第5話 黙ってられるか
しばらく井良々が泣いた後。
昼休み終了五分前を知らせる予鈴が鳴り響き、井良々が慌てて顔を上げた。
「うわっ! 泣きすぎてもうこんな時間⁉ ど、どうしよう! 目腫れてないかな⁉⁉⁉」
「擦ってなかったから腫れてはないな。……ただまぁ、赤くはなってるけど」
「えぇーっ!!! いや、でもそうだよね……えへへ、あれだけ泣いちゃったわけだし」
井良々が照れくさそうに笑みを浮かべる。
そして立ち上がると、拳をぎゅっと握った。
「でも、すっごく元気出たっ!!! ありがとね、京極くん!」
「い、いや。俺は全然」
ただ井良々が泣いてるのを見ていただけだし。
こういうとき、何か言葉をかけてあげられたらよかったんだけど……それができていれば全校生徒に人殺しだと勘違いされることもないんだよな。
「っていうか私、京極くんの目の前で二回も泣いちゃったよ。……な、なんか恥ずかしいね」
「安心してくれ。今回も忘れるから」
「え、ほんとに⁉ そうだと助かるなぁ……って、今回“も”って言ってるってことは前回のこと忘れてないじゃん! 嘘ついたなー!!!」
「うぐっ」
変なところで鋭いな……。
「まぁ、私も忘れられないし、お互いそこは努力するってことで! あと、全然京極くんが泣きたかったら言ってね? 私の胸で泣いていいからさ! これでおあいこっ!」
「っ!」
井良々の胸って……。
思春期の男子であるがゆえに、そのワードだけでドキリとしてしまい、思わずその豊満な胸を見てしまう。
すると井良々は俺の視線に気が付き、顔をカーっと赤くさせた。
「っ!!! そ、そういうのえ、えっちなやつじゃないから!」
「わ、わかってる! 別に勘違いしてたとかじゃ……」
「で、でも見てたでしょ⁉ も、もうっ……やっぱり撤回! 私の……せ、背中貸す!」
「背中⁉」
井良々の背中で泣くってどういう状況だよ。
ってかある意味、そっちの方が……いやいや、これ以上はやめておこう。
「はーあついあつい……」
顔をパタパタと手で仰ぐ井良々。
あれだけ彼氏と付き合っておきながら、“そういう”話には耐性がないらしい。
ふと時計を見ると次の授業が始まるまで――あと二分。
「井良々! 時間ヤバいかも!」
「わっ! ほんとだ⁉ 急ぐよっ!!!」
井良々が前を走っていく。
俺はその後を追って駆け出したのだった。
♦ ♦ ♦
それからというもの。
井良々と俺はたまに話すようになった。
とは言っても井良々は人気者で、全校生徒に嫌われ、常に端っこに一人でいるような俺に割く時間はあまりなく、話すとしても一言二言。
それでもあの井良々明莉が俺に好意的に接しているというのは、中野と別れたことも相まって噂になっていた。
「ねぇ、あれ京極じゃない?」
「うわっ、今日もこわっ」
「やっぱり雰囲気あるよな……」
「でも最近井良々さんと仲いいんでしょ?」
「どんな組み合わせだよそれ」
「中野と別れてから井良々血迷ってんのかなw」
廊下を歩いていると、生徒たちの噂をする声が聞こえてくる。
……ったく、こいつらは何も知らないくせに好き勝手言いやがって。
無責任にあれこれ言う奴を見ると、正直イラっと来る。
俺は喧騒から逃れるように自販機に向かって歩く。
「ん?」
体育館と校舎を繋ぐ通路の外。
ここも人が少なくて俺は重宝しているのだが、今日は人影が見えた。
それも見知った顔。
「え? さっきから何が言いたいの?」
「俺は明莉に幸せになってもらいたいんだよ。幼馴染としてさ」
真剣な表情でそう言うのは中野で、正面に立っているのは井良々だった。
井良々が困惑した様子で中野の話を聞いている。
今更二人に、何の話をすることがあるんだろうか。
気になって聞き耳を立てると、中野が語調を強めて言った。
「だから、“あんな奴”ともう関わるのはやめた方がいいって」
「っ!」
そうか。そういうことか。
「……あんな奴って、なに? 優也に何がわかるの?」
「噂知らないのか? アイツは“人殺し”って言われてるんだぞ? そんな奴と関わったらロクなことがないに決まってる」
「ただの噂だよ、それ」
「噂だとしても、火のない所に煙は立たない! 聞いてくれ明莉。俺は明莉を心配して言ってるんだ!」
「…………」
井良々の顔が沈む。
確かに中野の言っていることは間違っていない。
むしろ正常な反応だと思う。
……でも、それを言っていいのはお前じゃない。
絶対に、お前じゃない。
「色々あったし、俺は明莉を傷つけた。……けどさ、幸せになってほしいって言う気持ちに変わりはないんだ!」
……なら、すんなよ。
「本気で明莉には俺以外にいい人見つけて、幸せになってほしいんだよ!」
……お前が、言うんじゃねぇよ。
「明莉! 俺を信じてくれ! 俺は明莉のことを思って言ってるんだ! な? 目を覚ましてくれ、明莉!」
俯く井良々。
「っ!!!」
俺は見てしまった。
井良々が何かをこらえるようにぎゅっと拳を握りしめているのを。
井良々は言い返せない。
誰も傷つけたくないと思っているから。
浮気されたことを周りに言わないほど、お人好しだから。
――だから。
「目ェ覚ますのはお前だろうが――中野」
俺が代わりに言ってやるよ。この“勘違い男”に。
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