第三章

『オタクっあつまれー』コミュニティの管理人から色よいメッセージが返ってきたのは、翌日のことだった。

 学校から帰宅したおれは、例のごとくきりまでり込まれ、現在、コミュニティの管理人・ハンドルネーム〝おり〟さんからの返信メッセージを読んでいるという次第。


『はじめまして、きりりん様。「オタクっ娘あつまれー」コミュニティの管理人を務めております、〝沙織〟と申します。……さっそくですが、コミュニティへの参加希望メッセージ、ありがとうございました。──もちろん承認させていただきますわ。とししゆも近しいあなたとなら、きっと素敵すてきなお友達になれると思いますの。もしよろしければ……近日かいさいを予定しておりますお茶会にもご参加くださいませ。たくさんお話したいですわ。……どうかご検討くださいな。──それでは、今後ともよろしくおねがいいたします』


「ハンドルネーム〝沙織〟さん……ね。へぇ……この管理人さん、ずいぶんとていねいな人みてーだなぁ」

 俺はこの文面から、しんそうれいじようぜんとした雰囲気を感じ取ったね。なんつーか、こう、におい立つような気品があるもん。あと、はかなげな感じ? 俺のかんが、間違いなく美少女だと言っている。

 気付いたら桐乃が、汚物を見るひとみを俺に向けていた。

「……キモ、なにニヤニヤしてんの?」

「ニヤついてなんかねえよ。いい人そうでよかったって、思っただけだ」

「まぁ……ね。せいなお嬢様系? ……なーんか想像つかないな。あたしのクラスには、そういうタイプいないし」

 そうだな。おまえの友達って、おまえ自身も含めてしいのばっかだもんな。はながあってあかけちゃいるんだろうけど、近寄りがたいっつーかさ。同属性のヤツ以外を遠ざけちゃう雰囲気があるんだよな。トゲがあって、そばにいられっとチクチクすんだよ。

「で、もちろん参加すんだよな?」

「…………うん、する」

 桐乃は、か渋い顔でうなずく。ったく、こいつ、この前からこんな感じなんだよな……心配ごとがあんのに、言えずに隠している、みたいな。年上の男と交流すんのがこわいっつー問題は解決したわけだから……それ以外で何かあんのかね? 気になって聞いてみても、

「なぁ、やっぱおまえ、何か心配ごとでもあんの?」

「別にぃ」

 とまぁ、こうだ。どうやら言いたくないらしいな。だったら俺は何もしてやれん。……もどかしいけどな。へっ、せめてげきれいくらいはしてやんよ。

「そっか、ま、がんれや」

「は? なにごとみたいなこと言ってんの?」

 きりは『豚は死ね』みたいなひとみおれくししにした。温かいげきれいを投げかけてやったはずなのに、返ってくるのが冷たいべつってどういうことよ? なにこの間違った等価交換。

 けんたてジワを刻んだ俺に向かって、桐乃は、

「人生そうだん。続き」

 単語ブツ切りでつぶやく。それからさも当然のことを命じるかのような調ちようでこう言った。

いつしよに来てよ」

 ……すげえこと言いやがるな、この女。

「………………あのな、女だけの会合に、男の俺がどうやって参加するというんだおまえは?」

じよそうでもすれば?」

「しねぇ──よ! しれっと言うけどな、もしもバレたら俺は、女だらけのオフ会にそれほどのリスクをおかしてまで参加したかった変態野郎ということになんじゃねえか!?」

「大丈夫。その程度のリスクは覚悟の上だから」

「おまえの話じゃねえ!? 俺! 俺が、変態のめいかぶるリスクを負う覚悟はねえっつってんの! 全然大丈夫じゃねえよ!」

 大体だな──

「俺が女装したって、絶対いつしゆんでバレるだろうが」

「……そっか、そだよね……」

 桐乃はようやく納得してくれたらしい。数回しみじみとうなずいてから、唇をとがらせてぼやいた。

「……なんで美形に生まれなかったの?」

「ブッ飛ばすぞこの野郎! おまえの全発言中、いまのが一番傷ついたわ! そのあわれむようなせんをいますぐやめろ!」

 そこまでこうしてやっと、桐乃は俺から視線をそらし、チッといまいましげに舌を打った。

「仕方ないな……。じゃ、もっと正攻法でいこっか」

「まるで俺がオフ会に行きたくて行きたくて、おまえに頼み込んでいるかのような台詞せりふだな。……まあいい、一応聞いてやるから言ってみろ。正攻法ってなんだよ?」

「あたしがこれから〝おり〟さんに『あたしの知人(十七歳・男)が、どうしても女の子だらけのお茶会に参加したいと言って聞かないんです。かわいそうなので一緒に連れて行ってあげてもいいでしょうか?』ってメッセージを送るとかどう?」

「それは『こそこそした変態』と『堂々とした変態』の違いでしかないな」

 つーか、普通に断られんだろ。女だけの集まりなんだし、だいひんしゆくらうって。

 そう伝えると、桐乃はごげんななめになってしまった。下唇をんで、俺をにらんでくる。

「──じゃあどうすんの?」

「だから俺が一緒に参加すんのは無理だって──ああもう、そんな睨むんじゃねえよっ。わーったって……ええっと」

 おれはディスプレイに映る『オタクっあつまれー』コミュニティのページを見る。

 オフ会のトピックにポインタを合わせてクリックすると、しようさいが表示された。

「ほら、この場所……カフェか? 別に当日貸し切りってわけでもねーんだろ? そんなら、そばの席に俺も座っててやるよ。それでまあ、口出しとかはできねーけど、見ててやるから」

 自分で言っててなんだけど、ただそばで座ってるだけじゃ意味ないよな。

 当然きりからはべつの言葉が飛んでくるものとばかり思っていたのだが、

「……分かった。それでいい」

 桐乃は、何でか知らんが素直にうなずいた。意表をかれた俺は、目を見張ってしまう。

「そ、そか」

 そういやこいつ、どうして俺についてきて欲しいなんて言ったんだろうね? 聞くタイミングを逃しちまったけど……俺がそばにいるだけでいいって……? 分っかんねえなァ~……。

 まぁ、ともかくそういうわけで。次のにちよう、俺は『オタクっ娘あつまれー』コミュニティのオフ会に出陣する妹を、草葉の陰から見守ることになったのである。


 あっという間にオフ会の当日がやってきた。

 えきから電車に乗って一時間半。現在位置は、JRあきばら駅・電気街口である。

 休日の昼過ぎ。うわさのアキバとやらはさぞやゴミゴミと混雑しているのだろうと思っていたが、わりとそうでもない。駅構内や駅前の光景だけを眺めている限りでは、むしろきっかりせいされていて、洗練された印象を受ける。

「ラジオかいかん! ゲーマーズ本店っ! ……おぉっ」

 桐乃は、声を小さく抑えながらも、感動を隠し切れていないよう

 ……浮かれてやがんなあ、こいつ。俺のみならず桐乃も、秋葉原に来たのは初めてらしい。こいつの行動はんは同じとうきようでもしぶだのはら宿じゆくだのなんだろう。グッズこそどっさり持っていたが、オタクとしてはビギナーなのかもしれない。俺はけいたいで時間をかくにんする。

「おい桐乃。もうそんなに時間ねえぞ? 店回りたいなら、オフ会終わってからにしろ」

「分かってるって。ってか、あんまそば寄んないで。デートしてると思われたらヤじゃん」

「………………」

 そんなひどい口をたたく桐乃は、初めてのオフ会ということで、非常に気合の入った格好をしていた。大きく肩をしゆつさせた、大人おとなっぽい服だ。下はマイクロミニスカートとブーツ。でもって要所要所には高そうなアクセサリーときたもんだ。

 ファッションなんかにはうとい俺にでも分かるレベルであかけている。

 それこそおだいやら渋谷へ行けと言いたくなる格好。

 無地のシャツにジーンズなんつー格好の俺とは、なるほど釣り合うまい。

 でもな……。もう遅いから言わないけど。おまえ……今日きようの集まりに、その格好で出るのかよ……たしかにかわいいんだけどさあ。……ったく、大丈夫かな。

「よし。ンじゃこっからはいつたん別行動な。おまえ待ち合わせここだろ? おれは先に店行ってスタンバってるから」

「え? あ……うん。分かった」

「心細そうな顔すんなって。ちゃんと見ててやっから」

「──そ、そんな顔してない。バカじゃん、さっさと行けば?」

「へーへー。──じゃあな」

 俺は軽く片手を挙げて、妹に背を向けた。

 きりがゲーマーズ本店と呼んでいた店のわきをとおり、大通りに出る。すぐそばの店先には、ごちゃっとゲームやらコードっぽいものやらが雑多に並んでおり、一見しただけでは何を売っているんだか分からない。俺は、ガキのころに通っていたを連想した。別に買うものなんかねーのに、妙にわくわくしてくるところも似てる。

 ……にぎわってんなー。

 この辺はさすがにんでいる。もっともさわがしかったころのあきばらでは、この大通りでゲリラライブ的なものが行われていたこともあるらしい。かつてと比べると、こんにちの賑わいは多少落ち着いているのだろうが──

 ……はー、祭りみてーだ。

 それでも俺は、そう思った。

 俺は感心しつつ、肩にかけたバッグから、プリントアウトした地図を取り出して眺める。

 ……あ、道こっちじゃねえや。ぜんぜん逆じゃん。

 俺は一旦、引き返すために振り返ったのだが、そこには依然として桐乃が立っている。

 さつそうと歩いてきた手前、Uターンするわけにはいかない。俺は電気屋がのきを連ねる大通りには向かわず、左折した。交差点をさらに左折、直進──鉄橋の下をくぐり抜けて先へと進むと、やがて右手に細長い建物が見えてくる。

 しよせんブックタワー、と地図にはある。この辺まで来ると、オタクの町という感じはずいぶんうすれ、周囲の印象はごく普通の駅前と変わらなくなる。

 俺は横断歩道をわたり、ブックタワーの入口付近で立ち止まった。

 ……えーと、こっちでいいんだよな?

 俺はそのまま、道路沿いに直進した。地図に従って数分歩くと、周囲の町並みが、かんせいな住宅街というぜいに変わった。地図のとおりなら、このあたりにカフェがあるはずなんだが……

「と、ここか」

 俺は足を止め、ロッジ風の建物を見上げる。カフェ『プリティガーデン』のがいかんは、しようしやな白い小屋という印象。ごく短い階段を上り木製の扉を開くと、快い鈴のひびいた。

 からん、かららん──

「「お帰りなさいませ! ご主人様!」」

 エプロンドレスのメイドさんたちが、声をそろえておれを出迎えた。

 俺は見なかったことにして扉を閉めた。

「……………………ど、どどど、どういう……ことだ……?」

 両手で扉を固く押えつけながら、つぶやく。いや、分かってる。分かってるんだって……でもちょっと待ってくれ。脳が事態をせいできてないから。

 周りが普通の町並みだからって、ここがアキバだっつーことを忘れてた……。

 うわさには聞いたことがある……。こ、これがいわゆる、アレ……

 ──メイドきつだったのかよ、ここっ!?

 ようやく脳が状況を理解し、遅ればせながら脳内で突っ込みが言語化された。

 すうはあと深呼吸し、恐る恐る、再び扉を開ける。

 からん、かららん──

「「お帰りなさいませ! ご主人様!」」

 さっきと同じ光景が、再び展開された。……クソ、やっぱり幻じゃなかったようだぜ……。

 俺を出迎えるために、ぱたぱたとかわいらしい挙動で、メイドさんが寄ってくる。

 白いふりふりのエプロン姿。やたらと短いスカートと、長いソックスを穿いている。

 とにかくかわいさ重視のしようだった。

 内心帰りたくてしょうがなくなっていた俺ではあったが、先に行ってスタンバってると約束しちまった以上、ここで引き返すわけにはいかない。覚悟を決めて一歩を踏み出す。

 こうさかきようすけ、十七歳。メイド喫茶、はつたいけん……

「一名様でございますか、ご主人様?」

「は、はあ……」

「はぁい、それでは、こちらへどうぞ~♪」

 メイドさんに連れられ、俺は一人ひとり用の席へと案内された。ないそうは普通の喫茶店だ。ややうすぐらい店内を、だいだいいろあかりが照らしている。調ちようもどことなくアンティークっぽくて、ようかんの雰囲気がよく出ていると思う。ちなみに昼時だってのにわりといている。オフ会のヤツらが予約してんのかもな。

「こちらのお席でよろしいですかぁ?」

「ええ、あ、ども」

 俺はメイドさんにを引いてもらって、席に着いた。なーんか妙にきようしゆくしちまうなあ。

 どのメイドさんも結構かわいい顔をしているし。

「こちらがメニューです♪ ご主人様。──呼び方のオーダーはございますかぁ?」

「え? な、なんすかそれ?」

「はい♪ わたくしどもがぁ、ご主人様のことをどう呼ぶか、決めてくださいっ。ちなみにメニューは『ご主人様』『だん様』『~~くん』『~~ちゃん』『おにいちゃん』『おにい様』など、各種取りそろえておりまぁす♪」

 ……メイドきつ、恐るべし。くっくくく……一介の高校生にゃハードル高い展開だぜ……。

 もう笑うしかねえ。なるようになれだ。おれは不敵なみを浮かべて言った。

「……いやその、なんでもいいっす」

「そうですかぁ? じゃあ、『おにぃちゃん』って呼ぶね? おにぃちゃん♪」

 と、いきなり態度がれしくなるメイドさん。この時点ですでにメイドじゃないという突っ込みはすいなんだろうな……。大体このメイドさん、明らかに超えてるし……。

「なにか言った? おにぃちゃん?」

「いえいえ!」

 おっかねえな。心読まれたかと思ったわ。俺が手の甲でひたいぬぐっていると、メイドさんが水を運んできてくれた。ありがたくのどうるおしながら、メニューを眺める。

 まだ昼飯食ってないからなー……なんかハラにたまるもんを……と……。

「…………?」

 俺はこんわくの表情で、メニューの項目をざっと眺めた。どうしてかって?

 ん……まぁなんだ、とりあえず数例を挙げてみよう。


 ♡らんちっ♡

 メイドさんのらぶらぶオムライス(ケチャップorオタフク) 900円

 いもうとの手作りカレー(ぱるぷんて味 べぎらごん味 ざらき味)1000円

 ツンデレ委員長の特製ラーメン 800円

 ♡どりんくっ♡

 スピリット・オブ・サイヤン 300円 超神水 300円 神精樹ジュース 300円


 ──どうだ、よく分からんだろう。ランチは食い物の名前がくっついてるからまだいいが、ドリンクにいたっては何が出てくるのかまったく想像がつかねえ。どうしろと?

 仕方ないのでメイドさんに聞いてみた。

「すんません、この……すぴりっと……おぶ……さいやんってなんすか?」

「はい♪ そちらは野菜ジュースですよっ、おにーいちゃんっ」

 じゃあ野菜ジュースって書けや。──とはもちろん言わない。そういうモンなんだろうし。

 ちなみに『超神水=サイダー』、『神精樹ジュース=フルーツミックスジュース』らしい。

「ご注文はお決まりですか? おにぃちゃん」

「いえまだっす……すんません」

 情けないことに、きんちようして敬語になってしまう……。

「ちなみにわたしのオススメはぁ。──いもうとの手作りカレーでぇす。わたしの手作りなんだよっ、おにぃちゃん♡」

「じゃ、じゃあそれで」

 クソ。このアマ、さりげなく一番高いのを選びやがって……いや、流されるおれが悪いんだけどさ……。

「オーダー入りましたぁ♪ いもうとの手作りカレー・ざらき味よろしくでぇっす♪」

 しかもザラキ味かよ。とりわけヤバそうなのじゃねーか。くっ……もうどうにでもなれ。

 まぁ、さすがにえないしろものは出てこんだろう……な?

「はぁ……やれやれ」

 メニューを選ぶだけで疲労しつつある俺であったが、とにもかくにも一息ついた。

 ぎしっときしませて、天をあおぐ。

 と、そこで扉が開き、団体客が姿を現わした。

 からん、かららん──

「「お帰りなさいませ! ご主人様!」」

 おっ、来たな。俺はバッグから野球帽を取り出し、ぶかかぶる。

 そしてさりげないぐさよそおって、入口付近にせんを注いだ。

 ぞろぞろっと、女の子の集団が入ってくる。きりの姿はまだ見えない。ふむ……やっぱりわりと地味め──失礼を承知でいえばあかけていないが多い気がする。

 コスプレらしきしようを着ている娘もちらほらと……ん?

 ──うおっ、一人ひとりすげえのがいんな!?

 心の声とはいえ、あまりにも失礼な物言いだと思うかも知れない。だがな、アレを見てもそれが言えるかな? 俺は集団の先頭に立って入ってきた女の子? を注視した。

 ええと……まずね? んだわ。超でかい。とにかくでかい。

 すっと180センチくらいあんじゃねーの……? まぁね、それだけ見りゃスーパーモデルもかくやってとこなんだろうが……そいつのふくそうがこれまたすげえの。見るからにオタク。

 頭にバンダナ巻いて、ぐるぐる眼鏡めがねをかけている。でもってチェックのながそでシャツのすそを、ズボンにインして、ごっついリュックサックを背負っている。

 おまけにそのリュックに、丸めたポスターをしているときたもんだ。

 ……ようするに……テレビとかに出てくる『典型的なオタク像』そのものの格好をした、スパーモデルみてーな体格をした女の子? だ。

 うそじゃねえって。俺だって信じられねえけどさ、現実にいるんだからしょうがねえだろ。

 やべー、ビックリしすぎてのどがカラカラになってきた。

 はー、とうきようってのは、おっかねえところなんだなー……。勉強になったわ。

 だいぶ頭が混乱してきたので、おれは水をがぶ飲みして、精神を沈静させようと試みた。

 そんな俺のせんの先、くだんのでっかい女の子? が、メイドさんになにやら話しかけている。

せつしや、一時に予約していたものでござるが……」

 ……とんでもねえしやべかただなこのでかぶつ。

 顔色ひとつ変えないメイドさんからはプロのすごみを感じるね。

「はぁいっ。お名前うかがってもよろしいですかぁ?」

おり・バジーナ」

 ブッ──!? 俺は盛大に水をいた。そのままのどを押さえてき込む。

「……がはっ……げほごほげほっ……!?」

「きゃっ! だ、大丈夫ですかおにいちゃん!?」

 メイドさんに背中をさすってもらいながら、俺はもだえ苦しんだ。やっべ気管に入った……!?「げはげはごほッ……!?」クソッ、ひんの有様だが……

 これだけは……これだけは突っ込んでおかねば、死んでも死に切れねえ……。

 ハンドルネーム〝沙織〟さんってコイツかよ!? しかもバジーナて、日本人だろアンタ!?

 っあ──そうだよなあ! コミュニティの名前からしてアレだったもんなあ!

 まぁね? ネット上の人格と実物が一致しないのなんざ珍しくねーって、そんくらいは俺でも分かるよ。でもな、いくらなんでもこりゃあってもんだろ。

 想像どおりの、せいなおじようさまっぽい美少女が来るとは思っちゃいなかったけどさ──

 アンタは斜め下にぶっ飛びすぎですから! 俺の十七年のしようがいで最大級のしようげきだよ!

 おそろしくタチの悪い出オチじゃねーか。なんてこった。この俺が、話したこともねえ初対面の相手に、こんな死ぬ気で突っ込んでしまうとは……。

「……ごほっ……はぁ……はぁ……ども、すんません、おさわがせしました……」

「いえいえ~。じゃ、代わりのお水、お持ちしますねっ♪ でもでもおにーちゃん? 次、やったら怒っちゃうゾ♡」

 こつん。俺の頭を軽くゲンコツでつっつくメイドさん。突然のハプニングにも、メイドさんはあわてず騒がず奉仕の精神を忘れない。たいしたプロ根性である。

「くっ…………いやっ、ほんと申しわけない……」

 俺は涙目で赤面した。しかもいまのそうどうで、店内の視線をクギ付けにしてしまったらしい。

 ちらほらいる男性客たちから『貴様、うまくやりやがって……』というしつの視線が、ビシバシ突き刺さってくるのが分かる。

 いやいや! ワザとじゃないっすよ!? ああっ、居づらくなっちゃったよちくしよう~!

 チラッ。再び入口付近に視線を向けると、きりが『なに目立ってんだ殺すぞコラ』という視線で腕を組んでいた。──だってしょうがねえじゃん!? バジーナのせいだって!

 俺が目線だけで訴えると、

「…………ふんっ」

 アイコンタクトが通じたのかどうなのか、きりはふいっとそっぽを向いた。

 ……しっかしアイツ……めちゃくちゃ浮いちまってんなぁ。

 それもそのはずで『オタクっあつまれー』の面子メンツは(でかいのを除き)じやつかん地味めの女の子や、コスプレじみた格好をした、やはり大人おとなしそうな女の子ばかりがそろっている。ちなみに髪を染めている子はほとんどいない。

 そんな中に、気合ばりばりでコーディネイト決めてきたティーン誌モデル様(茶髪)が混じってんだもんな──そりゃあ浮くって。

 そこで、入口付近にまってゆうどう待ちをしていたコミュニティメンバーたちのところへ、メイドさんが二人ふたり連れだってやってきて一礼した。

「たいへんお待たせいたしましたぁ~。それでは、お席にご案内いたしま~す♪」

 メイドさんにみちびかれ、ぞろぞろと女の子の集団が奥に入ってくる。

 桐乃たちが通されたのは店のさいおうだ。テーブルを複数くっつけて団体席にしてある。

 およそ十人のオタクっ娘は幾つかのグループに自然と分かれ、おしやべりをしながら席を選んでいく。漏れ聞こえてくる会話からすっと、どうやらこれがこのコミュニティで初のオフ会らしい。つまりほぼ全員が初対面ってわけだ──が。

「…………………………」

 ……き、桐乃のやつ、孤立しちゃってるじゃねえか……。

 すみっこの方でぽつんと一人ひとりきりで座っている桐乃。妙に姿勢を正して、落ちつきなくきょろきょろしている。ちょうど小学校とかで、『お友達同士でグループ分けしなさい』と言われて、余っちゃった子みてーだ……。

 これは切ねえ────おれは胸を押さえて歯をしばった。

「あの……」

 そんな具合に桐乃が恐る恐る話しかけても、二言三言話しただけで、会話が止まってしまう。

 お互いに相手をけいかいしているような感じだ。同じしゆの集まりのはずなのに、全然そうは見えない。言葉が通じてないというか……目に見えないかべがあるというか……。

 俺は舌打ちをした。

 だよな……こうなるんじゃねーかって……うすうすは、思ってたんだよ……

 桐乃はいつも『下郎め、寄るでない』みたいな姫様オーラをびりびり放出している。

 はながあって、あかけていて──同属性のヤツ以外を遠ざけてしまう雰囲気トゲ

 もちろん学校では、それでもいいんだろう。クラスにゃいろんなヤツがいるから、同じ属性同士で集まって、つるんで──グループを形成する。

 でもって桐乃は、クラスで一番華のあるグループで、さらに中心的な存在としてくんりんしていたわけだ。では気合入れてファッション決めて、かわいくあればそれでよかった。

 トゲのある姫様オーラは、同属性のヤツらをき付けるカリスマとしてのうしていた。

 だけど、いまここでは、そうじゃない。きりが仲良くなろうとしているのは、学校でつるんでいる連中とは全然違う属性を持つ女の子たちだからだ。いまの状況をたとえるなら、そうだな。

 ひつじの群れの中に、『羊と仲良くなりたいおおかみ』を放り入れたようなもんだろ……。

 狼がどんなに必死に話しかけようが、羊の方はビビリまくった上で『なんでコイツが、あたしたちの群れに混じっているの?』──と、なっちまう。

「~~~~っ」

 おれはもどかしさのあまり、唇をむ。……あ、桐乃のやつ、また逃げられた。ほんっと二言三言しかたないのな。相手も最初はあいづちうってくれるんだけど、すぐに別グループの話題に食い付いて、桐乃からはなれていっちまう。

 ……というか、漏れ聞こえてくるこいつらの会話、俺にはなにが何だかサッパリ分からん。

 外国に迷い込んじゃったみてーな気分だぜ……。

 こめかみを押さえてため息をつくと、ふと桐乃が、助けを求めるように俺の方を向いた。

 ……そんな泣きそうなツラすんじゃねぇよ。そうじゃねーだろよ、いつものおまえはさ!

 俺がぐっとこぶしにぎめようとしたところに、

「お待たせいたしましたぁ~♪ いもうとの手作りカレーだよっ、おにーいちゃんっ♪」

「あ、ども」

 ちょ、このクソメイド、すげえタイミングで持ってきやがって。メイドさんに『おにいちゃん』と呼ばせているところを妹に見られちゃったじゃねーか!? 台無しだよもう!

 いっそ殺せ……! 俺はしゆうふるえながらも妹を見つめた。桐乃はもうこっちを見ちゃいなかったが、構わない。俺はぐっと拳を握り締め、せんに力を込めた。

 なぁ桐乃、俺はなんにもしてやれねえ。でも、ちゃんとここで見ててやっから──

 がんれ! 頑張れ桐乃……! 頑張れっ! ひたすら俺は意味のない念を送り続けた。

 ちくしょう……!

 なにが手作りだ……この味、明らかにレトルトじゃねえか……!


 オフ会はそれから二時間ほど続き、最後にプレゼント交換みたいなことをやって終わった。

 桐乃は終始ろくなコミュニケーションが取れず、もちろん一人ひとりの友達も作れなかった……。

 さらに追い打ちをかけるように、桐乃に回ってきたプレゼントは、だれが持ってきたもんなんだか、見るからにショボイ、おもちゃのマジックハンド。

 ……ちょっ……こ、これはねえよ。いくらなんでも、あんまりだって。

 ビンゴの外れでも、もっとマシな賞品用意すんだろ……。

 一人ぽつんとうつむいて、しゅこしゅこハンドを開閉させている妹が、ホントびんで仕方ねえ。

 ……やべ、マジで涙出てきたわ……。

 おれの十七年の人生において、これほどまでに涙を誘う光景がかつてあっただろうか……。

 ちなみ俺はいま、店の外で、メンバーたちの集団から、ちょっとはなれた位置にいる。

 と、そこでコミュニティの管理人兼オフ会幹事の〝おり〟が、めのあいさつを述べ始めた。

「──皆様のご協力もありまして、記念すべき初めてのお茶会は、つつがなく終了したでござる! せつしや、心よりかんしやしておりますぞーっ!」

 楽しげなかんせいが上がる。さすがコミュニティの代表というべきか、あんな見てくれとしやべかたなのに、妙にオタクったちから人気があるらしい。一人ひとりだけタッパがあるもんだから、中学生を引率する先生みてえだ。

「──お茶会はひとまず! これで解散となりますが──まだまだ時間はあるよという方、会で仲良くなった友達ともっと話したいよという方は、それぞれ各自で二次会、三次会へと向かってくだされ! なお次回のもよおしについては、またトピックを立てますゆえ、ぜひともふるってご参加くだされ! では──解散っ!」

 わぁっとけんそうが広がった。別れのあいさつが飛び交い、「ねーこれからとらの穴に行こーよ」だの「二次会どこいくー?」だの「シードのカップリングについてみっちり語り合わない?」などとさそいの文句がやり取りされている。

 が、しかし──そんな楽しげなの中に、が妹・きりはいない。

 オフ会のメンバーは、二、三人ずつ連れだって、ポツポツとその場から離れていく。

 ちなみに〝沙織〟は、締めの言葉を発してからすぐ、猛ダッシュでどっかにいっちまった。

 急用でもあったのかね?

 ……そんなふうにして、ひとがほとんどなくなってからも、桐乃はその場にポツンと立ち尽くしていた。もしかしたらだれかが誘ってくれるんじゃないかと、あきらめようにも諦め切れないよう。ぐったりと疲れた表情で、肩を落としている。ばりっばりに決めたかわいいファッションも、いまとなってはむなしいばかり。……むちゃくちゃ逆効果だったもんなあ、それ。

 その姿はさながら、刀折れ矢尽きた敗残兵のようであった。しかも片手にはマジックハンド。

 そんなさびしげな妹のところへ、俺は帽子を脱いで、ゆっくりと近寄っていった。

「…………何も言うな。……おまえはよくがんったよ」

 ぽん、と頭に手を置いてやると、すぐさまバシッと払いのけられた。

 ……はいはい、情け無用な。

 桐乃はうつむいたまま、俺に顔を見せようとはしなかったが──

 そんだけ強がれりゃ上等だ。今回は失敗しちまったけど、反省して、立ち直って──何度だって挑戦すりゃあいいのさ。そうだろう?

「よっしゃ、桐乃──せっかくアキバにきたんだ。ちょっくらかんこうしていこうぜ」

 ばんっと背をたたいてやると、ようやく憎まれ口が返ってきた。

「ったいな……バカ。……大体なんなのさっき、いきなり水き出したりして……」

「いやおまえ、アレはしょうがねえだろうよ──」

 なんでもない会話をかわしていると、ふいにきりが「はぁっ」と大きなため息をついた。

「………………ぜんぜん話できなかった」

「……そうだな。ま、最初はこんなもんよ。気にするこたねーって」

「……そんなことない。……な、なんで……? あ、あたしっ、いつもどおりにやったつもりなのに……どうしてけられるわけっ? ……くぅぅ~……かつく。……むかつく。むかつくむかつくむかつく……っ……」

 イライラとぎしりしながら、見苦しくだんを踏む桐乃。

「…………」

 とがめる気にはなれなかった。おれにも覚えがあるからだ。悔しさとかかなしさを、怒りに変換することでしか紛らわすことができないときが、あるんだよな……。

 だが妹よ……むかつくのはホンットよく分かるんだけどさ……八つ当たりに、兄をっ飛ばすのはどうかと思うんだ。俺はそのへんのかべじゃないからね? 蹴られたら痛いんすよ。

 怒らないけどさ! いてぇけど、おまえも痛いんだろうから、今日きようだけは我慢してやる。

ってえ!? このガキャ……いくらなんでもヒールはやり過ぎだろうが!? クソ、我慢できっかこんなもん! そこまで俺はかんようになれねえよ!」

 そんなふうに、俺が必死で妹の八つ当たりに耐えていると。

 意外なやつが現われた。

「おぉ~~い! きりりん氏! ……ふぅっ、よかった! まだいてくださって!」

「あ、アンタ……さ、おりさん……?」

 息せき切って走り込んできたのは、コミュニティの管理人・沙織だった。

「おやおや、沙織さんなどと! せつしやときりりん氏の仲ではござらんか! 呼び捨てで結構! いやぁ~それにしてもよかったよかった。いま、ちょうどけいたいにご連絡差し上げようと思っていたところでござってな──」

 にかーっと笑う沙織。しっかしテンションけえ女だな。変テコな調ちようしやがって、ちょっと遠くで聞いてるぶんにゃ慣れたかと思ったけど、いざ話しかけられっとどうにも対応に困る。

 この相手にゃ桐乃も調ちようが狂ってしまうらしく、おずおずと、こう問うのが精一杯だったようだ。

「あ、あたしに何か──?」

「うむっ」

 沙織は口元をωこんなふうにしてうなずいた。こんな図体しくさって、妙にかわいいぐさをするやつである。ぐるぐる眼鏡めがねで半分隠れてしまっているが、間近でよく見りゃかなりととのった顔立ちをしている。だれかさんと違って、眼鏡外したら意外に美人なのかもしれない。

 さておき、沙織は指を一本立てて、こう言った。

「実は、これから二次会におさそいしようと思いましてな」

「えっ?」

 意外な申し出にとうわくするきり。返事をする間もなく、ぐるぐる眼鏡めがねおれの姿をとらえた。

「きりりん氏、ところでこちらの男性は? かんちがいでなければ、さきほど店内でお見かけしたような気が──ああなるほど」

 おり一人ひとりで勝手にとくしんして、

「彼氏でござるな?」

「「違ぁ──う!?」」

 同時にはんろんする俺&桐乃。よりにもよってなんつー勘違いしてやがる!?

「はて、違うとおっしゃる? いや失敬──しかしせつしや、そちらの彼氏は先ほど、店内でずーっときりりん氏をぎようしていたようにお見受けしましたぞ? てっきりアレは愛のまなざしであろうと得心しておったのですが」

「なわけないじゃん!? やめてよも──っ! 想像しただけでキモっ!?」

 むっかつくなこの妹様はよ……否定するにしたって、ほかにもっと言いようがあるだろ。

 そう思いながら俺は補足する。

「俺はこうさかきようすけってもんで、こいつのれっきとした兄だっての。勘違いすんな」

「ほほう。なるほどなるほど、きりりん氏の……似てない兄妹ですな」

 ほっとけや。

 ふむふむとうなずいた沙織は、俺に向かって軽くしやくをした。

「それでは改めて。すでにぞんであろうかと思いますが、わがはいは〝沙織・バジーナ〟と名乗っておるものでござる。〝沙織〟とお呼びくだされ。ニン」

「……こりゃどーもごていねいに……」

 ニンて。ほんっと、いかにもオタクっぽいなあんた! あと一人称変わってんぞ?

 心の中で突っ込みつつ、俺は会釈を返した。

「ではでは、京介氏──京介氏とお呼びしても構いませんな──京介氏もごいつしよにどうです?」

「どうですて……その二次会とやらのことか?」

「もちろん! いかがかっ?」

 うお、いきなり顔近づけんなって。びっくりするだろが。

 俺がひるんで一歩さがると、代わりに桐乃が口を開いた。ちょっぴり不安そうな調ちようで、

「えっと、それって……他にもたくさん人が来るの?」

 つまり行きたくねーんだな、こいつ。理由は分かるよ。行ったってまたものにされるんじゃあおもしろくねーもんな。

 桐乃の場合、他んトコじゃちやほやされてばかりいたもんだから、余計にきっついんだろう。

 しかし沙織は「いやいや」とおおな身振りで首を振った。片手の指を四本立てて言う。

「きりりん氏ときようすけ氏を合わせて四人です。先ほどせつしやがあんまりお話できなかった方と、もっと仲良くなりたいと思っておさそいした次第で。ですからまぁ、二次会といってもささやかなものですな。マックとかでちょっとおしやべりでもして、それからいつしよに買い物でもどうかなと」

「ふ、ふーん……」

 しようさいを聞いたきりは、明らかに心動かされたようで、考え込み始めた。

 そういうことなら自分がものにされることもないだろうし、行ってもいっかなー。

 桐乃の考えは、おおかたそんなところだろう。

 ──チャンスじゃん、悩むことないだろ?

 おれはそう思ったので、桐乃の行動をうながすべく、おりに向かってこう言った。

「俺は構わないけど。こいつがいいって言うならな」

「ふむ、いかがですか? きりりん氏」

「うーん」

 桐乃はさらに考えるそぶりを見せ、さんざんもつたいぶったぐさをしてから、ほおを染めた。

「わ、分かった。そんなに言うなら……行ってあげてもいいケド」

 その台詞せりふが、あまりにも子供っぽかったもんだから、俺は笑いをこらえるのが大変だった。

 一見同年代にしか見えない妹ではあるが、たまにこういう年相応のところを見せられると、かわいいもんだと微笑ほほえましくなる。

「ああ、よかった! では、お二人ふたりとも、参りましょうぞっ! もうおひとかたは、すでにマックでお待ちいただいておりますので──」

 背中のポスターをビームサーベルのように抜きはなって、先を指し示す沙織。

 やたらとでっかい、オタクファッションの女の子。変テコ調ちようの、コミュニティの管理人。

 正直、なんにも考えてない変なヤツにしか見えないんだけど……もしかしたら。

 にオタクどものリーダーやって、したわれているわけじゃねーのかもしれないな。


 その考えは、二次会に参加する『最後の一人ひとり』と会って、かくしんに変わることになる。

 いま俺たちが座っているのは、プリティガーデンから一番近くにあるマックの二階、角のソファー席。テーブルを二つくっつけて、四人がけにしてある。

 俺と桐乃が並んで座り、俺の対面に沙織、桐乃の対面に最後の一人という席配置。各席の前にはドリンクが置いてある。俺、桐乃、沙織の三人は、一階でドリンクを買ってから二階へと上り──ほんの数秒前、この『最後の一人』と対面した、という場面だ。

 ちなみに四人がそろってからまだだれも、一言も喋っていない。

 ……しっかし、沙織とは別の意味で、すげえ格好だな。

 俺は『最後の一人』の姿を見るや、目を見張ってしまった。

 ……そういやこの人、顔はろくに見なかったけど……桐乃とは反対側のすみっこの席で、ぽつんとけいたいいじくってたヤツじゃん。

 ジッとうつむいているから顔は見えないが、めちゃくちゃれいな黒髪の持ち主だ。

 でもってコレは……コスプレってやつなんだろうな……。

 彼女が着ている服は、これまた真っ黒のドレスだった。バラの花びらみたいなのがヒラヒラたくさんくっついていて、やたらと豪勢な感じがする。このまま普通にとうかいに出られそうだ。

「ずっと気になってはいたけど……近くで見たらすっご……すいぎんとうみたいじゃん……」

 というのがきりの感想。でもさー桐乃、これはこれでおまえとは違う意味で浮くよなぁ?

 何のコスプレかしんねーけどよ、こりゃどう見ても気合過多だろ……。本格的すぎ。

 全員が席に着くのをかくにんしてから、おりおれたちを紹介してくれた。

「こちらのお二人ふたりは、きりりん氏と──特別ゲストで、その兄上様のきようすけ氏です。そして、こちらはがコミュニティのメンバーで──」

「……ハンドルネーム〝黒猫〟よ」

 最後の一人は、そこで初めて顔を上げ、ぼそっと自己紹介をした。

 無感情な、たんたんとしたしやべかただ。

「えっと……きりりんです。よ、よろしくね」

 桐乃がきんちようしたようで言った。じやつかん似合わない喋り方だが、オフ会の間中、こいつはこんな感じだった。

こうさか京介だ。飛び入り参加ですまない」

 次いで俺が、妹にならって自己紹介すると、陰気な声で返事がきた。

「……そうね。とりあえず、よろしく」

 率直に言うが、黒髪のゴスロリ女はどえらい美人だった。

 といっても桐乃とはだいぶタイプが違う。

 前髪をそろえた長い黒髪。真っ白な肌。切れ長のひとみ。左目の下に泣きぼくろ。

 ドレス姿の女を、こう表現するのはどうかと思うが、どこかゆうれいじみた和風美人である。

 赤いカラーコンタクトをめているのは、コスプレのいつかんだろう。

 見るからに性格がキツそうで、陰気で──いまにもくろほうとか使いそうな雰囲気。美人ではあるが、桐乃のようなはなやかさはまるでなく、マイナスベクトルの黒いオーラが全身からゆらゆら立ち上っている感じ。

「……面子メンツが揃ったようだからさっそく聞くけれど。……私をこんなところに誘って、管理人さんはなんのつもりなのかしら?」

「はっはっは──先ほども申し上げたではありませんか、せつしやが二次会におさそいしたかったのだと。いやぁしかし危なかったですな! 拙者の話が終わったしゆんかん、スタスタ帰ってしまわれるものですから、あわてて追い掛けてしまいましたぞ! まったく、あれでは誘うひまもないではありませんか!」

 このこのっとひじでつっつくおり。ゴスロリ女は超無表情。初登場時からピクリとも表情が変わらないのが不気味すぎる。

 しかしなるほど、さっき沙織が猛ダッシュしたのはそれか。

 ……やっぱりな。だんだんこの沙織とやらの考えが分かってきたぜ……きり、そしてこのゴスロリ女。なんでわざわざこの二人ふたりを選んでさそったのか、その理由がうすうすな……。

 おそらくこの二次会は、コミュニティの管理人である沙織が『さっきのオフ会であぶれちゃってたやつらを誘って、ちゃんと楽しんでもらおう』というしゆかいさいしたものなんだろう。

 だからほかに人がいねーんだ。

 ──『先ほどせつしやがあんまりお話できなかった方と、もっと仲良くなりたい』ね。

 い言い方だ。ふーん。見かけによらず、さりげない気配りのできるやつなんじゃん。

 もしかすると、『なんでおれが桐乃に付いてきていたのか』いっさい聞かず、さらっと『特別ゲスト』としてれてくれたのも、俺たちの事情を薄々察してくれているのかもな。

 だとすっと……はは……見かけどおり、度量のでかいやつじゃねえの。

「ちゅー……」

 まだけいかいが解けていないらしく、もくもくとコーラをすすっている桐乃。

 こいつは全然気付いてないみたいだが……〝黒猫〟は気付いているみたいだな。

 初対面でいきなりげんそうにしているのは、だからなのかもしれん。

 まぁ……ありがたい反面、相手のづかいを察してしまうと、どうしても情けをかけられているような気分になるわな。それはまぁ、いかんともしがたい。

 黒猫の心中は複雑だろう。実のところ、俺だってちっとは複雑な気分さ。

 でもさぁおまえら、俺が管理人だったら、わざわざあぶれたやつらに声なんてかけねーぞ?

 初めていった会合の空気にめなかったヤツは、どうせ次の会にゃ来ないだろうし、沙織としてはそれでもよかったはずなんだよ。

 だから俺はこう思う。この変な格好しているデカ女は、いいやつなんだって。

「ところで管理人さんなどと他人ぎような呼び方はやめて、えんりよなく〝沙織〟とお呼びくだされ黒猫氏。せっかくこうして集まったのですから、れいこうで楽しくいきましょうぞ」

「その図体で〝沙織〟だなんて、よくもまあ名乗れたものね、図々しい」

 このゴスロリ、相手から無礼講って言葉が出たしゆんかん、なんてこと言いやがる。

「やや、そんなことを言われたのは初めてですなあ」

「それはそうでしょう。あなたがネット上で演じてた『せいなおじようさま』なら、あのハンドルネームでイメージぴったりだったのだから。……でも実物はコレでしょう? 幾らなんでもというものよ。出オチにしたってタチが悪いわ。──悪いことは言わないから、今後は〝アンドレ〟とでも名乗っておきなさいな。それなら間違いないわ。……それに、その妙な調ちようかつこう──『ニン』ってあなたね……」

「何年前のキモオタだよって感じ」

 ボソッ。借りてきた猫のようにちぢこまっているきりからも危険な本音が飛び出した。

「お、おまえら!? れいこうっつーのは、毒舌フリーって意味じゃねえ!」

 いやたしかにおれもそう思ったけども! それは言っちゃだろ!?

 せっかくあぶれちゃったおまえらをさそってくれた管理人さんに、なんつーひどい仕打ちをしてんの!? この恩知らずどもが!

 特に桐乃! 大人おとなしくしてると思ったら第一声でそれかよ!? してあやまれや!

 そっぽ向いてコーラ飲んでいんじゃねえ!

 ところがボロクソ言われたとうのおりは、けろっとしたもんだった。

「まあまあ、きようすけ氏、そうカッカせず。せつしやのために怒ってくれたのにはかんしやいたしますが──フッ、あいにくこの程度の毒舌など、この身にとってはそよ風のようなもの。むしろ心地ここちよい。ですからまぁ、お気になさらず、京介氏もどんどんののしってくれて構いませんぞ?」

「アンタのことは、すげえいいやつだと思いかけてたんだけどな、俺。──最後の方に余計な言葉がついたことによって、よく分からなくなってきたわ!」

 どんだけ毒舌に耐性があんだよ。

 俺がぬるせんを送っていると、沙織は指を一本立てて身を乗り出した。

「──とまぁ、打ち解けてきたところで。皆のもの、改めて自己紹介というのはいかがかっ?」

「いまのやり取りで『打ち解けてきた』と判断するのは正直どうかと思うが……」

 悪くない提案ではあるよな。しかし沙織の発言で、場はしんと静まり返ってしまう。

「…………」

 いや、おまえら一言くらい反応しようぜ? 気まずいだろうが。

 仕方なく俺は、率先してこううながした。

「いいんじゃねえか? なあ」

「…………」

 やっぱり返事がこない。どうやら黒猫と桐乃は、まどってしまっているようだ。

 黒猫は、どう見てもこういうのはガラじゃなさそうだし……桐乃はさっきの失敗がこたえているんだろう。ふむ。となると、ばくぜんと自己紹介しろって言われても、気が引けちまうか……。

 部外者が口挟むのは、あんまよくねーんだけど……やむをえん。俺は、こう提案した。

「じゃあ、自己紹介する人に順番で『質問』をしていく形式にするってのはどうだ? その方が話しやすいだろ。あ、もちろんパスありな? で、どんどんローテーションしていくわけ」

「ふむ、ナイスアイデア、さすが京介氏。──ではさっそく、黒猫氏への質問タイムからいきましょうぞ!」

「……勝手に仕切ってくれるわね」

 ジロリとめ付けてきた黒猫を、おりは「まあまあ」とおおぎようぐさでなだめる。

 すると黒猫は、ホットコーヒーに「ふぅ……」と息を吹きかけ、ゆっくりと一口飲んでから、どうでもいいかのようにこうつぶやいた。

「まぁいいわ。……で、もう名乗ったはずだけれど。私はあと、何を話せばいいのかしら?」

「ええと、ではさっそく。せつしやからの質問は……そうですなあ」

 てっきり『一番聞きやすいこと』を尋ねるかと思ったのだが、沙織はそうしなかった。

「『最近、一番あせったしゆんかんは?』というのはどうですかなっ?」

「……自己紹介のための質問ではないの? どうして、そんなバラエティ番組のゲストへの質問みたいな……」

 まったく同感だ。このでかぶつの発言は、さっぱり読めん……。しかし黒猫は「まあいいわ」とさらりと流した。まあいいのか、えらいクールっすね。

 そんなふうにして、会話の流れは、だんだんとスムーズに流れ始めた。

「ふん、『最近、一番あせった瞬間は?』だったわね……それなら……」

 黒猫はしばし無表情で思案していたが、やがてたんたんとした調ちようで呟いた。

「ニコニコ動画にとう稿こうするために、ネコ耳とシッポをつけてウッーウッーウマウマを踊っているところを妹にもくげきされたときがそうね。……フ、あのときは、さすがの私もあせったわ」

 ニコニコうんたらとやらは知らんが、アンタが見た目に反してまったくクールじゃないのはよく分かった。あと台詞せりふの半分くらいは解読不能なんで、突っ込むことすらできない。

「ははは黒猫氏は意外とオチャメさんですなあ。妹さんがいらっしゃる?」

「ええ。なモノを見る目で、口半開きになっていたわ」

 そうだろうよ。ちょうどいまの俺みたいな感じだろ? スゲー気持ち分かるわ。

 で、それからしばらく黒猫の妹についての会話がかわされていたんだが、その間、きりは一言もしやべっていない。相変わらずきんちようしてるみたいだなコイツ。

 と、沙織がいいタイミングで桐乃に話を振ってくれた。

「次は、きりりん氏の番ですな。黒猫氏への質問をどうぞ!」

「え、あ、あたし? ……え、えーとぉ」

 いきなり沙織に指差され、目をぱちくりさせる桐乃。

「と、特に……ない……かな? ……パスで」

 ……バカ桐乃。なにやってんだおまえ! せっかく沙織が気をつかって『一番聞きやすいこと』を聞かずにおいてくれたんじゃねーか! 聞けよ!? 服のことをさ!?

「………………」

 だが俺のねがいは通じなかったらしく、桐乃はぎゅっとちぢこまってうつむいてしまう。

 こりゃアレかもな。さっきハブられたのがトラウマになりかけてんだ。なもんだから……

 どうしたもんか……。俺は、ぽりぽりとほおをかきながら、黒猫に適当な質問を投げかける。

「好きな食べ物は?」

「魚。……はい、これでいいのかしら?」

 いやいや義務を果たし終えたみたいな感じでつぶやく黒猫。

 ……く……どうやらこの女も、年上への敬意が足りんようだな……くそう。

「さて。次は、きりりん氏が自己紹介をする番ですぞ」

「あ、あたし……? うん……え、えっと……きりりんです」

 固くなっているきりは、改めて名乗ったものの、きゅっとうつむいてしまう。

 場のテンションが下がるのは許さないとばかりに、いいタイミングでおりが声を張り上げる。

「それではきりりん氏への質問ターイム! 黒猫氏、どうぞっ!」

「あなたどうして、そんな浮いたかつこうをしているの? しぶで合コンとかならまだ話は分かるのだけれど、アキバでオフ会やるのに、そのファッションはありえないと思うわ」

 ずばっと聞きにくいことを聞くなあ、このゴスロリ!?

 トラウマになりかけてんだから、それは聞いてくれんなよ!

 たしかに服のこと聞けって念じたけど、アンタに言ったんじゃねえから!

「むっ……」

 しょぼくれてた桐乃も、さすがにカチンときたらしく、黒猫にはんろんした。

「悪かったわね……しょうがないじゃん、コレがあたしらしい服なんだもん。だ、だいたい自分だって……」

「……自分だって? 何かしら? 言ってごらんなさい?」

 せせらわらうようにささやく黒猫。うおお、ものスゲ────見下されてる感じがする。

「うぐ……」

 桐乃のこめかみで、ビキビキと血管が浮かび上がった。……うわ、我慢してる我慢してる。

 短気なはずのが妹は、普段ふだんならばありえないほどの自制心を発揮して、すぅはぁと深呼吸。

 内心ではキレているはずだが、とりあえず怒りを表に出すことはなかった。

 でもちょっとしたげきばくはつするぞ、コレ。心配だなあ……。

 このやばい空気をなだめてくれることを期待して、ちらっと沙織の顔を見ると……

『はて? いかがいたしましたかな?』みたいなオトボケ顔で、かわいく首をかしげやがった。

 どうやらこいつは、何もせずせいかんするつもりらしい。……ったく、どういうつもりだ?

 火薬のにおいを漂わせたまま、桐乃と黒猫の会話は続く。

「やっぱさっきのパスなし。あたしからも質問させて。──そのドレスって、何のコスプレ? すいぎんとう……じゃないよね?」

「ああこれ? 水銀燈じゃないわよ、全然違う、どこに目をつけているの? ……マスケラに出てくる『夜魔の女王クイーン・オブ・ナイトメア』……まさか、知らない?」

 知らねえ。まさかとおどろかれても知らないもんは知らねえ。桐乃も知らなかったようだ。

「ふぅん? 名前は聞いたことあるような気がするけど……アニメだっけ?」

「ええ。『maschera~てんしたけものどうこく~』──ストーリー・作画ともに今期最高峰のアクションアニメよ。毎週もくようの夕方にやっているから、ぜひともちようだい

「あ、それって、あの──メルルの裏番組じゃない? たしかオサレ系じやがんちゆうびようアニメとか言われてるやつ」

 ぷちっ。いま、おれには、ドクロマークのスイッチが押されるげんえいが見えたね。

「────聞き捨てならないことを言うのね、あなた。メルルって、まさか『星くず☆うぃっちメルル』のことかしら? ──ハ、バトル系ほう少女なんて、いまさららないのよ。あんなのは超低脳のお子様と、えさえあれば満足する大きなお友達くらいしかないさく。だいたいね、ちようりつてきにはそっちが裏番組でしょう? くだらないもうげんはやめなさい」

「視聴率? なにソレ? いい? あたしが観てる番組が『表』で──それ以外が裏番組なの。コレ世界のしきたりだから覚えておいてね? だいたいアンタ、その言い草だとメルル観てもいないでしょ。つーか一期のラストバトル観てたら、絶対そんなふざけた口きけるはずないからね! あーかわいそ! アレを観てないなんて! 死ぬほどえる挿入歌に合わせてメチャクチャぬるぬる動くってーの! キッズアニメなめんな!」

「あなたこそ口をつつしみなさい。なにが厨二病アニメよ。私はね、その漢字三文字で形成される単語が死ぬほど嫌いだわ。ちょっとそういう要素が入っているというだけで、作品の本質を見ようともせずにその単語をらんようしては批判するもうまいどももね。あなたもそんな豚どもの一匹なのかしら?」

 なにコレ? なんでいきなりけんが始まっちゃってんの?

「待ーて待て待て待て待て! 二人ふたりとも立ち上がんないで座れ! 落ち着けって! たかがアニメじゃねえか、な?」

「「?」」

 ぐりんと二人そろってこっちを向くきり&黒猫。

「……し、失言でした!」

 いかん、マジになったアニオタはおっかねえ。助けを求めておりを見ると、このぐるぐる眼鏡めがねわれ関せずみたいな態度でオレンジジュースをすすっていやがった。おれはこそっと耳打ちする。

「……何とかしてくれよ、オイ」

「二人ともこんなに打ち解けてきて──フフ、意外とあいしようがよかったのかもしれませんな?」

「どこに目ェつけてんだおまえ!?」

 だれも止めないもんだから、もちろん口喧嘩は続行されてしまう。

「ふん……あなた、どうやらずいぶんといい性格をしているようね? そんなだから、オフ会で誰からも相手にされないのよ。自覚あるのかしら?」

「どっちが? あたし見てたんだからね、アンタがずーっと一人ひとりぼっちでけいたいいじってたの。暗すぎ! はん、あれじゃー誰も話しかけてこないって」

「うるさいわね……。突然あさ新聞のネタ画像が見たくなったのよ……」

 おうちでにらみ合う女二人。どっちも美人なんだけど……なんという低レベルな言い争い。

 ぶっちゃけ、どっちもどっちだろ。ったくよ~……どうして美人ってのはこう、性格に問題があるヤツばっかなんだ? おまえらのせいで、俺の美人へのへんけんがどんどん強まっていくじゃねーか。やっぱ普通が一番だよな……なんかしようおさなみの顔が見たくなってきたわ。

 そんなふうに俺が現実とうしていると、みにくい口喧嘩が中断されたスキをいて、沙織が割り込んだ。

「さて。ろんも一段落したようですし、そろそろ次に移りましょう。次は──ええと、せつしやのターンですな」

 沙織のよく通る声がひびくや、場の注目が彼女に集まる。にっ、と口角をり上げてむ。

「では改めて。拙者は〝沙織・バジーナ〟と申すものでござる。『オタクっあつまれー』コミュの管理人を務めております。プロフィールページにも書いてはありますが、年は十五──中学三年生ですな。たしか黒猫氏とは同い年であったはず」

 さりげなく話題を振る沙織であったが、黒猫はノーリアクション。ガン無視。

 ふーん。こいつら、きりのいっこ上なのか。……黒猫はまぁ、そんなもんだろうと予想は付いていたけどさ。おり……これで……おれより年下なのか……。

 俺は信じられないという心持ちで、沙織の全身を眺め回した。

「ちなみに拙者、スリーサイズは上から、88、60、」

「それは言わんでいい」

「フッ、なんとふじわらのりと同じでござる」

「人の話を聞けよ! 誇らしげに言ってんじゃねえ!」

 クソ。なんで俺が、一人ひとりで突っ込みを担当しなくちゃなんねーんだ?

 幾らなんでも、だんだんさばききれなくなってきたぜ……。

 俺はここに突っ込みのたんれんをしにきたわけじゃねーんだけどなあ。

「もういいからだれか早く質問してやれ」

 脱力して助けを求めると、反応したのは、意外にも黒猫だった。

「……じゃあ『誰もが聞きたかったであろうこと』を私が代表して、沙織さん、あなたに聞いてあげる。──そのキモオタな調ちようふくそうはいったい何?」

 俺もそれはすごく聞きたかった! 内心でかつさいをあげるものの、素だという答えが返ってきたらどうしよう。妹を連れて変態から逃走すべきだろうか?

 俺のねんは、しかし、幸いにもに終わってくれた。沙織から返ってきた答えはこうだ。

「いやはは、お恥ずかしい。──拙者、実はオフ会の幹事など務めるのは初めてだったもので──少しでも皆から好かれようと、気合を入れてリーダーに相応ふさわしいキャラを作ってみたのです。……ですからせつしや普段ふだんはもう少し、大人おとなしい女の子なのですよ?」

 いや、なのですよて。まじっすか? 服装だけじゃなくて調ちようも、キャラ作りのいつかん

 ええと……突っ込みどころはホント無数にあるんだが……とりあえずその『普段は大人しい女の子なの』という自己主張は到底信じられんな。それはたぶん、自分で思ってるだけだろ。

 聞いたとうの黒猫も、赤い眼をぱちくりさせておどろいている。

「……気合を入れるとどうしてそうなってしまうのか、理解できないわ。……フッ、まぁ、誰かさんみたいにかんちがいしたブランド物で完全そうしてきた挙げ句、からまわりしてけられるよりはマシなんでしょうけれどね?」

「なにソレ? ムカツク……自分だって人のこと言えないじゃん。なにその無駄に気合入ったゴスロリドレス!? いくらアキバだっていったって、オフ会でそんなかつこうしてくるバカがいるとは思わなかったなぁ!」

「……なんですって?」

 再びメンチを切り合う桐乃&黒猫。この二人ふたりはもう放っとこう。いちいち止めんの疲れたわ。

 ところで……俺はあることに気が付いた。

 流行のブランドもので、バッチリかわいく決めてきた桐乃。

 超本格的なコスプレをしてきた黒猫。

 キモオタファッションに身を包んだおり

 三者三様。服装も性格もてんでんバラバラの三人だが、こいつらには共通しているところがある。それは……三人が三人とも、オフ会がくいくようにというねがいを込めて、それぞれ気合入れたファッションを決めてきたんだろうってところだ。

「ふむ……」

 きりと黒猫のよく分からんののしり合いを聞きながら、この数時間のことをはんすうしてみる。

 今日きようおれは桐乃以外のオタク連中に初めて触れたわけだが……正直なところ、想像していたのとは大分違っていたんだよな。ここでいうオタクというのは、狭義の意味でのオタク、つまりゲームやアニメ──いわゆるサブカルチャーにけいとうしているやつらのことだ。

 当たり前のことを言うが、それは『大好きなしゆを持っている』という、ただそれだけのことなんだよな。そう、それだけのことなのさ。R&Bが好き、バスケが好き、ミステリーが好き、書道が好き──そういうのと何にも変わらねえ。

 だが、俺は、いままでそうは思ってなかった。オタクってのは、なんだかこう、そういうのとは違うもんなんだと特別視していたフシがある。よく知りもしねえくせにだ。

 いまも俺のわきで桐乃と黒猫が、ベラベラベラベラけんごしで、たぶんアニメの話をしているけどさ。それってカラオケボックスの一室で、女子高生どもが、夢中であこがれのカリスマアイドルの話してるのと、どう違う? 洒落しやれたカフェのかたすみで、セレブが恋愛小説の話してるのと、どう違うんだろうな?

 たぶんだけど……たいした違いはないと思うんだよ、俺は。違うかな?

 けんていがあるから、おおっぴらにしゆを明かせないと桐乃は言っていた。

 それも分かる。昨日きのうまでの俺が抱いていたイメージを思い返してみれば、世間ってのがいかにオタクへのへんけんで満ちているかはいちもくりようぜんってもんだ。特に中高生の間ではな。

 ……しかも、全部が全部、偏見ってわけでもねーしな……。

 だってって、変じゃん? 少なくとも『普通』じゃねーよ。偏見持ってた俺が、あえて言うけども。見くびってたわ! 想像以上に変だよおまえら!

 いやまぁ。俺の知っているオタクって、まだ三人しかいないからさ、こいつらを基準にしちゃいかんよという向きもあるかもしれん。正しいオタク像からは、かけはなれてるのかもしれん。

 だから、あくまでこれから言うのは、現時点での俺が抱いた、に満ちた感想だ。

 オタクってさ──そんな捨てたもんじゃなくね? 変だけど。

 俺は、いかにもオタクなカッコした、ぐるぐる眼鏡めがねのデカ女を見やる。

 例えばこいつなんか……桐乃とたいして年も違わないのに、ずいぶんと気配りのできる気の良いやつじゃんか。なんかもー、すべてにおいて変テコだけどさ! ちゃんとみんなが楽しめるよう、リーダーの務めをはたしているのはれーと思うよ。

 捨てたもんじゃないってのは、何もこいつに限った話じゃねえ。

 今日きようの出来事をもう一回思い出してみれば、よーく分かる。

 オフ会やってた、さっきのメイドきつにしろ。祭りみてーだった、あの大通りにしろ。

 でもってこの二次会にしろだ。きりがハブられててかわいそうだった件以外で、おれにゃ、悪いイメージはまったくないんだよな。だって楽しそうなんだもんよ。

 同じモンを好きなやつらで集まって、さわいで、遊んで──

 混ざれないのが、悔しくなってくるくれえだよ。

 けんていが気になる? 偏見がおっかない? よーし、それじゃあオマエもこっちに来いよ。さあ俺らといつしよに、大騒ぎして遊ぼうぜ──そんなふうに手を差しのべられているような気がするんだな。かって? いや、それはよく分かんねーけれども。

 いて言やあ、から、だ。われながら、なんのこっちゃちゅー話だけどさ。

 だからは、望んでここにいるんじゃねえかな?

 仲間を捜してここに来た、桐乃みてーに。

 だってちょっと見てみろよ、この桐乃と黒猫のギャーギャーうるせー言い争い。

 出会ったその日に、こんだけ本気で深いけんができるって、それはそれでスゲーと思わないか? で、さ。それって……こいつら二人ふたりの間に、強く通じ合う『大切なもの』があるってことだと思うんだ。

 まあはたから見てるぶんにゃ、それは、人によっては、変テコに見えることもあるんだろう。

 でも、それは、絶対、悪いもんじゃあない。そうかんたんに見下したり、捨てていいようなもんじゃあない。たとえどんなに妙ちきりんに見えようと、だ。

「……っふ……よくもまあ、べらべらと好き放題さえずってくれたものね……人間ぜいが……。いいでしょう、外へ出なさいなビッチ。真の恐怖というものを、じっくりとその身に刻んであげる。来世で後悔するがいいわ」

「うっさい! いい加減にしてよね、このじやがん電波女っ!」

「……じゃっ、邪気眼……ででで電波女ですって……? ク、クククク……ついに言ってはならないことを言ってしまったわね……。あ~あ。かわいそうに、どうなってもしらないわよ……後悔してももう手遅れ。もはやこの負の想念は、私自身にすら止められはしない……」

「バッカじゃないの!? アンタさー、生きてて恥ずかしくならないワケ? もう死ねば?」

 ……前言てつかいしてもいいっすか?

 オタクってやっぱりさぁ……いいやつらばっかじゃねえな。


 それからしばらくして。マックを出た俺たちは、おりが予定を立てたとおり、あきばらで軽く買い物をした。この事件(あえて事件という単語を使わせてもらう!)については、非常に長くなるし、思い出したくもないのでかつあいする。というかさ! 分かんだろ!? この面子メンツでアキバ巡りなんてしたら、どんなことになるのかくらい! ちょっと想像してみてくれよ!

 ……した? したな? OK、その想像に、おれこうむる被害を150%ほど上乗せすると、おそらくかなり事実に近いモンができあがるはずだ。

 ったく……よくぞ逃げ出さなかったもんだぜ。われながら偉いと思うよ。

 ちなみにきりと黒猫は、その間中も、ずーっと口汚くののしり合っていた。しかも大体オタクネタが絡んでくんだよな。アニメから始まって、ゲームやら、漫画やら──カップリングがどーたらこーたら、作画がうんたら、DVDの値段がうんぬん──よくもまーぞうごんのネタが尽きねえもんだと感心しちまったよ。

 夕方になって、二次会を解散した直後のいまだってそうだ。あの二人ふたりは一応別れのあいさつもすませたってのに、依然としてけんけんごうごうじやがんVSほう少女をやっている。

「ふふふ、きりりん氏と黒猫氏は、すっかり意気投合したようですなあ」

「アンタには、どうしてアレがそう見えるんだ? 眼鏡めがねの度が合ってないんじゃねえの?」

 と、口では言ったが……分かってるよ。

 桐乃と黒猫のくちげんを眺めながら、俺は、口の端をほんの少しだけ持ち上げた。

 よかったな、桐乃。そんなバカでかい声で、えんりよなしにしゆの話ができるやつ、見付かったじゃん。おまえは絶対、『そんなことない』って否定すんだろうけどよ──

 それって友達っていうんだぜ?

「……さて」

 俺とおりは、アニオタどもの抗争に巻き込まれないよう、ちょっとはなれて立っている。

 あきばらワシントンホテルわきの歩道。横断歩道がすぐ目の前にある。

 ──こいつには桐乃の兄貴として、言っておかなきゃならん台詞せりふがあるよな。

 俺はできるだけの誠意を込めて、沙織に頭を下げた。

「ありがとうな」

「……はて? お礼を言われるようなことを、何かいたしましたかな?」

 ?マークを頭上に浮かべ、口元をωこんなふうにして首をかしげる沙織。

 こいつめ、分かってるクセによ。だが、これ以上言葉を重ねても、すいになるだけだ。

 言うべきことは言った。俺の気持ちは伝わったと、信じるしかない。俺は微笑した。

「アンタ、やっぱいいやつだよ。桐乃も、俺も、運がよかったと思うぜ」

「……なんのことだか分かりませぬが──ふふ、せつしやはそれほどできた人間ではござらんよ? 拙者はいつも、自分がやりたいと思うことを自分勝手にやっているだけに過ぎませぬゆえ。……それでもそう思われるのであれば、それはおそらく、きようすけ氏自身が『いいやつ』であるからでありましょう。他人はかがみというではありませんか?」

 そこまで言って、沙織は背のポスターを、ビームサーベルのように抜きはなった。

 夕日を受けてきらめくポスター。突き付けられたをすがめ見ながら、俺は肩をすくめる。

「ふん、勝手に言ってろ」

「そういたしましょう」

 おりは、にかーっとんで、おれに背を向けた。きっと素顔のこいつは、よっぽど表情豊かな女なんだろう。そう思わせるに足る、りよくてきな笑みだった。

 ぐるぐる眼鏡めがねにバンダナ巻いて。チェックのシャツはズボンにイン。

 とんだキモオタファッションだ。ダサいにもほどがあるって格好さ。

 沙織は、ぶん、とサーベルを横に振って、背中のリュックにする。

「では、また、いずれ必ずお会いしましょうぞ──ニン」

 信号が青に変わる。黄昏たそがれに染まるあきばら駅。

 さっそうと歩み去っていく大きな背中は、だれはばかることもなく、堂々としたもんだった。

 俺も負けずに胸を張って、きりのもとへと歩いていく。

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