第5話:リリスの温泉大騒動(2)

リリスは先ほどの打ち合わせ通り、先に入浴することになった。水に濡れたら透けてしまいそうなほどぺらぺらに薄くて頼りなげな布切れを身にまとい、広々とした浴場に足を踏み入れると、湯気がもうもうと立ち込め、静かで心地よい空気が漂っていた。そこにはすでに先客の姿がちらほら見えた。そこにいたのは、見事に男性客ばかりだった。


リリスが湯船に入る前に体を流していると、背中越しに彼らの視線が突き刺さっているのがわかり、彼女の体が熱くなる。リリスはそんなことに気付かないふりをして、湯の中に体を沈め、ひとりほっとため息をついた。


(はあ、いい気持ち……。)


しかし、一息ついたのも束の間、リリスの周囲にぽつぽつと男性客が集まり始めた。最初は気にしないようにしていたが、やがて、明らかに彼女をじっと見つめる視線が増えてきた。リリスはタオルを押さえつつ、困惑して周囲を見回した。彼らの性的な好奇心が精魂となり、自分に流れ込んでくるのをリリスは感じていた。


「隣、いいかな。」


気づくと、一人の男性がすぐ横に座り、その手がリリスの太ももに触れようとしていた。彼のじっとりとした視線が肌に絡みつくのを感じ、リリスは思わず縮こまるが、次々に近づく男性たちの視線は強烈で、逃げ場がない。


「ねえ、こんな危ない場所に場所に一人で来たの?」


男性客はねっとりとリリスの耳元で「もしかして、”危ないこと”に期待してる?」と意地悪く囁く。そして、手の甲でそっとリリスの太ももを撫でた。


「だいぶリラックスしてきたみたいだね。」


「だらしなく口開けてるよ。エッロ。」


周囲の男性客たちはリリスに夢中だった。リリスには絶え間なく彼らの精魂が注ぎ込まれており、リリスは既に満腹だった。未熟なサキュバスであるリリスは、無限に注ぎ込まれる精魂を遮断する術を知らなかった。


(うう、色んな味が混ざって変な感じ。もう、苦しい……)


リリスはのぼせたようなめまいを起こし、隣にいる男性客にもたれかかるような形になった。男性客は口笛を吹き、リリスの肩に手を回した。


その時、浴室の入り口から冷静な男の声が響いた。


「すみませんね、連れが迷惑をかけたみたいで。」


リリスが目を向けると、エリオットが険しい顔でこちらに近づいてきた。その一言には妙な迫力が込められており、その場の空気が一瞬で凍りつく。エリオットの冷たい視線が男性たちを刺すように一瞥すると、彼らは何も言わずに次々と散っていった。


「エリオット……」


リリスはまるで救いの手が差し伸べられたかのように、しおらしい表情でエリオットを見上げる。


ほっとしたリリスは、安堵のあまり、ぼんやりとしまりのない表情でエリオットを見上げた。彼はため息をつきながらも「全く、ろくでもないことに巻き込まれやがって。」とぼやきつつ、ほっとした表情を浮かべている。


「全く。全然出てこねえと思ったら、何してんだよ。」


「ご、ごめんなさい。怒らないで。」


「別に、怒ってるわけじゃねえよ。」


エリオットは「別々に入ろう」と提案したことに罪悪感を抱えているのか、リリスに視線を合わせず、彼女と少し離れたところで静かに湯に浸かった。


気付けば、浴室には二人きりだった。リリスは気恥ずかしそうに湯船につかるエリオットを見て、小さな悪戯心を抑えきれずにエリオットに少しだけ近づいた。


「あたしのこと、守ってくれたんだ?」


リリスが甘い声で囁くと、エリオットは顔を逸らしながらも「……勘違いするなよ。」と小声で返す。そのそっけなさに、リリスは思わず笑みがこぼれた。


二人が気まずい沈黙を保っていると、突然「おーい、遅れてすまん!」とタイラーが勢いよく浴場に入ってきた。リリスとエリオットが微妙な距離を保っているのをまるで気にすることなく、湯に浸かりながら声を上げる。


「やっぱり温泉は最高だな!エリオットも楽しんでるか?リリー、せっかくだからもっとこっち来なよ!」


「うん!」


リリスはタイラーを挟んでエリオットの横顔を眺めていた。その横顔はいつものように険しかったが、わずかに恥じらいや動揺が見えた気がして、どうしようもなく可愛かった。


——————————


「いやー、やっぱり裸の付き合いはいいな!」


温泉でリフレッシュしたタイラーは、爽快な声を上げた。


リリスも「二人のおかげで楽しかった!」と無邪気な笑顔を見せる。


「そうだろ?なあ、エル、やっぱりリリーも来て正解だったじゃないか。」


エリオットはそっけなく「どうだか。」とつぶやきつつ、わずかにほころぶ口元を隠せないでいた。


「そうだ、この辺に美味しいジビエ料理の店があるらしいんだが、寄ってかないか?」


ふと、タイラーが思いついた名案に、リリスは元気な声で答えた。


「いいねー、賛成!あたし、お腹すいた!」


「……任せる。」


「よし、決まりだな!」


2人の返事を聞くと、タイラーは楽しげに笑ってルートを変更した。タイラーはハンドルを握りなおすと、助手席のエリオットに指示を出す。


「それじゃ、店の名前を伝えるから、ナビは頼むよ。」


「ああ。」


エリオットがスマホでナビをセットしようとすると、リリスから「さっきはありがとう!」というメッセージが届いていたことに気付いた。エリオットが彼女をちらりと見ると、リリスは軽くウインクしてほほ笑んでいた。


エリオットはその視線から目をそらしつつ、そっと小さく「世話の焼ける……」と呟くのだった。


◇・◇・◇・◇・◇・◇・

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