第4話:リリスの温泉大騒動(1)
「うーん。」
リリスはタイラーの家のソファでスマートフォンを片手に唸っていた。
(エリオットが健康的に生きるには、私が吸っても大丈夫なくらいのエネルギーを増やさなきゃいけないから……)
リリスは頭を回転させながら、独自の数式で彼女なりの計算を立てていた。
(そもそも、生命エネルギーってどう増やしたらいいの?)
リリスはスマートフォンの検索画面で「生命エネルギー 増やす」と検索して画面をスクロールした。めぼしいホームページを見つけて開いてみると、食事や運動に関するアドバイスや、日光を浴びる、入浴や岩盤浴で血行を良くするというアイディアが書かれていた。
「なるほどね。」
リリスはその中からいくつかの情報をピックアップして、机に広げた手帳に記入していく。その中から、働きながら、なおかつ都会でも実践できるアイディアをまとめて、リリスは独自に企画を練っていた。
「それにしても、温泉ってなんだろ?普通のお風呂となんか違うのかな?」
リリスが休憩がてらキッチンにジュースを取りに行くと、タイラーが何やらクローゼットを漁っているのが見えた。
「あれ、タイラーどこか行くの?」
「明日、エルと温泉に行くことにしてたんだ。言ってなかったっけ?」
「えー、聞いてないよ!あたしも行きたい!」
リリスは目をうるませ、期待に満ちた顔でタイラーをじっと見つめた。タイラーは「うーん」としばらく唸っていたが、とうとう視線に根負けし、少しだけ笑ってリリスの頭を撫でた。
「まあ、リリスも最近がんばってくれてるからな!」
——————————
翌日、エリオットは車の助手席で腕を組んでふてくされていた。隣には平然とした顔でハンドルを握るタイラーがいた。
「で、なんでこいつがいるんだよ。」
「いやあ、服を選んでるとこ見つかっちゃってさ」とタイラーは肩をすくめ、リリスを振り返った。
「えへへー!温泉楽しみ!」
リリスは大きく笑い、はしゃいでいる。
「せっかくの休日が台無しだ……」
「まあまあ、そんなこと言わずに楽しもうぜ!」
「おーっ!」
エリオットはため息をつき、車窓の外をむっつりと見つめるのだった。
山の中でしばらく車を走らせると、目的の温泉地に到着した。その建物は歴史を感じるもののきれいに整備されていて、隠れ家的な落ち着きがあった。
「おっふろ♪おっふろ♪おっきいおっふろ♪」
リリスは魔界にはない文化の温泉を前にテンションが上がっていた。
「それじゃあ、受付を済ませたら1時間後にロビーに集合でどうかな。」
「いいんじゃねえの。」
タイラーの提案に、エリオットは静かに頷いた。
「ほらリリー、おいで。」
タイラーは子供のようにはしゃぐリリスの手を取って、温泉施設のドアをくぐった。エリオットも静かにその後を追う。
「いらっしゃいませ。」
受付には物腰柔らかな年配の女性が座っていた。
「3名様ですね。先払いになりますので、ご準備をお願いします。」
女性はそう言うとカウンターの下からタオルや館内着が入ったメッシュバッグを取り出し、てきぱきとお金を受け取った。
「それでは、当館について簡単に説明いたします。」
「お願いします。」
「当館は混浴温泉になっております。」
「ん?」
突然の「混浴」という言葉に、エリオットの表情が凍りついた。
「脱衣所は男女で分かれています。当館のバッグに入っているタオルのみ、着用可です。」
「はわ……」
リリスがバッグからタオルを出してみると、それは薄っぺらいフェイスタオルサイズのものだった。
「脱衣所にバスタオルがございますが、そちらは浴室に持ち込まないようにお願いしますね。何かご質問はございますでしょうか。」
「大丈夫です。ありがとうございます。」
タイラーはいつも通りのさわやかな笑顔で答えた。
「それでは、どうぞごゆるりとお過ごしください。」
受付の女性はそう言うと、奥に引っ込んでいった。残された3人には沈黙が流れるが、それを破ったのはタイラーだった。
「それじゃ、入ろうか!」
「おい待て!」
エリオットは苛立ちを隠せず、静かに湯船へ向かおうとするタイラーをつかんで振り向かせた。
「混浴?!聞いてないぞ!」
「オレも今知ったよ。いやあ、びっくりだ!」
タイラーは飄々とした顔で笑い、リリスも「なんだかワクワクしてきた!」と大はしゃぎだ。エリオットは激昂してリリスを指差し、「こいつと一緒に入るってのが、そもそもありえないだろ!」と声を荒げた。
「とにかく、俺は絶対に嫌だからな!」
リリスは「もう、エリオットったら何考えてるの?えっち!」とふわりと笑って返すと、タイラーが「裸の付き合いってやつも大事だろ」とからかうように肩をすくめる。エリオットはその言葉にも流されず「そんなわけあるか!」と必死に食い下がった。
「エルがそこまで言うなら仕方ない。時間をずらして入浴するのはどうかな。リリーが最初の30分、俺たちが後半の30分。そしたらうまく回るんじゃないかな。」
「……仕方ない。俺はそれでいいよ。」
(ちぇ……エリオットの裸見れると思ったのに。)
リリスは残念そうに口を尖らせると、何度か二人を振り返りながらとぼとぼと脱衣所に向かった。
「どうしてもダメ?」
「さっさと行け。」
「また後でね、リリー。」
「……はーい。」
リリスは拗ねたような顔で手を振り、脱衣所に入っていった。
◇・◇・◇・◇・◇・◇・
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