第三章
『オタクっ
学校から帰宅した
『はじめまして、きりりん様。「オタクっ娘あつまれー」コミュニティの管理人を務めております、〝沙織〟と申します。……さっそくですが、コミュニティへの参加希望メッセージ、ありがとうございました。──もちろん承認させていただきますわ。
「ハンドルネーム〝沙織〟さん……ね。へぇ……この管理人さん、ずいぶんと
俺はこの文面から、
気付いたら桐乃が、汚物を見る
「……キモ、なにニヤニヤしてんの?」
「ニヤついてなんかねえよ。いい人そうでよかったって、思っただけだ」
「まぁ……ね。
そうだな。おまえの友達って、おまえ自身も含めて
「で、もちろん参加すんだよな?」
「…………うん、する」
桐乃は、
「なぁ、やっぱおまえ、何か心配ごとでもあんの?」
「別にぃ」
とまぁ、こうだ。どうやら言いたくないらしいな。だったら俺は何もしてやれん。……もどかしいけどな。へっ、せめて
「そっか、ま、
「は? なに
「人生
単語ブツ切りで
「
……すげえこと言いやがるな、この女。
「………………あのな、女だけの会合に、男の俺がどうやって参加するというんだおまえは?」
「
「しねぇ──よ! しれっと言うけどな、もしもバレたら俺は、女だらけのオフ会にそれほどのリスクをおかしてまで参加したかった変態野郎ということになんじゃねえか!?」
「大丈夫。その程度のリスクは覚悟の上だから」
「おまえの話じゃねえ!? 俺! 俺が、変態の
大体だな──
「俺が女装したって、絶対
「……そっか、そだよね……」
桐乃はようやく納得してくれたらしい。数回しみじみと
「……なんで美形に生まれなかったの?」
「ブッ飛ばすぞこの野郎! おまえの全発言中、いまのが一番傷ついたわ! その
そこまで
「仕方ないな……。じゃ、もっと正攻法でいこっか」
「まるで俺がオフ会に行きたくて行きたくて、おまえに頼み込んでいるかのような
「あたしがこれから〝
「それは『こそこそした変態』と『堂々とした変態』の違いでしかないな」
つーか、普通に断られんだろ。女だけの集まりなんだし、
そう伝えると、桐乃はご
「──じゃあどうすんの?」
「だから俺が一緒に参加すんのは無理だって──ああもう、そんな睨むんじゃねえよっ。わーったって……ええっと」
オフ会のトピックにポインタを合わせてクリックすると、
「ほら、この場所……カフェか? 別に当日貸し切りってわけでもねーんだろ? そんなら、そばの席に俺も座っててやるよ。それでまあ、口出しとかはできねーけど、見ててやるから」
自分で言っててなんだけど、ただそばで座ってるだけじゃ意味ないよな。
当然
「……分かった。それでいい」
桐乃は、何でか知らんが素直に
「そ、そか」
そういやこいつ、どうして俺についてきて欲しいなんて言ったんだろうね? 聞くタイミングを逃しちまったけど……俺がそばにいるだけでいいって……? 分っかんねえなァ~……。
まぁ、ともかくそういうわけで。次の
あっという間にオフ会の当日がやってきた。
休日の昼過ぎ。
「ラジオ
桐乃は、声を小さく抑えながらも、感動を隠し切れていない
……浮かれてやがんなあ、こいつ。俺のみならず桐乃も、秋葉原に来たのは初めてらしい。こいつの行動
「おい桐乃。もうそんなに時間ねえぞ? 店回りたいなら、オフ会終わってからにしろ」
「分かってるって。ってか、あんまそば寄んないで。デートしてると思われたらヤじゃん」
「………………」
そんなひどい口を
ファッションなんかにはうとい俺にでも分かるレベルで
それこそお
無地のシャツにジーンズなんつー格好の俺とは、なるほど釣り合うまい。
でもな……。もう遅いから言わないけど。おまえ……
「よし。ンじゃこっからは
「え? あ……うん。分かった」
「心細そうな顔すんなって。ちゃんと見ててやっから」
「──そ、そんな顔してない。バカじゃん、さっさと行けば?」
「へーへー。──じゃあな」
俺は軽く片手を挙げて、妹に背を向けた。
……
この辺はさすがに
……はー、祭りみてーだ。
それでも俺は、そう思った。
俺は感心しつつ、肩にかけたバッグから、プリントアウトした地図を取り出して眺める。
……あ、道こっちじゃねえや。ぜんぜん逆じゃん。
俺は一旦、引き返すために振り返ったのだが、そこには依然として桐乃が立っている。
俺は横断歩道をわたり、ブックタワーの入口付近で立ち止まった。
……えーと、こっちでいいんだよな?
俺はそのまま、道路沿いに直進した。地図に従って数分歩くと、周囲の町並みが、
「と、ここか」
俺は足を止め、ロッジ風の建物を見上げる。カフェ『プリティガーデン』の
からん、かららん──
「「お帰りなさいませ! ご主人様!」」
エプロンドレスのメイドさんたちが、声を
俺は見なかったことにして扉を閉めた。
「……………………ど、どどど、どういう……ことだ……?」
両手で扉を固く押えつけながら、
周りが普通の町並みだからって、ここがアキバだっつーことを忘れてた……。
──メイド
ようやく脳が状況を理解し、遅ればせながら脳内で突っ込みが言語化された。
すうはあと深呼吸し、恐る恐る、再び扉を開ける。
からん、かららん──
「「お帰りなさいませ! ご主人様!」」
さっきと同じ光景が、再び展開された。……クソ、やっぱり幻じゃなかったようだぜ……。
俺を出迎えるために、ぱたぱたとかわいらしい挙動で、メイドさんが寄ってくる。
白いふりふりのエプロン姿。やたらと短いスカートと、長いソックスを
とにかくかわいさ重視の
内心帰りたくてしょうがなくなっていた俺ではあったが、先に行ってスタンバってると約束しちまった以上、ここで引き返すわけにはいかない。覚悟を決めて一歩を踏み出す。
「一名様でございますか、ご主人様?」
「は、はあ……」
「はぁい、それでは、こちらへどうぞ~♪」
メイドさんに連れられ、俺は
「こちらのお席でよろしいですかぁ?」
「ええ、あ、ども」
俺はメイドさんに
どのメイドさんも結構かわいい顔をしているし。
「こちらがメニューです♪ ご主人様。──呼び方のオーダーはございますかぁ?」
「え? な、なんすかそれ?」
「はい♪ わたくしどもがぁ、ご主人様のことをどう呼ぶか、決めてくださいっ。ちなみにメニューは『ご主人様』『
……メイド
もう笑うしかねえ。なるようになれだ。
「……いやその、なんでもいいっす」
「そうですかぁ? じゃあ、『おにぃちゃん』って呼ぶね? おにぃちゃん♪」
と、いきなり態度が
「なにか言った? おにぃちゃん?」
「いえいえ!」
おっかねえな。心読まれたかと思ったわ。俺が手の甲で
まだ昼飯食ってないからなー……なんかハラにたまるもんを……と……。
「…………?」
俺は
ん……まぁなんだ、とりあえず数例を挙げてみよう。
♡らんちっ♡
メイドさんのらぶらぶオムライス(ケチャップorオタフク) 900円
いもうとの手作りカレー(ぱるぷんて味 べぎらごん味 ざらき味)1000円
ツンデレ委員長の特製ラーメン 800円
♡どりんくっ♡
スピリット・オブ・サイヤン 300円 超神水 300円 神精樹ジュース 300円
──どうだ、よく分からんだろう。ランチは食い物の名前がくっついてるからまだいいが、ドリンクにいたっては何が出てくるのかまったく想像がつかねえ。どうしろと?
仕方ないのでメイドさんに聞いてみた。
「すんません、この……すぴりっと……おぶ……さいやんってなんすか?」
「はい♪ そちらは野菜ジュースですよっ、おにーいちゃんっ」
じゃあ野菜ジュースって書けや。──とはもちろん言わない。そういうモンなんだろうし。
ちなみに『超神水=サイダー』、『神精樹ジュース=フルーツミックスジュース』らしい。
「ご注文はお決まりですか? おにぃちゃん」
「いえまだっす……すんません」
情けないことに、
「ちなみにわたしのオススメはぁ。──いもうとの手作りカレーでぇす。わたしの手作りなんだよっ、おにぃちゃん♡」
「じゃ、じゃあそれで」
クソ。このアマ、さりげなく一番高いのを選びやがって……いや、流される
「オーダー入りましたぁ♪ いもうとの手作りカレー・ざらき味よろしくでぇっす♪」
しかもザラキ味かよ。とりわけヤバそうなのじゃねーか。くっ……もうどうにでもなれ。
まぁ、さすがに
「はぁ……やれやれ」
メニューを選ぶだけで疲労しつつある俺であったが、とにもかくにも一息ついた。
ぎしっと
と、そこで扉が開き、団体客が姿を現わした。
からん、かららん──
「「お帰りなさいませ! ご主人様!」」
おっ、来たな。俺はバッグから野球帽を取り出し、
そしてさりげない
ぞろぞろっと、女の子の集団が入ってくる。
コスプレらしき
──うおっ、
心の声とはいえ、あまりにも失礼な物言いだと思うかも知れない。だがな、アレを見てもそれが言えるかな? 俺は集団の先頭に立って入ってきた女の子? を注視した。
ええと……まずね? でかいんだわ。超でかい。とにかくでかい。
頭にバンダナ巻いて、ぐるぐる
おまけにそのリュックに、丸めたポスターを
……ようするに……テレビとかに出てくる『典型的なオタク像』そのものの格好をした、スパーモデルみてーな体格をした女の子? だ。
やべー、ビックリしすぎて
はー、
だいぶ頭が混乱してきたので、
そんな俺の
「
……とんでもねえ
顔色ひとつ変えないメイドさんからはプロの
「はぁいっ。お名前うかがってもよろしいですかぁ?」
「
ブッ──!? 俺は盛大に水を
「……がはっ……げほごほげほっ……!?」
「きゃっ! だ、大丈夫ですかおにいちゃん!?」
メイドさんに背中をさすってもらいながら、俺はもだえ苦しんだ。やっべ気管に入った……!?「げはげはごほッ……!?」クソッ、
これだけは……これだけは突っ込んでおかねば、死んでも死に切れねえ……。
ハンドルネーム〝沙織〟さんってコイツかよ!? しかもバジーナて、日本人だろアンタ!?
っあ──そうだよなあ! コミュニティの名前からしてアレだったもんなあ!
まぁね? ネット上の人格と実物が一致しないのなんざ珍しくねーって、そんくらいは俺でも分かるよ。でもな、いくらなんでもこりゃあ
想像どおりの、
アンタは斜め下にぶっ飛びすぎですから! 俺の十七年の
おそろしくタチの悪い出オチじゃねーか。なんてこった。この俺が、話したこともねえ初対面の相手に、こんな死ぬ気で突っ込んでしまうとは……。
「……ごほっ……はぁ……はぁ……ども、すんません、お
「いえいえ~。じゃ、代わりのお水、お持ちしますねっ♪ でもでもおにーちゃん? 次、やったら怒っちゃうゾ♡」
こつん。俺の頭を軽くゲンコツでつっつくメイドさん。突然のハプニングにも、メイドさんは
「くっ…………いやっ、ほんと申しわけない……」
俺は涙目で赤面した。しかもいまの
ちらほらいる男性客たちから『貴様、うまくやりやがって……』という
いやいや! ワザとじゃないっすよ!? ああっ、居づらくなっちゃったよ
チラッ。再び入口付近に視線を向けると、
俺が目線だけで訴えると、
「…………ふんっ」
アイコンタクトが通じたのかどうなのか、
……しっかしアイツ……めちゃくちゃ浮いちまってんなぁ。
それもそのはずで『オタクっ
そんな中に、気合ばりばりでコーディネイト決めてきたティーン誌モデル様(茶髪)が混じってんだもんな──そりゃあ浮くって。
そこで、入口付近に
「たいへんお待たせいたしましたぁ~。それでは、お席にご案内いたしま~す♪」
メイドさんに
桐乃たちが通されたのは店の
およそ十人のオタクっ娘は幾つかのグループに自然と分かれ、お
「…………………………」
……き、桐乃のやつ、孤立しちゃってるじゃねえか……。
これは切ねえ────
「あの……」
そんな具合に桐乃が恐る恐る話しかけても、二言三言話しただけで、会話が止まってしまう。
お互いに相手を
俺は舌打ちをした。
だよな……こうなるんじゃねーかって……
桐乃はいつも『下郎め、寄るでない』みたいな姫様オーラをびりびり放出している。
もちろん学校では、それでもいいんだろう。クラスにゃ
でもって桐乃は、クラスで一番華のあるグループで、さらに中心的な存在として
トゲのある姫様オーラは、同属性のヤツらを
だけど、いまここでは、そうじゃない。
狼がどんなに必死に話しかけようが、羊の方はビビリまくった上で『なんでコイツが、あたしたちの群れに混じっているの?』──と、なっちまう。
「~~~~っ」
……というか、漏れ聞こえてくるこいつらの会話、俺にはなにが何だかサッパリ分からん。
外国に迷い込んじゃったみてーな気分だぜ……。
こめかみを押さえてため息をつくと、ふと桐乃が、助けを求めるように俺の方を向いた。
……そんな泣きそうなツラすんじゃねぇよ。そうじゃねーだろよ、いつものおまえはさ!
俺がぐっと
「お待たせいたしましたぁ~♪ いもうとの手作りカレーだよっ、おにーいちゃんっ♪」
「あ、ども」
ちょ、このクソメイド、すげえタイミングで持ってきやがって。メイドさんに『おにいちゃん』と呼ばせているところを妹に見られちゃったじゃねーか!? 台無しだよもう!
いっそ殺せ……! 俺は
なぁ桐乃、俺はなんにもしてやれねえ。でも、ちゃんとここで見ててやっから──
ちくしょう……!
なにが手作りだ……この味、明らかにレトルトじゃねえか……!
オフ会はそれから二時間ほど続き、最後にプレゼント交換みたいなことをやって終わった。
桐乃は終始ろくなコミュニケーションが取れず、もちろん
さらに追い打ちをかけるように、桐乃に回ってきたプレゼントは、
……ちょっ……こ、これはねえよ。いくらなんでも、あんまりだって。
ビンゴの外れでも、もっとマシな賞品用意すんだろ……。
一人ぽつんと
……やべ、マジで涙出てきたわ……。
ちなみ俺はいま、店の外で、メンバーたちの集団から、ちょっと
と、そこでコミュニティの管理人兼オフ会幹事の〝
「──皆様のご協力もありまして、記念すべき初めてのお茶会は、つつがなく終了したでござる!
楽しげな
「──お茶会はひとまず! これで解散となりますが──まだまだ時間はあるよという方、会で仲良くなった友達ともっと話したいよという方は、それぞれ各自で二次会、三次会へと向かってくだされ! なお次回の
わぁっと
が、しかし──そんな楽しげな
オフ会のメンバーは、二、三人ずつ連れだって、ポツポツとその場から離れていく。
ちなみに〝沙織〟は、締めの言葉を発してからすぐ、猛ダッシュでどっかにいっちまった。
急用でもあったのかね?
……そんなふうにして、
その姿はさながら、刀折れ矢尽きた敗残兵のようであった。しかも片手にはマジックハンド。
そんな
「…………何も言うな。……おまえはよく
ぽん、と頭に手を置いてやると、すぐさまバシッと払いのけられた。
……はいはい、情け無用な。
桐乃は
そんだけ強がれりゃ上等だ。今回は失敗しちまったけど、反省して、立ち直って──何度だって挑戦すりゃあいいのさ。そうだろう?
「よっしゃ、桐乃──せっかくアキバにきたんだ。ちょっくら
ばんっと背を
「ったいな……バカ。……大体なんなのさっき、いきなり水
「いやおまえ、アレはしょうがねえだろうよ──」
なんでもない会話をかわしていると、ふいに
「………………ぜんぜん話できなかった」
「……そうだな。ま、最初はこんなもんよ。気にするこたねーって」
「……そんなことない。……な、なんで……? あ、あたしっ、いつもどおりにやったつもりなのに……どうして
イライラと
「…………」
だが妹よ……むかつくのはホンットよく分かるんだけどさ……八つ当たりに、兄を
怒らないけどさ!
「
そんなふうに、俺が必死で妹の八つ当たりに耐えていると。
意外なやつが現われた。
「おぉ~~い! きりりん氏! ……ふぅっ、よかった! まだいてくださって!」
「あ、アンタ……さ、
息せき切って走り込んできたのは、コミュニティの管理人・沙織だった。
「おやおや、沙織さんなどと!
にかーっと笑う沙織。しっかしテンション
この相手にゃ桐乃も
「あ、あたしに何か──?」
「うむっ」
沙織は口元を
さておき、沙織は指を一本立てて、こう言った。
「実は、これから二次会にお
「えっ?」
意外な申し出に
「きりりん氏、ところでこちらの男性は?
「彼氏でござるな?」
「「違ぁ──う!?」」
同時に
「はて、違うとおっしゃる? いや失敬──しかし
「なわけないじゃん!? やめてよも──っ! 想像しただけでキモっ!?」
むっかつくなこの妹様はよ……否定するにしたって、
そう思いながら俺は補足する。
「俺は
「ほほう。なるほどなるほど、きりりん氏の……似てない兄妹ですな」
ほっとけや。
ふむふむと
「それでは改めて。すでに
「……こりゃどーもご
ニンて。ほんっと、いかにもオタクっぽいなあんた! あと一人称変わってんぞ?
心の中で突っ込みつつ、俺は会釈を返した。
「ではでは、京介氏──京介氏とお呼びしても構いませんな──京介氏もご
「どうですて……その二次会とやらのことか?」
「もちろん! いかがかっ?」
うお、いきなり顔近づけんなって。びっくりするだろが。
俺が
「えっと、それって……他にもたくさん人が来るの?」
つまり行きたくねーんだな、こいつ。理由は分かるよ。行ったってまた
桐乃の場合、他んトコじゃちやほやされてばかりいたもんだから、余計にきっついんだろう。
しかし沙織は「いやいや」と
「きりりん氏と
「ふ、ふーん……」
そういうことなら自分が
桐乃の考えは、おおかたそんなところだろう。
──チャンスじゃん、悩むことないだろ?
「俺は構わないけど。こいつがいいって言うならな」
「ふむ、いかがですか? きりりん氏」
「うーん」
桐乃はさらに考えるそぶりを見せ、さんざん
「わ、分かった。そんなに言うなら……行ってあげてもいいケド」
その
一見同年代にしか見えない妹ではあるが、たまにこういう年相応のところを見せられると、かわいいもんだと
「ああ、よかった! では、お
背中のポスターをビームサーベルのように抜きはなって、先を指し示す沙織。
やたらとでっかい、オタクファッションの女の子。変テコ
正直、なんにも考えてない変なヤツにしか見えないんだけど……もしかしたら。
その考えは、二次会に参加する『最後の
いま俺たちが座っているのは、プリティガーデンから一番近くにあるマックの二階、角のソファー席。テーブルを二つくっつけて、四人がけにしてある。
俺と桐乃が並んで座り、俺の対面に沙織、桐乃の対面に最後の一人という席配置。各席の前にはドリンクが置いてある。俺、桐乃、沙織の三人は、一階でドリンクを買ってから二階へと上り──ほんの数秒前、この『最後の一人』と対面した、という場面だ。
ちなみに四人が
……しっかし、沙織とは別の意味で、
俺は『最後の一人』の姿を見るや、目を見張ってしまった。
……そういやこの人、顔はろくに見なかったけど……桐乃とは反対側の
ジッと
でもってコレは……コスプレってやつなんだろうな……。
彼女が着ている服は、これまた真っ黒のドレスだった。バラの花びらみたいなのがヒラヒラたくさんくっついていて、やたらと豪勢な感じがする。このまま普通に
「ずっと気になってはいたけど……近くで見たらすっご……
というのが
何のコスプレかしんねーけどよ、こりゃどう見ても気合過多だろ……。本格的すぎ。
全員が席に着くのを
「こちらのお
「……ハンドルネーム〝黒猫〟よ」
最後の一人は、そこで初めて顔を上げ、ぼそっと自己紹介をした。
無感情な、
「えっと……きりりんです。よ、よろしくね」
桐乃が
「
次いで俺が、妹にならって自己紹介すると、陰気な声で返事がきた。
「……そうね。とりあえず、よろしく」
率直に言うが、黒髪のゴスロリ女はどえらい美人だった。
といっても桐乃とはだいぶタイプが違う。
前髪を
ドレス姿の女を、こう表現するのはどうかと思うが、どこか
赤いカラーコンタクトを
見るからに性格がキツそうで、陰気で──いまにも
「……
「はっはっは──先ほども申し上げたではありませんか、
このこのっと
しかしなるほど、さっき沙織が猛ダッシュしたのはそれか。
……やっぱりな。だんだんこの沙織とやらの考えが分かってきたぜ……
おそらくこの二次会は、コミュニティの管理人である沙織が『さっきのオフ会であぶれちゃってたやつらを誘って、ちゃんと楽しんでもらおう』という
だから
──『先ほど
もしかすると、『なんで
だとすっと……はは……見かけどおり、度量のでかいやつじゃねえの。
「ちゅー……」
まだ
こいつは全然気付いてないみたいだが……〝黒猫〟は気付いているみたいだな。
初対面でいきなり
まぁ……ありがたい反面、相手の
黒猫の心中は複雑だろう。実のところ、俺だってちっとは複雑な気分さ。
でもさぁおまえら、俺が管理人だったら、わざわざあぶれたやつらに声なんてかけねーぞ?
初めていった会合の空気に
だから俺はこう思う。この変な格好しているデカ女は、いいやつなんだって。
「ところで管理人さんなどと他人
「その図体で〝沙織〟だなんて、よくもまあ名乗れたものね、図々しい」
このゴスロリ、相手から無礼講って言葉が出た
「やや、そんなことを言われたのは初めてですなあ」
「それはそうでしょう。あなたがネット上で演じてた『
「何年前のキモオタだよって感じ」
ボソッ。借りてきた猫のように
「お、おまえら!?
いや
せっかくあぶれちゃったおまえらを
特に桐乃!
そっぽ向いてコーラ飲んでいんじゃねえ!
ところがボロクソ言われたとうの
「まあまあ、
「アンタのことは、すげえいい
どんだけ毒舌に耐性があんだよ。
俺が
「──とまぁ、打ち解けてきたところで。皆のもの、改めて自己紹介というのはいかがかっ?」
「いまのやり取りで『打ち解けてきた』と判断するのは正直どうかと思うが……」
悪くない提案ではあるよな。しかし沙織の発言で、場はしんと静まり返ってしまう。
「…………」
いや、おまえら一言くらい反応しようぜ? 気まずいだろうが。
仕方なく俺は、率先してこう
「いいんじゃねえか? なあ」
「…………」
やっぱり返事がこない。どうやら黒猫と桐乃は、
黒猫は、どう見てもこういうのはガラじゃなさそうだし……桐乃はさっきの失敗が
部外者が口挟むのは、あんまよくねーんだけど……やむをえん。俺は、こう提案した。
「じゃあ、自己紹介する人に順番で『質問』をしていく形式にするってのはどうだ? その方が話しやすいだろ。あ、もちろんパスありな? で、どんどんローテーションしていくわけ」
「ふむ、ナイスアイデア、さすが京介氏。──ではさっそく、黒猫氏への質問タイムからいきましょうぞ!」
「……勝手に仕切ってくれるわね」
ジロリと
すると黒猫は、ホットコーヒーに「ふぅ……」と息を吹きかけ、ゆっくりと一口飲んでから、どうでもいいかのようにこう
「まぁいいわ。……で、もう名乗ったはずだけれど。私はあと、何を話せばいいのかしら?」
「ええと、ではさっそく。
てっきり『一番聞きやすいこと』を尋ねるかと思ったのだが、沙織はそうしなかった。
「『最近、一番あせった
「……自己紹介のための質問ではないの? どうして、そんなバラエティ番組のゲストへの質問みたいな……」
まったく同感だ。このでかぶつの発言は、さっぱり読めん……。しかし黒猫は「まあいいわ」とさらりと流した。まあいいのか、えらいクールっすね。
そんなふうにして、会話の流れは、だんだんとスムーズに流れ始めた。
「ふん、『最近、一番あせった瞬間は?』だったわね……それなら……」
黒猫はしばし無表情で思案していたが、やがて
「ニコニコ動画に
ニコニコうんたらとやらは知らんが、アンタが見た目に反してまったくクールじゃないのはよく分かった。あと
「ははは黒猫氏は意外とオチャメさんですなあ。妹さんがいらっしゃる?」
「ええ。
そうだろうよ。ちょうどいまの俺みたいな感じだろ? スゲー気持ち分かるわ。
で、それからしばらく黒猫の妹についての会話がかわされていたんだが、その間、
と、沙織がいいタイミングで桐乃に話を振ってくれた。
「次は、きりりん氏の番ですな。黒猫氏への質問をどうぞ!」
「え、あ、あたし? ……え、えーとぉ」
いきなり沙織に指差され、目をぱちくりさせる桐乃。
「と、特に……ない……かな? ……パスで」
……バカ桐乃。なにやってんだおまえ! せっかく沙織が気を
「………………」
だが俺の
こりゃアレかもな。さっきハブられたのがトラウマになりかけてんだ。なもんだから……
どうしたもんか……。俺は、ぽりぽりと
「好きな食べ物は?」
「魚。……はい、これでいいのかしら?」
いやいや義務を果たし終えたみたいな感じで
……く……どうやらこの女も、年上への敬意が足りんようだな……くそう。
「さて。次は、きりりん氏が自己紹介をする番ですぞ」
「あ、あたし……? うん……え、えっと……きりりんです」
固くなっている
場のテンションが下がるのは許さないとばかりに、いいタイミングで
「それではきりりん氏への質問ターイム! 黒猫氏、どうぞっ!」
「あなたどうして、そんな浮いた
ずばっと聞きにくいことを聞くなあ、このゴスロリ!?
トラウマになりかけてんだから、それは聞いてくれんなよ!
「むっ……」
しょぼくれてた桐乃も、さすがにカチンときたらしく、黒猫に
「悪かったわね……しょうがないじゃん、コレがあたしらしい服なんだもん。だ、だいたい自分だって……」
「……自分だって? 何かしら? 言ってごらんなさい?」
せせら
「うぐ……」
桐乃のこめかみで、ビキビキと血管が浮かび上がった。……うわ、我慢してる我慢してる。
短気なはずの
内心ではキレているはずだが、とりあえず怒りを表に出すことはなかった。
でもちょっとした
このやばい空気をなだめてくれることを期待して、ちらっと沙織の顔を見ると……
『はて? いかがいたしましたかな?』みたいなオトボケ顔で、かわいく首を
どうやらこいつは、何もせず
火薬のにおいを漂わせたまま、桐乃と黒猫の会話は続く。
「やっぱさっきのパスなし。あたしからも質問させて。──そのドレスって、何のコスプレ?
「ああこれ? 水銀燈じゃないわよ、全然違う、どこに目をつけているの? ……マスケラに出てくる『
知らねえ。まさかと
「ふぅん? 名前は聞いたことあるような気がするけど……アニメだっけ?」
「ええ。『maschera~
「あ、それって、あの──メルルの裏番組じゃない?
ぷちっ。いま、
「────聞き捨てならないことを言うのね、あなた。メルルって、まさか『星くず☆うぃっちメルル』のことかしら? ──ハ、バトル系
「視聴率? なにソレ? いい? あたしが観てる番組が『表』で──それ以外が裏番組なの。コレ世界のしきたりだから覚えておいてね? だいたいアンタ、その言い草だとメルル観てもいないでしょ。つーか一期のラストバトル観てたら、絶対そんなふざけた口きけるはずないからね! あーかわいそ! アレを観てないなんて! 死ぬほど
「あなたこそ口を
なにコレ? なんでいきなり
「待ーて待て待て待て待て!
「「たかがアニメ?」」
ぐりんと二人
「……し、失言でした!」
いかん、マジになったアニオタはおっかねえ。助けを求めて
「……何とかしてくれよ、オイ」
「二人ともこんなに打ち解けてきて──フフ、意外と
「どこに目ェつけてんだおまえ!?」
「ふん……あなた、どうやらずいぶんといい性格をしているようね? そんなだから、オフ会で誰からも相手にされないのよ。自覚あるのかしら?」
「どっちが? あたし見てたんだからね、アンタがずーっと
「うるさいわね……。突然
ぶっちゃけ、どっちもどっちだろ。ったくよ~……どうして美人ってのはこう、性格に問題があるヤツばっかなんだ? おまえらのせいで、俺の美人への
そんなふうに俺が現実
「さて。
沙織のよく通る声が
「では改めて。拙者は〝沙織・バジーナ〟と申すものでござる。『オタクっ
さりげなく話題を振る沙織であったが、黒猫はノーリアクション。ガン無視。
ふーん。こいつら、
俺は信じられないという心持ちで、沙織の全身を眺め回した。
「ちなみに拙者、スリーサイズは上から、88、60、」
「それは言わんでいい」
「フッ、なんと
「人の話を聞けよ! 誇らしげに言ってんじゃねえ!」
クソ。なんで俺が、
幾らなんでも、だんだん
俺はここに突っ込みの
「もういいから
脱力して助けを求めると、反応したのは、意外にも黒猫だった。
「……じゃあ『誰もが聞きたかったであろうこと』を私が代表して、沙織さん、あなたに聞いてあげる。──そのキモオタな
俺もそれは
俺の
「いやはは、お恥ずかしい。──拙者、実はオフ会の幹事など務めるのは初めてだったもので──少しでも皆から好かれようと、気合を入れてリーダーに
いや、なのですよて。まじっすか? 服装だけじゃなくて
ええと……突っ込みどころはホント無数にあるんだが……とりあえずその『普段は大人しい女の子なの』という自己主張は到底信じられんな。それはたぶん、自分で思ってるだけだろ。
聞いたとうの黒猫も、赤い眼をぱちくりさせて
「……気合を入れるとどうしてそうなってしまうのか、理解できないわ。……フッ、まぁ、誰かさんみたいに
「なにソレ? ムカツク……自分だって人のこと言えないじゃん。なにその無駄に気合入ったゴスロリドレス!? いくらアキバだっていったって、オフ会でそんな
「……なんですって?」
再びメンチを切り合う桐乃&黒猫。この
ところで……俺はあることに気が付いた。
流行のブランドもので、バッチリかわいく決めてきた桐乃。
超本格的なコスプレをしてきた黒猫。
キモオタファッションに身を包んだ
三者三様。服装も性格もてんでんバラバラの三人だが、こいつらには共通しているところがある。それは……三人が三人とも、オフ会が
「ふむ……」
当たり前のことを言うが、それは『大好きな
だが、俺は、いままでそうは思ってなかった。オタクってのは、なんだかこう、そういうのとは違うもんなんだと特別視していたフシがある。よく知りもしねえくせにだ。
いまも俺の
たぶんだけど……たいした違いはないと思うんだよ、俺は。違うかな?
それも分かる。
……しかも、全部が全部、偏見ってわけでもねーしな……。
だってこいつらって、変じゃん? 少なくとも『普通』じゃねーよ。偏見持ってた俺が、あえて言うけども。見くびってたわ! 想像以上に変だよおまえら!
いやまぁ。俺の知っているオタクって、まだ三人しかいないからさ、こいつらを基準にしちゃいかんよという向きもあるかもしれん。正しいオタク像からは、かけ
だから、あくまでこれから言うのは、現時点での俺が抱いた、偏見に満ちた感想だ。
オタクってさ──そんな捨てたもんじゃなくね? 変だけど。
俺は、いかにもオタクなカッコした、ぐるぐる
例えばこいつなんか……桐乃とたいして年も違わないのに、ずいぶんと気配りのできる気の良いやつじゃんか。なんかもー、すべてにおいて変テコだけどさ! ちゃんとみんなが楽しめるよう、リーダーの務めをはたしているのは
捨てたもんじゃないってのは、何もこいつに限った話じゃねえ。
オフ会やってた、さっきのメイド
でもってこの二次会にしろだ。
同じモンを好きなやつらで集まって、
混ざれないのが、悔しくなってくるくれえだよ。
だからこいつらは、望んでここにいるんじゃねえかな?
仲間を捜してここに来た、桐乃みてーに。
だってちょっと見てみろよ、この桐乃と黒猫のギャーギャーうるせー言い争い。
出会ったその日に、こんだけ本気で深い
まあ
でも、それは、絶対、悪いもんじゃあない。そう
「……っふ……よくもまあ、べらべらと好き放題さえずってくれたものね……人間
「うっさい! いい加減にしてよね、この
「……じゃっ、邪気眼……ででで電波女ですって……? ク、クククク……ついに言ってはならないことを言ってしまったわね……。あ~あ。かわいそうに、どうなってもしらないわよ……後悔してももう手遅れ。もはやこの負の想念は、私自身にすら止められはしない……」
「バッカじゃないの!? アンタさー、生きてて恥ずかしくならないワケ? もう死ねば?」
……前言
オタクってやっぱりさぁ……いいやつらばっかじゃねえな。
それからしばらくして。マックを出た俺たちは、
……した? したな? OK、その想像に、
ったく……よくぞ逃げ出さなかったもんだぜ。
ちなみに
夕方になって、二次会を解散した直後のいまだってそうだ。あの
「ふふふ、きりりん氏と黒猫氏は、すっかり意気投合したようですなあ」
「アンタには、どうしてアレがそう見えるんだ?
と、口では言ったが……分かってるよ。
桐乃と黒猫の
よかったな、桐乃。そんなバカでかい声で、
それって友達っていうんだぜ?
「……さて」
俺と
──こいつには桐乃の兄貴として、言っておかなきゃならん
俺はできるだけの誠意を込めて、沙織に頭を下げた。
「ありがとうな」
「……はて? お礼を言われるようなことを、何かいたしましたかな?」
?マークを頭上に浮かべ、口元を
こいつめ、分かってるクセによ。だが、これ以上言葉を重ねても、
言うべきことは言った。俺の気持ちは伝わったと、信じるしかない。俺は微笑した。
「アンタ、やっぱいいやつだよ。桐乃も、俺も、運がよかったと思うぜ」
「……なんのことだか分かりませぬが──ふふ、
そこまで言って、沙織は背のポスターを、ビームサーベルのように抜きはなった。
夕日を受けて
「ふん、勝手に言ってろ」
「そういたしましょう」
ぐるぐる
とんだキモオタファッションだ。ダサいにもほどがあるって格好さ。
沙織は、ぶん、とサーベルを横に振って、背中のリュックに納刀する。
「では、また、いずれ必ずお会いしましょうぞ──ニン」
信号が青に変わる。
さっそうと歩み去っていく大きな背中は、
俺も負けずに胸を張って、
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