。俺は彼女を探した。それから十分くらいで彼女は見つかった。人がまばらな食堂で一人昼ご飯を食べている。食べているのはどうやらラーメンのようだ。だが、俺は食堂の入り口近くに突っ立ったままで五分近く、彼女にどう話しかけたらいいのかで悩んでいる。いざ、肝心なことを聞こうにも一体どう聞けばいいんだ。


 そうしていると麺を口に運んでいる美玲と目が合ってしまった。すると彼女は手招きをした。どうやら、こっちまで来いという感じだった。俺は美玲のそばまで近寄ると彼女から椅子に座りなさいよという具合で椅子を指し示された。俺はそれに座った。美玲は俺の予想通り醤油ラーメンを食べていた。もうすぐ食べ終わりそうな状態だった。


「ひとまずは、自分のご飯を買ってきなさい。話があるけど、まずはご飯を食べてからよ」

 開口一番にご飯の心配をされた。今日は朝から何も食べていないのでそう言われてありがたかった。

「わかった」


 俺は食堂の券売機に並んでいつも食べている醤油ラーメンの食券を発券した。すぐにそれを食堂のおばさんに渡す。ラーメンはすぐにできあがった。お盆に載ったラーメンを俺は美玲の正面に置いた。それから俺も席に座った。彼女が食べていた醤油ラーメンの容器は既に空だった。俺は急いで醬油ラーメンを食べる。そうしている間、美玲は俺の様子をちょくちょく見てきた。気になったので俺は美玲に聞いた。


「どうした?」

「いや、またいつものラーメン食べているなと思って」

「そういう、あなたもな」

 美玲も食堂に来た時はいつも醤油ラーメンを頼んでいる。俺たちは食の趣味は一致していた。

「そうね」

 彼女は少しだけ微笑んだ。


 俺はスープを飲み干して杯を置く。

「ごちそうさまでした」

 俺は水を一口飲んだ。それを終えると美玲はようやく話し始めた。

「昨晩、樹くんから連絡があったわ。樹くん、全てを話したみたいね」

「ああ、あいつが知っていることは全て聞いたよ。未来で居なくなったんだな、俺」


 美玲の顔がやや引き攣った。

「そうよ。未来の君、失踪したのよ。まあ、その事は一旦置いておいて、樹くんから頼まれていることを話さなきゃ」

「頼まれていること?」

「そうよ。君に私が知っている限りのこととなぜ過去を無かったことにしようとしたのかを教えてあげてって昨晩頼まれたの。健太のためにもって……」


 おもいがけない話だった。まさか、樹の方から美玲に頼んでいたとは。ありがとう樹。

「わかった。じゃあ聞かせてもらう。あなたが知っている限りのこと。それから、なぜ過去を無かったことにしようとしたのかを」

「ええ、じゃあ始めましょう」

 彼女はコップで水を一杯飲んだ。それをゆっくりと置いた。


「まず、私は本島先輩の話を聞いた後でふと思ってしまったの。未来の私と健太はどんな様子なんだろうかって」

「それはどうしてそんなことを思ったんだ?」


「それは後で話すわ。とにかくそんなことをちょくちょく考えてしまっていた十月二十日の夜。バイト終わりの帰り道でその日はたまにはいつもと違う道で帰ろうって思ったの。そうしたら、聞かされていたときの駅を見つけてしまった」

「それでどうしたんだ」


「私はしばらく立ち尽くしたわ。本当に存在していたんだっていう衝撃といざ現実にあるとわかってどうしたらいいのかわからないっていう感じだったと思う。そうしていたら駅舎から見慣れた顔の男が現れた」

「樹だな」


「そうよ。樹がぐったりした顔で現れたの。私はどういうことかさっぱりわからなかったけど、彼はきっと時間を移動して戻ってきた直後なのねと思った」

「で、聞いたんだな。どこの時間に行ってきたのかって」

「うん。そしたら樹、怒ったようにこう言った。健太が未来で失踪したって」


 美玲はそこで話を一旦止めた。コップで水の飲む。それから俺の方を一瞬だけ見つめてから話は再開された。

「それを聞いて私も驚いたわ。どういうことってその場で樹を責めたりもした。私たちはかなり取り乱したわ。樹くんからしたら親友が、私からしたら恋人が未来で居なくなってるってどういうことって。私は樹くんから彼が見聞きしたことを全て聞いた後、その足で向かったの。今から四年後の二〇二八年へ」

「……既に行ってきてたのか未来へ」


 俺はそこでようやく気づいた。時間鉄道に二人で乗っていた時に「四度目なのに慣れないわね……」と彼女が言ったことがあった。それは未来への往復分も含めての四回目という発言だったようだ。


「ええ。未来に到着してから私は樹くんから聞いていた未来の私と健太の家に向かったわ。そこで私は未来の自分に直接会って事情を確かめたかった」

「それで、会えたのか? 未来の自分自身に」

「……会えたわ。未来の私、かなり弱ってた。急に大事な人が居なくなってどうしたらいいのかわからないっていう具合だった。より正確に言えば、悲しんでいる感じだった」

「……」


 俺は何も言葉がでなかった。この前すれ違った未来の美玲は確かに弱っているように見えた。あれは無理をしていたのではないだろうか。

「それで、未来の美玲はこれからどうするとか言っていたか?」

「いや、何にも聞いていないわ。君から時の切符を拾った時の話を聞いてはじめて、ああ、未来の私も何かのために動いているんだなって気づいた。それ以上は現在の私にはわからないわ」


「そうか……」

「未来の私から沢山聞いたわ。二人で過ごした楽しかった思い出の数々を。それから、居なくなった日の朝のことも」

「それらは具体的にどんなことだったんだ?」

「私の口からはあまり言いたくはないわね。恥ずかしい。それにこれは今話していることの本題じゃないし」

「それはごめん」


「いいのよ。話を戻すけど未来の私から見せてもらったの。未来の健太が私に残した置き手紙を」

 未来の俺が残した置き手紙。一体どんなことが書かれていたのか。俺は意を決して聞くことにした。

「そうか。聞くのは怖いが、それは一体どんな内容だったんだ」


 美玲は答えるのを一瞬ためらったようだった。それから、ため息を吐いてこう答えた。

「……それなりに長い手紙だったけど、肝心な部分はこういう内容だった。あなたを幸せにできなくてごめんなさいって。それがきっと、未来の君が置き手紙で伝えたかったことよ」

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